男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ

文字の大きさ
33 / 49
第5章 母と息子

羅刹の行方

しおりを挟む
「戻っていない、だと?」
「書類を配りに行って、それから戻っていませんね。真面目な奴ですから、寄り道とかは考えづらいのですが」

 吏部を訪れた雲嵐は、鵬侍郎と向き合っていた。約束通り羅刹を府庫に連れて行くため、迎えにきたのだが。

「どこにいったのかわからないのか」

 ずい、と顔を近づける雲嵐に、鵬は渋い顔をする。

「今日は狐の面ですか」

 白塗りに朱の模様が描かれた狐面。普段に比べればまだ地味な方である。

「まあ、進士ですからね。他の部署のやつに絡まれたり、仕事を妨害されたり。そういうこともあるでしょう。ここはそういうところです。国の上部を目指した猛獣がウヨウヨしているところですからね。弱い奴は淘汰される」
「お前は部下が心配ではないのか?」
「僕は仕事は教えるし、手助けもしますけどね。部下の子守りまではできませんよ。何せ最も多忙な中間管理職ですから。進士が一人数時間消えたからといって何かすることはありません」
「もういい。自分で探す」

 鵬に背を向け、吏部の部屋を出ていく。

「どうでもいいんですけど。その面はどうにかなりませんかね。びっくりして手が止まるんですよ、うちの人間たちが」
「うるさい」

 完全なる八つ当たりだとわかっていて、そう言った。
 ただ数時間姿が見えないだけ。鵬の言うとおりだ。それに憤っても、仕事を邪魔しにきた厄介な客としか見られないのもわかっている。
 だが、嫌な胸騒ぎがしていた。

「馬糞を投げつけられる程度で済んでいればいいが」

 初めて羅刹を目にしたのは、馬糞まみれの姿。
 小柄な男一人を複数の男がいびっているのを無視することができず、持っていた扇を投げて加勢した。

 不届ものたちが去ったのち、人見知りの自分には珍しく、心配になってあとを追った。
 こたえた様子もなく、庭園の隅に移動した羅刹は汚れた官服の下から、着替えを取り出す。周到に用意していたということは、やられなれているのか。あれだけ酷い目にあった後なのに、飄々としているのに感心した。

 汚れた衣服を一枚一枚と脱いでいく姿を見ているうち、違和感を覚えた。
 男でこんな華奢なやつがいるだろうか。
 いや、貧しい家の出身であれば、これほど細い男もいるのかもしれない。

 湿った馬糞だったせいか、泥が下着まで染みてしまっていたらしい。
 最後の一枚を脱いだ時、雲嵐は目を疑った。

「お前……」

 口をついて出た言葉に、びくりと反応した羅刹が、こちらを振り返る。
 は雲嵐が被った面を見て、驚愕の表情で固まった。

「もしや、女か……?」

 見間違いではないことを確かめるため、彼女に近寄り、無礼だとは思いながらも衣の前あわせを開かせた。
 サラシに押しつぶされた胸の膨らみを見てたじろぐ。まさか女であることを隠して官吏になるやつがいるとは。

 さらに雲嵐を驚かせたのは、胸元に彫られた鳳凰の羽の刺青。

 これは、凰一族の女である証だ。

 一族の男には翡翠の瞳に黒髪が多く、女は黒髪に薄茶色の瞳が多い。そして一族の女は、生まれてすぐに、胸に鳳凰の羽が彫られるという。

 雲嵐は物心がついてすぐ、徳妃鏡花から、雲嵐は本当は翠美妃の息子であり、今歴史から消されようとしている「凰一族」の生き残りであることを知らされた。

 四面楚歌状態で育った雲嵐は、消されてしまった自分の一族の歴史に強い関心を持った。凰族の姿を知ることで、自分の存在価値を確かめようとしていたのかもしれない。

 一族の女に彫られる刺青については、凰族について調べる過程で偶然知ったことだった。

 羅刹が自分と同じ凰族の血を継ぐものであるということは間違いない。

 初めは帝から押し付けられた厄介ごとに使えると思い、仲間に引き入れた。
 凰族の血筋のものは頭がよく、特異な才能を持っていることが多い。彼女の場合は歴史に特化した記憶能力という、使えるのか使えないのかよくわからない能力だったが。存外役に立った。

 雲嵐は外朝中を探し回る。だが彼女のいた痕跡は見つからない。

 鼓動がどんどんと早くなる。もしも彼女の身に何か起こっていたら。
 そう考えると胸の奥が締め付けられた。巻き込んだのは自分であるのに、心配で気が気でないなど甚だ笑える。

 身分を超えて初めてできた友。辛い時は肩を貸してくれると言ってくれた相手。いつの間にか彼女は、自分の中でかけがえのない存在に変わっていった。

「どこへ行った、羅刹」

 気づけば、急く思いは言葉に出ていた。


 ◇ ◇ ◇

「おい、いつまで寝てんだ、起きろ」

「う」

「おい」

 背中を軽く蹴っ飛ばされ、羅刹はむせる。鳩尾がズキズキと痛む。薄目を開ければ、想定外の人物がそこにいた。

「李漢林……? なんでお前がここに」
「よう、ずいぶんぐっすりと寝やがって。目が覚めたか?」

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】

里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ
キャラ文芸
旧題:星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~ 【書籍化します!!4/7出荷予定】平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

処理中です...