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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-8.簡単に許されると思うなよ
目を覚ましたベッドの上はまだ薄暗く、寝返りを打とうとして腕の中の存在に気づく。温かな子供の体温が心地よくて、口元が笑みに歪んだ。途端にずきんと腫れた傷が痛む。
象牙色の肌を彩る黒髪に接吻けを落とし、まだ開かない蒼い瞳を思って指先を動かす。包帯やら添え木が大量に絡みつく左手を諦めて、ぎこちなく右手で頬に触れた。起こしてしまうかと躊躇うが、触れたい欲求が抑えられない。
あの夜、エリヤに擦り寄った無礼な女を連れて地下へ向かった。わずか数日前の出来事なのに、ひどく昔のことのような気がする。舞踏会では決して踊らない少年王エリヤに従い引き上げた寝室で、バルコニーから入り込んだ女を捕らえた。
どこぞの貴族に買われた奴隷らしく、暗殺目的ではなかった。武器のひとつも持たず、ただ少年王を篭絡しろと命じられた女は、豊満なラインが透ける品のない肌着のようなドレスを身に纏う。
無防備極まりない恰好から、誰かが近くまで送り届けたのだと推測できた。そのため裏で糸を引いた人物を炙りだすために、牢へ連れていったのだ。今思えば、それを狙っていたのだろう。数本の矢を射かけられ、掠めた鏃の薬に倒れた。
思い出しても腹立たしい状況だ。あんな醜態をさらしたあげく、攫われたことでエリヤをこんなに心配させてしまった。紫に変色した爪を無理やり縛り付けたエイデンの苦労を無視し、痛む手で白い頬に触れる。わずかな動きでも全身が痛んだ。
愚かな男への罰にちょうどいい。窶れてしまった最愛の主の肌を傷つけないよう、2度目は荒れた指先をやめて指背で撫ぜた。
「……遠慮など、お前らしくない」
揶揄る口調で蒼い瞳が瞬いた。起きていたのか、起こしたのか。少年王は穏やかな笑みを浮かべて、傷だらけの右手を引き寄せた。己の頬に押し当て、その上から傷のないほっそりした指を絡める。
「おはよう、エリヤ」
「おはよう……ウィル」
夢じゃないかと互いに疑う2人はじっと見つめ合ったあと、距離を詰めて唇を合わせた。触れるだけで離れたけれど、表情が和らいで安心感が広がる。
「起きる?」
「いや……もう少しだけ」
まだ目の下に残る隈に左手の指先を近づけ、包帯だらけの状態にくすくす笑い出した。
「どうした?」
「お前がここまで傷だらけなのは珍しい」
訓練でも傷だらけになることはない。戦に出て多少のケガをしても、けろりとした顔で戻る男は「確かに」と呟いた。腹に穴開けた時も酷かったが、全身が包帯だらけになる状態は記憶をさらっても出てこない。
「命令だから傷だらけでも必ず戻るよ」
ウィリアムのいない数日間、この約束が果たされない可能性を考えて怖かった。戦の前も必ずウィリアムは約束を残す。生きて帰る、一人にはしない――今回のように約束もなく姿を消されたら、そう考えると体の芯が凍り付く恐怖を覚えた。
「わかってる」
信じてもいる。この男が俺に嘘をついて消えるはずはないのに、一度脳裏に過った恐怖と暗闇がシミのように残っていた。ジワリと黒いシミが心を侵食する。
「わかってないな、エリヤ。オレが生きて呼吸してる理由は、お前だ」
両手で愛しい王の頬を包む。八つ裂きにされようと、首をはねられようと、この魂が還る場所はお前だけ。そう告げて額を押し当てた。
「今回は本当に悪かった。油断した、言い訳は出来ない」
「言い訳できない失態なら、罰が必要か?」
「そうだな、エリヤをひたすら甘やかすのはどうだ」
「触れさせないのも罰だが……」
眉尻を下げて嫌だと表現する大型犬のようなウィリアムの鼻を指先で突いて、エリヤは華やかな笑みを浮かべた。
「ずっと俺の視界の中にいろ。簡単に許されると思うなよ」
褒美のような罰を言い渡した主君へ「承知しました、我が君」と大げさな返答をして、2人はまた唇を重ねた。
