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第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-14.逃げるなら簡単だけどね
国王を囮に敵をおびき寄せる。普段なら一蹴されて終わる作戦だが、すでに城内に敵が侵入している状況では有効だった。ましてや国王の隣に、執政であり手負いの騎士がいる。
国王の代理権をもつ執政と、少年王を同時に討てるなら――シュミレ国の中心を刈り取るチャンスだった。
「死守せよ」
端的な命令は、誤解や曲解が生まれる余地がない。剣を捧げて一礼する親衛隊の騎士は一様に兜を脱いでいた。敵が城内に入り込んだ状況で、もし親衛隊の鎧を奪われたら致命的なミスに繋がりかねない。頭部を危険に晒しても、国王から向けられる信頼を得るための決断だった。
「僕のところですべて食い止めるけど、万が一があるからね」
エイデンは諦めの口調で告げる。自軍の兵を配置したエイデンは、先ほどまでウィリアムの説得を試みていた。国王と共に、謁見の間の奥にある通路からウィリアムを逃がそうとしたのだ。あれだけの傷を負ってしまえば、いくら国内最強の名をもつウィリアムでも厳しい。
動いて傷が開いたり、大量の出血を招いたら死を覚悟するしかなかった。それ故に少年王と教会へ後退するよう頼んだのだが……結果は、当然ながら徒労に終わる。
ゼロシア領を任せたアスターリア伯爵は歴戦の勇士だ。戦略に長けたショーンと組めば、攻め込んだラシエラ国を押し戻すのに2日もあれば十分だろう。彼らが戻るまで教会に立て篭もればいいというエイデンの案は、2人にそれぞれの理由で却下された。
国王である責任を果たそうとするエリヤは、国民を置いて安全な場所に逃げ込むことを良しとしない。教会は聖域とされ、各国にある治外法権とされてきた。宗教は国政に関与せず、国政も宗教を弾圧しない。取り決めに従い、戦時中であっても教会への攻撃は認められなかった。
そのため教会も亡命者を匿うことはしない。しかし例外があった。まず聖女となったリリーアリスの存在だ。彼女が望めば、教会は全力をあげて願いを叶えようとするだろう。予言の力を持つリリーアリスを生んだユリシュアン王家は、教会の中で特別な意味がある。
ウィリアムも青紫の瞳をもつため、教会の保護対象だった。騎士であり執政であっても、傷を負った保護対象が転がり込めば、教会はその懐に抱いて護ろうとする。彼ら2人ならば教会の庇護を受けられるのだ。これ以上安全な逃げ場は存在しなかった。
エイデンが教会への後退を申し出た行為は、臣下として最良の案を提示したことになる。
「わかってる。エリヤは絶対に護るから」
「君が死んでも大変なんだから、きちんと自分も守って欲しい」
友人の言葉に目を見開き、ウィリアムはすぐに笑みを浮かべた。
「ああ、今回は任せる」
額に浮かんだ汗を、手首に結んだスカーフで拭う。心配したエリヤが結んだスカーフは、すでにしっとり汗で濡れていた。傷口がもたらす激痛をやり過ごしながら、ウィリアムは頭の中で計算を続ける。
通常なら2日かける作戦を、ショーンは1日で終えるはずだ。彼が駆けつけるまで、あと半日ほど持ち堪えれば助かる。不安を見せることなく玉座に座る愛しい王を、これ以上危険な目にあわせたくなかった。
「エリヤ」
近くにいる親衛隊は2人の関係をうすうす勘付いているため、国王の名を呼び捨てた執政に驚くことなく剣を構えていた。彼らに心の中で礼をいい、ウィリアムは長身を屈めて膝をつく。痛みを表情に出さず、青ざめた顔で穏やかに口を開いた。
「この戦が終わったら、ゆっくり休もうか」
「姉上やドロシアも呼んでやろう」
「…そうだな。それがいい」
エリヤの足元にひろがるマントの端を持ち上げ、見せ付けるように唇を当てる。不満そうに眉を顰めた王の表情に苦笑し、今度は玉座の肘掛に置かれた手を持ち上げて甲に接吻けた。それでも気に入らないと睨む恋人の様子に、身を起こして唇を重ねる。乗り出した身は引き裂かれるように痛み、互いの唇は乾いていた。
