猫被りの恋。

圭理 -keiri-

文字の大きさ
4 / 48
猫被りの出逢い 《高校1年生》

第4話 君の名を呼ぶ

しおりを挟む
〈SIDE: 蒼夜〉




君を呼ぶ音は、他の誰にも真似されたくない。
他の誰かと同じだなんて嫌だと思う。

俺だけの『音』が欲しい。
ずっとそう願っていた。


















あのファーストコンタクトの後、つまり次の休み時間。
やっぱり読書を始めようとした俺のところに、君は来た。
俺の前の席に勝手に座って、俺の方を向いて話しかけてきたのだ。



(そういえば…こんなに心惹かれてるくせに、俺はこの人の名前さえ知らない…)



この一ヶ月半で、授業中に何度か名字を呼ばれているのは聞いた。
“カガリ”だそうだ。
人のことは言えないけど、珍しい名字だと思う。
篝火(かがりび)の“篝(かがり)”かな。

でも実際どんな字を書くのかは知らない。
変な話だけど。
そんな俺の思考が解ったのだろうか、





火狩かがり 水都みなとっての、よろしく」





と言ってきた。
ありきたりな、ありふれた、当たり前のあいさつ。
『よろしく』って言われても何が『よろしく』なのかはさっぱりわからないけれど。
まあ、そんなことも言ってられないか。





氷神ひかみ 蒼夜そうや。こちらこそよろしく」





他所行きの微笑で答えれば、笑い返してくるカガリくん。
彼を呼ぶにしても、月並みな呼び方が何となく気に入らない。





「カガリミナト、ね」

「そう。“火を狩る水の都”で“火狩水都”だよ。ヒカミは?珍しい名前だよね」

「“氷の神様に蒼い夜”。蒼はくさかんむりのほう。…そっちも十分珍しいと思うけど」





話していることは、本当になんてことはない話題。
それこそ子どもの自己紹介みたいな内容だ。
こんなありふれた名乗り合いなんてあまりしたことがないからか、どうにもむず痒い気持ちになる。
そのせいか、いつも通り優等生の猫を被れているはずなのに、声も言葉も素っ気なくなってしまう。
何かわからないが、どうにも調子が狂うのだ。この、カガリくん相手だと。
そんな俺の中に湧いた違和感なんてカガリくんが気付くはずもなく。
話は彼のペースでどんどん進んでいく。






「まーね。何て呼ばれてんの?オレは“火狩かがり”とか“水都みなと”かな。“みっちゃん”って呼ぶヤツもたまにいるけど」

「“氷神ひかみ”とか“蒼夜そうや”とか。名前呼びのほうが多いかな」

「じゃあ“氷神ひかみ”って呼ぼうかな。氷神ひかみは?好きなように呼んで」





(変な人。普通こう言うと名前呼びなのに…)





そう思ったけど口には出さなかった。
それに、どう言うわけか、彼に“氷神ひかみ”と呼ばれると気持ちが温かくなるような気がする。
その声で、そう呼ばれることが。
ほんの少しだけ特別なことのように思えて。






それにしても、呼び名か。
火狩かがり”、“水都みなと”、“みっちゃん”。
そのどれも呼びたくないと思ってしまった。
他の誰かの真似事をするつもりはない。
それに、他の誰かに真似されるつもりもない。


心の中でもう一度名前を思い浮かべ、そして……







「“水都みなと”の“水”からとって…“スイ”。俺はそう呼ぶ」








考えるために窓の外にそらしていた視線を戻すと、呆気にとられた彼の顔。
今まで彼を目で追ってきた俺でさえも見たことのない、ずいぶんと間の抜けた表情。
思わず口元に笑みが浮かびそうになるのを、理性を総動員して阻止した。
それくらい彼の無防備な顔を間近で見られたことが嬉しかった。





「………そんな呼び方初めてなんだけど…」



(誰かに呼ばれてたら、考えないだろ…)





そんな言葉は封じて、珍しく心からにこりと微笑む。
俺の顔を見て少し驚いたような顔をしていたけれど、気にしない。






「俺だけの発想、かな。よろしく、スイ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

菜の花は五分咲き

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
BL
28歳の大学講師・桜庭 茂(さくらば しげる)。 ある日、駅で突然突撃してきた男子高校生に告白されてしまう。 空条 菜月(くうじょう なつき)と名乗った彼は、茂を電車で見ていたのだという。 高校生なんてとその場で断った茂だが水曜日、一緒に過ごす約束を強引にさせられてしまう。 半ば流されるように菜月との時間を過ごすようになったが、茂には菜月に話すのがためらわれる秘密があって……。 想う気持ちと家族の間で揺れる、ちょっと切ない歳の差BL。 ※全年齢です

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

処理中です...