【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
54 / 102
第5章 魔女は裏切りの花束を好む

5-10.死神が支配する赤

しおりを挟む
 城の門は閉ざされていた。やはり裏の山から駆け下りる形で襲撃されたらしい。シャーリアス卿の姿に、慌てて城門が開かれた。

 わずかな隙間にリアンが飛び込み、騎乗のまま城内を走り抜ける。

「どけ! 道を譲れ!!」

 叫ぶ警護兵の大声に、人の波が割れた。逃げてきた侍女たちや見習いの子供を掻き分ける形で、強引に兵が道を作り出す。その隙間を黒馬は止まらずに抜けた。

「リアンを頼む」

 城の入り口で飛び降りたウィリアムは、下賜された剣を抜き放つ。銀の輝きが美しい剣の根元には、主からの言葉が刻まれていた。本来なら執政であるウィリアムに贈られるのは、儀礼用に装飾された剣だ。しかし騎士であり、実戦に赴く彼に贈られた剣は美と実用性を兼ねた特注品だった。

 鉱山でも滅多に出ない特殊な鋼を鍛えて作られた剣は、国宝級の価値を持つ。下賜された後に、ウィリアム自身の手で刻まれた誓いの文言は、美を損なうことなく調和していた。

 城の中は混乱している。敵が攻め込むことなど想定されていないため、逃げる侍女たちは動く障害物と化していた。間を抜けて奥に近づくウィリアムを阻む者はいない。

 赤い絨毯が美しい謁見の間に続く中庭で、ようやく敵と遭遇した。庭の薔薇を散らしながら走る鎧姿の騎士を一撃で沈める。掛け声も気合も必要なかった。

 実力が違いすぎるのだ。戦場で磨いたウィリアムの剣は鋭く、無駄のない美しさで振りぬかれる。その先で触れたものを切り裂き、鎧の間に差し込むようにして敵の命を奪う。そこに躊躇はなかった。

「エリヤ…」

 ここまで入り込まれているなら、エリヤは謁見の間にいるだろう。国王であることの証である王冠を載せ、大きな深紅のローブを纏い、玉座に座っているはずだ。

 逃げていて欲しい。無様でもいいから、逃げてくれたら……願う反面、彼がそうしないことを誰よりも理解していた。

 逃げて生き残るより、彼は国王として責務を果たそうとするだろう。

 走り抜けた廊下の先、謁見の間に続く扉の前で近衛兵が敵と剣を交えていた。

「黒の死神だ! 手柄を立てろ」

 後ろから駆けつけたウィリアムに気付くと、指揮官らしき男が声を上げる。

「おれが一番手柄だ! うぉおおお!」

 己を鼓舞するように品のない叫び声を放つ口へ、無造作に剣を突きたてた。一番大柄な男の絶命を確認する暇ももどかしい。男の腹に足をかけて、剣を引いた。赤い血に汚れた刃を、無造作に黒いローブで拭う。

「さっさと来い」

 躊躇した敵を挑発しながら、扉の奥に意識を向ける。謁見の間で大きな物音はしない。それが唯一の救いであり、ウィリアムの精神を支える柱だった。

 まだ……エリヤは無事だ。

 飛び掛ってきた男を右手の剣で叩き潰す。振り下ろした剣を左手に持ち替え、ウィリアムは返り血に濡れた頬を拭った。

「早くしろ、陛下をお待たせするのは気が引ける」

 普段の貴族然とした優雅な仕草も言葉遣いもない。ここにいるのは血を浴びて笑う死神と呼ばれる、一人の男だった。騎士の誇りも必要ない。型も無視して左手で敵を屠る。

 返り血だけでなく、敵の内臓や叩きつぶした脳漿が飛んできた。ぬるぬる滑る手をローブで拭う。

 黒いローブを纏うのは、シュミレ国でウィリアム一人だ。これは地位を示すためでなく、他国で死神の二つ名をもつ男が、返り血を拭った際に目立たないからと選んだ色だった。

「死ね!」

「聞き飽きた」

 敵の叫びを淡々と切り刻む。同時に敵の身体も無残に刻まれていった。腕を落とし、足を貫き、頭を叩き割る。残酷や凄惨という言葉が薄れるほど、ひどい戦場だった。

 日常生活は右手でこなすウィリアムだが、本来の利き手は左だ。

 騎士は右利きに修正されるため、ほとんどが右手に剣を持つ。左利きとの戦いに慣れていない騎士は、次々と倒れていく。気付けば、残っているのは近衛兵のみだった。

 ずっしりと返り血を吸ったローブが重い。裾からぽたぽた赤い雫を落としながら、血に染まった髪をかきあげた。髪も肌も、全身に生臭さが付き纏う。吸い込んだ空気まで血の味をしている気がした。

 ウィリアムの戦い方に慣れている近衛でさえ、吐き気を堪える者がいる。それほどの惨劇を繰り広げた廊下は、元の赤い絨毯がどす黒く変色していた。守り抜いた扉は元の白が見えない。

「扉を開け」

 命じた先で、重々しく扉が開かれた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

処理中です...