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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-32.新たな望みとともに
だから彼を失わないために、大切な姉を傷つけないために、翼を広げずに包む守り方もあると知った。国王であり続ければ、いずれ跡継ぎを用意しなくてはならない。だが養子をとる手もある。国王である限り、執政であるウィリアムを手元に縛り付けることが可能だった。姉を政略結婚で傷つける心配もない。
「そう……だったら覚えておいて。私はあなたのために、命も矜持もすべて捨てられるわ。だから幸せにおなりなさい。それが望んだ自由ではなくても。手が届く範囲のものを全部、強欲に掴んでいいのよ」
姉の言葉に、エリヤは何も言わずに拳を握り締めた。一番上の姉が自分を庇って死んだときも、彼女は責めなかった。ただ「可哀そうなのはあなたよ」と抱き締めただけ。死んだ姉より、生き残った弟の方が辛いのだと言葉にして、行動にして示した。
だからこの姉のために、次は自分が犠牲になればいいと腹を括ったのだ。鈍りそうになる決意を堪えて、隣で不安そうな顔をする男の頬に手を伸ばす。戦い続けて傷がついて、それでも端正な顔立ちをしたウィリアムを手放さずに済むなら……国王という地位も価値がある。
「そんな顔をするな。俺が決めたことだ」
ウィリアムは何かを堪えるように目を閉じ、少しして開いた青紫の瞳は強い意志を滲ませていた。絶対に主を守り抜き、死ぬまで側にある誓いを込め、エリヤの手のひらに唇を押し当てる。
しんみりした状況に何も言えず、居心地の悪さを感じるエイデンが顔を上げた。ハーブが生い茂る庭を歩く人影に気づいて目を見開く。
「ショーン?」
庭から続くガラス窓から入り、空いているソファにどかっと腰を下ろす。いつも通り、後ろにラユダを連れて。彼は顔を半分覆い隠す前髪を揺らし、背を反らせてソファの後ろに立った。
「また逃げる話をしていたのか?」
「いや、逃げるのをやめたと話していた」
即座に切り返したエリヤの口調に何か感じ取ったのか。ショーンは姿勢を正して、まっすぐにエリヤの蒼い瞳を覗き込む。少しして満足した様子で、再びソファに身を沈めた。戦場返りの荒れた恰好ではなく、貴族らしい華やかな出で立ちが黒髪によく映える。
「ふん、逃げるなら追い回してやろうと思ったが……その必要はなさそうだ」
ショーンにとって、国王の座は面倒事ばかりの管理職だ。そんな椅子に自分を縛り付ける気はなく、ある程度我が侭がきく地位が理想だった。執政がやがて宰相に立場を変えても、好き勝手に生きるために、旗印である国王は正当な血筋のエリヤが望ましい。
「だから要請を拒んだのか」
王族の血を引くチャンリー公爵家の当主ならば、さして騒動を起こさず譲位が可能だ。そう踏んで何度もショーンを説得したウィリアムは、呆れたと天を仰いで呟いた。当事者以外この場にいる全員が、エリヤを国王に望んでいる。
豊かな才能を持つ少年王の望みを知りながら、それでも彼のもたらす豊かな未来と穏やかな治世を諦められなかった。足掻いていたのは、少年王と執政だけ。
「孤立無援じゃ、勝ち目はないな」
くすくす笑い出したウィリアムが、傷の痛みに顔をしかめる。寄り道して迷ったが、最終的に落ち着いた形がこれなら――悪くないのだろう。
「ああ。まさか姉上も含めた全員が向こう側だったなど」
勝てるはずがない。常勝の死神とその主は大きく溜め息をついて、それから顔を見合わせて笑い出した。自分たちがいかに幻想に囚われていたか、ようやく理解したのだ。
自由は、国王の地位を捨てなくても得られる。手に入れるために足掻き続ければいいのだ。
「ずっと側にいろ。もう誰も欠けないでくれ。今の俺の望みはそれだけだ」
