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72.お母さんがいないの?

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 眩しい朝日に、ゆっくり開いた目を一度閉じる。ぎゅっと抱き寄せる腕が嬉しくて、頬を擦り寄せた。セティの匂いだ。目を閉じていると強く感じる。

 もう一度ゆっくり目を開いたら、セティの後ろが光っていた。朝日がセティの後ろから差し込んで、まるでセティ自身が光ってるみたい。

「おはよう、イシス」

「おはよ……んっ」

 挨拶の途中でキスされる。気持ちいい、うっとりしながら目を閉じた。口の中を舐め、舌を絡められる。セティが唇を離すと、少しひやりとした。濡れた唇が寒い。そう口にする前に、またキスをもらう。

「昨日の怖いのはもう平気か?」

 尋ねられて大きく頷いた。僕もう怖くない! セティがいるから、平気だよ。

「それなら良かった。今日はイシスにプレゼントがあるんだ」

「ぷれぜんと」

 聞いたことのない言葉だね。でもセティが言うなら、とてもいいことだと思う。にこにこしながらセティにしがみついた。ふと、間に挟まった柔らかい物に気付く。

「あ……フォン!」

「ぬいぐるみのことか?」

「うん、名前はいるから」

 狼のぬいぐるみをフォンと呼ぶことにしたんだ。僕もセティに名前をもらった。だから今度は僕が名前をあげる番だ。名前をもらって呼ばれるのは嬉しい。

 そうセティに説明した。よく言葉がわからない僕の話を、セティは笑顔で聞いてくれる。それから頭を撫でた。

「気に入ったんだな、安心した。この子も構ってやってくれ」

 そう言いながら、セティはベッドの下の籠を引き上げる。覗くと布が敷いてあって、上に金色の毛玉がいた。フォンよりずっと小さくて、僕の片手に乗りそう。じっと見ていると、もそもそ動いた。

「にゃぅ」

 顔を上げて変な声を出す。これは何? ふわふわで柔らかそうだけど、触ったら壊れそうだ。

「大丈夫だ、ほら手に乗せてみろ」

「手に……壊れない?」

「壊れない」

 抱っこしたフォンを横に置いた。

「少し待ってて」

 フォンにちゃんとお願いする。それから両手を籠の中に入れた。ふわふわが手のひらに触る。すごく柔らかくて、気持ちいい。手をゆっくり動かして外へ出した。お水を掬うみたいに、両手で包む。

「これ、なぁに?」

だ」

 子供の猫? 慌ててセティの顔を見上げる。

「どうした?」

「この猫のお母さんはどこ? 帰さないと探してる」

 驚いた顔をしたあと、セティは僕の頬にキスをした。子猫を見て、僕をもう一度見る。

「この子猫は親がいない。イシスが育てるんだよ」

 僕はお母さん猫じゃないけど、平気かな。この子、僕のこと嫌だって思わない? セティも手伝ってくれる? どうしよう、でもお母さんがいないなんて。

「お母さんを、知らなくても出来る?」

「ああ、もちろんだ」

 僕が人に聞いたり絵本から覚えた『お母さん』は、産んでくれる人。笑って抱きしめて、ご飯を作ってくれる人だ。産むのは出来ないけど、あとは僕にも出来そう。

「やってみる」

 手の中で毛玉が動いて、ぱっと僕と目があった。ピンクの鼻は小さくて、目はとっても大きい。緑色の目だった。

「名前あるの?」

 フォンみたいに名前がなかったら、考えなくちゃ。そう思って聞くと、セティは首を横に振った。

「イシスが付けていい。ゆっくり考えてくれ」

 頷いて、毛玉を持ち上げる。子猫は眠いのか……ふわっと口を開けて欠伸をした。
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