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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-26.遊べば後片付けが残るもの
大量の難民のリストを処理しながら、受け入れ表明を悔やんでしまう。いっそ放置して勝手にアスター国に滅びてもらえば良かったと思うが、その後に予期せぬ来訪者として難民が転がり込んだら、後手に回って国が混乱する。有能であるがゆえに、数手先を読んでしまうウィリアムは、諦めの溜め息を吐いた。
混乱に乗じて送り込まれた刺客を昨夜始末した。少しでも隙を見せると動き出す闇を白日の下に晒すのは、いつになることやら。大国になり大所帯になれば、それだけ大きな影ができる。足元の影から伸ばされる黒い手から、愛しい少年を守るのがウィリアムの使命だった。
とりあえず目先の書類を片付けないと、暗殺される前に書類に潰されそうだ。新しく登用した文官を即戦力とするには、まだ実力不足だった。仕方なく手元の書類を手早く仕分け、一番量が少ない束を手に席を立つ。
「陛下、決済待ちの書類をお持ちいたしました」
嫌そうな顔をするエリヤの機嫌を取るため、ポケットに隠していた菓子包みを差し出す。
「ついでにお茶にする?」
国王の執務室は「集中できない」という理由で、執政以外の立ち入りを禁止している。顔を出しそうなショーンは戦場、エイデンも難民整理に駆り出されていた。邪魔する者は誰もいない。
「そうしよう」
嬉しそうな少年王の眼前で、執政はお茶を淹れ始める。教会育ちなので、身の回りのことは一通り自分でできるウィリアムが、エリヤのために覚えた最初の仕事が紅茶の淹れ方だった。
毒殺を常に警戒しなければならない子供の目の前で、安心して口にできる飲み物を提供する。香り高い紅茶を注いだカップにミルクと砂糖を入れ、味を整えてから一口飲んで見せた。
エリヤが好む味と温度で、毒味を終えたミルクティーを提供する。皿に菓子を置いて、一口齧ってから、欠けた菓子を隣に腰掛けた子供の口に放り込んだ。
他者が見ていたら不敬になるだろうが、ウィリアムの手は慣れた作業を当たり前にこなしていく。これは2人が普段から行う風景のひとつだった。いくら気をつけても毒は仕込まれ、どれだけ排除しても暗殺者は現れる。大国の王という立場である限り、この状況は死ぬまでついて回るだろう。
「随分と書類が少ないが、無理をしていないだろうな」
鋭い子供は、痛いところを指摘する。しかし表情に出さず「無理はしてないよ」と嘘のない範囲で答える。無理をしたと思わなければ、嘘にならないと笑顔で交わす男に、少年は寄りかかっていぜんより短くなった髪を引っ張る。
じっと見つめる視線に根負けし、結局は白状する羽目になるのだが……わかっていても、ウィリアムは毎回誤魔化そうとした。
「ふぅ……思ったより戦後処理が面倒くさかった。アスター国の貴族を排除する文官が買収されたりして、現場が多少混乱したせいで、書類の量が倍になったよ」
諦めて実情を説明した。ウィリアムはエリヤに嘘をつかないと宣誓している。神への誓いならば平然と破棄する男だが、最愛の少年に誓った言葉は命懸けで守る。
「エイデンはどうした?」
手伝わせればいい。簡単そうに言われ、ウィリアムがくすくす笑い出した。
「昨日の夜、書類を回したら現場に逃げられた。今頃、国境付近にいるかな?」
許可は出していないが、現場の手が足りないのも現実だ。彼が向かったなら、情報を得た魔女が手伝いに乗り出すだろう。何だかんだ文句を言いながらも、魔女はエイデンがお気に入りなのだから。
「そうそう、リリーアリス姫に贈る髪飾りは明日には届くけれど……直接渡す?」
「姉上の髪を飾る姿を見たい。時間を作ってくれ」
そう言うと思ったが、残念ながら明日は厳しい。予定を頭の中でやりくりする。パズルのように変更した結果を口にした。
「明後日の朝なら、時間を作れるから姫に聞いてから行こうか」
「わかった」
お前は来るのかと聞くまでもない。黒い死神と呼ばれる騎士が、外出する少年王の隣を離れるわけがなかった。
笑顔を見せたエリヤの口に新しい菓子を入れながら、ウィリアムは穏やかに微笑んだ。
混乱に乗じて送り込まれた刺客を昨夜始末した。少しでも隙を見せると動き出す闇を白日の下に晒すのは、いつになることやら。大国になり大所帯になれば、それだけ大きな影ができる。足元の影から伸ばされる黒い手から、愛しい少年を守るのがウィリアムの使命だった。
とりあえず目先の書類を片付けないと、暗殺される前に書類に潰されそうだ。新しく登用した文官を即戦力とするには、まだ実力不足だった。仕方なく手元の書類を手早く仕分け、一番量が少ない束を手に席を立つ。
「陛下、決済待ちの書類をお持ちいたしました」
嫌そうな顔をするエリヤの機嫌を取るため、ポケットに隠していた菓子包みを差し出す。
「ついでにお茶にする?」
国王の執務室は「集中できない」という理由で、執政以外の立ち入りを禁止している。顔を出しそうなショーンは戦場、エイデンも難民整理に駆り出されていた。邪魔する者は誰もいない。
「そうしよう」
嬉しそうな少年王の眼前で、執政はお茶を淹れ始める。教会育ちなので、身の回りのことは一通り自分でできるウィリアムが、エリヤのために覚えた最初の仕事が紅茶の淹れ方だった。
毒殺を常に警戒しなければならない子供の目の前で、安心して口にできる飲み物を提供する。香り高い紅茶を注いだカップにミルクと砂糖を入れ、味を整えてから一口飲んで見せた。
エリヤが好む味と温度で、毒味を終えたミルクティーを提供する。皿に菓子を置いて、一口齧ってから、欠けた菓子を隣に腰掛けた子供の口に放り込んだ。
他者が見ていたら不敬になるだろうが、ウィリアムの手は慣れた作業を当たり前にこなしていく。これは2人が普段から行う風景のひとつだった。いくら気をつけても毒は仕込まれ、どれだけ排除しても暗殺者は現れる。大国の王という立場である限り、この状況は死ぬまでついて回るだろう。
「随分と書類が少ないが、無理をしていないだろうな」
鋭い子供は、痛いところを指摘する。しかし表情に出さず「無理はしてないよ」と嘘のない範囲で答える。無理をしたと思わなければ、嘘にならないと笑顔で交わす男に、少年は寄りかかっていぜんより短くなった髪を引っ張る。
じっと見つめる視線に根負けし、結局は白状する羽目になるのだが……わかっていても、ウィリアムは毎回誤魔化そうとした。
「ふぅ……思ったより戦後処理が面倒くさかった。アスター国の貴族を排除する文官が買収されたりして、現場が多少混乱したせいで、書類の量が倍になったよ」
諦めて実情を説明した。ウィリアムはエリヤに嘘をつかないと宣誓している。神への誓いならば平然と破棄する男だが、最愛の少年に誓った言葉は命懸けで守る。
「エイデンはどうした?」
手伝わせればいい。簡単そうに言われ、ウィリアムがくすくす笑い出した。
「昨日の夜、書類を回したら現場に逃げられた。今頃、国境付近にいるかな?」
許可は出していないが、現場の手が足りないのも現実だ。彼が向かったなら、情報を得た魔女が手伝いに乗り出すだろう。何だかんだ文句を言いながらも、魔女はエイデンがお気に入りなのだから。
「そうそう、リリーアリス姫に贈る髪飾りは明日には届くけれど……直接渡す?」
「姉上の髪を飾る姿を見たい。時間を作ってくれ」
そう言うと思ったが、残念ながら明日は厳しい。予定を頭の中でやりくりする。パズルのように変更した結果を口にした。
「明後日の朝なら、時間を作れるから姫に聞いてから行こうか」
「わかった」
お前は来るのかと聞くまでもない。黒い死神と呼ばれる騎士が、外出する少年王の隣を離れるわけがなかった。
笑顔を見せたエリヤの口に新しい菓子を入れながら、ウィリアムは穏やかに微笑んだ。
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