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93 トビアスの決意
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ブローチに目を奪われながら眠りに落ちていった春輝を見ながら、トビアスは短くそして浅く息を吐く。
春輝の洗脳具合は完璧とも言える物だ。昼は常にいちかが寄り添い、春輝に僅かな魔力を流しているので洗脳が綻ぶこともない。
それに気が付けたのは、ドラゴンの能力があったからだろう。極々僅かなその魔力は、間違いようもなく精霊族の物だった。
そもそもいちかは春輝と同じ世界の人間であるため、魔力を持ってはいない。春輝のように聖剣から核を植え付けられ、魔力を扱えるわけでもない。
死んだはずのいちかをジェンツの次に警戒したトビアスは、このひと月もの間いちかの行動に目を光らせていた。
アレは歩く死体だ。しかし魔王が操るとされているアンデッドとは似て非なる物。ドラゴンの記憶にすらない未知の物に警戒心を強め、トビアスは敢えて観察するに留めていた。
下手に動き、春輝の元から離れなければならなくなることが恐ろしいからだ。
亡くしたはずの妹を求める春輝には酷なことではあるが、トビアスはジェンツの手に春輝を渡すつもりはなかった。
それは魔王ガベルトゥスの意思でもあるし、春輝自身の意思でもある。ジェンツの手に堕ちたが最後、春輝は精霊族を産むためだけの存在となってしまう。それを嫌がっていたのは他でもない春輝自身だ。
ごろりと春輝が寝返りを打つ音が聞こえトビアスが視線を向ければ、まるで縋るようにうさぎのぬいぐるみを抱きしめ眠る春輝が見える。
眠る直前に春輝が気にしたうさぎのぬいぐるみに付けられたブローチは、ガベルトゥスが用意したものだ。
ブローチの中には外に漏れださないように、気が付かれないようにと何重にも魔法が重ね付けされたうえで、ガベルトゥの魔力が込められている。
洗脳下でありながらも、無意識にその魔力に春輝は気が付いているのだろう。二人の関係をトビアスはずっと側で見てきたからわかるが、二人は強い絆と言うにはおこがましい程の物で繋がれている。
お互いの深淵までをも理解しお互いを欲している二人だ、それが洗脳ごときで潰れるわけがない。
そしてそれが、紛い物に壊されてはいけないのだ。
トビアスは大きなベッドの横にある椅子に腰を下ろすと、瞑想をするように目を閉じる。眠りを必要としないが、こうしているだけで思考は更に回りやすくなるのだ。
春輝の洗脳はいちかの登場により完璧なものとなっている。ガベルトゥスが時間をかけて溶かしていた核は、今ではがっちりと春輝の中に根付いてしまっているのだ。
それを壊す手段がないわけではないのだが、それはとても危険な橋でもあった。成功する確率はそう高くはない。
「だがこのままでは……」
ここ数日、城内の騒がしさは増していた。その原因は、新たに召喚された勇者だと言うことをトビアスは知っている。
何故ならば、討伐に失敗した春輝とトビアスを蔑むために、口さがない者達が囁くからだ。今の春輝はいちかのことしか見えていないためその噂を知りもしないが、トビアスは耳を澄ませながら周りの声を聴いていた。
新たな勇者は正義感がとても強く快活だが優しい性格のようで、魔王討伐に乗り気なようだった。春輝と真逆のような存在だと城勤めの者達は嘲笑う。
新たな勇者が召喚されるなど、本来であれば前代未聞だろう。人間達の歴史では決して語られはしないことだが、精霊族は度々同時期に勇者を召喚することがあるのだ。
それは勇者が死んだときと、腹を増やす時だ。状況からして、今は後者だと言えよう。
「確実に、けれど壊さないように。慎重にことを進めなければ」
異を決したように薄く目を開いたトビアスは指を組んだ手に力を込めて、目論見が成功することをただただ祈るのだった。
春輝の洗脳具合は完璧とも言える物だ。昼は常にいちかが寄り添い、春輝に僅かな魔力を流しているので洗脳が綻ぶこともない。
それに気が付けたのは、ドラゴンの能力があったからだろう。極々僅かなその魔力は、間違いようもなく精霊族の物だった。
そもそもいちかは春輝と同じ世界の人間であるため、魔力を持ってはいない。春輝のように聖剣から核を植え付けられ、魔力を扱えるわけでもない。
死んだはずのいちかをジェンツの次に警戒したトビアスは、このひと月もの間いちかの行動に目を光らせていた。
アレは歩く死体だ。しかし魔王が操るとされているアンデッドとは似て非なる物。ドラゴンの記憶にすらない未知の物に警戒心を強め、トビアスは敢えて観察するに留めていた。
下手に動き、春輝の元から離れなければならなくなることが恐ろしいからだ。
亡くしたはずの妹を求める春輝には酷なことではあるが、トビアスはジェンツの手に春輝を渡すつもりはなかった。
それは魔王ガベルトゥスの意思でもあるし、春輝自身の意思でもある。ジェンツの手に堕ちたが最後、春輝は精霊族を産むためだけの存在となってしまう。それを嫌がっていたのは他でもない春輝自身だ。
ごろりと春輝が寝返りを打つ音が聞こえトビアスが視線を向ければ、まるで縋るようにうさぎのぬいぐるみを抱きしめ眠る春輝が見える。
眠る直前に春輝が気にしたうさぎのぬいぐるみに付けられたブローチは、ガベルトゥスが用意したものだ。
ブローチの中には外に漏れださないように、気が付かれないようにと何重にも魔法が重ね付けされたうえで、ガベルトゥの魔力が込められている。
洗脳下でありながらも、無意識にその魔力に春輝は気が付いているのだろう。二人の関係をトビアスはずっと側で見てきたからわかるが、二人は強い絆と言うにはおこがましい程の物で繋がれている。
お互いの深淵までをも理解しお互いを欲している二人だ、それが洗脳ごときで潰れるわけがない。
そしてそれが、紛い物に壊されてはいけないのだ。
トビアスは大きなベッドの横にある椅子に腰を下ろすと、瞑想をするように目を閉じる。眠りを必要としないが、こうしているだけで思考は更に回りやすくなるのだ。
春輝の洗脳はいちかの登場により完璧なものとなっている。ガベルトゥスが時間をかけて溶かしていた核は、今ではがっちりと春輝の中に根付いてしまっているのだ。
それを壊す手段がないわけではないのだが、それはとても危険な橋でもあった。成功する確率はそう高くはない。
「だがこのままでは……」
ここ数日、城内の騒がしさは増していた。その原因は、新たに召喚された勇者だと言うことをトビアスは知っている。
何故ならば、討伐に失敗した春輝とトビアスを蔑むために、口さがない者達が囁くからだ。今の春輝はいちかのことしか見えていないためその噂を知りもしないが、トビアスは耳を澄ませながら周りの声を聴いていた。
新たな勇者は正義感がとても強く快活だが優しい性格のようで、魔王討伐に乗り気なようだった。春輝と真逆のような存在だと城勤めの者達は嘲笑う。
新たな勇者が召喚されるなど、本来であれば前代未聞だろう。人間達の歴史では決して語られはしないことだが、精霊族は度々同時期に勇者を召喚することがあるのだ。
それは勇者が死んだときと、腹を増やす時だ。状況からして、今は後者だと言えよう。
「確実に、けれど壊さないように。慎重にことを進めなければ」
異を決したように薄く目を開いたトビアスは指を組んだ手に力を込めて、目論見が成功することをただただ祈るのだった。
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