心地よさの欠片もないキスをした2人は、緊迫した場に似合わぬ柔らかな笑みを交わした。
国王の代理権をもつ執政と、少年王を同時に討てるなら――シュミレ国の中心を刈り取るチャンスだった。
「死守せよ」
端的な命令は、誤解や曲解が生まれる余地がない。剣を捧げて一礼する親衛隊の騎士は一様に兜を脱いでいた。敵が城内に入り込んだ状況で、もし親衛隊の鎧を奪われたら致命的なミスに繋がりかねない。頭部を危険に晒しても、国王から向けられる信頼を得るための決断だった。
「僕のところですべて食い止めるけど、万が一があるからね」
エイデンは諦めの口調で告げる。自軍の兵を配置したエイデンは、先ほどまでウィリアムの説得を試みていた。国王と共に、謁見の間の奥にある通路からウィリアムを逃がそうとしたのだ。あれだけの傷を負ってしまえば、いくら国内最強の名をもつウィリアムでも厳しい。
動いて傷が開いたり、大量の出血を招いたら死を覚悟するしかなかった。それ故に少年王と教会へ後退するよう頼んだのだが……結果は、当然ながら徒労に終わる。
ゼロシア領を任せたアスターリア伯爵は歴戦の勇士だ。戦略に長けたショーンと組めば、攻め込んだラシエラ国を押し戻すのに2日もあれば十分だろう。彼らが戻るまで教会に立て篭もればいいというエイデンの案は、2人にそれぞれの理由で却下された。
国王である責任を果たそうとするエリヤは、国民を置いて安全な場所に逃げ込むことを良しとしない。教会は聖域とされ、各国にある治外法権とされてきた。宗教は国政に関与せず、国政も宗教を弾圧しない。取り決めに従い、戦時中であっても教会への攻撃は認められなかった。
そのため教会も亡命者を匿うことはしない。しかし例外があった。まず聖女となったリリーアリスの存在だ。彼女が望めば、教会は全力をあげて願いを叶えようとするだろう。予言の力を持つリリーアリスを生んだユリシュアン王家は、教会の中で特別な意味がある。
ウィリアムも青紫の瞳をもつため、教会の保護対象だった。騎士であり執政であっても、傷を負った保護対象が転がり込めば、教会はその懐に抱いて護ろうとする。彼ら2人ならば教会の庇護を受けられるのだ。これ以上安全な逃げ場は存在しなかった。
エイデンが教会への後退を申し出た行為は、臣下として最良の案を提示したことになる。
「わかってる。エリヤは絶対に護るから」
「君が死んでも大変なんだから、きちんと自分も守って欲しい」
友人の言葉に目を見開き、ウィリアムはすぐに笑みを浮かべた。
「ああ、今回は任せる」
額に浮かんだ汗を、手首に結んだスカーフで拭う。心配したエリヤが結んだスカーフは、すでにしっとり汗で濡れていた。傷口がもたらす激痛をやり過ごしながら、ウィリアムは頭の中で計算を続ける。
通常なら2日かける作戦を、ショーンは1日で終えるはずだ。彼が駆けつけるまで、あと半日ほど持ち堪えれば助かる。不安を見せることなく玉座に座る愛しい王を、これ以上危険な目にあわせたくなかった。
「エリヤ」
近くにいる親衛隊は2人の関係をうすうす勘付いているため、国王の名を呼び捨てた執政に驚くことなく剣を構えていた。彼らに心の中で礼をいい、ウィリアムは長身を屈めて膝をつく。痛みを表情に出さず、青ざめた顔で穏やかに口を開いた。
「この戦が終わったら、ゆっくり休もうか」
「姉上やドロシアも呼んでやろう」
「…そうだな。それがいい」
エリヤの足元にひろがるマントの端を持ち上げ、見せ付けるように唇を当てる。不満そうに眉を顰めた王の表情に苦笑し、今度は玉座の肘掛に置かれた手を持ち上げて甲に接吻けた。それでも気に入らないと睨む恋人の様子に、身を起こして唇を重ねる。乗り出した身は引き裂かれるように痛み、互いの唇は乾いていた。
心地よさの欠片もないキスをした2人は、緊迫した場に似合わぬ柔らかな笑みを交わした。
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