王として使う一人称を使わず、エリヤ個人として口にした願いは……やがて世界を巻き込む渦となるのだろう。多くの苦しみとそれに勝る幸せを経て、彼らが息絶えるその日まで。
―――― The END or……? ――――
「そう……だったら覚えておいて。私はあなたのために、命も矜持もすべて捨てられるわ。だから幸せにおなりなさい。それが望んだ自由ではなくても。手が届く範囲のものを全部、強欲に掴んでいいのよ」
姉の言葉に、エリヤは何も言わずに拳を握り締めた。一番上の姉が自分を庇って死んだときも、彼女は責めなかった。ただ「可哀そうなのはあなたよ」と抱き締めただけ。死んだ姉より、生き残った弟の方が辛いのだと言葉にして、行動にして示した。
だからこの姉のために、次は自分が犠牲になればいいと腹を括ったのだ。鈍りそうになる決意を堪えて、隣で不安そうな顔をする男の頬に手を伸ばす。戦い続けて傷がついて、それでも端正な顔立ちをしたウィリアムを手放さずに済むなら……国王という地位も価値がある。
「そんな顔をするな。俺が決めたことだ」
ウィリアムは何かを堪えるように目を閉じ、少しして開いた青紫の瞳は強い意志を滲ませていた。絶対に主を守り抜き、死ぬまで側にある誓いを込め、エリヤの手のひらに唇を押し当てる。
しんみりした状況に何も言えず、居心地の悪さを感じるエイデンが顔を上げた。ハーブが生い茂る庭を歩く人影に気づいて目を見開く。
「ショーン?」
庭から続くガラス窓から入り、空いているソファにどかっと腰を下ろす。いつも通り、後ろにラユダを連れて。彼は顔を半分覆い隠す前髪を揺らし、背を反らせてソファの後ろに立った。
「また逃げる話をしていたのか?」
「いや、逃げるのをやめたと話していた」
即座に切り返したエリヤの口調に何か感じ取ったのか。ショーンは姿勢を正して、まっすぐにエリヤの蒼い瞳を覗き込む。少しして満足した様子で、再びソファに身を沈めた。戦場返りの荒れた恰好ではなく、貴族らしい華やかな出で立ちが黒髪によく映える。
「ふん、逃げるなら追い回してやろうと思ったが……その必要はなさそうだ」
ショーンにとって、国王の座は面倒事ばかりの管理職だ。そんな椅子に自分を縛り付ける気はなく、ある程度我が侭がきく地位が理想だった。執政がやがて宰相に立場を変えても、好き勝手に生きるために、旗印である国王は正当な血筋のエリヤが望ましい。
「だから要請を拒んだのか」
王族の血を引くチャンリー公爵家の当主ならば、さして騒動を起こさず譲位が可能だ。そう踏んで何度もショーンを説得したウィリアムは、呆れたと天を仰いで呟いた。当事者以外この場にいる全員が、エリヤを国王に望んでいる。
豊かな才能を持つ少年王の望みを知りながら、それでも彼のもたらす豊かな未来と穏やかな治世を諦められなかった。足掻いていたのは、少年王と執政だけ。
「孤立無援じゃ、勝ち目はないな」
くすくす笑い出したウィリアムが、傷の痛みに顔をしかめる。寄り道して迷ったが、最終的に落ち着いた形がこれなら――悪くないのだろう。
「ああ。まさか姉上も含めた全員が向こう側だったなど」
勝てるはずがない。常勝の死神とその主は大きく溜め息をついて、それから顔を見合わせて笑い出した。自分たちがいかに幻想に囚われていたか、ようやく理解したのだ。
自由は、国王の地位を捨てなくても得られる。手に入れるために足掻き続ければいいのだ。
「ずっと側にいろ。もう誰も欠けないでくれ。今の俺の望みはそれだけだ」
王として使う一人称を使わず、エリヤ個人として口にした願いは……やがて世界を巻き込む渦となるのだろう。多くの苦しみとそれに勝る幸せを経て、彼らが息絶えるその日まで。
―――― The END or……? ――――
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