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二章 あいつの存在が災厄
朱と母と父と従者たちに友 壱
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出産を終え、その疲労から深い眠りについた最愛の願いに応えて側で見守って居たが、母に呼び出され、息子の部屋に向かい歩いていた。
俺と最愛のどちらの部屋からも近い場所に、新しく作らせた息子の為の部屋。
庭に近く、俺や自分の目の届く場所でと紫はそれを望んだ。
自分の幼い頃は庭にある母親の【華】を見て、それで無聊を慰めていたとも話してくれた。
俺の神域の杜の神木にも漸く【華】が付いて来た。
息子はこの俺の青薔薇を見て育つだろう。
俺やあれは閉じ込められ過ごしていた。
俺は早くに外の世界へ放り出されたが、あれは俺のもとに来るまではずっとそんな生活だ。
息子がこれからどうなるかはわからぬが、皇の直系故、他の者とは違う境遇だろうが、俺や最愛のように縛られることなく、過ごして欲しい。
息子の部屋については、あれに与えた耳長風の造りのものではなく、俺が慣れ親しんだ鬼風の造りにした。
これについてはあれもその方が良いと言ってくれた。
『僕みたいになったら困るから…』と悲しそうに話す最愛の姿を見て、あれの為に俺のしたことが、少しばかり浅慮であったことを教えてくれた。
未だに鬼と耳長の対立による互いを嫌う風潮は変わらず、根深いものゆえすぐには消えないだろう。
皇子である俺の子があまりに耳長の寄りすぎると、あれを娶った当初の様な問題が再び起こることだろう。
フレイヤが起こした騒動で、皇宮勤めの心持ちの賤しき者は裁きを受け、幾人かの『長老』は心を壊し失脚したが、それでもまだ俺の妃の立場は危うい。
俺の後を継ぐ嫡子たる息子が生まれはしたが、息子が【黒】の神子ということで、あれがまた何かを言われるだろう。
最悪、俺の廃嫡と新しく妃でも娶らせ、次の皇をそれに産ませるなどとあの糞共は言いかねぬ。
なぜ俺はかような立場に生まれたのかと常に思う。
生まれながらの『神』であるゆえに亜神でありながらヒトの心を解することが出来ぬ。
ヒトの心と神の力を持ち、その種を導くものである筈が、俺は俺の民を虐げる者であった。
それゆえ皆は俺のことを恐ろしく思い、縛りたがるのだろう。
◆
其の様な考え事をしながら歩いていると、新しく見る顔たちが俺に礼をする。
この俺の宮には息子の為の下部となる者たちも勤めることになった。
新しく雇い入れた者たちは数年先に出来る息子の宮に入る事になる。
それまでの間は俺の宮で勤め、暮らすことになる。
その中には息子の乳母であれの生家である【青】を継がせる者、菖蒲。その番である四童子の星熊の子、群青。それにそのふたりの子、涅も含まれる。
息子の乳兄弟となる子の魂を視た時に、俺は【黒】の神子の誕生に気づいていた。
だが、其の様な事はどうでも良いと今は思えるほどに俺は浮かれていた。
心の乱れを許されぬ『神』たる俺が、ヒトのように喜怒哀楽に溢れている。
俺の世界はこの一年ほどの間に大きく変わった。
百年以上も変わらなかった俺の神域たるこの宮が、活気づいたうえに新たな『若様』が誕生した。
皆は今、息子をどう呼ぶかで悩み話し合っているらしい。
其の様に喜んで言祝ぎをする者が居てくれて嬉しく思う。
既に【四色の神子】の宮は存在している。
爺たちが遠い昔に暮らしていたものだが、【赤】、【青】、【黄】、【緑】の子の宮はある。
此度は黒の為に新しく作ることになった故、これも作り直すと母は言っているが…
これまでは皇の系譜に【白】の神子も【黒】の神子も存在しなかった。
それ故息子の誕生は慶事であり、凶事でもあった。
息子の部屋の御簾を潜り、母に声を掛ける。
「母上、お呼びと伺った」
寝入っている息子を眺めていた母が、俺に気づき乳母の菖蒲を下がらせる。
菖蒲の気配が遠くなったところで、なぜか母は自らの神【域】を創った。
「朱、漸く話せる時が参りましたので、お前に伝えなければいけないことをこれから話します」
母は俺を叱りつける時とはまた違う、真剣な顔をしている。
母がかような顔をし、そのうえ【域】まで創り出し俺に何かを伝えるなど、これまでに何度あったことだろうか?
