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第2章 目覚めた魔王の決断

46.人質だけど魔王と散歩に出る

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 これを授けるとネックレスを貰った。デザインはシンプルで、金鎖に滴型の赤い宝石が揺れるものだ。身に着けてないと危険らしい。城中での安全を確保するためだと言われ、クナウティアは頬を膨らませた。

「迷子札みたい」

 むっとした口調で呟くと、シオンは目を丸くする。そんな発想はなかったのだが、言われてみれば首輪のようにも見えた。所有印のようで、気分が上向く。

 やはりこの娘は面白い。

「居場所がわかる機能もあるが、護身用だ」

「そんなのいらないわ。だって、あなた達は怖くないもの」

 城塞都市リキマシアに攻めてきた盗賊みたいに野蛮じゃないし、クナウティア自身も多少の護身術は習っていた。といっても、痴漢撃退程度の実力だが、最低限自分の身を守れると思う。

「……聖女ゆえの技ですか」

 彼女が敵う程度の相手など1匹もいないと理解しない聖女の発言は、魔王の側近ネリネに深読みされた。武術の嗜みはない少女が言い切るなら、聖女として特殊な魔法を身につけているかも知れない。念のためシオンに囁いた。懸念を聞いて、ネックレスに魔力封じを追加して、逃走防止の抑止とする。

「この城から出なければ、好きにして構わん」

「そうなの、ありがとう」

 散歩の許可が出た。お腹が空いたらご飯を探しに歩いてもいいみたいだし、この部屋の調度品も可愛いわ。前の王宮より待遇がいいんじゃないかしら。着替え中に入ってくる無粋もなさそうだし、兄がいないのは不満だけど。

 魔王という存在を説明されても、下級貴族の令嬢であったクナウティアに危機感はない。御伽噺に出てきた登場人物くらいの感覚だった。

 礼を言われると思わなかったシオンは、くすくす笑い出す。こうして笑ったのは久しぶりだ。青白い肌に少し血の気が差した。

「顔色悪いわよ。ちゃんとお日様の下に出てる?」

 前に年寄りが家に閉じこもり、具合が悪くなったことがあった。母リナリアは「外で日に当たれば治るわ」と外へ無理やり引き摺り出し、実際それで回復したのだ。昼夜の境が曖昧だった体内時計の修正を図ったわけだが、そんな理由をクナウティアが知るはずもない。

 具合が悪ければ日に当たる。その部分だけを強く覚えていた。そのため顔色が青白い魔王へ、日に当たるよう勧める。

「そなたが一緒なら出てみようか」

「なら一緒に行ってあげる」

 兄や友人セントーレアと話すように、気軽な口調でベッドから飛び降りた。魔法で浄化されたワンピースは、王宮で着替えたクリーム色の絹だ。彼女の肌にしっとりと纏い付き、柔らかな動きを作り出す。

 シオンの前に立つと手を伸ばし、爪の長い指を絡めて握った。これは兄やセントーレアと外出する時の、クナウティアの癖だった。人前だとあまりしないのだが、彼を日の当たるところへ連れ出すという使命に燃えるクナウティアに羞恥心はない。

「手が冷たいのね」

 ひんやりするが、冷たくて心地よい。しばらく繋いでいると体温が移ったのか、温度差が気にならなくなった。突然握られた手を見つめるシオンを急かし、クナウティアは庭のあるテラスへ飛び出す。

 外に広がる庭は、薔薇が咲いていた。
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