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第二章 激闘の前に

第十七話 前島と永井

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 台風を脱した一時間後。駆逐艦「陽炎」の艦橋にて・・・・・・
「お願いします!陽炎さんをわたしに下さい!」
 紺色の大日本帝国海軍士官用第一種軍装を着用した男の人が床に額を擦り付ける。自分のことを「俺」や「僕」と言わないあたり、筋金入りの帝国軍人だ。
「ま、前島さん・・・・・・・」
 前島さんの隣では陽炎がおろおろしている。
(って言うか・・・・・・・・)
 わたしは自分の横に立っている永信を見る。永信も同じように困惑した顔をしていた。
(なんでこんな展開になってるの・・・・・!?)
 なんでこんな、まるで妻の両親に結婚挨拶をするような状況になってるわけ?
「あの・・・・・・・」
 わたしは前島さんに声をかける。
「は、はい。何でしょうか?初霜中佐」
「顔を上げてください。後、わたしは中佐なんて階級じゃないです」
 前島さんが顔を上げる。わたしたちはあくまで軍民ではなく学生だから、階級はない。
「じゃ、じゃあ大佐!?これは誠に申し訳・・・・」
「違いますって!」
 さらに頭を下げようとする前島さんを止め、わたしはさらに言葉を継いだ。
「わたしたちは軍の所属ではありません。だから、階級はないんです」
「つまり、士官候補生・・・・・・」
「でもありません」
 前島さんの言うことを即座に否定。
「え?じゃあなんで士官でもない人間が艦長なんだ・・・・・・」
 前島さんがつぶやく。
「それは・・・・・・」
 永信が口を開いた。
「・・・・陽炎に聞いてくれ」
「はっ!?」
 わたしが叫ぶ。
「ちょっと!まさかの丸投げ!?」
「だって、旧海軍の人にどうやって今の状況を説明するんだよ。駆逐艦『陽炎』はすでに沈んだものなんだよ。この人の中では」
 永信が言う。わたしの耳に口を寄せた。
「それに、この人の戦歴もわからないから、日本が負けたことも知らないかもしれない」
(あ・・・・・・・)
 そうだった。わたしたちは前島さんの戦歴を知らないし、陽炎も自らの本体から退艦した時までしか覚えてない。
「だから、『陽炎に訊いて』って言うほかないでしょ?」
「そうね」
 わたしはうなずく。そして、前島さんの方を向いた。
「とりあえず。我々駆逐艦『陽炎』現乗員はあなたと陽炎が一緒になることについては何とも思っていませんので、あとは若い・・・・?お二人でどうぞ」
「は、はい!前島さん、行きましょう!」
 陽炎が前島さんの手を握って強制的に立たせる。
「失礼いたしました!」
 前島さんがピシッと敬礼して艦橋を出た。
「わたし、前島さんの上官じゃないんだけど・・・・・・」











「久しぶりだな。陽炎」
 俺―前島博は最上甲板に出ると、横にいる陽炎に話しかけた。
「ええ。お久しぶりですね」
 陽炎がにっこりと笑う。
「元気にしてたか?」
「ええ。呉には今年来たばっかりですけどね。第十八駆逐隊のころとは変わっていることもあり、変わってないところもあります」
「最近の艦は空母も軽巡も全部『護衛艦』って言うんだもんな。潜水艦はやたらと丸っこくなってるしよ」
「わたしたちのころとは勝手が違うんですよ。ソビエトも崩壊しましたし」
 陽炎が昔を懐かしむように言う。
「ソビエトは崩壊したか。アメリカは?」
「絶賛成長中です。最近は移民やらなんやらで大変そうですけど」
「ハハッさすがのアメ公も苦手なものはあるのか」
「それと、朝鮮が日本領じゃなくなって、韓国と北朝鮮って言う二つの国に分かれました。中国では内戦が起こって国民党が台湾、共産党が大陸で政権を持ってます」
「南樺太は?」
「ソビエトに支配されました。今はソビエトの後継国家であるロシア連邦が支配してます」
「そうか」
「でも、今の日本は平和ですよ。隣国の方々とはいろいろありますけど」
「そうか。まあ、今の日本を見て平和だと思わない者はいないだろうな」
 俺は陽炎に微笑む。
「そうですね・・・・・あっ!」

 ゴォォォォォォォ!

