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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-22.策略はお茶菓子に隠して
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「先日のお詫びを兼ねて、リリーアリス姫とドロシア嬢にプレゼントをしようと思います。陛下も一緒に選んでいただけますか」
執政としての言葉を向けると、エリヤが目を輝かせる。
「それはいい! 姉上に似合うバイオレット・サファイヤがあるはずだ」
「素敵ですわ。髪飾りに仕立てませんこと? 普段使いできますもの」
ドロシアが追従する。彼女のことだ、他国から仕入れた宝石のリストや価格は当然把握しているだろう。最近購入した中でもっとも高額な宝石は、エリヤが姉の瞳の色と同じだと仕入れた品だった。最初から彼女に贈る予定ではあるが、加工方法は決めていない。磨く前の原石だ。
これから手元に落ちてくるアスター国のように……まだ形は定まっていない。
「ドロシア、宝石なんて普段使いしないのよ」
「もったいないですから、差し上げたジュエリーはお使いください」
ケースの中に保管しておく方がもったいないと穏やかに諭すウィリアムに、少し考えたリリーアリスは頷いた。確かにずっとケースに保管しても、意味はない。弟から貰った大切なプレゼントを他者に譲ったり、売却する予定もなかった。
「わかったわ」
妥協した姉の手を握って嬉しそうなエリヤが、隣のウィリアムの袖を引いた。気づいて、ドロシアの手元に置いた菓子皿を彼の前に移動させる。
「どうぞ」
「ありがとう」
微笑んで手を伸ばしたリリーアリスが、手元の菓子を一口齧って「ふふっ」と笑った。懐かしい味だ。何度か教会に届けられた菓子と同じ風味、隠し味はクルミだろうか。
「これ、ウィリアムのお手製ね」
「……わかりましたか。鋭いですね」
穏やかに肯定したウィリアムが、隣のブラウンの菓子を手に取ってエリヤの口元に運ぶ。当然のように口を開けて食べさせてもらう少年王に照れはなかった。食べさせてもらうのは日常の行為で、疑問すら浮かばない。
「……ココナツ、だ」
ココア味の焼き菓子にココナツを混ぜたのだ。香りが引き立ち、ココアの苦みを上手に緩和してくれる。組み合わせの良さに、定番にしようと考える菓子だった。
「うん、こっちは新作」
つい素の口調が出たウィリアムだが、さらりと何もなかったように流した。
「ところで、髪飾りの地金は銀と金のどちらがお好みでしょう」
「誤魔化さなくてもよくてよ。リリーアリス様なら金が似合うわ」
取り繕うウィリアムを笑いながら、ドロシアはカップのお茶を口に含む。少し薄い紅茶は、話の間に冷めていた。甘さが足りないお茶を飲み干し、新しく注がれるお茶の濃さに目を細める。
「苦いかしら?」
「はちみつを入れればいい」
銀のスプーンで掬った蜂蜜を足され、ドロシアは意味ありげに口元を緩めた。
先ほどの会話の続きだ。紅茶はアスター国から齎される資材や特産物、財産を示す隠語だった。その価値を値踏みした「苦い」という表現に、執政は簡単そうに「甘さを足す」と答えを返す。
このままではうま味のないアスター国だが、自国に統合した後で手を加えれば化ける。いや、化けさせる方法はすでにウィリアムの頭に浮かんでいた。難民を働き手として動かし、かの国の農作物を別の形で活用する予定があるのだ。
万全な対策を打ったと得意げなウィリアムに、ドロシアが菫色の瞳を細める。
「相変わらず、仲がいい」
焼きもちめいたエリヤの発言に、稀代の秀才は大慌てで否定する。
「それはない! あの魔女だけはない!!」
言葉を取り繕う余裕すらかなぐり捨てた必死の否定に、発言の主はきょとんとした表情で首をかしげた。焦っている恋人に抱き寄せられ、いつもの癖で幼い腕が抱き締め返す。
