【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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第6章 寝返りは青薔薇の香り

6-11.夜駆けの神龍は残忍に嗤う

「くそっ! 増援はまだか?!」

「見捨てられたんじゃないか」

「いや……王都で何かあったんじゃ……」

 様々な憶測が飛び交う砦を纏める、大将である辺境伯が声を上げた。

「何を騒ぐ! 陛下も執政閣下もこの砦の働きを理解しておられるぞ。敵に怯み逃げる者は、我が剣のさびにしてくれるわっ!!」

 アルベリーニ辺境伯の大声が、砦の緩んだ空気を引き締める。たとえ切り捨てられたとしても、過去の恩義に報いて砦を守り切るのが忠義と信じる男は、立派な身を鎧に包んでいた。

 窮屈そうに見えるほど大きな身体で砦の旗の下に立つ。松明が煌々と照らす旗はよい目印だ。

 目立つ場所で敵からの矢が一番飛んでくる旗の下、辺境伯は堂々とその巨体を晒した。隣に立つ軍師は小柄なわけではないが、それでも頭ひとつ以上身長差が開く。

「大将、ここは危険です」

 忠告する部下の心配を大声で笑い飛ばした。

「何を言う! アスター国の矢に倒れる俺じゃないぞ」

 直後、軍馬の蹄の音が響いた。暗闇の中、どちらの音か判断できずにアルベリーニ辺境伯が眉をひそめる。もし敵の援軍だったら、もう部下の士気を維持できないかもしれない。家族のある兵だけでも逃がしてやるべきか……。

「よくぞ言った! それでこそ『鉄盾』のジルドだ」

 聞き覚えのある声と同時に、砦の裏側から駆けのぼる足音がした。息を切らすことなく姿を見せたのは、軽装ながら鎧に身を包んだチャンリー公爵ショーンだ。後ろに傭兵数人を従えたショーンは、にやりと笑った。

「遅くなったが援軍だ」

 きっちりまとめた黒髪の青年は、松明の炎を映す黒い瞳を細めた。国王エリヤの許可を得たその足で、自軍の半数を率いて駆け付けたのだ。早駆けについてこられたのは全体の2割だが、残りも追々たどりつく。

「この夜を駆けてこられたのか?」

「当然だ。我が旗下の大将が守る砦の危機だぞ。俺が来ないで、誰が来る」

 将軍としての地位を持つショーンの言葉に、感激した大将が膝をつく。

「負けてもいないのに膝をつく許しは与えていない。さて……どうやって片づけるか」

 先ほどまでアルベリーニ辺境伯が立っていた旗の下に立ち、間に流れる川越しに陣を張るアスター国の軍勢を睨みつける。勝つために必要なのは有効な策と従う部下だ。数は関係ないというのが、ショーンの持論だった。

 常に傭兵を側に置くのも、彼らの一騎当千の働きを良く知るからだ。そして正規兵には頼めないような裏仕事もこなせる傭兵は、ショーンの手駒として最適だった。

 正々堂々と名乗りをあげて戦って勝つ戦は、執政であり筆頭騎士であるウィリアムの役目。将軍である自分の手足は、通常の範囲をカバーする正規兵とその先に伸ばせる傭兵達であり、どんな手段を使っても勝てば官軍なのだ。

「ラユダ。あのあたりを崩せるか?」

 もっとも信頼する青年を招き寄せる。ショーンの視線の先を見つめるラユダの緑の瞳が細められ、顔の半分を隠す髪を揺らして頷いた。

「可能だ」

 任せるという命令は必要ない。ただ頷きあっただけで、ラユダは許可を得ずに動き出した。普段からこれが当たり前のショーンは咎める様子もなく、黒々と流れる川を見つめて口角を持ち上げる。

「朝には片づけてやる」

 先日来の書類処理で溜まった鬱憤うっぷんを晴らすチャンスと笑う将軍に、砦の兵士たちは頼もしさと同時に畏怖を覚える。彼の二つ名である『神龍の申し子』という恐ろしくも神々しい呼び方の由来が、この地で惜しみなく発揮されようとしていた。
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