 上空から聞こえてきた音。上を見上げると、黒く塗装されたずんぐりした機体が飛んでいった。
「あれは・・・・・戦闘機か・・・・?零戦よりも大きいのに零戦より早い」
 陽炎が少し機体を見ると言う。
「F-35B。航空自衛隊の最新鋭戦闘機ですね。すてるす?とか言って電探に写らないらしいですよ」
「電探に写らない!?」
「はい。アメリカのロッキード・マーチンが開発して、今は三菱でライセンス生産しています」
「ほぉ~。進化したもんだな。飛行機も」
「航空主兵論者の方々が見たらどう思いますかね?」
「さあな。お偉い方の考えてる事なんて一兵卒の俺にはわかるわけない」
 俺は言うと。遠くの水平線を見た。


















「えーっと・・・・・航海、水雷、砲術・・・・こっちはどうやら専門資料だね」
「戦史関連のとこかしらね・・・・・」
 呉開陽高等学校学校本部。レンガ造りの校舎の地下には広大な図書室兼資料室が広がっている。
 コンクリート製の無機質な壁に取り付けられたアンティーク調の木製本棚。その中には多くの本がぎっしりと詰め込まれている。
 本の中には何十年前のものかわからない革表紙の本もあれば、今はやりの漫画やライトノベルラノベも収められていた。
「お、隊司令じゃん!お疲れさま」
 向こうから一人の男子が歩いてくる。わたしたちとは違い、カーキ色のブレザー形をした一〇式戦闘服を着用していた。
「拓。そっちこそお疲れさま」
 夏芽が話しかける。
「今日は何でここに?」
「Twitterのネタ探しにね。もっともっと一般人に我々への親しみを持ってもらいたいから」
 そう言って笑うコイツは友村拓ともむらひらく。うちの隷下に入る駆逐艦「島風」の艦長だ。
「果たしてあのツイートで親しみを持ってもらえるのかはなはだ疑問だけどね」
「え?僕的には十分親しみを持ってもらえるように心がけてるつもりだけど」
「あのパワーポイントで作った狂気じみたイラストを公開しててそれ言えるの?」
 わたしたちが言っているのは艦の公式Twitterアカウントのこと。
 わが呉開陽高校が手本とするのはイギリス海軍。そのイギリス海軍では所属する各艦艇が公式のTwitterアカウントを持っている、
(それに倣い、開陽でも今年から運用がスタートしたんだけどね・・・・・)
 正直コイツの力の入れ方は斜め上としか言いようがない。
「ああ、あれもなかなか好評だったよ。MMDモデルも作ってもらえたし」
 拓が笑いながら言う。だがコイツはもっとイロイロやらかした。
「あとあれはどうなったの?自分たちのフォロワーをけしかけてアズ〇ン公式とりっくじ〇ーす公式のフォロワーを一気に五千人増やしたの」
 夏芽が訊く。
「東郷校長から直々に許可をもらったよ『面白そうだからもっとやれ』って」
 うちの校長もなかなかアレだった~!!
「秋山教頭は渋い顔してたけど」
 当り前じゃ!
「・・・・・・・」
 夏芽の口が開いてふさがらなくなる。
「まあ、百合漫画を載せた『陽炎』の方々に言われたくないけどね」
 拓がそう言って背を向ける。その百合漫画を上げた張本人はわたしの隣で黙ったままだ。
「じゃあ、また」
 拓が去っていく。
「ほら夏芽、わたしたちも行くよ!」
 わたしも拓に背を向けると、夏芽の手を握って歩き出した。
「えーっと・・・・・確かうちの所属艦に関するものはこの辺のはず・・・・・・」
 並ぶ本棚のうち「駆逐艦 陽炎型」と言うプレートが付いた本棚の間に入り、ずらりと並ぶ背表紙を一つずつ確認していく。
「これは・・・・・設計図ね。違う」
「こっちは戦歴みたい」
 二人で片っ端から本を取り出し、中身を確認していく作業だ。
「あった!『駆逐艦陽炎乗員名簿』!」
 夏芽が一冊の本を手に取る。
「とりあえず『陽炎』沈没時点で生き残っていた陽炎型の乗員名簿も探さないとね」
 艦が戦没した場合、その乗員はその艦の同型艦に回されることがある。そっちの方がいろいろ勝手もわかるしね。
「だったら『不知火』、『初風』、『雪風』、『天津風』、『浦風』、『磯風』、『浜風』、『谷風』、『野分』、『嵐』、『萩風』、『舞風』、『秋雲』だね・・・・・」
 夏芽がひょいひょいと他の名簿も抜き出していく。
「わたしも持つわよ」
 二人で手分けして分厚い書類を運び、手近な机の上に置く。
「それじゃ、調べましょうか」
 まずは「陽炎」の乗員名簿を開いた。
「まずは艦長の有本輝美智中佐・・・・・・」
 その次に副長、主計長、機関長、航海長などの佐官クラスがつづき、その次に大尉、中尉、少尉と階級順に名前が並ぶ。
「いた!」
 砲術科の第一砲塔射手。そこに書かれている「前島博 特務中尉」の文字。
「ほんと!?どうだった?」
 夏芽がこっちに体を寄せる。
「第一砲塔の射手だった。『陽炎』の沈没時には総員退艦の命令で脱出して無事だったみたい」
 わたしが言うと、夏芽はうなずいて他の名簿を手に取った。
「調べよう。砲術科の特務士官だったから新しい艦でも同じ部署に配属されてる可能性が高いよ」
 まずは「不知火」と「初風」の名簿をそれぞれ手に取る。
「砲術科・・・・・・・・・・」
 ページを開き、書き連ねられた名前をたどった。
「砲術長・・・・・・」
 どんどん読み進めていく。
「前田・・・・・・・・。いないみたい」
 陽炎型二番艦「不知火」の砲術科ま行の最初は「前田」だった。
「『初風』の方は前島はいたけど博じゃなくて光男だね・・・・・」
 夏芽も「初風」の名簿を閉じ、「雪風」の名簿を手に取る。わたしも「天津風」の名簿を手に取った。
「砲術科はこのページ・・・・・・・っと!」

