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29.この子だから愛しい(ベルSIDE)

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 この子は知っていてやっているのか? そう疑うほど、無防備に俺を誘う。だが、ウェパルは本当に知らないだけだった。無知で無防備で、どこまでも無邪気だ。可愛いんだが、その反面、我慢を強いられる機会が増える。

 眠る俺に口付けて、様子を見ながらもう一度。満足したらしく、くるりと丸まって寝てしまった。起きるタイミングを逃し、寝たフリでやり過ごす。ここで目覚めたら、何を求めるのか。知りたいが、おそらく子どもらしい好奇心だろう。

 大人を興奮させて、その先に待つ危険を知ろうともしない。それこそが幼子の特権であり、俺にとっては地獄だった。俺を怖がらず逃げない。それだけで好意を向けるほど、俺は常に孤独の中にいた。焦らされるたびに、襲いたい衝動が湧き上がる。しかし、泣かせたくなかった。

 欲のままに騙して手に入れれば、この子の体は手に入る。欲を満たしたあと、ウェパルが己の身に降りかかった出来事を理解したら? 幼子に欲情して無理やり襲いかかったと知られたら……それで嫌われることの方が痛い。

 欲を呑み込むことは、灼熱のマグマを飲むほど苦しい。だが嫌われたら、全身を引き裂かれて焼かれる方がマシなほど痛いだろう。想像がつくから、我慢できた。

 汚い俺と違い、輝く銀色の鱗を纏うウェパル。広げる翼はまだ小さくとも、世界を支配する強者に生まれた。愛らしいこの子が、俺を選んでくれるよう……いま出来るのは努力くらいだ。

 魔王の不在が長かったようで、魔族は様々な困りごとを持ち込む。人間との関係であったり、他種族とのトラブルだったり。それらを解決する方法は、過去の経験に頼った。力だけが全てで、何もかも蹴散らしたあの頃……その経験が役立っている。

 世の中は不思議なものだ。誰もが俺を遠ざけた理由が、強さとこの姿であったのに。この世界に召喚されてからは、誰も俺を遠ざけない。逃げずに応じてくれる。それでもウェパルが欲しいと思う。他に美しい女性もいるし、賢い者や有能な者もいた。彼女らを見てなお、同性のウェパルが愛しい。

 ごろりと腹を見せて眠るウェパルを抱き上げ、腕の中にすっぽりと隠した。この子は俺のものだ。そう感じる本能に近い部分が、絶対に手放すなと騒ぎ立てる。

 魔族にはツガイという概念を持つ種族がいるが、これがそうなのかもしれないな。誰とも比べられない、誰とも交換できない。唯一無二の存在だと魂が知っていて、俺のものだと叫び続けている。これが愛なら、ウェパル以外に抱かない感情だった。

「しっかり眠って……早く育て。あまり長くは待ってやれないからな」

 人間相手なら素肌を傷つける鱗や背中の棘も、俺にはまったく傷をつけない。そんな小さな積み重ねさえ、受け入れられたようで嬉しかった。子どもは体温が高いのか、俺が知るドラゴンより温かい。

「おやすみ、ウェパル」

 声をかけて目を閉じる。その後で、バレないようにこっそり目を開ける幼子が、赤くなった頬を両手で包む姿に口元が緩んだ。
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