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第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-15.赤い棘の森とレモン
謁見の間で剣を抜く機会など、通常はなかった。ここまで攻め込まれた時点で負けとも言える。入り口の扉前で繰り広げられる戦闘を、国王はただ見守っていた。
逃げる必要はないと示すためだけに――少年王は動かない。
国王が玉座に生きてある間、シュミレ国は滅亡しない。父王から受け継いだ際にサイズを調整しなかったせいでずり落ちる王冠を、エリヤの隣に控える執政がそっと押さえた。
「面倒だ、預ってくれ」
「陛下。今は戦時中ですので」
象徴としての役目と割り切って、せめて手元に持っていてくれと執政が苦笑いする。権威や金に執着がないのは構わないが、無頓着に預けられそうな王冠が哀れだった。貴族や他国の王族にしてみたら、シュミレ国の王座は喉から手が出る優良物件だ。その地位を示す王冠を執政に預けるのは問題があった。
国王の代理権を持つ執政が王冠を預るのは、国王に万が一があった場合のみ。そして当代の執政は国王を守って命を散らす騎士として誓いを立てている。王冠を預るような場面は考えられなかった。
「……騎士の損害は?」
傷ついた親衛隊の騎士を見つめる国王の乾いた声に、ウィリアムは淡々と返した。
「損失はありませんが、1名が離脱です」
使徒の数と同じ12名で構成される親衛隊の騎士は、家柄ではなく実力で選ばれた有能な者ばかりだ。1対多数の戦い方を叩き込まれた彼らは、一騎当千の働きをみせていた。そんな彼らをもってして食い止められない兵力を送り込んだ敵に、エリヤは眉を顰める。
今度はどこの貴族が手引きしたのか。
常に周囲は敵だらけだ。国内の貴族だとて安心して身を預けられない現状、どの貴族が裏切っていたとしても大した驚きはなかった。
「ウィル、今度は誰だ? レモンの原因がいるのだろう」
「……勘がいいな、エリヤ」
普段はストレートでミルクや砂糖を一切入れずに紅茶を飲む執政が、突然好みを変えたと聞いた。それも執務室で飲む場合に限られている。エリヤの部屋で共に飲む紅茶に、レモンは添えられなかった。城内の噂話や報告を繋ぎ合わせれば、すぐ答えに到達できる。
開かれた扉の外から響く剣戟の音を聞きながら、エリヤは玉座に座ったまま隣の男を見上げる。すぐに気付いてウィリアムは膝をついた。視線の高さを合わせるために屈む動きに激痛が走った。
零れそうになった呻きを握った拳で誤魔化し、血の気の足りない顔を寄せる。普段より体温が高い頬に愛しい少年の小柄な手が触れた。
「レモンで消せる毒は、『赤い棘の森』だったか」
かつて毒について勉強した記憶を探る。即効性はないが、じわじわと内臓を侵食するたちの悪い毒物の通称名だ。栄養の吸収を阻害する機能もあるはずだった。お茶にどの程度混ぜたか知らないが、徐々に体調を崩し、栄養失調と内臓の損傷で苦しみながら死ぬよう調整してあっただろう。
「さすがだ。紅茶の葉に適量を、ね」
エリヤの予想を肯定するウィリアムの頬に手を当てたまま、その表情を覗き込む。彼の顔色が悪いのは出血と傷の痛みだろう。ならば紅茶に仕込まれた毒は彼にダメージを与えていない。
「最初に気付いたから、ほとんど吸収してない。それに……毒は本来オレのお得意芸だぞ」
なんでもないことのように言われるが、毒はダールグリュン公爵家の十八番だ。王族がもっとも警戒する毒に関する知識と治療中和薬を作る能力を受け継いできた。代々幼い頃から服毒するため、遺伝的に毒に対する抵抗力も強い。
すでに取り潰された公爵家だが、先代王の妹姫を娶った経緯はここにあった。毒を操る一族を手中に収めて管理するために、姫は嫁がされたのだ。そして姫以外の女との間にウィリアムを生した。