 バン!

 ページの間に指を差し込み、一気に開く。
「前島、前島・・・・・・・」
 指で文字をなぞりながら「前島博」の文字を探す。
「ダメだ。『雪風』にもいない」
「『天津風』もいないわね」
  二人ほぼ同時に名簿を置き、新たな名簿を手に取る。
「次は『浦風』と・・・・・・」
「『磯風』ね・・・・・」

 パラパラパラ・・・・・・・・・

 砲術科のページを片っ端からめくった。
「『浦風』にもなし!」
「『磯風』もよ!」
 今度は「浜風」と「谷風」。
「こっちもないじゃない!」
「『谷風』にもないね・・・・・・・」
 わたしが言うと、夏芽もため息をつく。
「いったいどの艦に移乗したのやら・・・・・・・・・」


















「あれからどうしてたんですか?」
 わたし―駆逐艦「陽炎」の艦魂である陽炎は前島さんに声をかける。
「お前の妹、『野分』に移乗した。配属も前と同じ第一砲塔」
 ほぉ~。
「野分ちゃん元気にしてました~?」
「おう、むしろ鬱陶しいくらいだった。乗員にちょっかいを出すのは陽炎型の習性かなんかなのか?」
 ムムムッ。この言い草はさすがにないですよ。
「違いますよ~!わたしが前島さんの仕事を邪魔したことありましたか?」
「いっぱいあるじゃないか!照準が終わって引き金引こうとした時に操作ハンドルに触って照準狂わせたり、酒保の商品ギンバイして俺に罪をなすりつけたり!」
 ギクッ!
「ちょっと何言ってるかわからないですね」
 全力でダッシュ!
「おい待て!逃げるな!」
 前島さんもすかさず駆けだす。
「ついてこれますか~?」
「海軍軍人、舐めんじゃねぇ!」
 必死の形相でわたしを追いかける前島さん。そんなわたしたちを、瀬戸内の太陽が照らしていた。

















「・・・・いた!駆逐艦『野分』一番砲塔射手!」
 わたしー初霜実は「駆逐艦野分乗員名簿」の一ページを指さす。
「どれどれ・・・・・・」
 夏芽もすぐ横からのぞき込んだ。
「お!いたいた。前島博特務中尉」
  夏芽が声を上げる。
「で、『野分』の最期ってどうだったんだっけ?」
「どうだっけ・・・・・・?陽炎型は『雪風』以外全部沈没したけど」
 わたしはスマホを手に取る。LINEを開き、永信とのトークを開いた。
「『前島さんの次の艦が分かった。駆逐艦野分』・・・・っと」
 矢印を押して送信。
『この艦の最期を知らない?』
 わらに連続で送信する。
 しばらくして・・・・・・・・

 ピコン!

 スマホが鳴った。永信からのLINEだ。
『駆逐艦『野分』。第四駆逐隊所属艦としてレイテ沖海戦で最主力の栗田艦隊に配属。戦艦「武蔵」が沈んだ空襲も切り抜けた』

 ピコン!

