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38.非常事態宣言の発布

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 荘厳な聖堂のドアを無造作に開く。その先で集まり会議をしている長老達を横目に、クルスの前まで悠々と歩いたオレが足を止めた。ざわめく周囲の者たちを宥める大司教の声に重なったのは、感情を殺したオレの冷めた声だ。

「非常事態宣言を出さない理由は?」

 まだ血の乾かないローブを揺らし、椅子に座った教皇を見下ろす。目を逸らさないクルスは、オレの無礼を咎めようとした司教達を手で止めた。跪くことも、挨拶すら省いたオレの心境はわかっているはずだ。

 黒いローブが無辜むこの羊たちの血で濡れ、重く覆っている事実と同じくらいには……理解していた。

「わかっているでしょう」

 教皇といえど、裏を司る存在が表に指示をだせる筈がない。表で女神の巫女として崇め奉られるレティシアであっても、勝手に独断で動き発言することはできなかった。

 つまりは……すべて年寄りによって動かされる仕組みゆえに、現場との間に温度差と時間差が生じてしまう。

「わかってるさ。だけどな、子供や女性を中心に狙われる現状で、会議なんてしてる無駄な時間はないんだ」

「なんだと!? 若造が……っ」

 何を言うかと叫びかけた長老の1人を振り返り、オレは真っ赤に濡れた手で彼を指差した。

「なら、お前が現場で戦うか?」

 オレはそれでもいいぞ。出来るなら、な。

 ――馬鹿にした口調で続けたオレがふっと口元を緩めた。ここに集まっているメンバーは主要な部署の長たちだ。彼らが揃っているならちょうどいいい。

 オレの思惑に気付いたクルスが口元を笑みに歪めた。

「長く会議をしていたなら結論が出たでしょう――非常事態宣言の発布と、行動の許可をいただきたい」

 安全な場所で会議をしていた彼らを揶揄るオレは、皮肉たっぷりに丁寧な口調でクルスに一礼する。ゆったりと立ち上がったクルスが左手を掲げた。

「わかりました。皆様も、それでよろしいですね?」

 否定を許さない教皇の言葉に、集まっていた面々は不満を飲み込んだ。その苦虫を噛み潰したような了承を確認し、クルスが頷く。オレが来たときから、この展開は予想していた。だから彼が動きやすいように手助けし、彼もまた己が望む結論を導き出すために動いたのだ。

「しかと承りました」

 表面上丁重な受け答えをしたオレだが、踵を返して部屋を後にするその表情は安堵ではない。複雑な感情を噛みしめる脳裏に浮かぶのは、守らなければならない羊たちのことだった。
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