8 / 10
夜の接吻
しおりを挟む
その日の夜だった。
屯所の灯りはほとんど落ち、廊下には静かな闇が流れている。
隊士たちの寝息が遠くで重なり、京の夜風が軒を鳴らしていた。
伊織は部屋で一人、膝を抱えて座っていた。
昼間の出来事が頭から離れない。
沖田に秘密を見抜かれたこと。
逃げられない状況。
そして――
「俺の玩具になって」
あの声と口づけ。
そのとき、襖が静かに叩かれた。
「伊織さん」
聞き慣れた声だった。
伊織の背筋が強張る。
「起きてるよね」
伊織はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がり襖を開けた。
そこに立っていたのは、沖田総司だった。
夜の灯りの中で、彼は昼間と同じ柔らかい笑みを浮かべている。
「こんばんは」
「……何の用ですか?」
伊織が低く聞くと、沖田は肩をすくめた。
「忘れた? 昼間の約束」
伊織の喉がわずかに動くのを、沖田は楽しそうに見つめた。
襖が閉まると、外の気配はすべて消えた。
部屋の中は灯り一つだけで、影が揺れている。
沖田はゆっくり振り返る。
そして伊織を見て、くすりと笑った。
「ちゃんと来るんだ、伊織さん」
その声は昼間よりもずっと低かった。
伊織は答えない。
ただ真っ直ぐ沖田を見返す。
沖田はその視線を楽しむように見つめ返し、ゆっくりと歩み寄った。
距離が近づく。
沖田の指が伊織の顎に触れる。
「約束、守ってもらうね」
そのまま伊織を畳へ押し倒し――
沖田の影が、ゆっくりと覆いかぶさった。
夜の静寂の中で、二人の距離はもう逃げられないほど近づいていた。
伊織は息を呑む。
沖田の顔がすぐ目の前にある。
昼間と同じ穏やかな笑みを浮かべているのに、その瞳だけが妙に熱を帯びていた。
「そんな顔、するんだ」
沖田が小さく笑う。
「……どんな顔です」
「逃げたいのに逃げない顔」
伊織は何も答えない。
その沈黙を楽しむように、沖田はさらに顔を近づけた。
唇が触れる寸前で止まる。
わざと焦らすように、沖田は伊織の耳元へ顔を寄せた。
「伊織さん」
低い囁きが落ちる。
次の瞬間、耳たぶに柔らかな感触が触れた。
「……っ」
伊織の肩がびくりと震える。
沖田はくすりと笑い、逃がさないように腕で伊織の肩を押さえた。
「弱いんだね、ここ」
耳元で息を吐きながら、もう一度ゆっくりと触れる。
舌先が耳の輪郭をなぞると、伊織の呼吸がわずかに乱れた。
「やめ……」
言葉は途中で途切れる。
沖田は楽しそうだった。
「嫌」
あっさり言う。
そして耳元からゆっくり顔を下ろしていく。
伊織の喉が小さく動いた。
沖田の唇が、首筋に触れる。
灯りの揺れる部屋の中で、その感触はやけに鮮明だった。
柔らかく、ゆっくりと。
首の横をなぞるように触れていく。
「沖田……さ、ん……」
伊織の声が震える。
沖田は顔を上げ、すぐ近くから伊織を見つめた。
「総司って呼んでくれる?」
沖田はもう一度首筋へ顔を寄せ、今度は少し長くそこに触れた。
伊織の手が、無意識に沖田の着物を掴む。
沖田はそれに気づいて、ふっと笑った。
「ほら、ちゃんと反応する」
そしてもう一度、伊織の耳元へ口を寄せる。
「本当に可愛い人だ」
その声は優しいのに、どこか意地悪だった。
静かな夜の中で、
伊織の乱れた呼吸だけが、畳の上に小さく響いていた。
屯所の灯りはほとんど落ち、廊下には静かな闇が流れている。
隊士たちの寝息が遠くで重なり、京の夜風が軒を鳴らしていた。
伊織は部屋で一人、膝を抱えて座っていた。
昼間の出来事が頭から離れない。
沖田に秘密を見抜かれたこと。
逃げられない状況。
そして――
「俺の玩具になって」
あの声と口づけ。
そのとき、襖が静かに叩かれた。
「伊織さん」
聞き慣れた声だった。
伊織の背筋が強張る。
「起きてるよね」
伊織はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がり襖を開けた。
そこに立っていたのは、沖田総司だった。
夜の灯りの中で、彼は昼間と同じ柔らかい笑みを浮かべている。
「こんばんは」
「……何の用ですか?」
伊織が低く聞くと、沖田は肩をすくめた。
「忘れた? 昼間の約束」
伊織の喉がわずかに動くのを、沖田は楽しそうに見つめた。
襖が閉まると、外の気配はすべて消えた。
部屋の中は灯り一つだけで、影が揺れている。
沖田はゆっくり振り返る。
そして伊織を見て、くすりと笑った。
「ちゃんと来るんだ、伊織さん」
その声は昼間よりもずっと低かった。
伊織は答えない。
ただ真っ直ぐ沖田を見返す。
沖田はその視線を楽しむように見つめ返し、ゆっくりと歩み寄った。
距離が近づく。
沖田の指が伊織の顎に触れる。
「約束、守ってもらうね」
そのまま伊織を畳へ押し倒し――
沖田の影が、ゆっくりと覆いかぶさった。
夜の静寂の中で、二人の距離はもう逃げられないほど近づいていた。
伊織は息を呑む。
沖田の顔がすぐ目の前にある。
昼間と同じ穏やかな笑みを浮かべているのに、その瞳だけが妙に熱を帯びていた。
「そんな顔、するんだ」
沖田が小さく笑う。
「……どんな顔です」
「逃げたいのに逃げない顔」
伊織は何も答えない。
その沈黙を楽しむように、沖田はさらに顔を近づけた。
唇が触れる寸前で止まる。
わざと焦らすように、沖田は伊織の耳元へ顔を寄せた。
「伊織さん」
低い囁きが落ちる。
次の瞬間、耳たぶに柔らかな感触が触れた。
「……っ」
伊織の肩がびくりと震える。
沖田はくすりと笑い、逃がさないように腕で伊織の肩を押さえた。
「弱いんだね、ここ」
耳元で息を吐きながら、もう一度ゆっくりと触れる。
舌先が耳の輪郭をなぞると、伊織の呼吸がわずかに乱れた。
「やめ……」
言葉は途中で途切れる。
沖田は楽しそうだった。
「嫌」
あっさり言う。
そして耳元からゆっくり顔を下ろしていく。
伊織の喉が小さく動いた。
沖田の唇が、首筋に触れる。
灯りの揺れる部屋の中で、その感触はやけに鮮明だった。
柔らかく、ゆっくりと。
首の横をなぞるように触れていく。
「沖田……さ、ん……」
伊織の声が震える。
沖田は顔を上げ、すぐ近くから伊織を見つめた。
「総司って呼んでくれる?」
沖田はもう一度首筋へ顔を寄せ、今度は少し長くそこに触れた。
伊織の手が、無意識に沖田の着物を掴む。
沖田はそれに気づいて、ふっと笑った。
「ほら、ちゃんと反応する」
そしてもう一度、伊織の耳元へ口を寄せる。
「本当に可愛い人だ」
その声は優しいのに、どこか意地悪だった。
静かな夜の中で、
伊織の乱れた呼吸だけが、畳の上に小さく響いていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる