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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-27.同じ状況で甦るのは悪夢のみ
アスター国の貴族は極力省くよう、命じたはずだった。賄賂で買収された文官を処分したのに、なぜこの女はここにいるのか。アスター国で公爵家として隆盛を誇った家の令嬢を睨みつけながら、ウィリアムは剣を抜いた。女であろうと容赦なく剣先を突きつける。
ウィリアムにとって優先されるのは、シュミレ国王エリヤのみ。
「後ろに下がれ」
剣先以上に鋭い声で警告する。怯えた様子で身を震わせる令嬢は、何とか声を絞り出した。
「あの、私……陛下にお情けを」
少年王ならば組みしやすしと考えたのだろう。ウィリアムがアスター国に攫われた時と同じ手法だった。女の身体で媚を売り、少年王を襲うつもりだろう。アスター国の貴族令嬢の貞操観念はどうなっている? 同じ手が通用すると思われているのは心外だが。
眉をひそめたエリヤが吐き捨てた。
「片付けろ」
「かしこまりました」
命じられるまでもなく、愛しい主君の視界に女を留める気はない。傷やシミのないミルク色の肌に柔らかなブラウンの髪、緑の瞳を持つ彼女は、淡いピンクのドレスを纏っていた。紐を編み込む胸元のデザインが肌を露出させ、肩の紐を少し下げれば脱げそうだ。
まあ、脱がされるため胸元をはだけたのだろうが……シュミレ国で肩や胸元を見せるドレスは、貞操観念がないと批判される服装だった。国によって文化が異なるため、そのドレス自体を下品だと断じる気はないが、彼女の行動は別だ。
日が暮れる時間に、勝手に入り込んだ王宮で王族に乱れた服装で駆け寄るなど……自国の貴族令嬢であっても排斥対象となる事案なのだから。
「送り返せ」
「はっ」
斜め後ろに控える近衛兵へ、彼女を国の外へ放り出すように改めて命じ直す。どこにいるか知らないが、親も見つけて返送しろと言いつけた。
「やめて! 私は公爵令嬢なのよ! お前ごときが触れていい身分では……陛下っ、陛下、お情けをっ」
戻されると知り錯乱したのか、長い髪を振り乱して騒ぐ令嬢の口をふさぐ。縛り上げた兵が彼女を連れて下がると、中庭にようやく静けさが戻った。
抜いた剣の刃を隠すように背に向け、ウィリアムは膝をつく。
「見苦しい様をお見せしました……警備の不手際と重ねて、お詫び申し上げます」
謝罪するウィリアムに、エリヤは無言だった。思い出したのは、変な女が押し掛けた後にウィリアムが誘拐された事件だ。理由も状況もわからず、彼の不在に心が凍る時間を過ごした。青い瞳を少しだけ伏せて、エリヤは執政に手を伸ばす。
「よい。ウィリアム以外はここで待て」
少年王の命令に、隊長ウィリアムの指示を仰ぐ。頷いたウィリアムが剣を鞘に戻すと、中庭の中央に設けられた東屋へエスコートした。東屋の位置から、薔薇園を囲む回廊に声は届かない。騎士のマントを外して東屋の椅子に敷き、冷えないように包んでからエリヤを座らせた。
「ごめんな、オレのチェックが甘かったみたいだ」
もう一度詫びを口にして隣に腰掛けると、影になって見えないのを知っているエリヤは寄り掛かった。
「……気分がわるい」
抱き寄せた少年王エリヤの肩が震える。寒いのではなく、怖いのだ。己を戒めるように唇を噛む子供に、ウィリアムは失礼を承知で唇を指でなぞった。解かれた唇をそっと塞いで、角度を変えてもう一度重ねる。
「落ち着いて。オレはここにいる」
エリヤが怖がる原因はひとつ。オレの不在だった。分かっているからウィリアムは、エリヤが落ち着くまで動かない。静かな中庭の薔薇がざわりと風に揺れ、月の光がやや傾いた頃ようやく顔を上げた。
ウィリアムにとって優先されるのは、シュミレ国王エリヤのみ。
「後ろに下がれ」
剣先以上に鋭い声で警告する。怯えた様子で身を震わせる令嬢は、何とか声を絞り出した。
「あの、私……陛下にお情けを」
少年王ならば組みしやすしと考えたのだろう。ウィリアムがアスター国に攫われた時と同じ手法だった。女の身体で媚を売り、少年王を襲うつもりだろう。アスター国の貴族令嬢の貞操観念はどうなっている? 同じ手が通用すると思われているのは心外だが。
眉をひそめたエリヤが吐き捨てた。
「片付けろ」
「かしこまりました」
命じられるまでもなく、愛しい主君の視界に女を留める気はない。傷やシミのないミルク色の肌に柔らかなブラウンの髪、緑の瞳を持つ彼女は、淡いピンクのドレスを纏っていた。紐を編み込む胸元のデザインが肌を露出させ、肩の紐を少し下げれば脱げそうだ。
まあ、脱がされるため胸元をはだけたのだろうが……シュミレ国で肩や胸元を見せるドレスは、貞操観念がないと批判される服装だった。国によって文化が異なるため、そのドレス自体を下品だと断じる気はないが、彼女の行動は別だ。
日が暮れる時間に、勝手に入り込んだ王宮で王族に乱れた服装で駆け寄るなど……自国の貴族令嬢であっても排斥対象となる事案なのだから。
「送り返せ」
「はっ」
斜め後ろに控える近衛兵へ、彼女を国の外へ放り出すように改めて命じ直す。どこにいるか知らないが、親も見つけて返送しろと言いつけた。
「やめて! 私は公爵令嬢なのよ! お前ごときが触れていい身分では……陛下っ、陛下、お情けをっ」
戻されると知り錯乱したのか、長い髪を振り乱して騒ぐ令嬢の口をふさぐ。縛り上げた兵が彼女を連れて下がると、中庭にようやく静けさが戻った。
抜いた剣の刃を隠すように背に向け、ウィリアムは膝をつく。
「見苦しい様をお見せしました……警備の不手際と重ねて、お詫び申し上げます」
謝罪するウィリアムに、エリヤは無言だった。思い出したのは、変な女が押し掛けた後にウィリアムが誘拐された事件だ。理由も状況もわからず、彼の不在に心が凍る時間を過ごした。青い瞳を少しだけ伏せて、エリヤは執政に手を伸ばす。
「よい。ウィリアム以外はここで待て」
少年王の命令に、隊長ウィリアムの指示を仰ぐ。頷いたウィリアムが剣を鞘に戻すと、中庭の中央に設けられた東屋へエスコートした。東屋の位置から、薔薇園を囲む回廊に声は届かない。騎士のマントを外して東屋の椅子に敷き、冷えないように包んでからエリヤを座らせた。
「ごめんな、オレのチェックが甘かったみたいだ」
もう一度詫びを口にして隣に腰掛けると、影になって見えないのを知っているエリヤは寄り掛かった。
「……気分がわるい」
抱き寄せた少年王エリヤの肩が震える。寒いのではなく、怖いのだ。己を戒めるように唇を噛む子供に、ウィリアムは失礼を承知で唇を指でなぞった。解かれた唇をそっと塞いで、角度を変えてもう一度重ねる。
「落ち着いて。オレはここにいる」
エリヤが怖がる原因はひとつ。オレの不在だった。分かっているからウィリアムは、エリヤが落ち着くまで動かない。静かな中庭の薔薇がざわりと風に揺れ、月の光がやや傾いた頃ようやく顔を上げた。
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