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第4章 愚かな策に散る花を
4-1.穏やかな休息がはじまり
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涼やかな風が吹き抜ける。心地よい日差しを浴びながら、少年は大きく伸びをした。 艶のある黒髪を風が揺らしていく。
「陛下、あと少しですので……」
遠回しに馬車に戻ってくれと促す青年の声に、国内最高の肩書きを持つ子供は頷く。
「わかった」
シュミレ国、北の山脈が背を守り、南の海が恵みを運ぶ大国。この国で采配を振るう王は、わずか15歳という若さだった。
本来なら王子として親に守られる年齢だ。12歳で両親を暗殺された彼にとって、一番身近な家族は執政であるウィリアムだった。
従兄弟同士でありながら、国王となった少年エリヤと禁忌の存在であったウィリアムの生い立ちは全く違い、接点はなかった。
偶然見つけた古い資料に興味を持ったエリヤがウィリアムを見つけださなければ、この国はもっと寂れていたかも知れない。優秀な手腕を誇る宰相ウィリアムが起案した政策は、この国を旱魃の危機から救い、戦争孤児である子供達の未来を開いた。
全体を判断して動かすエリヤ、王の意見を通すために詳細を詰めるウィリアム。どちらが欠けても、今のシュミレ国は存在しなかっただろう。
「……疲れた」
滅多に人前で甘えることのない少年王の両手が伸ばされる。膝を着いたウィリアムが苦笑して受け止めると、当然のように抱きついた。
「かしこまりました。こちらへ」
鍛えた腕で抱き上げたエリヤを馬車に運ぶが、入り口でエリヤは首を横に振る。
馬車が嫌なのではない。中に一人でいるのが嫌だった。後ろの馬車に侍女はいるが、同席させられない。この視察旅行に他の貴族は同行させていないため、国王の馬車に同席できる者がいなかった。
ならば、このまま馬車を警護する騎士であり執政であるウィリアムの馬に乗せてもらえばいい――無邪気に笑って強請る子供に、ウィリアムはしばらく考え込んだ。
領地の見回りをかねた視察に、ほとんど危険はない。国内しか移動しないし、そもそもが他国との状況が落ち着いたから視察旅行の時間を設けたのだ。
護衛騎士の立場から言えば、直近の危険がないからといって許可は出来なかった。執政の立場でも同じ意見だ。 だが傍らに侍る侍従としてなら……少し羽を伸ばさせてあげたい。
さらに、ウィリアムは『国王の恋人』だった。
恋人の我が侭を叶えたい。そう願うのは当然だ。迷いに足を止めたウィリアムの頬に頬を押し付け、エリヤは無邪気に答えを待った。
なんだかんだ理屈をつけても、この男はどうしたって俺に甘い。世界の理のように揺るがない事実を前に、わかりきった答えを待つ時間は楽しかった。
やがて折れたのか、諦めたのか。ウィリアムが小さく溜め息を吐く。
「馬に乗るのは揺れるぞ」
耳元でこっそり囁く。乗り物に酔いやすいエリヤを心配しての言葉だった。
「構わないから、乗せろ」
傲慢な満面の笑みで言い切られ、その命令にウィリアムは肩を竦めた。 我が侭に振舞う主を愛おしいと思っても、厭うことはない。
子供らしくいられる時間を奪われた少年の、些細な願いを叶えてやれるのは特権とすら感じていた。
「わかった」
少し砕けた口調で了承を伝え、頬を綻ばせた恋人の黒髪にキスを落とす。
「陛下は乗馬をご希望だ。私が支えるから馬車は後ろをついてくるように」
執政ウィリアムの指示に反対する声は上がらず、親衛隊はただ頭を垂れて従う。 執政である彼の言葉に逆らう者はいなかった。
普段は『オレ』の一人称が、公の場では『私』となる。その違いを知っている――公私両面を知る立場にいる事実に、エリヤは少し優越感を覚えた。
「陛下、あと少しですので……」
遠回しに馬車に戻ってくれと促す青年の声に、国内最高の肩書きを持つ子供は頷く。
「わかった」
シュミレ国、北の山脈が背を守り、南の海が恵みを運ぶ大国。この国で采配を振るう王は、わずか15歳という若さだった。
本来なら王子として親に守られる年齢だ。12歳で両親を暗殺された彼にとって、一番身近な家族は執政であるウィリアムだった。
従兄弟同士でありながら、国王となった少年エリヤと禁忌の存在であったウィリアムの生い立ちは全く違い、接点はなかった。
偶然見つけた古い資料に興味を持ったエリヤがウィリアムを見つけださなければ、この国はもっと寂れていたかも知れない。優秀な手腕を誇る宰相ウィリアムが起案した政策は、この国を旱魃の危機から救い、戦争孤児である子供達の未来を開いた。
全体を判断して動かすエリヤ、王の意見を通すために詳細を詰めるウィリアム。どちらが欠けても、今のシュミレ国は存在しなかっただろう。
「……疲れた」
滅多に人前で甘えることのない少年王の両手が伸ばされる。膝を着いたウィリアムが苦笑して受け止めると、当然のように抱きついた。
「かしこまりました。こちらへ」
鍛えた腕で抱き上げたエリヤを馬車に運ぶが、入り口でエリヤは首を横に振る。
馬車が嫌なのではない。中に一人でいるのが嫌だった。後ろの馬車に侍女はいるが、同席させられない。この視察旅行に他の貴族は同行させていないため、国王の馬車に同席できる者がいなかった。
ならば、このまま馬車を警護する騎士であり執政であるウィリアムの馬に乗せてもらえばいい――無邪気に笑って強請る子供に、ウィリアムはしばらく考え込んだ。
領地の見回りをかねた視察に、ほとんど危険はない。国内しか移動しないし、そもそもが他国との状況が落ち着いたから視察旅行の時間を設けたのだ。
護衛騎士の立場から言えば、直近の危険がないからといって許可は出来なかった。執政の立場でも同じ意見だ。 だが傍らに侍る侍従としてなら……少し羽を伸ばさせてあげたい。
さらに、ウィリアムは『国王の恋人』だった。
恋人の我が侭を叶えたい。そう願うのは当然だ。迷いに足を止めたウィリアムの頬に頬を押し付け、エリヤは無邪気に答えを待った。
なんだかんだ理屈をつけても、この男はどうしたって俺に甘い。世界の理のように揺るがない事実を前に、わかりきった答えを待つ時間は楽しかった。
やがて折れたのか、諦めたのか。ウィリアムが小さく溜め息を吐く。
「馬に乗るのは揺れるぞ」
耳元でこっそり囁く。乗り物に酔いやすいエリヤを心配しての言葉だった。
「構わないから、乗せろ」
傲慢な満面の笑みで言い切られ、その命令にウィリアムは肩を竦めた。 我が侭に振舞う主を愛おしいと思っても、厭うことはない。
子供らしくいられる時間を奪われた少年の、些細な願いを叶えてやれるのは特権とすら感じていた。
「わかった」
少し砕けた口調で了承を伝え、頬を綻ばせた恋人の黒髪にキスを落とす。
「陛下は乗馬をご希望だ。私が支えるから馬車は後ろをついてくるように」
執政ウィリアムの指示に反対する声は上がらず、親衛隊はただ頭を垂れて従う。 執政である彼の言葉に逆らう者はいなかった。
普段は『オレ』の一人称が、公の場では『私』となる。その違いを知っている――公私両面を知る立場にいる事実に、エリヤは少し優越感を覚えた。
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