64 / 102
第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-20.魔女と騎士は素直になれない
しおりを挟む
機嫌の悪い態度を隠さずに、エイデンは執務室のドアを開いた。最低限の礼儀としてドアはノックしたが、返答がある前に開けたのではノックの意味はない。
「おいおい、返事くらい待てよ」
咎める口調だが、大量の書類に囲まれたウィリアムは肩を竦めただけだった。扉を守る衛兵の立場を考えて、小言を口にしたのだ。本気で咎める気はなかった。
普段の落ち着いた姿が嘘のように荒々しく足音を立てて執務机の前に来たエイデンは、持っていた手紙を叩きつける。大量の書類の一部が崩れそうになり、慌ててウィリアムが手を伸ばした。咄嗟に動いてしまったため、捩った腹部に痛みが走る。
「痛っ、何かあったのか?」
様子がおかしいぞと呟きながら、目の前に増えた手紙を開いた。たいして長いわけじゃない文章を読み終えると、苦笑いが浮かぶ。
なるほど……これはエイデンの機嫌が悪くなるわけだ。
「なんで僕に言付けるのさ!」
黄金の魔女ことドロシアの手紙には、オズボーン王家と繋ぎがついた旨の報告が記されている。だが、書かれているのはこれだけ。報告書ならばウィリアムに届ければいいが、なぜかエイデン経由で届けられた。
愛しの彼女から届いた手紙に胸躍らせながら開いたエイデンが、読み終えて力尽きるところまで想像できる。これが魔女流の愛情表現なのだが、彼は気付いていないらしい。
ドロシアと似たタイプの意地悪を好むウィリアムにしてみれば、これ以上ないほど甘えた愛情表現だと思うのだが……それを解説するのは、馬に蹴られそうだった。エイデン自身が気付かなくては意味がない。
魔女として迫害された経験を持つドロシアにとって、情報は己を守る盾であり、敵を倒す剣でもあった。大切な武器をウィリアムに渡す理由は、彼女を救った聖女を守るため。リリーアリス姫を自由なまま守り続ける手段として、ウィリアムに情報を提供していた。
だがエイデンを経由する必要はない。直接渡したほうが、間に入る人数は減るので情報の価値は担保される。にもかかわらず、エイデンに情報を読ませる理由は……彼女が己を守る盾であり剣となる情報と同じ価値を、エイデンという青年に見出している証だった。
ドロシアの信頼を得ているのに、気付かない鈍い男を揶揄っているのだ。
本当に性根がひねた女だと思うが、親友であるエイデンは魔女に惚れている。いつ互いの気持ちを認めて受け入れるのか。外から見ていると焦れったいが、口を出すほど野暮じゃない。
「お前らのじゃれあいに巻き込むな。それより……オズボーンの王族を保護する必要がありそうだ」
「なんで?」
情報を読んだくせに、内容を精査できないほど血が上ったらしい。苦笑いして説明を始めた。
「いいか? この情報が示すのは、オズボーンが3つの勢力に割れている状況だ。率先して戦う将軍や軍、保身に走る貴族達、そして民を助けてくれるなら命を差し出す国王――オレらが手を組むなら、王家だろう?」
戦を仕掛けて相手から奪おうとする軍と手を組む利点はない。保身に走る貴族が差し出す黄金や娘も不要だ。残るは、もっとも権威がありながら蔑ろにされてきた国王一派だ。国王自ら魔女とコンタクトを取ったなら、それは一考する価値がある話だった。
「おいおい、返事くらい待てよ」
咎める口調だが、大量の書類に囲まれたウィリアムは肩を竦めただけだった。扉を守る衛兵の立場を考えて、小言を口にしたのだ。本気で咎める気はなかった。
普段の落ち着いた姿が嘘のように荒々しく足音を立てて執務机の前に来たエイデンは、持っていた手紙を叩きつける。大量の書類の一部が崩れそうになり、慌ててウィリアムが手を伸ばした。咄嗟に動いてしまったため、捩った腹部に痛みが走る。
「痛っ、何かあったのか?」
様子がおかしいぞと呟きながら、目の前に増えた手紙を開いた。たいして長いわけじゃない文章を読み終えると、苦笑いが浮かぶ。
なるほど……これはエイデンの機嫌が悪くなるわけだ。
「なんで僕に言付けるのさ!」
黄金の魔女ことドロシアの手紙には、オズボーン王家と繋ぎがついた旨の報告が記されている。だが、書かれているのはこれだけ。報告書ならばウィリアムに届ければいいが、なぜかエイデン経由で届けられた。
愛しの彼女から届いた手紙に胸躍らせながら開いたエイデンが、読み終えて力尽きるところまで想像できる。これが魔女流の愛情表現なのだが、彼は気付いていないらしい。
ドロシアと似たタイプの意地悪を好むウィリアムにしてみれば、これ以上ないほど甘えた愛情表現だと思うのだが……それを解説するのは、馬に蹴られそうだった。エイデン自身が気付かなくては意味がない。
魔女として迫害された経験を持つドロシアにとって、情報は己を守る盾であり、敵を倒す剣でもあった。大切な武器をウィリアムに渡す理由は、彼女を救った聖女を守るため。リリーアリス姫を自由なまま守り続ける手段として、ウィリアムに情報を提供していた。
だがエイデンを経由する必要はない。直接渡したほうが、間に入る人数は減るので情報の価値は担保される。にもかかわらず、エイデンに情報を読ませる理由は……彼女が己を守る盾であり剣となる情報と同じ価値を、エイデンという青年に見出している証だった。
ドロシアの信頼を得ているのに、気付かない鈍い男を揶揄っているのだ。
本当に性根がひねた女だと思うが、親友であるエイデンは魔女に惚れている。いつ互いの気持ちを認めて受け入れるのか。外から見ていると焦れったいが、口を出すほど野暮じゃない。
「お前らのじゃれあいに巻き込むな。それより……オズボーンの王族を保護する必要がありそうだ」
「なんで?」
情報を読んだくせに、内容を精査できないほど血が上ったらしい。苦笑いして説明を始めた。
「いいか? この情報が示すのは、オズボーンが3つの勢力に割れている状況だ。率先して戦う将軍や軍、保身に走る貴族達、そして民を助けてくれるなら命を差し出す国王――オレらが手を組むなら、王家だろう?」
戦を仕掛けて相手から奪おうとする軍と手を組む利点はない。保身に走る貴族が差し出す黄金や娘も不要だ。残るは、もっとも権威がありながら蔑ろにされてきた国王一派だ。国王自ら魔女とコンタクトを取ったなら、それは一考する価値がある話だった。
3
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる