【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
79 / 102
第6章 寝返りは青薔薇の香り

6-9.ツケはたまりに溜まって

 着替えるエリヤの前で、ウィリアムは「あ、そこ」と声をあげる。普段から近従を兼ねるウィリアムが着替えさせていたが、今回は包帯だらけの手でボタンを留める姿に眉をひそめたエリヤが「自分でやる」と手出しを禁じた。

 問題はそこから始まった。複雑な飾りボタンを上手に留められないエリヤがイライラし始め、気づくとウィリアムが声や指を出してしまう。そのたびにエリヤが避ける繰り返しだった。

「ねえ、食事冷めるよ」

 宮廷医として、彼らにしっかり食事をさせるために早朝から出向いたのだ。何が悲しくて、2人のじれったい着替えを見守らねばならぬのか。溜め息をついて忠告するも、まだ時間がかかりそうだった。しかたなく座っていた椅子から身を起こたエイデンが、手早くエリヤの服を整える。

「くそ……」

 手出しを禁じられていなければ、オレの役目なのに。そんなウィリアムの鋭い視線に、エイデンはにやりと笑って見せた。

「悔しかったら早く治しなよ。あと……僕がドロシアに頼んだ仕事の報酬、君に払ってもらうからね」

「わかった」

 むすっとした声で両方とも同じ答えで済ませた。ぎこちない動きで食事を終わらせたウィリアムが、愛用の剣を腰のベルトに下げようとする。しかしエリヤがそれを留めた。

「これにしろ」

 黒い柄の短剣を差し出す。黒檀を使った柄と鞘は磨き上げられており、握りが手に馴染んだ。黒檀は硬いため加工が難しいが、艶があり丈夫な木材だ。そのため家具や楽器などに多く使用される素材だった。贅沢に黒檀を使った短剣は値段がつけられない。

「……凄いな」

 すらりと鞘を滑らせた短剣は、質のいい刃が使われていた。どうやら飾り用ではなく、護身用に作られた実用本位の短剣らしい。銀の金具が装飾に使われた短剣を手渡したエリヤが「見つけたからやる」と言い放った。

「みつけた?」

 どこで? そんな質問に「宝物庫の隅にあった」と答える国王は、短剣の価値など考えてもいないだろう。ただ黒を好んで纏う男に似合うと思って持ち出したのだ。刃の厚さから、実用に耐えうると判断したウィリアムは素直に受け取った。

 受け取るか不安そうに見つめる少年の視線に気づいてしまえば、断る選択肢はない。

「ありがたく拝領いたします」

 愛用の剣を残し、短剣を胸元に忍ばせた。微笑んでエリヤの手のひらに唇を押し当てる。身を護る物を常に持ち歩けと示した少年王の気持ちが、ただただ嬉しかった。

「いい加減にしないと、ショーンがキレるから」

 エイデンが呆れ半分に促すと、「しかたない」と苦笑したエリヤが執務室へ向かう。後を追う執政が斜め後ろに従う、いつも通りの光景を見送りながらエイデンは口元を緩めた。






「遅い! あとは任せる」

 わずか数日とはいえ、国王が処理する書類をすべて片づけたチャンリー公爵ショーンが、むっとした口調で立ち上がる。隣に控えていたラユダに「訓練で身体を動かすぞ」と命じて、ペンを机の上に置いた。

「悪かったな」

「そう思うなら失踪騒動はこれきりにしろ」

 書類の山を嫌そうに眺めたショーンは、どちらかと言えば身体を動かす方が得意だ。本来なら国王に届く前に、執政ウィリアムによって精査され分別する書類もすべて、彼の手元に届いていた。

「俺は絶対に国王なんぞならん」

 うんざりしたと吐き捨てて、足音も荒く外へ逃げ出す。ショーンにとって国王は『不自由な鎖』に過ぎないらしい。訓練に付き合わされるラユダが気の毒だが、まあ手練れなので何とかこなすだろう。

「この程度の書類で根を上げるとは、ショーンらしくもない」

 ウィリアムは肩を竦め、痛みに顔をしかめた。誤魔化すように、エリヤの机に積まれた書類をいくつか手に取る。商業関係の申請書類がなぜここに? そんな気持ちでつぎつぎと書類を確認した。

 土地の売買に関する承諾書類、新たな事業の申請書、灌漑施設の修繕願い、新たな孤児院への寄付要請……様々な分野がごちゃごちゃに積み重ねられている。

「しばらく書類漬けか」

 普段はウィリアムが分類して、各部署へ送っている書類がすべて混ざった状態だ。これを分類して、それぞれの文官を呼んで渡し、処理すべき事項に着手しなければならない。休む時間のない現状に溜め息を吐いて、書類の山に手を伸ばした。

 そんな部屋の中、ひらりと落ちた1枚の報告書が机の下に滑り込む。誰も知らぬまま、この報告書が発見されるのは数日後――騒動が起きてからであった。
感想 10

あなたにおすすめの小説

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります