アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸

文字の大きさ
7 / 36
第一章 呉開陽高校艦船動態保存課

第一話 戦艦「大和」

しおりを挟む
 瀬戸内海の向こう、四国の山々の上から、太陽が顔を出した。新しい一日が始まる。
「ふぁ~あ」
 わたし―初霜実は、大きくあくびをすると、前面に緑十字が描かれたヘルメットをかぶった。顎ひもをギュッと締める。

 ピーッ!ピーッ!ピーッ!

 警戒音とともに、超大型トレーラーが六台、うしろ向きにドック横に入ってきた。その荷台には、それぞれ一つづつ、防水シートに包まれた大きなものが載っている。
 トレーラーのエンジンが切られると、荷台の上のものにかけられていた防水シートが取り払われた。鋼鉄の地肌が姿を現す。
 艦本式ロ号重油専燃ボイラー。蒸気温度三百二十五度、最大圧力二十五㎏/㎠の性能を持ったボイラーだ。

 グオォォォォォォォン

 ドックをまたぐように装備されているクレーンが動き始めた。先端に取り付けてあるフックが、ボイラーの上に下りていく。
 ボイラーに回された布製のベルト、そのバックルに、クレーンのフックがかけられた。
「玉掛オーケー!」
 作業員さんが合図を送る。

 グォォォォォォォン

 再びクレーンがうなり、ボイラーはつり上げられ、ドックに安置された船体のほうに移動される。
 その船を見てまず思うのは、「大きい」ただこれだけだ。二百メートルをゆうに超える船体は、灰色と赤茶に塗られ、艦首に取り付けられた菊の御紋がまぶしい。
 上部甲板と最上甲板の一部が取り払われたその船の最下層に、ボイラーが到達した。
「右百ミリ、奥に五十ミリ・・・・はい降ろせ―!」
 ボイラーが下ろされると、作業員さんがボルトを一つ一つ丁寧に締めて、艦底部にしっかりとボイラーを固定する。
 最初の六基の固定が終わると、また新しいトレーラーが六台入ってきて、また同じ作業がくりかえされる。
 そして、日が暮れるころには、配管の接続作業まで終わった十二基の艦本式ロ号ボイラーが艦底部に鎮座していた。
 






 次の日・・・・・・・・・・
 夜の間姿を隠してた太陽は、また四国の向こうから登ってきた。
 甲板の取り払われていた部分をふさぐ作業が始まる。最上甲板は、鉄の上に熱対策の木板を貼って、飛行機が発着する後部甲板は、コンクリートを流す。
「実、また見てたの?」
「あ・・・・・永信。」
 となりで、わたしと同じ呉開陽高校の制服と制帽を着用したわたしの友人神崎永信が笑っている。
「いいよね・・・・・・大和。」
 永信がつぶやいたもの、それがこの船の名前だ。
 大日本帝国海軍大和型戦艦第一番艦「大和」。世界最大の軍艦だ。今はまだ取り付けが終わってないけど、三基装備されている四十六センチ三連装主砲塔は、抜群の破壊力を誇る。
 先の大戦では、まったくと言っていいほど活躍の機会がなかったが、今回新たな使命が与えられた。
「あんなこと言ってたけど、やっぱり好きなんじゃん。」

 バシッ!

「わっ、わたしは軍艦なんて好きじゃないんだからね!早く学校行くよ!」
 にやにや笑う永信の頭に鋭くチョップを入れると、わたしは呉開陽高校に向けて歩き出した。
 いつもの通学路から沖合に出ていく駆逐艦「島風」が見えた。数ある駆逐艦の中で一隻しかいなくて、しかも帝国海軍一の俊足艦だ。今日もいい日になりそう♪











 三日目・・・・・・・・
 大和の甲板にあいた大穴は完全にふさがれ、その上から主砲、副砲がクレーンにより積まれた。
 砲塔を動かすための水圧機の配管が繋がれ、とりあえず動くことはできるようになった。でも、まだまだ作業は残っている。
 重整備の間降ろされていた調度品類がどんどん艦内に運び込まれ、壁や床にビス止めされていく。

 ガガガガガ!

 電動ドライバーの音が艦内のあちこちから響き、作業員さんが走り回っている。
「ふぃ~。重い~。」
 わたしと二人でクローゼットを運ぶ永信が、頼りなさげな声を上げた。ホントに男か?こいつは・・・・・・・・
 学校の大掃除の時みたいにジャージ姿の永信は、いつもよりだらしなく見える。
 すべての調度品が固定されて、メーター類も全部取り付けられた。水圧検査も終わり、ほぼ完成状態になっている。でも、まだまだ完成じゃないのよね~。
















 大和がオーバーホールを終える日・・・・・・・・・
 春日和とも言えそうないい天気の日、今日は、重整備を終えた大和の進水式の日だ。土日とあって、ドック脇の見学スペースはたくさんの観客で埋め尽くされている。
 バタバタバタバタ・・・・・・・・・・・!
 エンジン作動式のポンプの音がして、海水がドック内に注入されていく。海水は、次第に大和の船体を覆い、やがてその半分ほどが水面下に沈んだ。
 ギイィィィィィィィ・・・・・・・・・
 不気味な音を立てて、閘門が開く。
 わたしと永信は、その様子を大和の艦橋最上部、防空指揮所から眺めていた。二人とも、下士官用の第一種軍装を着ているけど、わたしはズボンじゃなくでひざ丈のプリーツスカートをはいている。
「いよいよだね。」
 永信がつぶやいた。
「そうだね、いよいよだよ・・・・・ついに、大和が復活する。」
 わたしが返すと、永信は大きくうなずいた。
 閘門が開くと、ドックの外まで曳航してくれるタグボートが待っていた。頑丈なワイヤーロープで大和と接続する。
 グオォォォォォォン!
タグボートのエンジンがうなりを上げた。大和をドックから引き出す。
 一年間のオーバーホールを終えた大和は今、大海原へと滑り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

男子取扱説明書がバレて、私の青春が大炎上してるんですけど!?

月下花音
キャラ文芸
「ねえ、男子ってさ――実は全部"動物"なんだよ?」 私、桜井こころが密かに作っていた『男子取扱説明書(動物分類版)』。 犬系・猫系・ヤンデレ蛇系・ハムスター系…… 12タイプの男子を完全分析したこのノートが、学校中にバレた!! 「これ、お前が書いたの?」 「俺のこと、そんなに見てくれてたんだ」 「……今から実践してくれる?」 説明書通りに行動したら、本当に落とせるのか? いや待って、なんで全員から告白されてるの!? これは研究です!恋愛感情はありません!(大嘘)

処理中です...