34 / 102
第4章 愚かな策に散る花を
4-15.踏んではいけない地雷だった
王宮の謁見の間は緊迫した空気に包まれていた。大きな椅子に埋もれるように座る少年王が、頭の上の王冠を無造作に手で直す。
王座に続く階段を飾る赤い絨毯が細く長く届く先で、幾人かの貴族が傅いていた。罪人のように頭を垂れて待つ大人を、物憂げな態度で見下ろす。
「次……」
欠伸しそうな少年の促しに、ウィリアムはぺらりと紙をめくった。手元に束ねた大量の紙は、跪く彼らの罪状を記した書類だ。今回の襲撃事件だけでなく、横領や納税の誤魔化し、領地内の不手際など……戦時中で執政の目が届かない間に仕出かした事件が、つぎつぎと暴露されていく。
「スガロシア子爵家当主、ミヒャエル・スガロシア。国王陛下への不敬罪、暗殺未遂、襲撃、戦時中に許可なく行った略奪、軍事費の横領、派遣兵の過大申告、またそれに伴う軍費の不正申告と受領……ほか、この書類に記載された84の罪について問う」
読み上げるのも嫌になる量の罪状が記された紙束を、ひらひら示して見せた。最初に罪を問うたリシェケ伯爵家は46の罪をすべて読み上げたのだが、さすがにウィリアムも疲れてしまった。これだけあれば、いくつか抜けていても増えていても気付けないレベルだ。
痴女のことは言わなくとも、84の罪の中に数えてある。わざわざ思い出して口にすることもあるまいと、執政は淡々と言葉を紡いだ。
「畏れながら、それらが私どもの罪である証拠は……」
「証拠?」
眉を顰めたウィリアムの声色が変わる。執政として取り繕っていた仮面に、ヒビが入る音が聞こえた気がした。愚かな足掻きに、ウィリアムの表情は満面の笑みを返す。
「陛下、少し……よろしいですか?」
「構わん、好きにやれ」
こんなヤバい笑顔をしたウィリアムに逆らう人間はいない。それは溺愛されるエリヤであっても同じだった。余計なことを口走ったな、と呆れ顔のエイデンも助ける義理はない。
主人である国王に対し、執政が許可を取ったのは「本気で潰すぞ」という意思表示だった。ついでに「口調を崩してやりこめる」宣言でもある。
孤立無援の状況に気付かないのか、スガロシア子爵はさらに余計な言葉を重ねた。
「陛下は我が娘を召されたのですから、我らは外戚であり」
「――今、何といった?」
ウィリアムの仮面が割れる幻影が見えて、エイデンは首を横に振った。先に断罪されたリシュケ伯爵の顔が引きつり、順番を待つ他の貴族も身を強張らせる。緊迫した空気が謁見の間を満たした。
「救いようのない」
呆れ顔のエイデンの呟きに、隣でチャンリー公爵家のショーンが眉を顰めて頷く。ミシャ公爵家なき今、シュミレ国唯一の公爵家の当主であるショーンは、国王の補佐として立ち会っていた。
「地雷を踏んだな」
ショーンの言葉通り、彼らは踏んではならない虎の尾を踏んだ。それも思い切り、踏みにじるようにして。身を起こした虎が自慢の尾を踏んだ相手を殴り倒すのは必然だった。
「陛下が、お前の娘を? オレが叩き出した、あの娼婦もどきの痴女を召した、と……そう言うのか!」
娘がどう報告したとしても、状況を見れば一目瞭然の結果を捻じ曲げようとする言葉。外戚を名乗る不遜さ。すべてを罪に加算しながら、ウィリアムの眦が鋭く釣りあがった。
下着に近い半裸で部屋に不法侵入して既成事実を作ろうとした痴女を、どう弁護したら『王の外戚』まで引き上げられると考えるのか。それほど国王の権威が蔑ろにされた事実は、執政の立場から見過ごすことはできなかった。
「む、娘は清き身を、捧げ…」
「清い? 下着のみのはしたない姿で、深夜に男の部屋を訪ねる不貞の娘を持ったことを恥じるがいい。娼婦以下の行いだぞ」
王座に続く階段を飾る赤い絨毯が細く長く届く先で、幾人かの貴族が傅いていた。罪人のように頭を垂れて待つ大人を、物憂げな態度で見下ろす。
「次……」
欠伸しそうな少年の促しに、ウィリアムはぺらりと紙をめくった。手元に束ねた大量の紙は、跪く彼らの罪状を記した書類だ。今回の襲撃事件だけでなく、横領や納税の誤魔化し、領地内の不手際など……戦時中で執政の目が届かない間に仕出かした事件が、つぎつぎと暴露されていく。
「スガロシア子爵家当主、ミヒャエル・スガロシア。国王陛下への不敬罪、暗殺未遂、襲撃、戦時中に許可なく行った略奪、軍事費の横領、派遣兵の過大申告、またそれに伴う軍費の不正申告と受領……ほか、この書類に記載された84の罪について問う」
