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107 リンディの妹

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 「ティヴォリ教官、いきなり飛び込んで来て失礼でしょう! 王立貴族学院の指導教官としての礼儀はどうしました!」

 「学院長、失礼しました。賢者フェルナンド男爵様が来ておられると聞き、生徒達に是非魔法の手ほどきをと焦ってしまいました」

 こりゃー国王が余計な事を言ったばかりに、俺の知らない所で賢者の名が一人歩きしていそうだ。
 一度口を出た言葉は一人歩きするって、本当だ。

 「フェルナンド男爵様、魔法を授かり日々練習に励む生徒に手ほどきをお願い致します!」

 「お断りします」

 「何故ですか? コランドール王国の貴族の一員として、王立貴族学院に所属する生徒に・・・」

 「だからですよ」

 「はっ・・・どう言う意味ですか?」

 「王立貴族学院、此処に在籍する生徒は貴族や豪商達の子弟が殆どだと聞いています。彼等に魔法を教えても何の役にも立ちません。魔法が使える様になっても、彼等の鼻が少し高くなる程度でしょう。魔法を必要としている者は在野の者達です。それと手ほどきと簡単に言われますが、学業の様に教えれば即座に使えるものでも在りません。アッシーラ様より魔法を授かり、弛まぬ努力を続けても魔法が使えるとは限りません。ましてや低学年の者に私への紹介を要求し、自分だけ上達しようとする輩に教えるのは御免です! 学院長、魔法を授かった生徒が親を使って私への接触を図れば、如何なる容赦もしませんので、くれぐれもあの二人に近づかない様に通達しておいて下さい」

 ミシェルの平穏を願いセリエナに釘を刺しに来たが、どうも不味った様で賢者の称号が厄介事を呼び込んでいる気がする。

 * * * * * * * *

 厄介事に見舞われているのは俺だけでは無かったようで、12月の始めにリンディの訪問を受けた。
 リンディ曰く父親が妹を連れて訪ねて来たのだが、妹が治癒魔法と水魔法を授かったと喜んでいたそうだ。

 その父親がお前は領主様に金貨10枚で預けたが、魔法が使える様にならないと言ってその後の給金を貰えなかった。
 だが今は凄腕の治癒魔法師として名が売れたようなので、妹リンレィを預けるので治癒魔法を教えろと言われたそうだ。

 同時にお前が治癒魔法を使える様にならないと言われ、エレバリン公爵様からキツいお叱りを受けて大変だった。
 その為に稼業が滞り生活が大変なので、少し助けてくれないかと言われているそうだ。
 渋るリンディに、このままでは妹も治癒魔法を授かったので、何処かへ奉公に出さなければならなくなると言われたと。

 治癒魔法を使えないリンレィが奉公に出されたら可哀想なので、少しでも魔法を教えたいのでお許し下さいと頭を下げる。

 「以前金貨10枚で売られたようなものだと言っていたが、親を助けようとは思わないのか」

 「子を売るような親です。公爵様の所へ行かされた時も金貨10枚を貰えたことを喜び、私の心配よりも仕送りを要求されました。妹もこのままだと私と同じ目に合うでしょう。私の時もですが妹も授けの儀で魔法を授かったばかりですが、巣立ちの儀の前に家から放り出すつもりです。それなら私が治癒魔法の手ほどきをすると言って引き取りたいと思っています」

 「親は今どこに居るんだ?」

 「バレスト通りのホルムスホテルに泊まっているそうです」

 「リンディの妹は俺が預かるが良いか」

 「ユーゴ様が預かって下さるのですか?」

 「魔法が使えるかどうかは、本人の能力と努力によるので確約は出来ないぞ」

 リンディが了解したので、少し打ち合わせをしてからお出掛けだ。
 上等な街着に着替え紋章もきっちり見える様にして、リンディと共に辻馬車でホルムスホテルに向かう。
 到着したホテルは冒険者が屯する様な安宿で、夕暮れには少し早いが仕事にならなかった男達が酔ってダミ声を上げている。

 リンディが受付でベルトンとリンレィの部屋を訪ねていると「リンディ、金は出来たか」と声が掛かる。

 「治癒魔法の手ほどきをして下さった、フェルナンド男爵様をお連れしたわ」

 「男爵様が治癒魔法の手ほどき?」

 「ええ、私は男爵様から教えを受けたけれど、教えられた方法ではリンレィに治癒魔法を教えられないの」

 ゴブリンをとっ捕まえて実験台にするなんて、リンディには無理だ。
 最近は鑑定も多少使える様になったらしいが、試す相手が少ないので中々上達しないらしい。

 「此処ではなんですので、食事でもしながら相談しましょうか」

 ジョッキを傾ける仕草をすると、顔が綻び素直に頷く。
 チョロそうな親父なので、飴と鞭の使い分けで落とせそう。

 * * * * * * * *

 ホテル近くの食堂でリンレィとリンディに食事をさせ、俺と親父は串焼き肉で軽く一杯。

 「どうです男爵様。リンレィは使い物になりそうですか」

 酒が入り良い気分になってくると、口も軽くなり気安くなってきた。

 「鑑定してみなければ何とも言えないので、彼女の鑑定をさせて貰うぞ」

 親父にそう告げ、リンレィに断って(鑑定!・魔法と魔力)〔治癒魔法・水魔法、魔力・57〕

 「あ~ぁ、確かに治癒魔法と水魔法を授かっているが、魔力が57か。このままじゃ街の治癒魔法師ギルドが良いところだな」

 リンディは魔力が94有るのでそれなりに鍛える事が出来たのだ。
 公爵家で何年も修行したが使えず、俺が魔力の操作方法から教え、徹底的に鍛えて治癒魔法が使える様になった。
 リンレィは魔法を授かって数ヶ月なので使える筈もない。

