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第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-4.毒の味はレモンの香り
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チェンリー公爵ショーンに持ち込まれた忠告は、ウィリアムが独自のルートで掴んだ情報と一致した。
ゼロシアは統合されたばかりの領土で、自治領だ。放置すれば離反するし、手を出せば本城が危険に晒される。面倒な状況に手が止まった。
テーブルの上に広げられた地図に、チェスの駒に似たピンが置かれていく。敵の動きを確認して戦略を練る際に良く使われる道具だった。ピンを動かせば、本城が丸裸になる。
「ショーンならどうする?」
「そうだな、一度は貴様を動かして敵を誘導し、すぐに引き返す。代理をアスターリア伯爵とエイデンか、俺に任せて本城を守る」
「うーん、ほとんど同じ案か。ラユダは?」
ショーンと一緒に顔を見せた顔馴染みに、ウィリアムは平然と話を振った。国家の存亡を占う重要な戦略会議を執務机の上で始めたと思えば、外部の声も取り入れる。神官見習いから成り上がったウィリアムにとって、肩書きは用を成さない。優秀ならば、外部の声も積極的に活用すべきだと考えていた。
「基本は同じだが、アスターリア伯爵の戦力では厳しい。アレキシス侯爵とショーンで応戦した方が確実だろう」
「なるほど」
相槌を打ったウィリアムが、執務机の上のベルを鳴らした。顔を見せた青年にお茶の用意を言いつける。ドアが閉まると、すぐに口を開いた。
「逆にショーンとエイデンを城に残すのは?」
予想外の案に、ラユダとショーンが顔を見合わせる。最愛の少年王の警護を他者に任せるような男ではない。ならば……まさか?
執務室に穏やかな風が吹き込む。窓を開け放しているため、庭からの風にカーテンが揺れていた。
「陛下を…連れ出す気か?」
「エイデンも似たような戦略を好むけど、裏をかく。王は城にいるべき、なんてルールはないだろ? 簡単な話で、城は後で取り返せるからな」
簡単そうに言うが、戦は城が落ちれば終わりとされている。渡して取り戻すなんて方法は邪道であり、ましてや城は王族や国の象徴だった。チェスやボードゲームのようにいかない。
「……策としてはあるが、国王として許可できないだろう」
エリヤも似たような策を考える可能性は高い。優秀であるが故に、最終的な結論にさほど違いはなかった。だが、国王という立場が邪魔をする。
国の象徴である城に国王が不在となり、城が敵の手に落ちたなら、国民は国が滅びたと考えるのだ。国民の側にすれば、国王が守るべき民や国を捨てて逃げたように見える。そのしこりは簡単にほぐれないだろう。遺恨となって残れば、今後の国のあり方を左右する。
「無理か」
眉を寄せて唸るウィリアムの手が、机の引き出しに伸びる。その引き出しに短剣が隠されていることは、彼らの間では周知の事実だった。人の気配に腰の剣に手を伸ばしたのは、ラユダやショーンも同じ。
「失礼いたします」
お茶を運んできた侍従の声に、彼らは緊張を解いた。机の地図を手早く畳み、応接用のソファに移動する。手早くセットされた紅茶に口をつけ、ショーンがカップをテーブルに戻した。
「ショーン」
「毒か」
「ああ、最近多いんだよな……人気者だから」
「貴様のことだ。すでに出所は掴んでいるはずだ」
紅茶に毒が含まれているのは知っている。ショーンも毒薬に対する耐性を得る過程で、毒には詳しかった。先に口をつけたラユダも眉を顰めている。ショーンの名を呼んで警告した彼の舌も確かだった。
「差し入れられた紅茶缶だが、随分気長に仕掛けてきたと感心している」
長期的に服用しないと効果のない毒が使われていた。かつて暗殺用に流行った毒だが、少しばかり時代遅れだと肩を竦めて笑うウィリアムがレモンを放り込む。
