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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-21.秘密は薔薇の下へ、密談は紅茶の中へ
お気に入りの薔薇園で姉を迎えたエリヤは、年齢相応の幼い顔を見せて微笑む。東屋に腰掛けようとしたウィリアムがわずかに眉を動かした。腰に突き立てられた短剣の傷はまだ癒えていない。エリヤが目の前にいれば気を張っているが、つい緩んだのだろう。
「あらあら。珍しいこと」
くすくす笑いながら優雅に扇で口元を隠す魔女へ舌打ちし、行儀悪く足を組む。淑女の前と考えれば作法に問題があるが……そんな些細な揚げ足取りをする間柄ではなかった。ドロシアは近くの蔓薔薇を1輪手に取り、用意されたお茶のカップを少しずらす。
テーブルの板目を川に見立て、ポットの位置を動かした。アスター国の王城を示すティーポット、手前にある砦をカップで表現する。菓子が入った皿を手前に引き寄せ、隣に薔薇を置いた。
「このポットが割れたら、大騒ぎになりそうですわね」
「まあな。だがカップに熱い紅茶を注いだのはポットだぞ?」
くすくす笑う。騒ぎに火をつけた当事者はアスター国だと突き放すウィリアムは、時折シュミレ国の麗しい姉弟に視線を向ける。気づいたエリヤが手を振ると、優雅な所作で手を振り返した。
新しく咲いた薔薇を楽しむ彼らを、ドロシアも微笑んで見守る。会話が聞こえない位置から見れば、国王と側近が客人である聖女達をもてなしている構図だった。庭は薔薇の棘で満ちている。ひらけた景色もあり、他者に会話を聞かれる心配はほぼ要らなかった。
「私は薔薇が無事なら、カップの中身が溢れても気にしませんわ」
「溢れるほど注ぐなら、止めるだけだ」
「でしたら、追加のカップを」
「すでに並べてある。そうでないと、ポットの中身がもったいないからな」
アスター国から溢れ出るのは財産や人材だけでなく、多くの難民が含まれる。着のみ着のままで逃げ出す難民が流れ込めば、国境付近の治安が悪化するだろう。便乗して、この国に不要な貴族が入り込まれても困る。
他国を滅ぼすのは簡単だが、滅ぼした後の手配が大変なのだ。溜め息をつくウィリアムは、微熱に浮かされた指先でポットから紅茶を注いだ。追加のカップに注いだ琥珀色の液体が、光を孕んでゆらりと揺れる。
「それで、あなたはお菓子を頬張るの? 追加のカップは間に合ったかしら」
欲張り過ぎよと呟くドロシアが、手元の薔薇を守るように引き寄せた。
「お前こそ、薔薇を持ち帰るんだろう? もちろん間に合うさ」
追加のカップが示すものは、国境へ送った精鋭部隊だ。ライワーン子爵とは別に、ほぼ同時期に出立させた。大々的に出ていったライワーン子爵の軍が目くらましとなり、他国に情報は漏れていない。多少漏れたとしても、魔女が操作して話をもみ消しただろう。
少数精鋭の部隊は、ショーンの大隊に紛れ込ませることで普段は人目に触れない。隠し玉を動かしたと告げる執政に、情報を操る美女は肩を竦めた。
「お互い様ね」
この話は終わりだと、政治的なやりとりを秘めた会話を終了させる。この僅かな時間で、アスター国の命運は定まった。国を滅ぼすが、誰かを傀儡に立てて難民を食い止める。物騒な話が終わるなり、立ち上がったドロシアが空のカップに紅茶を注いだ。
「話は済んだのか?」
姉をエスコートして席に着く少年王は無邪気に尋ねる。子供の物言いに隠された鋭い視線を正面から受け止め、ウィリアムが口元を緩めた。
「あらあら。珍しいこと」
くすくす笑いながら優雅に扇で口元を隠す魔女へ舌打ちし、行儀悪く足を組む。淑女の前と考えれば作法に問題があるが……そんな些細な揚げ足取りをする間柄ではなかった。ドロシアは近くの蔓薔薇を1輪手に取り、用意されたお茶のカップを少しずらす。
テーブルの板目を川に見立て、ポットの位置を動かした。アスター国の王城を示すティーポット、手前にある砦をカップで表現する。菓子が入った皿を手前に引き寄せ、隣に薔薇を置いた。
「このポットが割れたら、大騒ぎになりそうですわね」
「まあな。だがカップに熱い紅茶を注いだのはポットだぞ?」
くすくす笑う。騒ぎに火をつけた当事者はアスター国だと突き放すウィリアムは、時折シュミレ国の麗しい姉弟に視線を向ける。気づいたエリヤが手を振ると、優雅な所作で手を振り返した。
新しく咲いた薔薇を楽しむ彼らを、ドロシアも微笑んで見守る。会話が聞こえない位置から見れば、国王と側近が客人である聖女達をもてなしている構図だった。庭は薔薇の棘で満ちている。ひらけた景色もあり、他者に会話を聞かれる心配はほぼ要らなかった。
「私は薔薇が無事なら、カップの中身が溢れても気にしませんわ」
「溢れるほど注ぐなら、止めるだけだ」
「でしたら、追加のカップを」
「すでに並べてある。そうでないと、ポットの中身がもったいないからな」
アスター国から溢れ出るのは財産や人材だけでなく、多くの難民が含まれる。着のみ着のままで逃げ出す難民が流れ込めば、国境付近の治安が悪化するだろう。便乗して、この国に不要な貴族が入り込まれても困る。
他国を滅ぼすのは簡単だが、滅ぼした後の手配が大変なのだ。溜め息をつくウィリアムは、微熱に浮かされた指先でポットから紅茶を注いだ。追加のカップに注いだ琥珀色の液体が、光を孕んでゆらりと揺れる。
「それで、あなたはお菓子を頬張るの? 追加のカップは間に合ったかしら」
欲張り過ぎよと呟くドロシアが、手元の薔薇を守るように引き寄せた。
「お前こそ、薔薇を持ち帰るんだろう? もちろん間に合うさ」
追加のカップが示すものは、国境へ送った精鋭部隊だ。ライワーン子爵とは別に、ほぼ同時期に出立させた。大々的に出ていったライワーン子爵の軍が目くらましとなり、他国に情報は漏れていない。多少漏れたとしても、魔女が操作して話をもみ消しただろう。
少数精鋭の部隊は、ショーンの大隊に紛れ込ませることで普段は人目に触れない。隠し玉を動かしたと告げる執政に、情報を操る美女は肩を竦めた。
「お互い様ね」
この話は終わりだと、政治的なやりとりを秘めた会話を終了させる。この僅かな時間で、アスター国の命運は定まった。国を滅ぼすが、誰かを傀儡に立てて難民を食い止める。物騒な話が終わるなり、立ち上がったドロシアが空のカップに紅茶を注いだ。
「話は済んだのか?」
姉をエスコートして席に着く少年王は無邪気に尋ねる。子供の物言いに隠された鋭い視線を正面から受け止め、ウィリアムが口元を緩めた。
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