90 / 102
第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-20.足元の見えぬ闇夜の奇襲
攻め込む兵の動きを見ながら、ショーンは己の剣を抜いた。降り注ぐ矢を払うラユダが呼吸を図って、隣に滑り込む。目配せだけで合図は足りた。
「……はっ」
馬の腹を蹴り、一気に崖を下る。旗印として崖の頂上で我慢していたショーンが駆け下りると、呆れ顔の傭兵達が後に続いた。正規兵に同じ命令を下しても躊躇するはずだ。かろうじて鹿や山羊が行き来する急な崖は、馬が嫌がる。ましてや上に乗る兵や騎士の怯えを感じれば、本能的に拒絶するだろう。
軍馬として訓練され、戦好きのショーンに従ってきた雌馬は嘶いて、真っすぐに崖を下りた。その先で矢をつがえる兵が怯えの表情を浮かべて、逃げ出す。放り出した弓を踏み、向けられた背を蹴飛ばして一群が走り抜けた。
土埃が戦場を横断していく。
敵の意表をつき、戦場を乱す台風の目となったショーンが剣を振るう。落とした首に見向きもせず、次の男へ向けて再び振りかざした。背中を守るラユダが、鋭い突きを剣でいなして追いかける。半馬身遅れの位置を譲らぬラユダの頬を、1本の矢が掠めた。
目を細めるが、頬を伝う血を無視して剣を振るった。手応えを確認しながら、次の敵を切り伏せる。ラユダの纏う革鎧はあっという間に返り血で赤く染まった。滑る柄を乱暴に拭い、ショーンを追う。
「ショーン、一度さがれ」
「……確かにおかしい」
中央突破を仕掛けた側が有利なのは当然だが、あまりにもスムーズに突破できてしまった。誘い込まれる可能性がある。ラユダの指摘に、違和感を感じていたショーンも眉をひそめた。
このまま囲まれると、退路が絶たれる。見上げた夜空は月がなく、足元は飲み込まれるような闇が広がっていた。
ひらりと舞うマントを手で払い、退却の合図を送る。周囲を取り巻く傭兵達が急速に距離を詰めた。
「ボス、まずいです」
「危険ですぜ」
敵の動きの変化を敏感に察した彼らの忠告に、ショーンは速度を緩めた。これ以上敵地深く入ってしまったら、退却が出来なくなる。
「ショーン、マントを寄越せ」
ラユダが身代わりを申し出る。しかしショーンは首を縦に振らなかった。
他国にない指揮官のマントの風習は、シュミレ国の誇りだ。武勇を誇るチャンリー公爵家当主が、己のプライドであるマントを傭兵に預けるなど、名が廃る。それくらいなら討死にの方がマシだ。
きつい黒瞳が語る決意に、ラユダは苦笑いした。
「そうだろうと思った。血路を開くぞ」
「おうよ」
「ボスは無事に出してみせるぜ」
「俺らにだって誇りがある」
「恩を返すときだ!」
囲まれた状態からの脱出を果たすため、傭兵達は互いの距離をはかる。動きを止めず、しかし速度を揃えた。互いの連携をとりながら、中央に守るショーンに目配せした。
「任せる」
言い切った潔さに、傭兵達は奮起した。剣の持ち方を変えて、近接戦闘から早駆けの体勢に切り替える。
「いくぞ」
ラユダが乱暴に左手で髪をかき上げた。返り血に濡れた手が、普段隠している目をさらけ出す。背後に迫る敵、眼前に襲いかかる敵、どちらをみても敵ばかりの状況で、ラユダはにやりと笑った。
壮絶な色気と殺伐とした雰囲気を併せ持つラユダの表情に、ショーンの背がぞくりと震えた。死ねぬと強く思う。一群は敵を蹴散らしながら、漆黒の闇を駆け抜けた。
「……はっ」
馬の腹を蹴り、一気に崖を下る。旗印として崖の頂上で我慢していたショーンが駆け下りると、呆れ顔の傭兵達が後に続いた。正規兵に同じ命令を下しても躊躇するはずだ。かろうじて鹿や山羊が行き来する急な崖は、馬が嫌がる。ましてや上に乗る兵や騎士の怯えを感じれば、本能的に拒絶するだろう。
軍馬として訓練され、戦好きのショーンに従ってきた雌馬は嘶いて、真っすぐに崖を下りた。その先で矢をつがえる兵が怯えの表情を浮かべて、逃げ出す。放り出した弓を踏み、向けられた背を蹴飛ばして一群が走り抜けた。
土埃が戦場を横断していく。
敵の意表をつき、戦場を乱す台風の目となったショーンが剣を振るう。落とした首に見向きもせず、次の男へ向けて再び振りかざした。背中を守るラユダが、鋭い突きを剣でいなして追いかける。半馬身遅れの位置を譲らぬラユダの頬を、1本の矢が掠めた。
目を細めるが、頬を伝う血を無視して剣を振るった。手応えを確認しながら、次の敵を切り伏せる。ラユダの纏う革鎧はあっという間に返り血で赤く染まった。滑る柄を乱暴に拭い、ショーンを追う。
「ショーン、一度さがれ」
「……確かにおかしい」
中央突破を仕掛けた側が有利なのは当然だが、あまりにもスムーズに突破できてしまった。誘い込まれる可能性がある。ラユダの指摘に、違和感を感じていたショーンも眉をひそめた。
このまま囲まれると、退路が絶たれる。見上げた夜空は月がなく、足元は飲み込まれるような闇が広がっていた。
ひらりと舞うマントを手で払い、退却の合図を送る。周囲を取り巻く傭兵達が急速に距離を詰めた。
「ボス、まずいです」
「危険ですぜ」
敵の動きの変化を敏感に察した彼らの忠告に、ショーンは速度を緩めた。これ以上敵地深く入ってしまったら、退却が出来なくなる。
「ショーン、マントを寄越せ」
ラユダが身代わりを申し出る。しかしショーンは首を縦に振らなかった。
他国にない指揮官のマントの風習は、シュミレ国の誇りだ。武勇を誇るチャンリー公爵家当主が、己のプライドであるマントを傭兵に預けるなど、名が廃る。それくらいなら討死にの方がマシだ。
きつい黒瞳が語る決意に、ラユダは苦笑いした。
「そうだろうと思った。血路を開くぞ」
「おうよ」
「ボスは無事に出してみせるぜ」
「俺らにだって誇りがある」
「恩を返すときだ!」
囲まれた状態からの脱出を果たすため、傭兵達は互いの距離をはかる。動きを止めず、しかし速度を揃えた。互いの連携をとりながら、中央に守るショーンに目配せした。
「任せる」
言い切った潔さに、傭兵達は奮起した。剣の持ち方を変えて、近接戦闘から早駆けの体勢に切り替える。
「いくぞ」
ラユダが乱暴に左手で髪をかき上げた。返り血に濡れた手が、普段隠している目をさらけ出す。背後に迫る敵、眼前に襲いかかる敵、どちらをみても敵ばかりの状況で、ラユダはにやりと笑った。
壮絶な色気と殺伐とした雰囲気を併せ持つラユダの表情に、ショーンの背がぞくりと震えた。死ねぬと強く思う。一群は敵を蹴散らしながら、漆黒の闇を駆け抜けた。
あなたにおすすめの小説
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
契約結婚だけど大好きです!
泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。
そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。
片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。
しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。
イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。
......
「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」
彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。
「すみません。僕はこれから用事があるので」
本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。
この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。
※小説家になろうにも掲載しております
※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります