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もう一つの違和感
しおりを挟む夕暮れの屯所は静かだった。稽古が終わり、隊士たちはそれぞれ部屋へ戻っている。伊織は縁側に腰を下ろし、左肩を押さえていた。さっきの立ち合いで打たれた場所がじんじんと痛む。羽織の下に手を入れて確かめると、熱を持って腫れていた。強い一撃だった。
(しまったな……)
無理に動かしたせいだ。だが、これくらいで弱音は吐けない。伊織が立ち上がろうとしたとき、背後で足音が止まった。
「どうした」
低い声だった。振り向くと、そこに立っていたのは 土方歳三だった。伊織は慌てて背筋を伸ばす。
「副長」
「肩を押さえてたな。稽古でやられたか」
「……少しだけです」
土方はゆっくり近づき、伊織の前に立つ。
「見せろ」
「大丈夫です」
「大丈夫かどうかは俺が決める」
伊織は一瞬迷ったが逃げるわけにもいかない。黙って羽織を少しずらす。土方は袖をめくり、肩に触れた。指が熱い。
「腫れてるな」
「たいしたことありません」
土方は構わず伊織の腕を持ち上げた。肩に痛みが走り、伊織の息が漏れる。
「……っ」
「声を我慢するな」
「平気です」
「嘘つけ」
土方はもう一度確かめるように肩を押した。その瞬間、伊織の身体が小さく震える。土方の目が細くなる。指の下の感触が妙に柔らかい。筋肉のつき方が、男の肩とは違う。
「伊織」
「……はい」
「お前、体が軽すぎるな」
伊織の喉が乾いた。
「そうでしょうか」
「剣を振る男の体じゃねえ」
伊織は視線を逸らす。土方はその顔をじっと見ていた。
「歳はいくつだ」
「二十です」
「若いな」
土方は肩から手を離したが、視線は外さない。
「どこの出だ」
「江戸です」
少しの沈黙のあと、土方は鼻で笑った。
「嘘だな」
伊織の心臓が跳ねる。
「江戸の剣じゃない。それに……」
土方は少し身を屈め、伊織の顔を覗き込む距離で低く言う。
「お前、妙な匂いがする」
伊織の呼吸が止まる。土方はそれ以上追及せず、ふっと体を起こした。
「まあいい。秘密があるのは構わねえ」
そう言って背を向ける。伊織は何も言えなかった。土方は数歩歩いてから止まり、振り返る。
「だがな」
「隠し事が下手だ」
伊織の手がわずかに震える。土方は続けた。
「沖田に気をつけろ」
「……え」
「勘のいい奴だ。お前の違和感、そのうち全部見抜く」
夕闇が濃くなる。伊織は言葉を失ったまま立ち尽くす。土方は最後に伊織を一瞥する。
「それまで、せいぜい隠し通せ」
そう言って屯所の奥へ消えていった。縁側に残された伊織はしばらく動けなかった。さらしの下で心臓が激しく鳴っている。
その頃、廊下の影から庭を見ている人影があった。沖田総司だった。沖田は小さく笑う。
「副長も気づいたか」
月が昇り始める。
「面白くなってきた」
京の夜は、まだ静かに動き始めたばかりだった。
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