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第1章 クソ勇者からはじまる簡単なお仕事

第29話 順調な滑り出し

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 ツバサたち一行は〈エルフの里〉を目指して中央山脈に向かっていた。
 ここは山の麓に広がる草原だ。その長閑な雰囲気でヨーロッパの牧草地帯を連想させる。
 だが、忘れてはならない。ここが暗黒大陸だということを。
 案の定、グアンナという牛型の魔獣が二頭仲良く寝そべっていた。
 外見は巨大なバッファローのようだが、表皮は紫色で禍々しい模様が体全体を覆っている。
 もちろん、魔獣の存在は先刻から判っていたが、実際に見るとその迫力に気圧される。

「でかいな~。インドゾウと同じくらいありそうだ」

 ツバサは思わず地球の生き物と比較してしまった。

「ツバサ、インドゾウとはなんだ?」

 シャルロットの頭の上にはてなマークが浮かんでいるように見えた。

「あれと同じくらいの動物さ。大きいが凶暴ではないよ」

「この大陸では大型の生き物は例外なく魔獣だからな。大型の動物を見てみたいものだ」

「実は絶滅してしまってね。もう見ることはできない」

「それは残念だ……」

 これくらいの嘘は許されるだろう。ツバサには多少の罪悪感が芽生えたが、すぐに目の前の魔獣に集中した。

 そのとき、先頭を歩いていたオリヴィエが振り向いて言った。

「シャルロットさま、ツバサたちにあれを見せておきたいのですが?」

「いいわよ、任せなさい!」

 シャルロットは全力でグアンナに突進した。

「ツバサ、見てろよ」

 オリヴィエもシャルロットの後を追いかけた。ただし、距離を取っている。
 シャルロットはグアンナのに到達すると高くてジャンプした。
 グアンナもシャルロットに気がついて起き上がるがもう遅い。シャルロットは剣を抜いてグアンナの背中に突き刺した。

「グワ~ッ!」

 ものすごい雄叫びをあげてグアンナがシャルロットを探す。
 そのシャルロットはこちらへ向かって引き返してくる最中だった。

「おい、こっちへ来るな!」

 思わず叫んでしまうツバサ。
 だが、シャルロットはツバサのところではなくオリヴィエの後ろに隠れた。
 背中を刺されたグアンナは怒りに任せてオリヴィエとシャルロットに突進してくる。
 オリヴィエは両手を前に出してなにか叫んだ。おそらく、魔法障壁を張ったのだろう。
 そして、地響を立てながら突進してくるグアンナ。速度は最高速に達しているはずだが魔法障壁に気づかない。

「ドッカン!」

 ものすごい衝撃音がして、オリヴィエは数メートル後ろに押しやられた。
 だが、オリヴィエの魔法障壁は壊れないどころか、その殆どの運動エネルギーが跳ね返されてグアンナの頭骨は粉砕していた。
 そしてあとを追っていたもう一頭のグアンナの首をシャルロットは難なく切り落とした。
 彼女は魔法による身体能力向上は使っていると思われるが、ツバサと戦ったときの魔法剣、黒炎剣ブラック・フレイム・ソードは使っていない。

「流石です! シャルロットさま! それにオリヴィエさまも!」

 ツバサの後ろで感嘆する少女がいた。
 それはシャルロットの世話役としてついてきた龍神族のノエルだった。
 彼女は家事全般を受け持つだけでなく、弓の達人でもあるので、最後尾についてツバサたちを守るポジションに付いている。

「オリヴィエの魔法障壁は硬いだけでなく、強靭さも兼ね備えているんだな。グアンナとの激突で破壊されたかと思ったよ。それにシャルロットの太刀筋は完璧だ」

 戻ってきたシャルロットとオリヴィエにツバサは感想を述べた。

「無礼ですよツバサさん。あなたにシャルロットさまとオリヴィエさまの本当の凄さが解るとでも言うのですか?」

 ノエルはツバサに抗議する。

(この子は二人をとても尊敬しているんだな……)

「そうだったね。不遜な発言だったよ。すまない、ノエル」

「解ればいいのです」

 ノエルが得意げに微笑むが、フェルとクラウにすれば納得できない。
 ツバサがシャルロットとの決闘で勝利したことを知らないはずはないのだが……。

「お兄ちゃん……」

 彼女たちはとても不満そうにツバサを見つめるが、ツバサとしては苦笑いするしかない。

 その後の中央山脈越えでは、シャルロット、オリヴィエ、そしてノエルの無双をたっぷりと堪能することができた。
 山越えの途中には飛竜の棲家があったが、ノエルが魔法を付与した弓矢で撃ち落としまくったので、彼らも学習して襲ってこなくなった。
 人間界ではもう少し控えめにして欲しいなと、ツバサは思った。

 中央山脈を越えてしまえば〈エルフの里〉があるはずの森林地帯まで近くである。



    ◇ ◇ ◇



 龍神族の国を出てから一週間が経過した。
 すでにツバサたちはエルフの里の領域に入っている。いや、正確に言うとエルフの里がある森林地帯だ。
 この森林地帯は暗黒大陸の中でも有数の領域で、中央山脈の西側から西海岸近くまで広がっている。これだけ広大な地域でエルフの里を探しださなければならないのだ。何の手がかりもなく探したら、何ヶ月かかるか分からない。

 エルフの里の近辺で、ツバサたちは夕食を摂っていたときである。

「なぁ、ツバサ。俺たちは仲間だよな?」

 オリヴィエがいつになく優しい声でツバサに話しかけた。

「い、今更何を言うんだ?」

「俺は仲間に隠し事をしちゃ駄目だと思うんだ」

「そうかもしれないな。でも個人情報の開示はしないぞ。今どきのネット社会では悪用される恐れがあるからな」

「何を言ってるのか解らね~よ。それよりもだ、お前たち三人は夕方になると交代でいなくなるよな?」

「女性がいるんだぞ。言い難いことを聞くなよ」

「交代で花でも摘みに行ってるとでも言うのか?」

「そ、それ以外に何がある?」

「長過ぎるんだよ。それにな、帰って来ると必ず肌艶がよくなっているし、表情がほっこりしている。何故だ?」

「さ、さぁな?」

「お前もだよ、ツバサ!」

 ツバサ、フェル、そしてクラウは夕方になると交代で風呂に入っていた。もちろん、その風呂はグラン邸の大浴場である。
 ただ、ツバサはシャルロット、オリヴィエ、ノエルの三人に毎日浄化魔法を使っていたので、その三人だけが薄汚くなっているわけではない。表面上は小奇麗なままである。

「俺の肌艶まで観察してたのか?」

「そ、それは……」

「観察してたのはわたしよ!」

 シャルロットが参戦してきた。
 女性は女性の微妙な変化に敏感だ。
  そらく、シャルロットはフェルとクラウの様子を伺うついでにツバサも見ていたのだろう。

「何をしてたの? 近くに川も湖もないから水浴びしてたわけじゃないでしょ?」

(ま、まずい……)

 知られてもいい秘密もあるが、グラン邸はツバサにとっては最大級の秘密だ。これをシャルロットたちに教えてもいいものか? ツバサは悩んだが彼女たちは時間を与えてくれなかった。

「実は湯船を作って交替で入ってたんだ。黙っててごめん……」

「どうやって湯船を作ったの?」

「え~と、まずは火炎魔法で地面に穴を開ける。その時、穴の表面がどろどろに溶けるから、そこに氷塊を投入する。激しく蒸気が発生するけど、何度か氷塊を投入すると穴の表面が固まり、ちょうどいい温度の風呂場ができるわけだ」

「あのね~、それってわたし達に隠すこと? その程度の魔法で?」

「ツバサさま、それはちょっと無理があると思います」

 クラウが諦めきった表情でツバサを見つめる。

「お兄ちゃん……。隠す必要あるの?」

 フェルは秘密にすることすら疑問に思っている。

「なぁ、兄弟。お前は自然に嘘をつけるタイプの人間ではないだろ。嘘を突き出すと際限なく嘘をつかなければならないぞ。それでもいいのか?」

 オリヴィエの正論が決め手となって、ツバサはグラン邸の秘密を話すことになった。
 もちろん、このことは誰にも話さないという約束をさせたのだが、シャルロットとノエルは怒りまくっていたのは言うまでもない。

 だが、直情型精神の持ち主は覚めるのも早いらしい。

「ああ~いいお湯だったわ」

 シャルロットがホクホクした顔でラウンジのソファーに倒れ込んだ。

「早く教えてくれたらよかったのに。ツバサさん、あなたは本当にクズですね」

 ノエルはほんのりと赤みがかかった顔でツバサに悪態をつく。

「酷い言いようだな。少しは感謝してくれてもいいんじゃないか?」

「そうですね。今回は譲ることにしましょう。ツバサさん、気も持ちのいいお風呂でした。ありがとうございます」

(き、気持ち悪な~)

 そうとう気分がいいのだろう。ノエルがいつになく素直である。

「なぁ、兄弟。グラン邸には立派なバーまであるんだな」

「あっ、お前もう飲んでるな」

 オリヴィエの顔は湯船に使った紅さではなかった。いつの間にかグラン邸の家探しをしたらしい。おそらくツバサの部屋にあるミニバーで酒を飲んできたのだろう。

「心配しないでくれ。後は自分の部屋で飲むから」

「心配なんかしてね~よ」

「ツバサ~、わたしは冷たい飲み物が欲しい」

 シャルロットが甘えた声でツバサに注文した。

「俺に言うなよ……」

「シャルロットさま、わたしがお持ちします。クラウさん、キッチンの使い方を教えて下さいませ」

「はい、こちらですよ。ノエルさん」

 ノエルとクラウは意外とうまくやっているようだ。
 ツバサとノエルの仲は険悪であるが。

「わたしも行く~」

 フェルもノエルとうまくやって行けそうだ。
 もっとも、ノエルはツバサ以外にはとても親切で優しく、メイドのように振る舞っている。
 ツバサは自分にもそうしてほしいと思うのだが、ノエルの態度が軟化する様子はなかった。

 グラン邸の存在をシャルロットたちに知られてしまったが、むしろ知られてよかったのかもしれない。ツバサは秘密にする相手を間違えているのだ。
 それはそうと、冒険者に守られた一般人を装ったチームとしては概ね順調な滑り出しをしたツバサたちであったが、これから始まる困難の連続でもチームワークを保っていけるのだろうか?

「なんかとっても不安なんだけどな~」

「ん? なんか言ったツバサ?」

「いや、何でも無い……」
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