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第5章 魔女は裏切りの花束を好む

5-1.それは熱に似たなにか

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 シュミレ国――豊かな海と山脈の間で繁栄する大国である。先々代は戦が多く苦労したが、先代は外交能力で領土を広げた頭脳派だった。そして、今代の王はまだ少年である。

「ウィル、これを…」

「手配する。それより具合が悪いんだろ?」

 少年王が差し出した書類の束を受け取って横に置き、ぞんざいな口調で手を伸ばす。黒髪に縁取られた象牙色の肌は赤みがさし、発熱していること確定だった。

 触れた肌は熱く、眉を寄せたウィリアムが執務机に向かう子供を抱き上げる。腕の中でぐったりと身を預ける王は、熱い吐息を漏らした。首筋にかかった息が想定より熱いことで、ウィリアムは溜め息を吐く。

 以前から体調を崩しやすい子供だった。なのに不調を隠して執務を行おうとする。ある意味、国の頂点にたつ人間としては勤勉で尊敬に値するが、侍従であるウィリアムから見れば迷惑な話だった。

 人なのだから具合が悪い日もある。それを隠して悪化させるより、早めに休養して欲しいと思うのだ。部下としてはもちろん、恋人としても同意見だった。

「平気だ」

「平気なわけないだろ、ほら、ミスってる」

 指差して署名した書類の一文を示せば、読み直したエリヤが溜め息を吐いた。

「たまたまだ」

「あのな、その『たまたま』が午前中だけで8件ある」

 朝起きたときに熱はなかった。体調も問題ないと判断したから、食後に書類を運んで決裁を任せたのだ。しかし戻されてきた書類の不備に首をかしげ、それが数枚続いたことで確信した。

「………」

 むっと唇を尖らせて不満をあらわにするが、自分でも体調が悪い自覚はあるのだろう。反論せずにふてくされている。このくらい大丈夫だと考えているエリヤだが、幼少時は病弱だったと聞いた。ウィリアムがつくようになってからも、何回か高熱で寝込んでいる。

「頼むよ、オレのために休んでくれ」

「……わかった」

 抱き上げたまま黒髪に顔を埋めて頼まれれば、さすがに意地を張れずにエリヤが折れた。渋々頷く少年の柔らかな髪を撫でて、執務室から続く扉を開く。すでに命令して寝室のベッドは整えさせた。あとはエリヤを眠らせるだけなのだが……。

「陛下、この手は」

「エリヤだ」

「…っ、エリヤ」

 ベッドに横たえたエリヤに左手を握られてしまい、振り解けずに困惑した顔で名を呼ぶ。肩書きを盾に言い聞かせようとしたウィリアムの戦略をしっかり封じた子供は、握った手を引き寄せた。赤い頬にすり寄せて目を閉じる。

「オレは仕事があるんだけど?」

「奇遇だな、俺も仕事がある」

 離してくれと遠まわしに伝えるが、あっさり切り返された。少し声が掠れているようだから、あとで蜂蜜入りのミルクでも用意させよう。そんなことを考えながら、ウィリアムはエリヤの肩まで上掛けを引っ張る。

「エリヤの分まで片付けるから、左手を返して」

「やだ」

 即答する我が侭な子供に口を開きかけ、その表情に気付いて微苦笑を浮かべた。熱が出て不安なのだろう、傍にいて欲しいと強請ればいいのに……いつもみたいに傲慢に命じればいいと思うが、彼は不安なときほど本音を隠す。

「じゃあ命じてよ。隣にいろって、さ」

「………」

 熱で潤んだ青い目が数回瞬きする。意味を考えているのかも知れない。深読みし過ぎて混乱する前に、ウィリアムはさらに言葉を重ねた。

「そうしたら、仕事を放り出してエリヤの傍にいられるから」

 黒髪をそっと撫でてやる。額に頬にキスを落とし、最後に熱で乾いた唇へ接吻けた。嬉しそうに頬を緩めたエリヤが上掛けを捲り、左手を引っ張る。

「ここにいろ、添い寝を命じる」

「畏まりました」

 大仰に受けて、エリヤの手を解かぬよう上着を脱ぐ。左手に引っかかった上着にエリヤが笑いながら手を離してくれた。足元へ上着を放りだし、腰の短刀を枕の下へ押し込む。空になった両手で子供を抱き締めると、柔らかなベッドに寝転んだ。

「他の奴らに見られたら叱られそうだな」

「ここは俺の部屋だ」

 そんな無粋な奴はいないと呟き、エリヤはひとつ欠伸をした。胸元のシャツに顔を押し付けて目を閉じる。慣れた香りと温もりに、疲れている身体はすぐに眠りの淵に落ちた。

 体調が崩れるほど疲れているのに、我が侭を上手に言えなくなった子供を哀れに思う。まだまだ甘やかしが足りないなと反省しながら、黒髪を何度も撫で続けた。

 ぐにゃりと猫に似た子供特有の柔らかさを抱き締め、ウィリアムも目を閉じる。聞こえてくる寝息を子守唄に、彼の意識も主を追った。
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