81 / 102
第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-11.夜駆けの神龍は残忍に嗤う
しおりを挟む
「くそっ! 増援はまだか?!」
「見捨てられたんじゃないか」
「いや……王都で何かあったんじゃ……」
様々な憶測が飛び交う砦を纏める、大将である辺境伯が声を上げた。
「何を騒ぐ! 陛下も執政閣下もこの砦の働きを理解しておられるぞ。敵に怯み逃げる者は、我が剣の錆にしてくれるわっ!!」
アルベリーニ辺境伯の大声が、砦の緩んだ空気を引き締める。たとえ切り捨てられたとしても、過去の恩義に報いて砦を守り切るのが忠義と信じる男は、立派な身を鎧に包んでいた。
窮屈そうに見えるほど大きな身体で砦の旗の下に立つ。松明が煌々と照らす旗はよい目印だ。
目立つ場所で敵からの矢が一番飛んでくる旗の下、辺境伯は堂々とその巨体を晒した。隣に立つ軍師は小柄なわけではないが、それでも頭ひとつ以上身長差が開く。
「大将、ここは危険です」
忠告する部下の心配を大声で笑い飛ばした。
「何を言う! アスター国の矢に倒れる俺じゃないぞ」
直後、軍馬の蹄の音が響いた。暗闇の中、どちらの音か判断できずにアルベリーニ辺境伯が眉をひそめる。もし敵の援軍だったら、もう部下の士気を維持できないかもしれない。家族のある兵だけでも逃がしてやるべきか……。
「よくぞ言った! それでこそ『鉄盾』のジルドだ」
聞き覚えのある声と同時に、砦の裏側から駆けのぼる足音がした。息を切らすことなく姿を見せたのは、軽装ながら鎧に身を包んだチャンリー公爵ショーンだ。後ろに傭兵数人を従えたショーンは、にやりと笑った。
「遅くなったが援軍だ」
きっちりまとめた黒髪の青年は、松明の炎を映す黒い瞳を細めた。国王エリヤの許可を得たその足で、自軍の半数を率いて駆け付けたのだ。早駆けについてこられたのは全体の2割だが、残りも追々たどりつく。
「この夜を駆けてこられたのか?」
「当然だ。我が旗下の大将が守る砦の危機だぞ。俺が来ないで、誰が来る」
将軍としての地位を持つショーンの言葉に、感激した大将が膝をつく。
「負けてもいないのに膝をつく許しは与えていない。さて……どうやって片づけるか」
先ほどまでアルベリーニ辺境伯が立っていた旗の下に立ち、間に流れる川越しに陣を張るアスター国の軍勢を睨みつける。勝つために必要なのは有効な策と従う部下だ。数は関係ないというのが、ショーンの持論だった。
常に傭兵を側に置くのも、彼らの一騎当千の働きを良く知るからだ。そして正規兵には頼めないような裏仕事もこなせる傭兵は、ショーンの手駒として最適だった。
正々堂々と名乗りをあげて戦って勝つ戦は、執政であり筆頭騎士であるウィリアムの役目。将軍である自分の手足は、通常の範囲をカバーする正規兵とその先に伸ばせる傭兵達であり、どんな手段を使っても勝てば官軍なのだ。
「ラユダ。あのあたりを崩せるか?」
もっとも信頼する青年を招き寄せる。ショーンの視線の先を見つめるラユダの緑の瞳が細められ、顔の半分を隠す髪を揺らして頷いた。
「可能だ」
任せるという命令は必要ない。ただ頷きあっただけで、ラユダは許可を得ずに動き出した。普段からこれが当たり前のショーンは咎める様子もなく、黒々と流れる川を見つめて口角を持ち上げる。
「朝には片づけてやる」
先日来の書類処理で溜まった鬱憤を晴らすチャンスと笑う将軍に、砦の兵士たちは頼もしさと同時に畏怖を覚える。彼の二つ名である『神龍の申し子』という恐ろしくも神々しい呼び方の由来が、この地で惜しみなく発揮されようとしていた。
