君を知らなければこんな想いを知らずに生きた

堂宮ツキ乃

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 セイラたちの会社の隣では、社外の人向けにカフェを運営している。

 会社では主にコーヒーなどの飲料、飲み物の合うお菓子などを扱っている。セイラたちの部署では取引先からの注文の管理を行っていた。

 カフェでは洋食を中心に自社の新商品やテスト商品を提供している。お茶請けにぴったりな焼き菓子、半生の洋菓子、ゼリーやプリンなど。

 お菓子類はアフタヌーンティーセットにしてメニュー載せたところ、次の日から客が殺到した。以降、お菓子やスイーツを入れ替えて販売を続けている。飲み物が一部飲み放題になるのも人気の理由。

 ここで働いているのは会社の元社員が多く、通称”天下り先”だ。

 この日はカフェに地元の中学生が職場体験として訪れることになっている。午後からは部署の見学を行う。社内でも恒例行事になりつつある。

 その案内役としてセイラとレイト、清田が任命された。三人はいつもと違う格好で会社を出てカフェに向かっていた。

 白いシャツにネクタイ、黒いスラックスと茶色のエプロンを身に着け、セイラと清田はベレー帽を被った。レイトだけはベレー帽の代わりに黒いベスト。

 カフェの制服は定期的にモデルチェンジしているが、今の制服は”かっこかわいい”と女性客から好評を博している。

 清田とレイトは自分たちとセイラの制服姿を見比べ、顔を見合わせた。

「まぁ確かにいいっちゃいいけどさ……。いっそメイド服にしてほしい。今度支店長に頼んでくる」

「誰が着るのよ……」

「セイラさんに決まってんじゃん! 絶対クラシックなロングメイド似合うよ!」

「いやいや和風メイドですよ!」

「私のこといくつだと思ってんのよ」

 セイラはカフェの前に立つと、店舗に顔を向けた。

 柔らかい色の木で作られた店の周りには低木が植えられている。低木の手前の花壇には、白と紫の小さな葉ボタンが風で揺れていた。

「他の支店だと社員がお昼を食べに来ることもある。支店によっては社員が夏休み期間に交代で、カフェの手伝いをするんだよ」

「へーいいですね!」

「俺も研修で行った時にやりましたわ。おばちゃんたちがめっちゃ絡んできておもしろいんだよ」

「俺らの時は他支店への研修がなかったんでちょっとうらやましいです」

 清田に他支店のことを話していたら、にぎやかな声が聞こえた。振り向くと制服姿の四人組が並んで歩いている。男女二人ずつの彼らはおそらく、職場体験の中学生たちだろう。

 セイラが声をかけると途端にそわそわし始めた。

「今日一日、皆さんと一緒に過ごす天木です。こちらは木山、清田。ちなみにこのお兄さんもここで働くのは初めてなの。皆、仲良くしてあげてね」

「にーちゃんよろしく!」

「ラフ過ぎんだろ中学生!」

 ”おら行くぞ!”と清田は緊張している三人の後ろに回り、カフェの中に押し込んだ。

 カフェの更衣室前には制服一式がビニールに入ったものが用意してある。中学生たちはドキドキとした様子でセイラから受け取った。中身が気になるのか透明なビニールを裏返したり、指さして同級生と話し合っている。

「ささ。男子更衣室がそちら、女子更衣室がこちら。制服のワイシャツにこのセットを合わせて……。着方は更衣室の中にポスターが貼ってあるから参考にしてね。はい、どうぞ」