読み上げるのも嫌になる量の罪状が記された紙束を、ひらひら示して見せた。最初に罪を問うたリシェケ伯爵家は46の罪をすべて読み上げたのだが、さすがにウィリアムも疲れてしまった。これだけあれば、いくつか抜けていても増えていても気付けないレベルだ。
痴女のことは言わなくとも、84の罪の中に数えてある。わざわざ思い出して口にすることもあるまいと、執政は淡々と言葉を紡いだ。
「畏れながら、それらが私どもの罪である証拠は……」
「証拠?」
眉を顰めたウィリアムの声色が変わる。執政として取り繕っていた仮面に、ヒビが入る音が聞こえた気がした。愚かな足掻きに、ウィリアムの表情は満面の笑みを返す。
「陛下、少し……よろしいですか?」
「構わん、好きにやれ」
こんなヤバい笑顔をしたウィリアムに逆らう人間はいない。それは溺愛されるエリヤであっても同じだった。余計なことを口走ったな、と呆れ顔のエイデンも助ける義理はない。
主人である国王に対し、執政が許可を取ったのは「本気で潰すぞ」という意思表示だった。ついでに「口調を崩してやりこめる」宣言でもある。
孤立無援の状況に気付かないのか、スガロシア子爵はさらに余計な言葉を重ねた。
「陛下は我が娘を召されたのですから、我らは外戚であり」
「――今、何といった?」
ウィリアムの仮面が割れる幻影が見えて、エイデンは首を横に振った。先に断罪されたリシュケ伯爵の顔が引きつり、順番を待つ他の貴族も身を強張らせる。緊迫した空気が謁見の間を満たした。
「救いようのない」
呆れ顔のエイデンの呟きに、隣でチャンリー公爵家のショーンが眉を顰めて頷く。ミシャ公爵家なき今、シュミレ国唯一の公爵家の当主であるショーンは、国王の補佐として立ち会っていた。
「地雷を踏んだな」
ショーンの言葉通り、彼らは踏んではならない虎の尾を踏んだ。それも思い切り、踏みにじるようにして。身を起こした虎が自慢の尾を踏んだ相手を殴り倒すのは必然だった。
「陛下が、お前の娘を? オレが叩き出した、あの娼婦もどきの痴女を召した、と……そう言うのか!」
娘がどう報告したとしても、状況を見れば一目瞭然の結果を捻じ曲げようとする言葉。外戚を名乗る不遜さ。すべてを罪に加算しながら、ウィリアムの眦が鋭く釣りあがった。
下着に近い半裸で部屋に不法侵入して既成事実を作ろうとした痴女を、どう弁護したら『王の外戚』まで引き上げられると考えるのか。それほど国王の権威が蔑ろにされた事実は、執政の立場から見過ごすことはできなかった。
「む、娘は清き身を、捧げ…」
「清い? 下着のみのはしたない姿で、深夜に男の部屋を訪ねる不貞の娘を持ったことを恥じるがいい。娼婦以下の行いだぞ」
あなたにおすすめの小説
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
契約結婚だけど大好きです!
泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。
そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。
片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。
しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。
イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。
......
「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」
彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。
「すみません。僕はこれから用事があるので」
本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。
この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。
※小説家になろうにも掲載しております
※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります