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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-5.埃だらけの空き家は悪党の巣
悪ガキのような笑みだが、口元がまだ赤く汚れた青年は凄絶な雰囲気を纏っている。
「信じる必要はないさ。オレは痛む身体で、このヒキガエルを背負う気がない。だが取引材料として使えるから持ち帰りたい。お前は勝ち馬の尻に乗りたいんだろ? 利害の一致だ」
「……なるほど」
利害が一致する間は、互いに争う意味がない。だから背後の心配は不要だと笑える男に興味がわいた。雇い主を裏切れば、次の仕事が得にくくなる。その不利を承知で、シュミレ国の執政ウィリアムという男の本質を知りたくなった。
大国の執政ならば侯爵以上の爵位を持つ、お坊ちゃん育ちのはず。紫眼だが、今こうして貴族の肩書や職責を持つなら、迫害されたわけじゃなさそうだ。
肩書や地位に見合わぬぞんざいな口の利き方、柔軟な考え方と差別のない広い視野、他人を魅了する才能と容姿――本人は死神だと口にするが、その悪態すら魅力的だった。
「悪いが、そのヒキガエルを生かしたまま運んでくれ。礼はする」
シャツを割いて止血した右手に剣を持ち、ウィリアムは己の姿を確認して溜息を吐いた。
「派手すぎて、これじゃ表を歩けないぞ」
血塗れの全身を嘆きながら、激痛が走る足ですたすた歩きまわる。拷問係として彼を痛めつけたファングにしてみたら、異常な我慢強さだった。
半分剥いだ足の爪は激痛の温床だし、膝や関節を中心に痛めつけた傷は、泣き喚く痛みを生み続ける。肩や腰の刺し傷も、首の痣も、両手の指は半分ほど青紫に変色していた。助け出されるまで自力で動けないところまで痛めつけたはずだ。
「……よく動けるな」
眉をひそめたファングの短い物言いに、ウィリアムは肩を竦めた。
「この程度で動けなくなるほど、生温い環境で生きてないのさ」
もっとひどい環境だったと匂わせ、部屋を出る。地下室の上は、空き家になっていた。その部屋の中から、なんとか着られそうな服を見繕う。
「袖と裾が短い……」
着替えるか迷いながら文句を言うウィリアムの背後で、空き家の扉が外から開かれた。
飛び込んだ6人の兵士が剣を抜いて、剣呑な声をあげる。薄暗い空き家の埃が光って見えるほど、外の陽光は眩しかった。現在は昼間のようだ。
「ここだ! 探せ!!」
「おう、こっちだぞ」
ひらひら手を振って立ち上がるウィリアムの前に、駆け込んだ6人の男が膝をついた。全員がアスター国の兵士服を着ているが、明らかに動きが違う。洗練された正規兵ではなく、柔らかくしなやかな身のこなしだった。
「お迎えご苦労さん」
「ご無事で何よりでございました」
「痛そうですね、ボス」
口々に話しかける連中の特徴は、『記憶に残る特徴がない』ことだ。拷問係なんて仕事をしてれば、嫌でも上層から下層まで様々な人種を扱う。人の裏を嫌というほど見てきたファングにとって、目の前の男達は異様だった。
どこにでも居そうな平民なのに、戦闘能力は明らかに上位者のそれだ。ただし、正規兵の堅苦しさはなかった。まるで隠密や暗殺を生業とする輩に似た、どこかピリリとした緊張感を纏う。
「こいつは?」
先頭にいた黒髪の青年が眉をひそめる。膝をついた彼の頭にぽんと手を置いて、ウィリアムは6人に宣言した。
「新人さんだ、仲良くしろ」
「血の臭いがすごい」
後ろにいた茶髪の男が探る目を向ける。ぱんっとウィリアムが手を叩いた。すぐに視線を向ける男達へ、この場の支配者は長い髪を手櫛で整えながら笑う。
「今回のオレの拷問係。なかなか的確だったし、使える奴だぞ」
身をもって体験したから間違いないと、とんでもない暴露をしたが、彼らは苦笑いしただけだった。まだ血塗れの執政に濡れたタオルを差し出しながら、1人が「服を調達してくる」と駆け出す。その間に手の空いた3人が手際よくユストゥスを縛り上げた。
「信じる必要はないさ。オレは痛む身体で、このヒキガエルを背負う気がない。だが取引材料として使えるから持ち帰りたい。お前は勝ち馬の尻に乗りたいんだろ? 利害の一致だ」
「……なるほど」
利害が一致する間は、互いに争う意味がない。だから背後の心配は不要だと笑える男に興味がわいた。雇い主を裏切れば、次の仕事が得にくくなる。その不利を承知で、シュミレ国の執政ウィリアムという男の本質を知りたくなった。
大国の執政ならば侯爵以上の爵位を持つ、お坊ちゃん育ちのはず。紫眼だが、今こうして貴族の肩書や職責を持つなら、迫害されたわけじゃなさそうだ。
肩書や地位に見合わぬぞんざいな口の利き方、柔軟な考え方と差別のない広い視野、他人を魅了する才能と容姿――本人は死神だと口にするが、その悪態すら魅力的だった。
「悪いが、そのヒキガエルを生かしたまま運んでくれ。礼はする」
シャツを割いて止血した右手に剣を持ち、ウィリアムは己の姿を確認して溜息を吐いた。
「派手すぎて、これじゃ表を歩けないぞ」
血塗れの全身を嘆きながら、激痛が走る足ですたすた歩きまわる。拷問係として彼を痛めつけたファングにしてみたら、異常な我慢強さだった。
半分剥いだ足の爪は激痛の温床だし、膝や関節を中心に痛めつけた傷は、泣き喚く痛みを生み続ける。肩や腰の刺し傷も、首の痣も、両手の指は半分ほど青紫に変色していた。助け出されるまで自力で動けないところまで痛めつけたはずだ。
「……よく動けるな」
眉をひそめたファングの短い物言いに、ウィリアムは肩を竦めた。
「この程度で動けなくなるほど、生温い環境で生きてないのさ」
もっとひどい環境だったと匂わせ、部屋を出る。地下室の上は、空き家になっていた。その部屋の中から、なんとか着られそうな服を見繕う。
「袖と裾が短い……」
着替えるか迷いながら文句を言うウィリアムの背後で、空き家の扉が外から開かれた。
飛び込んだ6人の兵士が剣を抜いて、剣呑な声をあげる。薄暗い空き家の埃が光って見えるほど、外の陽光は眩しかった。現在は昼間のようだ。
「ここだ! 探せ!!」
「おう、こっちだぞ」
ひらひら手を振って立ち上がるウィリアムの前に、駆け込んだ6人の男が膝をついた。全員がアスター国の兵士服を着ているが、明らかに動きが違う。洗練された正規兵ではなく、柔らかくしなやかな身のこなしだった。
「お迎えご苦労さん」
「ご無事で何よりでございました」
「痛そうですね、ボス」
口々に話しかける連中の特徴は、『記憶に残る特徴がない』ことだ。拷問係なんて仕事をしてれば、嫌でも上層から下層まで様々な人種を扱う。人の裏を嫌というほど見てきたファングにとって、目の前の男達は異様だった。
どこにでも居そうな平民なのに、戦闘能力は明らかに上位者のそれだ。ただし、正規兵の堅苦しさはなかった。まるで隠密や暗殺を生業とする輩に似た、どこかピリリとした緊張感を纏う。
「こいつは?」
先頭にいた黒髪の青年が眉をひそめる。膝をついた彼の頭にぽんと手を置いて、ウィリアムは6人に宣言した。
「新人さんだ、仲良くしろ」
「血の臭いがすごい」
後ろにいた茶髪の男が探る目を向ける。ぱんっとウィリアムが手を叩いた。すぐに視線を向ける男達へ、この場の支配者は長い髪を手櫛で整えながら笑う。
「今回のオレの拷問係。なかなか的確だったし、使える奴だぞ」
身をもって体験したから間違いないと、とんでもない暴露をしたが、彼らは苦笑いしただけだった。まだ血塗れの執政に濡れたタオルを差し出しながら、1人が「服を調達してくる」と駆け出す。その間に手の空いた3人が手際よくユストゥスを縛り上げた。
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