「見捨てられたんじゃないか」
「いや……王都で何かあったんじゃ……」
様々な憶測が飛び交う砦を纏める、大将である辺境伯が声を上げた。
「何を騒ぐ! 陛下も執政閣下もこの砦の働きを理解しておられるぞ。敵に怯み逃げる者は、我が剣の錆にしてくれるわっ!!」
アルベリーニ辺境伯の大声が、砦の緩んだ空気を引き締める。たとえ切り捨てられたとしても、過去の恩義に報いて砦を守り切るのが忠義と信じる男は、立派な身を鎧に包んでいた。
窮屈そうに見えるほど大きな身体で砦の旗の下に立つ。松明が煌々と照らす旗はよい目印だ。
目立つ場所で敵からの矢が一番飛んでくる旗の下、辺境伯は堂々とその巨体を晒した。隣に立つ軍師は小柄なわけではないが、それでも頭ひとつ以上身長差が開く。
「大将、ここは危険です」
忠告する部下の心配を大声で笑い飛ばした。
「何を言う! アスター国の矢に倒れる俺じゃないぞ」
直後、軍馬の蹄の音が響いた。暗闇の中、どちらの音か判断できずにアルベリーニ辺境伯が眉をひそめる。もし敵の援軍だったら、もう部下の士気を維持できないかもしれない。家族のある兵だけでも逃がしてやるべきか……。
「よくぞ言った! それでこそ『鉄盾』のジルドだ」
聞き覚えのある声と同時に、砦の裏側から駆けのぼる足音がした。息を切らすことなく姿を見せたのは、軽装ながら鎧に身を包んだチャンリー公爵ショーンだ。後ろに傭兵数人を従えたショーンは、にやりと笑った。
「遅くなったが援軍だ」
きっちりまとめた黒髪の青年は、松明の炎を映す黒い瞳を細めた。国王エリヤの許可を得たその足で、自軍の半数を率いて駆け付けたのだ。早駆けについてこられたのは全体の2割だが、残りも追々たどりつく。
「この夜を駆けてこられたのか?」
「当然だ。我が旗下の大将が守る砦の危機だぞ。俺が来ないで、誰が来る」
将軍としての地位を持つショーンの言葉に、感激した大将が膝をつく。
「負けてもいないのに膝をつく許しは与えていない。さて……どうやって片づけるか」
先ほどまでアルベリーニ辺境伯が立っていた旗の下に立ち、間に流れる川越しに陣を張るアスター国の軍勢を睨みつける。勝つために必要なのは有効な策と従う部下だ。数は関係ないというのが、ショーンの持論だった。
常に傭兵を側に置くのも、彼らの一騎当千の働きを良く知るからだ。そして正規兵には頼めないような裏仕事もこなせる傭兵は、ショーンの手駒として最適だった。
正々堂々と名乗りをあげて戦って勝つ戦は、執政であり筆頭騎士であるウィリアムの役目。将軍である自分の手足は、通常の範囲をカバーする正規兵とその先に伸ばせる傭兵達であり、どんな手段を使っても勝てば官軍なのだ。
「ラユダ。あのあたりを崩せるか?」
もっとも信頼する青年を招き寄せる。ショーンの視線の先を見つめるラユダの緑の瞳が細められ、顔の半分を隠す髪を揺らして頷いた。
「可能だ」
任せるという命令は必要ない。ただ頷きあっただけで、ラユダは許可を得ずに動き出した。普段からこれが当たり前のショーンは咎める様子もなく、黒々と流れる川を見つめて口角を持ち上げる。
「朝には片づけてやる」
先日来の書類処理で溜まった鬱憤を晴らすチャンスと笑う将軍に、砦の兵士たちは頼もしさと同時に畏怖を覚える。彼の二つ名である『神龍の申し子』という恐ろしくも神々しい呼び方の由来が、この地で惜しみなく発揮されようとしていた。
11
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる