たとえこの恋が世界を滅ぼしても6

堂宮ツキ乃

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1章

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 の木とは、夜叉たちが通う藍栄らんえい高校にかつて出ると噂されていた落ち武者の思い出の木だ。

 落ち武者の彼は矢作やはぎと名乗り、戦国時代に今は藍栄らんえい高校がある地にやってきて戦いの途中で命を落とした。そこで出会った女性と愛の証としてサルスベリの木を植えたのだが、それが心配で成仏することができなかった。愛する人にちゃんと別れを告げられなかったことも後悔していた。しかし時々夜間に跳躍しながら現れる夜叉と阿修羅のことを見つけ、サルスベリのことを頼むことにした。

「ここだよ」

「わぁ…」

 そして秋頃に毘沙門天が藍栄高校のグランドからこの矢弦川のほとりに移植した。

 堤防の下の小さな空き地に軽トラとバイクをそれぞれ停めると毘沙門天の案内で川のそばへ歩み寄った。その途中で阿修羅は川の方を見たいと言ってライダースジャケットの襟を整えて背を向けた。

「あの時は2人とも忙しかっただろ。俺だけで移植しに来たんだ」

 モスグリーンのコートを羽織った毘沙門天は周りの木より一回り小さなサルスベリの幹にふれた。

 夏休みに彼が剪定しに来た時に、3人でこの木の下で冷たいものを飲んだことを思い出す。夜叉はいつしかのように根元に座り込んで木を見上げた。

「花は…さすがにもう咲いてませんね」

「もう冬だからね。今は実だけ」

 彼女のそばにしゃがみこんだ毘沙門天は木の枝を指さした。よく目をこらして見ると茶色のような黒っぽいような、はじけて裂けている丸い実とわずかな葉が残っている。

「あぁやって種ができてまた新しい芽が出る。全部が全部ではないけど…こうして命が繋がっていく」

 戯人族おれらとは違ってね、と毘沙門天は自嘲気味に笑って夜叉の隣に座りこんだ。

「きっとは本当は戦なんかに行かずに恋人と結ばれて、その内に子どもをもうけて幸せに暮らしたかったんだろうな」

「かもしれませんね」

 急に感傷的になった彼の横顔が気になりつつ、夜叉はあたりさわりのない声で同意をした。実際、彼と同じ気持ちだったわけではない。結婚も出産もまだ遠い未来だと思っているし、何より自分にそんな日が来るのかも分からない。

 このまま戯人族として生きていくのであれば子どもを産むことなんて無さそうだ。彼らの中にそういうカップルは少ないから。その例外が朱雀すざく、夜叉の父親だ。ただし母親の舞花まいかは人間。

「毘沙門天さんもそうやって生きたいんですか」

 同情的というよりはうらやましがっているように見える彼に思わず聞いてしまってから後悔した。鬼子母神の失踪後、彼女の話題はあまり出さないようにしていたのだ。

 しかし聞かれた本人は気分を害することはなく、淡くほほえんで照れ気味にうなずいた。

「叶うものならね。ただの人間として社会の裏の事情に巻き込まれることもなく、誰にも言えるような職業でスミレと2人で暮らして…。あいつとの子どもを見てみたいよ」

 初めて聞いた彼の本音に胸がとくんと高鳴る。大人の彼の横顔は夢を見ている甘さとしばらくは叶いそうにないほろ苦さが中途半端で混ざり合わずにいた。そんな悲しいほど綺麗な横顔に不謹慎だが見惚れてしまう。

「なんか…そういうのいいですね」

「ん? 夜叉ちゃんだってそのうちだよ」

「でも結婚とか子どもとかは流石にまだまだですよ────」

「そうかな。君はなんとなくだけど結婚するの早そうだけどね。君を狙っているのが1人、2人────」

 おっと、と毘沙門天はいたずらぽく笑って口を手で覆い、そろそろ阿修羅の様子を見に行ってやってよと指差した。
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