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11.夜会はすべて罠だったよ

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「王太子殿下の側近だった僕が浮気を知ったのは、夜会の一カ月ほど前だった」

 少し遡って話し始めた兄は、「側近だった」と過去形を使った。今は違うのだろう。私のせいなら申し訳ないと思ったらいいのか、それともギリギリまで側近だったことを責めたらいいのか。判断できずに先を待つ。

「婚約者が僕の妹なのに、殿下は目の前で別の令嬢を抱き寄せた。頬に口付け、仲睦まじい姿を見せる。僕はそれが許せず、側近を辞した。もしかしたら、殿下の狙いはそれだったのかもしれない」

 自分を遠ざけるために、目の前でわざと別の女性への寵愛を見せつける。可能性としては否定できない。ひとつの考えとして頭の隅に留めた。

「側近をやめれば、殿下の情報は驚くほど入ってきた。浮気相手のご令嬢の話も、あちこちで騒動を起こしていることも。側近の耳に入らないよう、周囲が情報統制していた事実も」

 うんざりするほど悪評を聞き、父に相談したのだという。あんな王太子は、妹アリーチェに相応しくない。婚約を取りやめに出来ないか、と。

「公爵家より格下でも、素晴らしい跡取りのいる家はある。だが、どの家もすでに婚約者が決まっており、アリーチェの嫁ぎ先候補を国外まで広げて探していた」

 父が口を挟んだ。つまり王太子を見限って、他国の王侯貴族から夫を選ぼうとしていた。それはきっと、家族として苦渋の決断だろう。まともな王太子なら、国内でいつでも会える距離に嫁いでほしい。そう願うのが、家族なのだから。

 少なくとも、私がそう感じるなら……考え方の基礎になった家族は温かな場所だった。父や兄に嫌われ、捨てられそうになったのではないか。そんな予想は覆された。

「婚約を解消する前に、お前の嫁ぎ先を見つけておきたかったんだ。そのせいで、後手に回ってしまった」

 父は悲しそうな顔で唇を噛んだ。再び兄が続ける。

「僕も同じだ。リチェを蔑ろにする王太子殿下と距離を置いたのに、お前を一人にした。あの時、すぐに駆けつけて抱きしめてやれたら」

 そこでぐっと拳を握り、兄は歯を食いしばった。

「すまない。言い訳のようになった。夜会の入場をエスコートした後、王太子の側近の一人に呼ばれて離れたんだ。リチェも仲のいい伯爵令嬢と一緒だったから、僕も安心した。だが、それらはすべて罠だったよ」

 ひとつ大きく息を吸い込み、兄カリストは言い切った。

「王太子殿下は、リチェを断罪した。父も僕も遠ざけた状態で、友人であった御令嬢達も権力で従わせ、ありもしない罪をなすりつけたんだ。あの侮辱は、目の前が赤くなるほどだった。怒りと憎しみで息が詰まるほどだ」

 悔しいと表情に書いた兄の眦に、きらりと光が走った。滲んだ涙を誤魔化すように、何度も瞬く。

 謝罪とお見舞いが並んだ貴族令嬢達の手紙やカード。あれはそう言う意味だったのね。私を家族から離して孤立させ、一人きりにして対峙するために。そこまでして私を責めた断罪の内容が、とても気になった。

「断罪された私は、何をしたと言われたのですか?」

 何か罪があるから断じられた。ならば、ここが一番重要なのだと思う。父と兄は顔を見合わせ、先に兄カリストが口を開いた。
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