【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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第4章 愚かな策に散る花を

4-11.泥沼に嵌る失敗者

 灯りのない薄暗い部屋で、夜空を見上げる。窓際にいる男が月光を背に振り返った。彼の顔は見えないが、でっぷり丸い体型が彼の立場を物語る。

 正面で男の視線を受け止めるのは、1人の男だ。彼も衣食住に不自由したことがないのだろう。身なりがよく、指先も荒れていなかった。

 明らかに貴族階級の人間が2人――薄暗い部屋に人目を避けて集まれば、何か悪いことを企んでいると思われても仕方ない。そして、それは邪推じゃすいではなく事実だった。

「陛下は生きている」

「残念だが失敗したな。執政も無事だ」

 自ら手を下していない2人はそれでいいだろう。疑われたとしても追求をかわす自信があった。証拠がなければ、執政とて簡単に貴族を処断できない筈だ。しかし、己の兵を向けてしまったスガロシア子爵は青ざめていた。

「わ、私は……このままでは」

 余裕のない子爵を一瞥し、窓を背にした男が言い聞かせるように言葉を操る。

「処断される。もう後には引けぬな」

 がくりと膝をついた子爵の口から「後に、引けない」と繰り返しが紡がれる。洗脳するために、もう一度言い聞かせた。

「そうだ、引けぬ。王宮に帰りつけぬよう……崩御していただくしかあるまい」

 仰々ぎょうぎょうしい言い回しに、スガロシア子爵は覚悟を決める。もう後ろに下がることは出来ない。彼らを殺すか、自らが処罰されるか。

 寝室へ送り込んだ娘は失敗した。刺客として送った兵は殺された。残された手段は、彼らの殲滅せんめつだけだ。

 喉が緊張で渇いた。張り付く不快さが、さらに子爵の思考力を奪っていく。

「兵を貸してやろう。次に仕留めねば……破滅だ」

 ごくりと喉が鳴った。財産も、妻や子、己の命もすべて――破滅するしかない。どんな手を使っても、必ず王と執政を殺さなければならなかった。

 幸いにして兵を貸すと言ってくれる貴族がいる。己より地位の高い男の言葉に、子爵は必死にすがった。

「お、お願いします! 兵を……」

「わかっている」

 罠にかかった哀れな獲物へ慈しみの笑みを向けた男は、視線を夜空へ向けた。青白い月は雲に隠れて見えなくなる。

 それは今後の運命を暗示していた。

 国王派を排除するか――失敗してにえである子爵が潰されるか。どちらにしても、男に被害は及ばない。追求の手が届かないと考えるから、余裕を持ってこの場にいられる。

「……どちらでも良い」

 どちらが勝っても負けても、損はしない。そう呟いた男の目はもう、足元に縋りつくスガロシア子爵を見てはいなかった。





「見当はついたの?」

 食後にワインとチーズを摘みながらのセリフに、ウィリアムは意味ありげな笑みを浮かべた。手にした赤ワインを口に含み、舌の上で転がして飲み込む。時間をかけた彼の仕草に、エイデンは肩をすくめた。

「どうやら黒幕まで掴んでるみたいだね」

「今の問題は黒幕の存在より、どうやって」

「無事に帰るか、でしょう?」

 語尾をさらったエイデンが白ワインを飲み干す。空になったグラスへ赤ワインを注いだウィリアムに、エイデンが顔を顰めた。

「ちょっと、勝手に……」

「白は終わりだ」

 ウィリアムの言葉に目を見開く。隠語で包んだ覚悟に気付けないエイデンではない。シュミレ国を揺るがしかねない大貴族が絡んでいる暗殺未遂事件を、大事おおごととして表に出すと明言した。

 侯爵家の跡取りとして、エイデンは己の立場を示さねばならない。

 途端に手のグラスに注がれた赤ワインが血のように思え、大きく深呼吸した。これから流れる血を飲み干す覚悟があるか、そう問われている。

「お付き合いしましょう」

 半分を一気に飲み、エイデンは貴族らしい笑みでグラスを揺らす。血に見立てた赤ワインを、最後まで飲み干してテーブルに置いた。

「頼むな」

 にっこり笑った執政はグラスを目の高さに掲げる。見届けたエイデンの覚悟を称え、彼にならってグラスを空けた。
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