普段はストレートで飲むことが多い紅茶だが、レモンの酸で毒が和らげる。毒を盛られる回数が多かったウィリアムに効果は表れなかった。紅茶を用意する侍女達は手をつけないため、紅茶缶に毒が含まれていても知らずに給仕をする。
「…間者か」
ゼロシアは統合されたばかりの領土で、自治領だ。放置すれば離反するし、手を出せば本城が危険に晒される。面倒な状況に手が止まった。
テーブルの上に広げられた地図に、チェスの駒に似たピンが置かれていく。敵の動きを確認して戦略を練る際に良く使われる道具だった。ピンを動かせば、本城が丸裸になる。
「ショーンならどうする?」
「そうだな、一度は貴様を動かして敵を誘導し、すぐに引き返す。代理をアスターリア伯爵とエイデンか、俺に任せて本城を守る」
「うーん、ほとんど同じ案か。ラユダは?」
ショーンと一緒に顔を見せた顔馴染みに、ウィリアムは平然と話を振った。国家の存亡を占う重要な戦略会議を執務机の上で始めたと思えば、外部の声も取り入れる。神官見習いから成り上がったウィリアムにとって、肩書きは用を成さない。優秀ならば、外部の声も積極的に活用すべきだと考えていた。
「基本は同じだが、アスターリア伯爵の戦力では厳しい。アレキシス侯爵とショーンで応戦した方が確実だろう」
「なるほど」
相槌を打ったウィリアムが、執務机の上のベルを鳴らした。顔を見せた青年にお茶の用意を言いつける。ドアが閉まると、すぐに口を開いた。
「逆にショーンとエイデンを城に残すのは?」
予想外の案に、ラユダとショーンが顔を見合わせる。最愛の少年王の警護を他者に任せるような男ではない。ならば……まさか?
執務室に穏やかな風が吹き込む。窓を開け放しているため、庭からの風にカーテンが揺れていた。
「陛下を…連れ出す気か?」
「エイデンも似たような戦略を好むけど、裏をかく。王は城にいるべき、なんてルールはないだろ? 簡単な話で、城は後で取り返せるからな」
簡単そうに言うが、戦は城が落ちれば終わりとされている。渡して取り戻すなんて方法は邪道であり、ましてや城は王族や国の象徴だった。チェスやボードゲームのようにいかない。
「……策としてはあるが、国王として許可できないだろう」
エリヤも似たような策を考える可能性は高い。優秀であるが故に、最終的な結論にさほど違いはなかった。だが、国王という立場が邪魔をする。
国の象徴である城に国王が不在となり、城が敵の手に落ちたなら、国民は国が滅びたと考えるのだ。国民の側にすれば、国王が守るべき民や国を捨てて逃げたように見える。そのしこりは簡単にほぐれないだろう。遺恨となって残れば、今後の国のあり方を左右する。
「無理か」
眉を寄せて唸るウィリアムの手が、机の引き出しに伸びる。その引き出しに短剣が隠されていることは、彼らの間では周知の事実だった。人の気配に腰の剣に手を伸ばしたのは、ラユダやショーンも同じ。
「失礼いたします」
お茶を運んできた侍従の声に、彼らは緊張を解いた。机の地図を手早く畳み、応接用のソファに移動する。手早くセットされた紅茶に口をつけ、ショーンがカップをテーブルに戻した。
「ショーン」
「毒か」
「ああ、最近多いんだよな……人気者だから」
「貴様のことだ。すでに出所は掴んでいるはずだ」
紅茶に毒が含まれているのは知っている。ショーンも毒薬に対する耐性を得る過程で、毒には詳しかった。先に口をつけたラユダも眉を顰めている。ショーンの名を呼んで警告した彼の舌も確かだった。
「差し入れられた紅茶缶だが、随分気長に仕掛けてきたと感心している」
長期的に服用しないと効果のない毒が使われていた。かつて暗殺用に流行った毒だが、少しばかり時代遅れだと肩を竦めて笑うウィリアムがレモンを放り込む。
普段はストレートで飲むことが多い紅茶だが、レモンの酸で毒が和らげる。毒を盛られる回数が多かったウィリアムに効果は表れなかった。紅茶を用意する侍女達は手をつけないため、紅茶缶に毒が含まれていても知らずに給仕をする。
「…間者か」
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