 セイラは更衣室の扉を開けて彼らを見送った。

「男子二人に女子二人……。去年は女の子ばかりだったらしいよ」

「毎年女の子が多いって言いますもんね」

 セイラはレイトと横に並んで壁にもたれかかった。セイラは背中と壁の間に手を挟み、レイトはスラックスのポケットに手を突っ込んだ。

「年々、中学生って若いよなー感が増してくる自分が怖いです」

「うーん分かるかも……」

 セイラが頬をかくと、レイトは足を軽く組んだ。

「キヨは中学時代なんてつい最近だろ」

「違いますよ! 軽く十は離れてますよ!」

 ムキになった清田に笑い、セイラは壁に背中をつけてしゃがんだ。





 カフェで働いているのはいずれも子どもが自立したお母さんたちで、レイトたちの人生の大先輩でもある。

 セイラはこの日の現場担当である女性従業員に頭を下げた。

「今年もよろしくお願いします」

「はーい。今年は天木さんたちが担当なのね。出世したわねー」

「そういうんじゃないですよー」

 ”主役はこのコたちですよ”と、セイラは中学生たちを前に押し出した。

 カフェの制服に着替えた彼らの頬は上気している。物珍しそうに店内を見渡していた。

 彼らはお母さんたちに基本的な仕事を教わり始めた。しかもマンツーマンだ。席の案内やメニューをおすすめするタイミング、客が帰った後の片付けなどなど。その中には清田も混ざっている。

 若さとふれあえるこの機会を、お母さんたちも毎年楽しみにしている。教える様子には熱が入っており、中学生たちの動作をことある事ににこにこと褒めている。

「サラリーマンに限定メニューをおすすめしても、日替わりランチとかパスタとかしか頼まないのね。だからそういう人に限定メニューを頼まれたらかっこいいよ、最高に」

「マジか。これはサラリーマンチャレンジするしかなくね?」

「やろーぜ。てか練習しよ。俺が客の役やるから出迎えて」

 彼らは謎の方向に盛り上がり始め、自主的に練習を始めた。まだ客は少ないので入口付近ではしゃいでも問題ない。

 お母さんたちが中学生を見てくれるこということで、レイトたちは先に昼食を取ることにした。

「キヨちゃんはここでご飯食べたことないんだよね? せっかくだし頂こうか」

「いいんですか!? 気になってたんで嬉しいです!」

「なんなら中学生たちと一緒でもいいぞ。後で彼らもここで食べるんですよね?」

「あ……じゃあそうします。ちょっと仲良くなったし。忙しいランチタイムの仕事を経験してみたいですし」

 清田は二人のことを交互に見ると”こちらへどうぞー”と先に歩き始めた。どうやら席に案内してくれるらしい。レイトとセイラは窓に近いボックス席に入った。

 清田はお母さんに教わった通りに限定メニューを紹介し、”絶対食べてくださいね!”と片頬を上げた。なぜか得意げだ。

「意外と様になってんじゃん」

「キヨちゃん、接客似合うよ」

 レイトが”じゃあおすすめのヤツ二つで”とメニューを指し示すと、清田はかがんだ。

「木山さん……。二人っきりにした貸し、今度返してくださいね」

 どうやら彼はレイトに気を利かせたらしい。やり方が中学生なところが愛くるしい。

 レイトが鼻で笑うと、前にいるセイラが首をかしげた。

「……そういうことかよ。で? 何がいいんだ」

「駅の西口のおでん屋でおごってください」

「……あそこ飲み物たけぇんだけど」

「異論は認めません。……あ、いらっしゃいませー!」

 ベルの音と共に入口に客が現れた。スーツ姿で手ぶらなので近くのサラリーマンだろう。中学生たちと清田が一斉にすっ飛んできたので驚いている。彼らの後ろには見守るようにお母さんたちが控えている。

 レイトとセイラの元に中学生が、お盆にのせたお冷をそうっと運んできた。ぎこちない仕草でお辞儀をし、”いらっしゃいませ”とはにかんだ。

 その後もドアが開く気配がすると、それ今だと言わんばかりに中学生たちが飛び出る。客に向かってお辞儀をし、”何名様でしょうか”と人数を確認した。

 出迎えられた客たちはぎょっとし、苦笑いをした。肩に力が入っている新人アルバイト(?)に案内されながら席に着き、一生懸命メニューをおすすめする彼らの姿にほほえんだ。

