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第4章 愚かな策に散る花を
4-5.返り血なんて大失態
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彼らの剣は傭兵ごときが入手できる安物ではなかった。少なくとも正規兵がもつ剣に近い。また彼らの構えも正規兵の動きだった。スガロシア子爵に仕えた兵が主の命令に逆らえずに襲撃を試みた、そう考えるに十分な状況証拠だ。
だから生かしておこうと思ったが……彼らが破滅を選ぶなら仕方ない。どうせ彼らの装備や出身地、様々な情報から主犯は絞られる。無理に生かす必要はないだろう。
免罪符のように理由をかざし、ウィリアムは笑みを浮かべた。背筋が寒くなるような笑みが黒く表情を彩る。直後、彼の身体は流れるように動いた。
本来両手で扱う剣を右手のみで構え、左手で腰の短剣を抜く。踏み出した足が一気に距離を縮め、左側から振り下ろされた剣を短剣で弾いた。たたらを踏んだ男の腹部に剣を振り下ろす。
正規兵と違う金属製ではなく革の鎧は、鮮やかに切れた。革であっても鎧として作られた以上、最低限の強度は持っている。それを紙のように切り裂く技量は、ウィリアムが独自に鍛えた結果だった。
突き立ててしまえば抜くのに時間がかかる。肩から腹部まで切り裂いて動けなくし、次のターゲットへ踏み込んだ。身を捩った男の首を一撃で落とす。転がる頭部を追う形で血が噴出した。
「やっちまった」
ミスしたと舌打ちしたのは、返り血を浴びたからだ。最前線ならば問題ないが、この後も国王であるエリヤに随伴する身として、血に染まっているのは考え物だった。
まあ、すでに浴びてしまったものは仕方ない。溜め息をついて剣を一振りして血を落とす。軽く拭って鞘に収めた。
「お待たせいたしました」
親衛隊の手前、膝をついて賊の討伐完了を報告する。愛馬の上に残した主は、子供らしい仕草で立ち上がるよう命じた。
「ご苦労。こちらへ」
「はっ」
素直に近づくが、ふと気付いて足を止める。案の定、エリヤは白い手をこちらに伸ばしていた。気付くのが遅れていたら、赤く濡れた髪に触れられるところだ。
「……もっと」
ひらひら手を振って近づけと命じる国王へ、ウィリアムは腰に手を当てて呆れ顔を作った。
「どうして血に触れたがるんですか」
口調が少し砕けている。本心から呆れたと示すが、エリヤは首を傾げた。
「拭いてやろう、だから来い」
何も悪いと思っていない。国王の手は”白く”なければならない。穢してはならぬ、神聖なものとされてきた。この国の不文律を平気で破ろうとする主は、すべてにおいて自由なのだ。時に執政が頭を抱えるほどに。
その自由で奔放な考え方は時に宝であり、国に新たな活力をもたらす切欠にもなるが、この場面では執政の溜め息を誘うだけだった。
「ダメです」
「命令だから来い」
「命令でもダメ。つうか、本当に汚れるから」
ついに完全に口調が私的なものに変わる。触られる前にと己の髪から血を拭う執政へ、親衛隊が苦笑しながら手伝いを始めた。集まった騎士がそれぞれに絹のハンカチで丁寧に血を拭い去り、ようやくウィリアムは手の触れられる距離へ近づいた。
「……俺が拭きたかった」
むすっと唇を尖らせた恋人に一瞬天を仰ぎ、周囲に目配せする。心得たように顔を伏せたり、外を向いた親衛隊の騎士を確認し、そっと唇を重ねた。
しっとり、重ねるだけの接吻けにエリヤの頬が緩む。
「さあ、アスターリア伯爵家に向かいましょう」
いつもの執政としての口調で声をかけると、外を警戒するフリで視線を外していた親衛隊が周囲を固める。黒馬の後ろに飛び乗ろうとして、己の服が血塗れなことに気付いた。
髪や肌は拭ったが、沁みてしまった服の返り血はそのままだ。このまま後ろに乗ってエリヤを抱き寄せると、国王の白い衣装に赤がついてしまう。
紺の上着を脱いでシャツを確認すると、下のシャツまで血は抜けていない。肩をすくめて上着を馬車に放り込み、シャツ姿で後ろに飛び乗った。
だから生かしておこうと思ったが……彼らが破滅を選ぶなら仕方ない。どうせ彼らの装備や出身地、様々な情報から主犯は絞られる。無理に生かす必要はないだろう。
免罪符のように理由をかざし、ウィリアムは笑みを浮かべた。背筋が寒くなるような笑みが黒く表情を彩る。直後、彼の身体は流れるように動いた。
本来両手で扱う剣を右手のみで構え、左手で腰の短剣を抜く。踏み出した足が一気に距離を縮め、左側から振り下ろされた剣を短剣で弾いた。たたらを踏んだ男の腹部に剣を振り下ろす。
正規兵と違う金属製ではなく革の鎧は、鮮やかに切れた。革であっても鎧として作られた以上、最低限の強度は持っている。それを紙のように切り裂く技量は、ウィリアムが独自に鍛えた結果だった。
突き立ててしまえば抜くのに時間がかかる。肩から腹部まで切り裂いて動けなくし、次のターゲットへ踏み込んだ。身を捩った男の首を一撃で落とす。転がる頭部を追う形で血が噴出した。
「やっちまった」
ミスしたと舌打ちしたのは、返り血を浴びたからだ。最前線ならば問題ないが、この後も国王であるエリヤに随伴する身として、血に染まっているのは考え物だった。
まあ、すでに浴びてしまったものは仕方ない。溜め息をついて剣を一振りして血を落とす。軽く拭って鞘に収めた。
「お待たせいたしました」
親衛隊の手前、膝をついて賊の討伐完了を報告する。愛馬の上に残した主は、子供らしい仕草で立ち上がるよう命じた。
「ご苦労。こちらへ」
「はっ」
素直に近づくが、ふと気付いて足を止める。案の定、エリヤは白い手をこちらに伸ばしていた。気付くのが遅れていたら、赤く濡れた髪に触れられるところだ。
「……もっと」
ひらひら手を振って近づけと命じる国王へ、ウィリアムは腰に手を当てて呆れ顔を作った。
「どうして血に触れたがるんですか」
口調が少し砕けている。本心から呆れたと示すが、エリヤは首を傾げた。
「拭いてやろう、だから来い」
何も悪いと思っていない。国王の手は”白く”なければならない。穢してはならぬ、神聖なものとされてきた。この国の不文律を平気で破ろうとする主は、すべてにおいて自由なのだ。時に執政が頭を抱えるほどに。
その自由で奔放な考え方は時に宝であり、国に新たな活力をもたらす切欠にもなるが、この場面では執政の溜め息を誘うだけだった。
「ダメです」
「命令だから来い」
「命令でもダメ。つうか、本当に汚れるから」
ついに完全に口調が私的なものに変わる。触られる前にと己の髪から血を拭う執政へ、親衛隊が苦笑しながら手伝いを始めた。集まった騎士がそれぞれに絹のハンカチで丁寧に血を拭い去り、ようやくウィリアムは手の触れられる距離へ近づいた。
「……俺が拭きたかった」
むすっと唇を尖らせた恋人に一瞬天を仰ぎ、周囲に目配せする。心得たように顔を伏せたり、外を向いた親衛隊の騎士を確認し、そっと唇を重ねた。
しっとり、重ねるだけの接吻けにエリヤの頬が緩む。
「さあ、アスターリア伯爵家に向かいましょう」
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