【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
13 / 102
第3章 白薔薇を赤く染めて

3-4.白を赤に染める手が

 隣国オズボーンからの使者が謁見を求めている――それを無視すれば、再び戦争の原因になり兼ねない。 

 さすがのエリヤも親書のように無視できず、しかたなく謁見の間へ続く長い回廊を歩いていた。


 周囲を固めるのは、軍の中でもエリートに分類される親衛隊の12名だ。

 途中で中庭を通る。初夏の今、庭は薔薇が一面を飾り咲き誇っていた。

 見惚れて足を止めたエリヤが薔薇へ手を伸ばそうとするのを、一歩控えて立つウィリアムが遮る。

「白でよろしいですか?」

 柔らかく問いかけ、頷いた主に微笑んで一輪手折る。護身用のナイフで棘を落とし、そっと手渡した瞬間だった。


「何者だっ?!」

 背後に感じた気配に振り返ったウィリアムの脇腹に、灼熱の痛みが走る。

 叫んだエリヤの声が遠くに聞こえ、剣に貫かれた状態で全力を振り絞ってエリヤを突き飛ばした。

 よろけた体を親衛隊の1人が受け止めるのを確認して、ウィリアムは手にしていたナイフを剣の持ち主に振り翳す。角度が変わった刃がウィリアムの腹部を抉った。

 吐き気がする激痛に殺し切れない呻き声が零れる。狙い過たず、すぐ後ろに居た男の首を切り裂いたナイフを放り出し、腹から生えた剣を掴んで引き抜いた。

 がくりと膝をついた体を支えられず、咲き誇る薔薇の中に崩れる。



 目の前が真っ赤に染まった。

 庭園の白い薔薇を染め替える血の色は鮮やかで、そして……青空に映える美しさで目を奪う。

「ウィルッ!!」 

 叫んだエリヤの手は、届かない。

 渡されたばかりの白薔薇が滑り落ち、誰かに踏まれて散った。

 普段、人前で呼ばない愛称が響く。


 ーー彼は動かない。


 親衛隊によって遮られた視界の向こうで、倒れた男を求めて声を嗄らし叫ぶ。

「ウィル! 貴様ら、そこをどけ!! ウィリアムが…っ」

 しかしウィリアム自身が選抜した優秀な親衛隊のメンバー達は従わない。

 国王エリヤの命令であれ、彼の身を危険に晒す可能性がある以上、優先される順位は国王の無事だった。



 ゆっくり血が流れる。


 ぽたりと音を立てて前髪から落ちた赤に目を細め、呻いて腕に力を込める。重いガラクタのような体を動かすたび、軋んで錆びた鉄のような悲鳴を上げた。

「……ウィリアム様」

 気遣う親衛隊員の声に顔を上げ、人影に隠された最愛のエリヤの様子に安心する。

「何を……て……いる…ッ、陛下を……」

 安全な場所へお連れして守れ! 

 強く命じる眼差しに、敬礼した親衛隊が玉体ぎょくたいを囲んで室内へと誘導する。

 嫌がって暴れるエリヤの声が悲痛に響き、しかし歴然とした体格の差で押し切られた。

「……ぐっ…」

 吐き気に身を丸めて口元を押さえれば、咳と共に血が手を濡らす。

 ぺろりと舌で唇の赤を舐め取ったウィリアムの身を、薔薇の棘が容赦なく傷つけた。

 薔薇の中に倒れていたことに思い至り、ようやく這うようにして回廊の柱まで移動して寄りかかる。

 ふぅ……吐き出した息まで、血腥い気がした。だが噎せ返るほど満開の薔薇が、華やかで芳醇な香りで感覚を塗り替えていく。



「大丈夫ですか? すぐに手当てを……」

 エリヤの安全を確保したからだろう。

 普段からエリヤの護衛を担当す精鋭の親衛隊員のうち、半数に近い6人が駆け寄ってきた。

「……犯人、は?」

 額を濡らした血が目に入り、視界が悪い。

 土や泥に汚れた手で拭うわけにもいかず、ウィリアムは目を伏せたまま問い質した。

 数人が離れていく気配がして、すぐに返答が戻る。

「絶命しております」


「………はぁ…」

 思いっきり溜め息をつく。

 死んでいることくらい、とっくに承知していた。そうでなければ、男は再び剣を振り翳していた筈で、ここで死体になっているのはウィリアムの方だ。自分が生きている以上、犯人が死んでいるのは当然だった。

 聞きたいのは、男を雇った犯人に繋がる手がかりなのだ。

 しかし説明する気力が足りず、ただ柱に寄りかかって天を仰いだ。



 ずきんと痛んだ腕に、ウィリアムは薄く目を開く。

 肌に触れた手が、丁寧に触診して止血をしていくのを感じた。

 その手際のよさに視線を向けたウィリアムの目に飛び込んだのは、前髪の長い青年だった。緑瞳は印象的だが、薄いブラウンの髪が顔の半分近くを覆っている。

「…名は?」

「ラユダだ」

 敬語ではないが、それが逆に彼の好感度を高めた。

「この傷ではしばらく動けないが、筋肉や神経は切断していないようだ」

 確認するように動かされ、右腕の痛みに呻いてしまう。

「そっか……」

 つられる様に言葉遣いをぞんざいに崩したウィリアムが、口元に笑みを浮かべた。それが不思議なのか、ラユダは眉を顰める。

「陛下、の元へ……向かう。……介添えを頼む」 

 呼吸を整えて告げるウィリアムが起き上がろうとするのを、左側から支えたラユダが苦言を呈する。

「しかし…この姿では失礼に当たるだろう」

 いくら執政と言えど、国王に謁見するにはひどい格好だ。側近としての地位を失いかねないと忠告するラユダに首を横に振った。

「……ああ、それでも行く必要があるんだ」 

 エリヤは泣いているだろう。誰にも涙を見せず、心の中で――だから今でなくてはならない。


 生きているのだと、教えてやらなくては…。
感想 10

あなたにおすすめの小説

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります