令嬢は幸せを知りたい

千代杜 長門

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「失礼致します。」

  黒を基調としたシンプルな侍女服を身に纏い、美しい所作で入ってきた侍女。
彼女の名前はセルン。異国の出身でその国の言葉でカナリヤ、つまり私と同じ名前なのでかなりのお気に入りの侍女だ。

「おはようございます。珍しいですね、カナリアお嬢様がこのお時間にお目覚めになっているなんて…やはり誕生日だから、でしょうか?」
「…そうね、お父様もお母様も兄様姉様もみんな、私の為にわざわざ時間を作って帰って来て下さるんだもの」
「お忙しい方々ですからね…お嬢様は年々御家族の皆様に似て美しくなられております。改めてお誕生日おめでとうございます。」 
「いやね、まだ早いわ。誕生日は三日後よ?」

  誕生日、家族のことを思い出した瞬間に、さっきまでの眠気から一転、身体に心が引き摺られたように声が上擦ってしまう。今世の家族のことは大好きなので仕方ない。
  温かな濡れタオルで顔を拭われ身支度をしてもらいつつ少しそわそわ。

 私の家、ラインツバード侯爵家は代々武官として名を馳せると共に文官としても優秀な者が多い。

  そのせいか貴族の中でもかなり特別な扱いを受けている。

  さらに外交官としても優秀な人材を多く排出しているらしく、当主である父でさえ普段は皆王都の屋敷で住み込みで働いていて領地には滅多に帰ってこれない。

  だけど、兄も姉も父も母も皆、重要な仕事を任されている。
とても尊い人物なのだから寂しくはない。べつに。寂しくなんか、ない。

  ましてやそんな忙しい人達が今日は私の誕生日のためだけに帰ってきてくれるのだ。
心が浮き上がらない方がおかしい。

「セルン、早く着替えをそれからお茶の準備、それからそれから…」
「まあまあ、カナリヤさま。落ち着いて、旦那様たちはお昼頃ご到着なさるらしいですよ?」
「お昼じゃ準備なんて間に合わないわ!」
「間に合わせますよ、ラインツバード家の使用人の名誉に掛けて。」

  セルンの決めセリフに感動しながらも着替えを済ませる。

  ドレスに着替えるのはお父様たちが帰ってくる直前で大丈夫なので今はシンプルなワンピース。

  侯爵令嬢として恥ずかしくない速さで廊下を歩いて移動しながら屋敷のみんなに挨拶をして回る。

「セバスチャンおはよう」
「おはようございます。そして、お誕生日おめでとうございます。カナリヤ様」
「だからまだ早いわ。私の誕生日は三日後なの。」
「いえ、今日は間違いなく誕生日であっていますよ。実際にお生まれになった日はもちろんお生まれになる三日前は女神が誕生の許可を出した日ということで誕生日の扱いで間違ってはいないのです。」
「そう…だっけ?」
「はい、6歳を迎える前に許可の日を祝うと天界や冥界の神々に嫌われてしまうので今回よりお祝いをするのですよ。」

  部屋のすぐ外には仕立てのいい燕尾服を着こなした壮齢の家令、セバスチャン。
おじいちゃんみたいな見た目なのに背筋がピンっと伸びていて優しい顔をしている。
物腰は柔らかいけどとっても頑固な──おやつの時間は午後と午前で二回に分けてくれてもいいと思うのに、そんなところは頑固だわ。

「教えてくれてありがとうセバスチャン!」
「いえいえ、そろそろ食事の準備が出来る頃かと思うので食堂へ参りましょう。」
「わかったわ、でも、もう少ししたら食堂に向かいます。」
「かしこまりました。セルン、お嬢様を頼むぞ。」
「かしこまりました。」

  いつものようにきっちりと決められた角度でお辞儀するセバスチャンを後に庭師や厩のもののもとへいく。
毎日のことだと分かっているのか既に庭にはみんなが集まっていた。

「おはよう皆。」
「おはようございます。お嬢様」
「お嬢様、今朝旦那様のお馬のアレクと奥様のお馬のマリヤの子供が無事生まれやしたよ。」
「まあ、それはおめでたいわ!」
「そうです。良かったら名前を付けてやってくだせぇ。」
「わかったわ、今日中に付けさせていただきます!」

なんて素敵な知らせでしょう。
今日も一日、いい事が続きそうね。

「こっちは、朝摘みの薔薇の花でさぁ。良かったら部屋に飾ってくだせぇ。」
「まあ、ありがとう!…とっても素敵な香りねっ。」

  薔薇の花は、強い香りが苦手な私に合わせて控えな香りのものを選んでくれた。

いつ来ても優しい人たち。

  上機嫌で庭を去り、侍女達や洗濯侍女達に挨拶をしたらようやく食堂へと向かう。

  使用人と挨拶や会話を楽しむなんて、貴族としては失格かもしれないけど、これが私の日課。
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