 ちょっと首を振りながら「こりゃ~難しいかな」と、聞こえるかどうかの声で呟いておく。

 「其処をどうにかなりませんかねぇ~」

 「親爺さん、2~3年修行の為に通わせる事は出来るか」

 「そりゃ~リンディが手伝ってくれますから、へへへ」

 「そりゃー駄目だ、リンディはロスラント子爵家に勤めていて好き勝っては出来ない。通いなら何とかなるだろうが、子爵邸で治癒魔法使いとして住み込んでいては、相手が親兄弟と謂えども自由は無い。高額の報酬を貰うとはそう言う事だ」

 「じゃ、じゃぁリンディが街に住んで通えば」

 「話を聞いて無いのか? 高額で雇われるって事は、契約によって縛られているんだよ。リンディが勝手に契約を変更は出来ないし、親兄弟がそれを要求すれば・・・」

 親父の目を見据え、顔を顰めて首を振る。
 落胆する親父に、此処で止めの一言だ。

 「リンディ、先月の給金は幾らだ」

 「お給金は金貨10枚ですが・・・」

 金貨10枚と聞き、エールのジョッキから顔を上げてにっこり笑う親父。
 おっ喰いついて来た、合わせるタイミングを逃すと逃げられるので慎重にいこう。

 「ですが・・・とは?」

 「他家の治療依頼を受けた報酬が、先月は金貨100枚程有ります」

 打ち合わせ済みの答えだが、金貨100枚と聞き、親父の顔が興奮で赤くなる。

 「まぁ長い修行の成果だ、その程度の報酬は当たり前だな。リンレィは治癒魔法を使うには魔力が低すぎるので相当な修行が必要になるな。それで物になるかどうか」

 難しい顔をして親父の顔を見ると、リンディが透かさず妹を見ながら俺に声を掛ける。

 「フェルナンド様、リンレィをお願い出来ませんか」

 「而しなぁ、物になるかどうか判らないのに・・・」

 難しい顔をして親父の顔をじっくりと見つめる間に、リンディがリンレィに目で合図をしている。

 「駄目ですかねぇ」

 「リンディの時は、金貨10枚を貰って公爵家に預けたのだろう。100万ダーラを払って預かり、毎月15~20万ダーラを使って魔法を教えるのだぞ。リンディが魔法を何とか使える様になったのは四年以上経ってからだ」

 「フェルナンド様、費用はご主人様にお願いして私の給金からお出ししますので」

 「俺は貧乏男爵なので、当然そうなるな」

 「お父さん、リンレィをフェルナンド男爵様に五年預けなさい。五年したらリンレィは自由になります。その後はリンレィに任せなさい」

 「でも此の儘では帰れないしなぁ」

 上目遣いに俺を見てくる親父、此処で最後の一押しだ。

 「まぁ、子を大きくするのにも何かと入り用だっただろう」

 「はい、それは色々と大変でした。へへへ」

 「而し、公爵邸に無期限で預けて金貨10枚、100万ダーラだろう。物にならない確率が高い娘に100万ダーラはなぁ」

 難しい顔をしながらリンレィと親父の顔を見比べて考える。

 「お願いします男爵様、リンレィが働けなければ我が家はもう」

 親父が頭を下げて泣き落としに来たので、後は取り込むだけだが焦れば逃がす。
 マジックポーチから用紙を取りだして契約書を作成する。

 〔リンレィの父ベルトンはユーゴ・フェルナンド男爵にリンレィを五年間預ける云々・・・〕

 極めて簡素な契約書で抜け穴どころか、落とし穴以外何も無い契約書に署名させ金貨10枚を与えた。
 親父が素速く数を数えて懐に入れたのを確認すると、リンレィに荷物を持って来させて宿を後にする。

 これで馬鹿な親父は二度とリンディにもリンレィにも会えない。
 居場所が判り五年後に会いに来ても、本人達が拒否すればどうにもならない。

 リンレィは五年間俺の配下になったので家に連れて帰る事になるが、ロスラント子爵邸に寄って事情を話し親父が二度とリンディに会えないように手配を済ます。
 此れでリンディに会いに行っても門前払い確実だし、俺の住所は教えていない。
 たとえ知った所で俺の家の前には立てない。

 「なる程ね。それでリンレィ嬢は治癒魔法が使えるようになるのですか?」

 「それは本人の適性と努力次第ですね。魔法を授かり魔力が多くても使えない者は多いと聞きますので」
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