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猫被りの出逢い 《高校1年生》
第4話 君の名を呼ぶ
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〈SIDE: 蒼夜〉
君を呼ぶ音は、他の誰にも真似されたくない。
他の誰かと同じだなんて嫌だと思う。
俺だけの『音』が欲しい。
ずっとそう願っていた。
あのファーストコンタクトの後、つまり次の休み時間。
やっぱり読書を始めようとした俺のところに、君は来た。
俺の前の席に勝手に座って、俺の方を向いて話しかけてきたのだ。
(そういえば…こんなに心惹かれてるくせに、俺はこの人の名前さえ知らない…)
この一ヶ月半で、授業中に何度か名字を呼ばれているのは聞いた。
“カガリ”だそうだ。
人のことは言えないけど、珍しい名字だと思う。
篝火(かがりび)の“篝(かがり)”かな。
でも実際どんな字を書くのかは知らない。
変な話だけど。
そんな俺の思考が解ったのだろうか、
「火狩 水都っての、よろしく」
と言ってきた。
ありきたりな、ありふれた、当たり前のあいさつ。
『よろしく』って言われても何が『よろしく』なのかはさっぱりわからないけれど。
まあ、そんなことも言ってられないか。
「氷神 蒼夜。こちらこそよろしく」
他所行きの微笑で答えれば、笑い返してくるカガリくん。
彼を呼ぶにしても、月並みな呼び方が何となく気に入らない。
「カガリミナト、ね」
「そう。“火を狩る水の都”で“火狩水都”だよ。ヒカミは?珍しい名前だよね」
「“氷の神様に蒼い夜”。蒼はくさかんむりのほう。…そっちも十分珍しいと思うけど」
話していることは、本当になんてことはない話題。
それこそ子どもの自己紹介みたいな内容だ。
こんなありふれた名乗り合いなんてあまりしたことがないからか、どうにもむず痒い気持ちになる。
そのせいか、いつも通り優等生の猫を被れているはずなのに、声も言葉も素っ気なくなってしまう。
何かわからないが、どうにも調子が狂うのだ。この、カガリくん相手だと。
そんな俺の中に湧いた違和感なんてカガリくんが気付くはずもなく。
話は彼のペースでどんどん進んでいく。
「まーね。何て呼ばれてんの?オレは“火狩”とか“水都”かな。“みっちゃん”って呼ぶヤツもたまにいるけど」
「“氷神”とか“蒼夜”とか。名前呼びのほうが多いかな」
「じゃあ“氷神”って呼ぼうかな。氷神は?好きなように呼んで」
(変な人。普通こう言うと名前呼びなのに…)
そう思ったけど口には出さなかった。
それに、どう言うわけか、彼に“氷神”と呼ばれると気持ちが温かくなるような気がする。
その声で、そう呼ばれることが。
ほんの少しだけ特別なことのように思えて。
それにしても、呼び名か。
“火狩”、“水都”、“みっちゃん”。
そのどれも呼びたくないと思ってしまった。
他の誰かの真似事をするつもりはない。
それに、他の誰かに真似されるつもりもない。
心の中でもう一度名前を思い浮かべ、そして……
「“水都”の“水”からとって…“スイ”。俺はそう呼ぶ」
考えるために窓の外にそらしていた視線を戻すと、呆気にとられた彼の顔。
今まで彼を目で追ってきた俺でさえも見たことのない、ずいぶんと間の抜けた表情。
思わず口元に笑みが浮かびそうになるのを、理性を総動員して阻止した。
それくらい彼の無防備な顔を間近で見られたことが嬉しかった。
「………そんな呼び方初めてなんだけど…」
(誰かに呼ばれてたら、考えないだろ…)
そんな言葉は封じて、珍しく心からにこりと微笑む。
俺の顔を見て少し驚いたような顔をしていたけれど、気にしない。
「俺だけの発想、かな。よろしく、スイ」
君を呼ぶ音は、他の誰にも真似されたくない。
他の誰かと同じだなんて嫌だと思う。
俺だけの『音』が欲しい。
ずっとそう願っていた。
あのファーストコンタクトの後、つまり次の休み時間。
やっぱり読書を始めようとした俺のところに、君は来た。
俺の前の席に勝手に座って、俺の方を向いて話しかけてきたのだ。
(そういえば…こんなに心惹かれてるくせに、俺はこの人の名前さえ知らない…)
この一ヶ月半で、授業中に何度か名字を呼ばれているのは聞いた。
“カガリ”だそうだ。
人のことは言えないけど、珍しい名字だと思う。
篝火(かがりび)の“篝(かがり)”かな。
でも実際どんな字を書くのかは知らない。
変な話だけど。
そんな俺の思考が解ったのだろうか、
「火狩 水都っての、よろしく」
と言ってきた。
ありきたりな、ありふれた、当たり前のあいさつ。
『よろしく』って言われても何が『よろしく』なのかはさっぱりわからないけれど。
まあ、そんなことも言ってられないか。
「氷神 蒼夜。こちらこそよろしく」
他所行きの微笑で答えれば、笑い返してくるカガリくん。
彼を呼ぶにしても、月並みな呼び方が何となく気に入らない。
「カガリミナト、ね」
「そう。“火を狩る水の都”で“火狩水都”だよ。ヒカミは?珍しい名前だよね」
「“氷の神様に蒼い夜”。蒼はくさかんむりのほう。…そっちも十分珍しいと思うけど」
話していることは、本当になんてことはない話題。
それこそ子どもの自己紹介みたいな内容だ。
こんなありふれた名乗り合いなんてあまりしたことがないからか、どうにもむず痒い気持ちになる。
そのせいか、いつも通り優等生の猫を被れているはずなのに、声も言葉も素っ気なくなってしまう。
何かわからないが、どうにも調子が狂うのだ。この、カガリくん相手だと。
そんな俺の中に湧いた違和感なんてカガリくんが気付くはずもなく。
話は彼のペースでどんどん進んでいく。
「まーね。何て呼ばれてんの?オレは“火狩”とか“水都”かな。“みっちゃん”って呼ぶヤツもたまにいるけど」
「“氷神”とか“蒼夜”とか。名前呼びのほうが多いかな」
「じゃあ“氷神”って呼ぼうかな。氷神は?好きなように呼んで」
(変な人。普通こう言うと名前呼びなのに…)
そう思ったけど口には出さなかった。
それに、どう言うわけか、彼に“氷神”と呼ばれると気持ちが温かくなるような気がする。
その声で、そう呼ばれることが。
ほんの少しだけ特別なことのように思えて。
それにしても、呼び名か。
“火狩”、“水都”、“みっちゃん”。
そのどれも呼びたくないと思ってしまった。
他の誰かの真似事をするつもりはない。
それに、他の誰かに真似されるつもりもない。
心の中でもう一度名前を思い浮かべ、そして……
「“水都”の“水”からとって…“スイ”。俺はそう呼ぶ」
考えるために窓の外にそらしていた視線を戻すと、呆気にとられた彼の顔。
今まで彼を目で追ってきた俺でさえも見たことのない、ずいぶんと間の抜けた表情。
思わず口元に笑みが浮かびそうになるのを、理性を総動員して阻止した。
それくらい彼の無防備な顔を間近で見られたことが嬉しかった。
「………そんな呼び方初めてなんだけど…」
(誰かに呼ばれてたら、考えないだろ…)
そんな言葉は封じて、珍しく心からにこりと微笑む。
俺の顔を見て少し驚いたような顔をしていたけれど、気にしない。
「俺だけの発想、かな。よろしく、スイ」
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