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29.驕りは高くついた

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 ワイングラスをかざして乾杯し、オレは赤ワインを半分ほど飲み干したところで一息ついた。運ばれたオードブルやピッツァを取り皿にわけると、早速エビを口に運ぶ。

「うん、やっぱこの店美味いな」

 数回通っただけだが、お気に入りの店の味に表情を和らげた。向かいでグラスを揺らしているラウムの顔を見ながら、何を隠しているのだろうと考える。いつもと明らかに違う、ぎこちない彼の様子を見れば何か隠しているのはわかる。

 こうして素直に奢ってくれる様子から判断すると、誰かに何か言われて厄介な頼みごとでも持ち込んだか?

 観察しながらワインを口に含み、水のように流し込んだ。

「ラウムの奢りだと余計に美味い気がするぜ」

 にっこりと笑ってみせると「そうか……」と呟きながら目を逸らす。悪魔祓いなら一流で通る男だが、人間にはひどく臆病だった。いや、正確には「自分の懐に入れた人間に対して」という注釈がつくだろう。

 赤の他人ならさらりと流すのだが、身内にはひどく甘い。それはオレも似たところがあるが……基本的にラウムは優しいのだ。だから言えなくて困っている――そう判断して、さっさと切り出した。

「で? 何か頼みごと? それともオレ宛の苦情でも預かってきた?」

 笑顔で促せば、苦笑いしたラウムが肩の力を抜く。

 なんてわかりやすい男だろう。人がよすぎるんだよな……などと心の中で呟きながら、オレはチーズが溶けたピッツァを口に運んだ。熱い料理は冷める前に食べないと失礼だとばかり、ぺろりと2枚を平らげる。

「苦情ではないが……クルスからだ」

「聞きたくないけど、そうもいかないよな」

 ピッツァ食べちゃったし? なんておどけてみせて、続きを待つ。

「先ほど話題に出た『美人で厄介な悪魔』に会いたいそうだ」

 一息に言い切って、ラウムはグラスの中身を飲み干した。普段は白ワインが多いのだが、珍しくオレに付き合って赤のボトルを注文している。すぐ脇に置かれたボトルの中身を手酌で、グラスへ注いで半分ほど飲んだ。

「は?」

 そこまで緊張していた男に対する返答としては最悪だと思う。それでも間抜けな声が漏れるのを押さえ切れなかった。

 アモルに、クルスが? 会いたい? なんで……?? つうか、どうやって?

 疑問が頭の中を埋め尽くし、ラウムの手からボトルを奪って直接口をつける。ごくりと飲んだ赤ワインが口の端を伝うのを、乱暴に手で拭った。行儀が悪い所作だが、そんなことは言っていられない。

「……理由言ってた?」

「いや」

「そっか」

 途切れた会話……繁盛している店は賑わっているのに、この一角だけ妙な沈黙が支配する。何か言わなくてはと思いながら、ふたりとも何も言わずに料理に手を伸ばした。

 丁寧にエビの殻を剥き始めたラウム、反対側で微にいり細にいり魚の骨をバラしていくオレ――食事に集中しているみたいな姿だが、頭の中は作業以外のことで埋め尽くされている。

「なんとか……してみる」

 さほど大きくなかった魚の骨を取り尽くしたオレが、ようやく顔を上げた。その返答に、あからさまにほっとした表情でラウムが頷く。

「悪いな」

「いや、こっちこそ……嫌な伝言させちまった」

 そこで息をつき、オレが店員に白ワインを頼む。

「こうなったら、徹底的に飲もうぜ」

 ウィンクつきで誘いをかけるオレへ、ラウムが表情を和らげながら「おれの奢りで、か?」と問い返した。

「大丈夫、クルスに請求してやるよ」

 言い切って、届いたワインの栓を抜いた。
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