【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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第2章 悪魔の手で踊れ

2-4.濁った泥を飲み干す覚悟

 リアン伯爵家の現当主は、ミシャ公爵の次男が婿入りしている。

 今回のクーデターの首謀者と判断された子爵に、娘を嫁がせたのはリアン伯爵だった。つまり、子爵の妻はミシャ公爵の孫に当たる。

 息子と孫娘が関わっていて、無関係を装えるほど公爵に余裕がないのだろう。

 失敗を考慮に入れなかったのかも知れない。


 確かに、巧妙に幾重にも張り巡らされた罠は、ウィリアムでさえ感嘆した。

 抜け出る先を計算し、その場所に傭兵を配置する。

 何も知らずに随行していたら、エリヤもウィリアムも生きてはいなかった。それほどの完璧な計画だったが……。

 傭兵を集めるのに金がかかるのは周知の事実。そして大きな金の流れに敏感なのが、情報売買を生業とする情報屋たちだ。

 情報屋レイルが齎した情報は、国王エリヤと執政ウィリアムの命を救い、それに相応しい報酬を持って報いられた。

 公爵達の失敗は、情報屋に支払う金をケチったことだろう。

 傭兵達は金で黙っても、その仲介に当たる情報屋を満足させなければ、情報は流れてしまう。雇う傭兵の情報を売った時点で、彼らの仕事は終わっているのだ。

 傭兵を集めた公爵の情報は、さらに金を払う人間がいれば商品になる。

 それが嫌なら、相応の口止め料が必要だった。



「リアン伯爵の爵位剥奪? 少し事が大きくなり過ぎる……」 

 公爵が黙っていない筈だ。

 納得したと滲ませたエリヤの黒髪に指を滑らせ、ウィリアムは行儀悪く机の端に腰かけた。長いすらりとした足を組んで、広い机の上に身を乗り出す。

「大丈夫、すべて執政の権限で片付けたから」

 つまり国王は手を汚さない。何も知らないと外部へ示したのだ。

 逆に、執政はすべてを知っている――そう知らしめることで、国王への批判を躱しながら守る気だった。

 ウィリアムの思惑に、エリヤは眉を顰める。

 長い髪が机に散らばるのを掴み、ぐいっと近づける為に引く。痛みがある筈なのに、何も言わないウィリアムは目を細めて顔を寄せた。

「俺に知らずにいろ、と……」

「違うな、本当に『知らない』方がいい。汚い仕事は全部オレがやる。おまえには白い手でいて欲しいんだ」

 ちゅっと額にキスが降り、反射的に目を閉じる。すぐに開かれた蒼い眼差しは、複雑な感情を滲ませていた。


 国王として、表舞台を歩かなくてはならない立場は理解している。

 暴漢に襲われたとしても、自らの手で切り捨てるのではなく、護衛に任せて背を向けるのも人の上に立つ者の義務だ。

 教養として武芸を嗜むが、それはあくまでも試合用でしかない。

 だからウィリアムが言うことは正しかった。

 正しいと理解する反面、悔しくもあった。

 自らを守る事すら許されず、目の前で最愛の者が血を浴びる姿を黙して見ていろと――要約すればそういう意味なのだ。

「だが……」

「エリヤ、おまえは『国王』なんだ。頂点に立つ以上、我慢して貰う。これは譲れない」

 言い聞かせるウィリアムはにっこり笑い、腰掛けていた机から下りた。長い髪が手の中から消える滑らかな感触に、エリヤが慌てて立ち上がる。

「だけどな……今度からちゃんと話すよ。隠し事されると嫌なんだろ?」

 柔らかい笑みと口調に、それ以上何も言えなくなった。


 国を支える『王族』としての役目を放棄は出来ない。

 捨てられない以上、付き合っていくしかないのだろう。その中で国民に不安を与え、動揺させる因子は取り除かなければならないのだ。

 その汚れ役を担ってきたのが、代々の執政や大臣達であった。

「必ず話せ」

「ああ、オレはエリヤの『モノ』だから『裏切らない』」

 言い切ったウィリアムの真剣な表情に、エリヤは覚悟を決めた。

 静かに頷くことで、その決意を示すエリヤの姿に、痛々しさを感じてウィリアムは唇を噛み締める。 



 誰より強さと才能を持ち、本来ならもっと自由に生きられただろうに……幼くして両親を失ったばかりに、国王という重責を15歳で背負わされた。

 背の翼を毟り取られたように思えて、そんなエリヤの身を少しでも軽くしてやりたくて、執政の権限ぎりぎりの決断を下したのだ。

 『国王』という地位は、まるでエリヤを縛る鎖だ。

 幼い肢体を拘束し、自由で透明な心を濁らせ、羽ばたこうとする魂を雁字搦めにした。

「……いつか……」

「必ず叶えてやる」

 誰も知らない、2人だけの約束を肯定して――エリヤは嬉しそうに双頬を笑み崩した。



 テラスからの風が部屋を吹き抜ける。

 生臭い謀略や、醜い欲による画策を清めるように……そして、空で輝く太陽の強い光が地上に降り注ぐ。

 人間の愚かさ、醜さを嘲るように、宮殿の窓から見える景色はどこまでも澄んでいた。




 ……Next
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