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第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-3.新たな火種に水を差す
ショーンは執務机に行儀悪く腰掛けた。チャンリー公爵家は、現在シュミレ国唯一の公爵家だ。他家は取り潰されたり断絶していた。王家に次ぐ地位を確立した若き当主は、国王の従兄弟にあたる。
黒髪はシュミレ国王族の特徴のひとつだ。やや長い髪を後ろで結び、きつい印象を与える黒瞳を細めて、手元の書類をじっくり読み返した。
「奇妙だな」
「ショーン、こっちへ座れ」
長い前髪で顔を半分ほど隠した青年が、行儀の悪さに溜め息を吐いた。本来ショーンの礼儀作法は洗練された、公爵に相応しい振る舞いができる。だが騎士として己を鍛える中で、周囲の粗雑な振る舞いも覚えてしまった。
他者がいれば気をつけるが、ラユダしかいない室内でショーンは気遣う必要を感じていない。長い足を組み直し、再び書類を睨みつけた。
「ラユダ、また戦が近いぞ」
「理由を聞こう」
肯定も否定もしないラユダは、他国から流れてきた傭兵だった。現在はシュミレ国の部隊に在籍しているが、それもショーンからの要請に応じたもので、本人の感覚は個人的な私兵に近い。穏やかな緑の瞳に促され、ショーンは机から降りてソファに腰を下ろした。
「ゼロシアを取り込んだことで、オズボーンがラシエラ国の一部と手を組むぞ。悪知恵だけ優秀な輩というものは、手に負えぬな」
「ゼロシアとオズボーンの間に位置する小国か」
ゼロシアとシュミレ国は接しているが、ラシエラは直接領土が触れていない。オズボーンかゼロシアの端を経由しないと交易できない位置にあった。小国だが軍事国家で、軍部が極めて強い発言権を持っている。この国の一番の問題は、王族が飾り物だという事実だ。
通常、講和条約を結ぶ際は王族同士が使者を立て、互いに署名する。だが軍事国家であるラシエラは王族の力が弱く、国王と条約を結んでも軍部が守るとは限らないのだ。王族が講和条約を強行すれば、クーデターで王族が処刑される可能性すらあった。
国王が絶対の権力を持つ他国ではあり得ない。
「魔女の報告によれば、ラシエラの軍部がオズボーンに接触しているらしい。おそらく攻め込んでくるだろうな」
机の上に置かれていたシュガーポットをずらす。用意されていたお茶のポットを手元に引き寄せ、ミルク入れを左に動かした。あっという間に机の上に国の関係図を作り出すと、ショーンは最初に置いたシュガーポットを示した。
「ラシエラとオズボーンが手を組めば、最初にゼロシアが攻め込まれる。防御に兵を出せば……」
「オズボーンが国境を越えて城を襲う、か」
一介の傭兵に甘んじているが、ラユダの能力は高い。すでに滅んではいるが、他国の侯爵家の跡取りであった過去を持つ。教養レベルは比して高く、武術の腕前も相応だった。
偶然だが、亡きチャンリー前公爵の馬車が襲われたところを助けた縁で、ショーンとは幼馴染の関係なのだ。すでに6年近く一緒に過ごしたことで互いに考えを共有し、敬語もなく互いを呼び捨てる仲だった。物騒な戦略の話も、戦術論も、彼らは似た思考を持つ。
撃てば響く存在の肯定に、ショーンは眉を顰めた。
「次の戦にウィリアムを出せば、エリヤが危ない」
優秀な騎士であり、国内最高指揮官の彼は攻め込まれれば動くだろう。首都や城の警備はショーンやエイデンに割り振られる。普段ならばそれでよいが、今回は悪手だった。足元を掬われかねない。執政であるウィリアムと情報を共有する必要があった。
「城へいく」
「わかった」
付いて来いと言われないが、供をするつもりでラユダは紅茶を飲み干した。すこし冷えたお茶は薄い色に反し、いつもより苦かった。
黒髪はシュミレ国王族の特徴のひとつだ。やや長い髪を後ろで結び、きつい印象を与える黒瞳を細めて、手元の書類をじっくり読み返した。
「奇妙だな」
「ショーン、こっちへ座れ」
長い前髪で顔を半分ほど隠した青年が、行儀の悪さに溜め息を吐いた。本来ショーンの礼儀作法は洗練された、公爵に相応しい振る舞いができる。だが騎士として己を鍛える中で、周囲の粗雑な振る舞いも覚えてしまった。
他者がいれば気をつけるが、ラユダしかいない室内でショーンは気遣う必要を感じていない。長い足を組み直し、再び書類を睨みつけた。
「ラユダ、また戦が近いぞ」
「理由を聞こう」
肯定も否定もしないラユダは、他国から流れてきた傭兵だった。現在はシュミレ国の部隊に在籍しているが、それもショーンからの要請に応じたもので、本人の感覚は個人的な私兵に近い。穏やかな緑の瞳に促され、ショーンは机から降りてソファに腰を下ろした。
「ゼロシアを取り込んだことで、オズボーンがラシエラ国の一部と手を組むぞ。悪知恵だけ優秀な輩というものは、手に負えぬな」
「ゼロシアとオズボーンの間に位置する小国か」
ゼロシアとシュミレ国は接しているが、ラシエラは直接領土が触れていない。オズボーンかゼロシアの端を経由しないと交易できない位置にあった。小国だが軍事国家で、軍部が極めて強い発言権を持っている。この国の一番の問題は、王族が飾り物だという事実だ。
通常、講和条約を結ぶ際は王族同士が使者を立て、互いに署名する。だが軍事国家であるラシエラは王族の力が弱く、国王と条約を結んでも軍部が守るとは限らないのだ。王族が講和条約を強行すれば、クーデターで王族が処刑される可能性すらあった。
国王が絶対の権力を持つ他国ではあり得ない。
「魔女の報告によれば、ラシエラの軍部がオズボーンに接触しているらしい。おそらく攻め込んでくるだろうな」
机の上に置かれていたシュガーポットをずらす。用意されていたお茶のポットを手元に引き寄せ、ミルク入れを左に動かした。あっという間に机の上に国の関係図を作り出すと、ショーンは最初に置いたシュガーポットを示した。
「ラシエラとオズボーンが手を組めば、最初にゼロシアが攻め込まれる。防御に兵を出せば……」
「オズボーンが国境を越えて城を襲う、か」
一介の傭兵に甘んじているが、ラユダの能力は高い。すでに滅んではいるが、他国の侯爵家の跡取りであった過去を持つ。教養レベルは比して高く、武術の腕前も相応だった。
偶然だが、亡きチャンリー前公爵の馬車が襲われたところを助けた縁で、ショーンとは幼馴染の関係なのだ。すでに6年近く一緒に過ごしたことで互いに考えを共有し、敬語もなく互いを呼び捨てる仲だった。物騒な戦略の話も、戦術論も、彼らは似た思考を持つ。
撃てば響く存在の肯定に、ショーンは眉を顰めた。
「次の戦にウィリアムを出せば、エリヤが危ない」
優秀な騎士であり、国内最高指揮官の彼は攻め込まれれば動くだろう。首都や城の警備はショーンやエイデンに割り振られる。普段ならばそれでよいが、今回は悪手だった。足元を掬われかねない。執政であるウィリアムと情報を共有する必要があった。
「城へいく」
「わかった」
付いて来いと言われないが、供をするつもりでラユダは紅茶を飲み干した。すこし冷えたお茶は薄い色に反し、いつもより苦かった。
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