「あらあら、いくつになっても甘えん坊ね」
姉の揶揄う声に赤面したエリヤが強引にウィリアムの腕を振りほどき、身を捩った痛みに息を飲んだ男を慌てて心配する。それを微笑ましいと見守る王女様と魔女――薔薇の香りが満ちる庭のお茶会は物騒に始まり、和やかに終わった。
執政としての言葉を向けると、エリヤが目を輝かせる。
「それはいい! 姉上に似合うバイオレット・サファイヤがあるはずだ」
「素敵ですわ。髪飾りに仕立てませんこと? 普段使いできますもの」
ドロシアが追従する。彼女のことだ、他国から仕入れた宝石のリストや価格は当然把握しているだろう。最近購入した中でもっとも高額な宝石は、エリヤが姉の瞳の色と同じだと仕入れた品だった。最初から彼女に贈る予定ではあるが、加工方法は決めていない。磨く前の原石だ。
これから手元に落ちてくるアスター国のように……まだ形は定まっていない。
「ドロシア、宝石なんて普段使いしないのよ」
「もったいないですから、差し上げたジュエリーはお使いください」
ケースの中に保管しておく方がもったいないと穏やかに諭すウィリアムに、少し考えたリリーアリスは頷いた。確かにずっとケースに保管しても、意味はない。弟から貰った大切なプレゼントを他者に譲ったり、売却する予定もなかった。
「わかったわ」
妥協した姉の手を握って嬉しそうなエリヤが、隣のウィリアムの袖を引いた。気づいて、ドロシアの手元に置いた菓子皿を彼の前に移動させる。
「どうぞ」
「ありがとう」
微笑んで手を伸ばしたリリーアリスが、手元の菓子を一口齧って「ふふっ」と笑った。懐かしい味だ。何度か教会に届けられた菓子と同じ風味、隠し味はクルミだろうか。
「これ、ウィリアムのお手製ね」
「……わかりましたか。鋭いですね」
穏やかに肯定したウィリアムが、隣のブラウンの菓子を手に取ってエリヤの口元に運ぶ。当然のように口を開けて食べさせてもらう少年王に照れはなかった。食べさせてもらうのは日常の行為で、疑問すら浮かばない。
「……ココナツ、だ」
ココア味の焼き菓子にココナツを混ぜたのだ。香りが引き立ち、ココアの苦みを上手に緩和してくれる。組み合わせの良さに、定番にしようと考える菓子だった。
「うん、こっちは新作」
つい素の口調が出たウィリアムだが、さらりと何もなかったように流した。
「ところで、髪飾りの地金は銀と金のどちらがお好みでしょう」
「誤魔化さなくてもよくてよ。リリーアリス様なら金が似合うわ」
取り繕うウィリアムを笑いながら、ドロシアはカップのお茶を口に含む。少し薄い紅茶は、話の間に冷めていた。甘さが足りないお茶を飲み干し、新しく注がれるお茶の濃さに目を細める。
「苦いかしら?」
「はちみつを入れればいい」
銀のスプーンで掬った蜂蜜を足され、ドロシアは意味ありげに口元を緩めた。
先ほどの会話の続きだ。紅茶はアスター国から齎される資材や特産物、財産を示す隠語だった。その価値を値踏みした「苦い」という表現に、執政は簡単そうに「甘さを足す」と答えを返す。
このままではうま味のないアスター国だが、自国に統合した後で手を加えれば化ける。いや、化けさせる方法はすでにウィリアムの頭に浮かんでいた。難民を働き手として動かし、かの国の農作物を別の形で活用する予定があるのだ。
万全な対策を打ったと得意げなウィリアムに、ドロシアが菫色の瞳を細める。
「相変わらず、仲がいい」
焼きもちめいたエリヤの発言に、稀代の秀才は大慌てで否定する。
「それはない! あの魔女だけはない!!」
言葉を取り繕う余裕すらかなぐり捨てた必死の否定に、発言の主はきょとんとした表情で首をかしげた。焦っている恋人に抱き寄せられ、いつもの癖で幼い腕が抱き締め返す。
「あらあら、いくつになっても甘えん坊ね」
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