今までの経験から、話の内容が良くないものであることだとわかる。
「お前は百合の【青】での境遇を訝しく思い、群青や従者などに探らせていたな?」
入室して早々に聞かれたことは俺の最愛についてのこと。
母はどうやらあれにかなり入れ込んでいるらしい。
かなりの秘術なども授けているということを母より聞いていた。
「爺たちから報告を受けていた際に感じた違和感から、事実の誤認や認識の阻害などをされている様なものを見受けた」
「そのことは私の【目】と【耳】からも聞いていておかしく思っていた」
元々の姿をより悪い方へ歪め、あまりにも現実とかけ離れたあれの姿を刷り込ませ、それを認めさせるように働く妙な力を感じた。
それで星熊や群青ら【青】の祖と次の長の伴侶となる者と【皇】の者である、茨木に探らせていた。
様々な企みを巧妙に隠していても、さすがにやつらくらいの上の者には逆らえぬ筈だった。
だが、母の【目】と【耳】である者ですら惑わされるとなると厳しいのかもしれぬ。
母もあれに対して厳しい目を向けているのだろうか?
だが、息子の名付けに関する助言を与えたりもし、このように俺を呼びつけ話をするところをみると違うのかもしれぬが…
「私にはそのようなものは効かない。
あの子はかなり甘やかされはしているが、その質は善なるものに傾き過ぎている事もよく分かっている。
あれでは罪びとにすら容易く赦しを与えかねない」
母は苦笑いをしているがあれに俺の妃の務めとして、裁きを与える仕事をさせてはならないと暗に告げていた。
仕様のない事であるが、それでまた俺の最愛が批判されてしまうことだろう。
「百合は耳長の神子の中でも極端な善性を持つ神子【司法】を乳母とし、師として付けられていたとフレイヤのやつから聞いた」
「義姉上はなぜ百合を…あの子をそのように育てたのだろうか?…困ったものだ」
母の言いたいこともわかる。
あまりにも歪過ぎる【紫】の性質を磨いたことは、俺も疑問に思っている。
聞いたときには唖然としたくらいだ。
やつらがなんとしてもあれを善なる者にしたかったという本気さが伺えたが、鬼の中で暮らしていくには難しい性質だ。
母や茨木の教育でも然程変化もせぬから、フレイヤの授けたという耳長の神子の二つ名が邪魔をしているのだろう。
「【青】にはあの子の生まれる頃に【青】の中で【黒】の神子が誕生する予言があった。
おそらくはそれが原因だろう。
あの子の真名も魂の色も巧妙に隠され、誰も知ることが出来ない。
お前ですら呼ぶことだけしか出来ていない。
だから今まであの子は【黒】の姫だと『長老』共とその周りから言われていた」
(なんだと?!
それであんなにも俺の最愛を貶める話が流布されていたのか)
母は「こんな事も知らなかったのか?」とでも言いたげな表情をしているが、
「鬼は予知や予言を好まぬ。【青】はよりそれが顕著であるのに不思議なものだが?」
予知や予言などをする者は鬼の中では母くらいで、おかしな話をする。
あれの母親やその姉のフレイヤも強い力があったが、やつらの性質は耳長だ。
「お前は興味がないからこういうことには疎いだろうが、【青】には瑠璃の連れてきた耳長が多数いた。
その中に強い予言の力を持つ者がいた」
ここで母は俺を叱りつける時の顔になる。
「まだ時期ではないと私が言っていたにも関わらず、お前が【青】の『末端』に手を出すからこのようなことになる。
このアホが!」
「母上、何を仰りたいのか皆目見当がつかぬ」
「お前の始末した【青】の『末端』はあれだけではない。
あそこにはまだ『毒花』が居る。
私の友を裏切った者…カルミアだ」
苦々しい口調で語られた名は、俺の最愛の父親が近々後添えに迎えるらしいと噂されていた者の名だった。
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