「ちょっと……いつまで待たせる気なのさ」
ふくれっ面で文句を言うエイデンの声に邪魔され、仕方なく彼らがベッドから起き上がる頃には窓の外は明るくなっていた。
象牙色の肌を彩る黒髪に接吻けを落とし、まだ開かない蒼い瞳を思って指先を動かす。包帯やら添え木が大量に絡みつく左手を諦めて、ぎこちなく右手で頬に触れた。起こしてしまうかと躊躇うが、触れたい欲求が抑えられない。
あの夜、エリヤに擦り寄った無礼な女を連れて地下へ向かった。わずか数日前の出来事なのに、ひどく昔のことのような気がする。舞踏会では決して踊らない少年王エリヤに従い引き上げた寝室で、バルコニーから入り込んだ女を捕らえた。
どこぞの貴族に買われた奴隷らしく、暗殺目的ではなかった。武器のひとつも持たず、ただ少年王を篭絡しろと命じられた女は、豊満なラインが透ける品のない肌着のようなドレスを身に纏う。
無防備極まりない恰好から、誰かが近くまで送り届けたのだと推測できた。そのため裏で糸を引いた人物を炙りだすために、牢へ連れていったのだ。今思えば、それを狙っていたのだろう。数本の矢を射かけられ、掠めた鏃の薬に倒れた。
思い出しても腹立たしい状況だ。あんな醜態をさらしたあげく、攫われたことでエリヤをこんなに心配させてしまった。紫に変色した爪を無理やり縛り付けたエイデンの苦労を無視し、痛む手で白い頬に触れる。わずかな動きでも全身が痛んだ。
愚かな男への罰にちょうどいい。窶れてしまった最愛の主の肌を傷つけないよう、2度目は荒れた指先をやめて指背で撫ぜた。
「……遠慮など、お前らしくない」
揶揄る口調で蒼い瞳が瞬いた。起きていたのか、起こしたのか。少年王は穏やかな笑みを浮かべて、傷だらけの右手を引き寄せた。己の頬に押し当て、その上から傷のないほっそりした指を絡める。
「おはよう、エリヤ」
「おはよう……ウィル」
夢じゃないかと互いに疑う2人はじっと見つめ合ったあと、距離を詰めて唇を合わせた。触れるだけで離れたけれど、表情が和らいで安心感が広がる。
「起きる?」
「いや……もう少しだけ」
まだ目の下に残る隈に左手の指先を近づけ、包帯だらけの状態にくすくす笑い出した。
「どうした?」
「お前がここまで傷だらけなのは珍しい」
訓練でも傷だらけになることはない。戦に出て多少のケガをしても、けろりとした顔で戻る男は「確かに」と呟いた。腹に穴開けた時も酷かったが、全身が包帯だらけになる状態は記憶をさらっても出てこない。
「命令だから傷だらけでも必ず戻るよ」
ウィリアムのいない数日間、この約束が果たされない可能性を考えて怖かった。戦の前も必ずウィリアムは約束を残す。生きて帰る、一人にはしない――今回のように約束もなく姿を消されたら、そう考えると体の芯が凍り付く恐怖を覚えた。
「わかってる」
信じてもいる。この男が俺に嘘をついて消えるはずはないのに、一度脳裏に過った恐怖と暗闇がシミのように残っていた。ジワリと黒いシミが心を侵食する。
「わかってないな、エリヤ。オレが生きて呼吸してる理由は、お前だ」
両手で愛しい王の頬を包む。八つ裂きにされようと、首をはねられようと、この魂が還る場所はお前だけ。そう告げて額を押し当てた。
「今回は本当に悪かった。油断した、言い訳は出来ない」
「言い訳できない失態なら、罰が必要か?」
「そうだな、エリヤをひたすら甘やかすのはどうだ」
「触れさせないのも罰だが……」
眉尻を下げて嫌だと表現する大型犬のようなウィリアムの鼻を指先で突いて、エリヤは華やかな笑みを浮かべた。
「ずっと俺の視界の中にいろ。簡単に許されると思うなよ」
褒美のような罰を言い渡した主君へ「承知しました、我が君」と大げさな返答をして、2人はまた唇を重ねた。
「ちょっと……いつまで待たせる気なのさ」
ふくれっ面で文句を言うエイデンの声に邪魔され、仕方なく彼らがベッドから起き上がる頃には窓の外は明るくなっていた。
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