 その後を追いかけるように別の中学生がお冷をお盆に載せて運ぶ。周りがひやひやしてしまう慣れぬ手つきでテールの隅に置き、ぺこんと頭を下げた。

 昼時ということもあり次々と客が入店した。

 その間に自然と役割分担ができたらしい。席に案内したり、メニューのおすすめをしたり、お冷を運んだり、客が帰ったあとに片付けをしたり。食事を終えた客の皿を下げるのは清田が担当しているようだ。

 中学生たちの親と同じような年代の客は彼らは親し気に話しかけ、珍しい存在に新鮮さを感じているようだ。

 レイトは机に頬杖をつき、彼らの様子を眺めてほほえんだ。

 前に座っているセイラも同じような表情をしている。彼女の場合、ただかわいいというよりはお母さんたちと同じような優しい顔で見守っている。こんな顔は見たことない、とレイトは彼女に見とれていた。

「今日はいつも以上ににっこにこですね。セイラさんって子ども好きなの?」

「あれくらいの子たちを見ると、ファミレスで働いていた頃のことを思い出すんだ。かわいく見えてしょうがない」

「あぁ……。ブラック時代の」

「うん。実を言うと今回、案内役を任されて嬉しかったんだ。楽しそうに働いてる姿を見られることも、彼らと一緒に働けることも。これが最初で最後だから……」

 瞬間、セイラの表情に翳りが見えた。

 もうすぐ辞めることを示唆している言葉。彼女のバカンスが待っているというのに、あまり嬉しそうではない。

「セイラさ……」

 理由を問おうとしたら、セイラのスマホが鳴った。部署から急用が入ったらしい。

「ごめん、すぐ戻れるとは思うけど。お姉さんたちによろしく」

 彼女はそのまま席を外した。

 急に一人になったせいで手持ち無沙汰になってしまった。

 清田に話相手になってもらいたい、と彼の姿を探したら背中を叩かれた。最初に出迎えてくれたお母さんが、お盆と台拭きを持ってそこに立っていた。

 彼女の意図が分からず、曖昧な笑みを浮かべた。

「あなたは天木さんの後輩?」

「はい……」

「あのコ、彼氏できた?」

「いひぃ!?」

 唐突な質問に変な声が出てしまった。

 セイラに彼氏がいないのは本人から聞いて知っているが、他人から言われるとそわそわしてしまう。レイトはなんとか取り繕って首を振った。

「あ、えっと、いませんよ……」

 すると彼女はあからさまに肩を落とし、ため息をついた。

「やっぱり? あのコもいい歳なんだからいい人を見つけてほしいんだけどね……」

「心配してるんですか、セイラさんのこと」

 セイラが出て行った方向を見つめる彼女は深くうなずいた。

「そりゃそうよ。浮いた話はないし一人暮らしだし。会えば雑談はするけどなんでも話してくれるわけじゃないから」

「……分かります」

「そうなの? 木山君とはずいぶん仲がよさそうだと思ったけど」

「そう見えます?」

 この会社でセイラと一番仲がいいと自負しているが、周りからもそう思われているのは嬉しい。ついつい満面の笑みになる。

「なんなら木山君が天木さんの彼氏だと思った」

「マジっスか!? それは光栄ですね~」

「木山君は彼女いるの? なんなら天木さんのことはどうなの?」

 短い会話の中でレイトの本音を見抜いたのだろう。お母さんの顔がニヤけ始めた。

 ごまかそうとも思ったが、この年代の女性相手に勝てるわけがない。レイトは早々に降参した。

「はい……。好きです。なんならずっとアタックしてます……」

「あらそう~。これはいいこと聞いたわ。これで天木さんのマッチング作戦は決行しなくてよさそうね」

「マッチング作戦!?」

 聞けばお母さんたちの中には、二十代後半から三十代前半の息子がいる人が多いらしい。ちょうどセイラと同年代だ。彼らをセイラに会わせようか、と本気で話し合っていたそうだ。

「……そういうことだから。頑張ってね、青年!」

「ぐっ……!? 頑張ります……」

 お母さんに思い切り背中をはたかれ、咳き込んだ。景気のいい音が響いたせいで、店中の視線を集めてしまった。
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