ウィリアムの母はダールグリュン公爵の従姉妹だったので、毒の一族の純血種に近いのだ。その生まれが影響しているだろうが、ウィリアムは毒に敏感だった。後から味や症状を覚えるために多少の服毒を繰り返したが、彼は驚くべき早さで回復したのだ。
逃げる必要はないと示すためだけに――少年王は動かない。
国王が玉座に生きてある間、シュミレ国は滅亡しない。父王から受け継いだ際にサイズを調整しなかったせいでずり落ちる王冠を、エリヤの隣に控える執政がそっと押さえた。
「面倒だ、預ってくれ」
「陛下。今は戦時中ですので」
象徴としての役目と割り切って、せめて手元に持っていてくれと執政が苦笑いする。権威や金に執着がないのは構わないが、無頓着に預けられそうな王冠が哀れだった。貴族や他国の王族にしてみたら、シュミレ国の王座は喉から手が出る優良物件だ。その地位を示す王冠を執政に預けるのは問題があった。
国王の代理権を持つ執政が王冠を預るのは、国王に万が一があった場合のみ。そして当代の執政は国王を守って命を散らす騎士として誓いを立てている。王冠を預るような場面は考えられなかった。
「……騎士の損害は?」
傷ついた親衛隊の騎士を見つめる国王の乾いた声に、ウィリアムは淡々と返した。
「損失はありませんが、1名が離脱です」
使徒の数と同じ12名で構成される親衛隊の騎士は、家柄ではなく実力で選ばれた有能な者ばかりだ。1対多数の戦い方を叩き込まれた彼らは、一騎当千の働きをみせていた。そんな彼らをもってして食い止められない兵力を送り込んだ敵に、エリヤは眉を顰める。
今度はどこの貴族が手引きしたのか。
常に周囲は敵だらけだ。国内の貴族だとて安心して身を預けられない現状、どの貴族が裏切っていたとしても大した驚きはなかった。
「ウィル、今度は誰だ? レモンの原因がいるのだろう」
「……勘がいいな、エリヤ」
普段はストレートでミルクや砂糖を一切入れずに紅茶を飲む執政が、突然好みを変えたと聞いた。それも執務室で飲む場合に限られている。エリヤの部屋で共に飲む紅茶に、レモンは添えられなかった。城内の噂話や報告を繋ぎ合わせれば、すぐ答えに到達できる。
開かれた扉の外から響く剣戟の音を聞きながら、エリヤは玉座に座ったまま隣の男を見上げる。すぐに気付いてウィリアムは膝をついた。視線の高さを合わせるために屈む動きに激痛が走った。
零れそうになった呻きを握った拳で誤魔化し、血の気の足りない顔を寄せる。普段より体温が高い頬に愛しい少年の小柄な手が触れた。
「レモンで消せる毒は、『赤い棘の森』だったか」
かつて毒について勉強した記憶を探る。即効性はないが、じわじわと内臓を侵食するたちの悪い毒物の通称名だ。栄養の吸収を阻害する機能もあるはずだった。お茶にどの程度混ぜたか知らないが、徐々に体調を崩し、栄養失調と内臓の損傷で苦しみながら死ぬよう調整してあっただろう。
「さすがだ。紅茶の葉に適量を、ね」
エリヤの予想を肯定するウィリアムの頬に手を当てたまま、その表情を覗き込む。彼の顔色が悪いのは出血と傷の痛みだろう。ならば紅茶に仕込まれた毒は彼にダメージを与えていない。
「最初に気付いたから、ほとんど吸収してない。それに……毒は本来オレのお得意芸だぞ」
なんでもないことのように言われるが、毒はダールグリュン公爵家の十八番だ。王族がもっとも警戒する毒に関する知識と治療中和薬を作る能力を受け継いできた。代々幼い頃から服毒するため、遺伝的に毒に対する抵抗力も強い。
すでに取り潰された公爵家だが、先代王の妹姫を娶った経緯はここにあった。毒を操る一族を手中に収めて管理するために、姫は嫁がされたのだ。そして姫以外の女との間にウィリアムを生した。
ウィリアムの母はダールグリュン公爵の従姉妹だったので、毒の一族の純血種に近いのだ。その生まれが影響しているだろうが、ウィリアムは毒に敏感だった。後から味や症状を覚えるために多少の服毒を繰り返したが、彼は驚くべき早さで回復したのだ。
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