 さらに追加のLINE。
『その後、栗田艦隊は遭遇した米軍護衛空母部隊[タフィ3]と戦闘になる。その際、重巡[筑摩]が航行不能となり、[野分]はその生存者救助を行った。そのうち、野分は栗田艦隊本隊から離れていたため、サンベルジノ海峡を通過し単艦で本隊に合流するために行動を開始する』
 いったい永信のどこにここまでの知識が詰まってるのか・・・・・・・
「永信君って・・・・・・すごいんだね・・・・・・・」
 夏芽が少し引きつった笑顔で言う。何しろわたしがLINEを送ってからわずか三十秒でここまで出てくるんだもんね・・・・・・
「あいつはほんとに軍事馬鹿だからね・・・・・・・」

 ピコン!

 さらにLINEの着信音が鳴る。
「永信からね。きっとさっきの続きでしょ?」
 わたしはスマホを開く。
[しかし、サンベルジノ海峡を目前にして、『野分』はアメリカの高速戦艦部隊に捕捉される。米艦隊は戦艦『アイオワ』、『ニュージャージー』を核に軽巡と駆逐艦を含んだ計十三隻。対する日本側は『野分』一隻のみだった]
「え・・・・・?」
 夏芽の顔が曇る。
[『野分』は軽巡と駆逐艦による砲撃で大破。その後、駆逐艦の魚雷を艦体中央に受け沈没した。生存者は『筑摩』より救助し、沈没後米軍に救助された一人のみ。それ以外の乗員は全員戦死した]
 永信からのLINE。
(野分の乗員は総員戦死・・・・・・と、言うことは・・・・・・)
 前島さんも、きっとそこで・・・・・・・
「と、言うことは・・・・・」
 夏芽が口を開く。
「前島さんは第二次大戦の結果を知らないってこと?」
「たぶんね」
 わたしはそう言うと、スマホをしまう。
「さて、あの戦争で負けたってことをどう伝えるかが課題ね・・・・・・」

















「あの戦争の結果は・・・・・・」
「言わなくてもいい。分かっている」
 わたし―陽炎の言葉を前島さんはさえぎる。
「これまでにお前から聞いたことや呉港内にいる今の艦たちを見ればわかる。日本は負けたんだろう?負けてなかったら軍が『自衛隊』なるものに変わってるはずがないし、潜水艦の名前も番号だろう。いったん軍が解体されたんじゃないのか?」
 前島さんがこっちを見る。
「はい、そうです。大日本帝国陸海軍は解体。その数年後に警察予備隊として再設されました。それが今の陸海空自衛隊の始まりです」
「そうか・・・・・」
 前島さんが視線を上げ、水平線上を見つめる。
「おっ、艦隊の帰投のようだな」
 前島さんが言った。
「あ!確かにそうですね!」
 水平線上に見えたゴマ粒のような点々がだんだん大きくなり、艦の形も識別できるようになった。

 ゴォォォォォォォ・・・・・・

 わたしたちとは違うガスタービンの主機を響かせて呉港内に入港してくる艦。
「陽炎せんぱ~い!」
 真ん中のひときわ大きい艦。その甲板で一人の艦魂が手を振る。
「かが、今日も訓練?忙しいね」
 わたしが声をかけた艦魂。いずも型ヘリコプター搭載護衛艦「かが」の艦魂かがはにっこりと笑って返す。
「仕方ないですよ!それに、あの子たちのためなら時間なんて惜しんでられないです!」
 かがは自分の後ろを見る。
 そこには、さっきわたしたちの頭上を航過していったF-35B戦闘機が駐機されていた。
「ジェット機の運用は慣れないですけど、精進します!あっ!くらま先輩お疲れです!」
 かがの本体である護衛艦「かが」がうちの教官艦隊旗艦である「くらま」とすれ違う。

 ゴォォォォォォォ・・・・・・

「陽炎先輩!お疲れ様です!」
「うちの先代をよろしくお願いします!」
「陽炎先輩!彼氏できたんですね!」
 さらにほかの自衛艦から艦魂たちが声をかけてくる。彼女らの本体である護衛艦「さみだれ」、「いなづま」、「さざなみ」は「かが」を守るように囲んで航行していた。
「『加賀』・・・・・・第一航空艦隊?」
 首をかしげる前島さん。
「違いますよ。第四護衛隊。海上自衛隊では艦はみんな護衛艦なんです」
 わたしはそう言うと、さらに水平線を見た。また一隻の艦影がこちらに向かっている。
「あれは・・・・・・・・・護衛艦じゃないですね」
 石炭炊きのボイラーなのか高い煙突が一本。
「あれは・・・・・」
 昔から見慣れたあの艦姿。その姿を見た瞬間・・・・

 グ~

「あっ!」
 いけないいけない。思わずお腹の虫が鳴いてしまった。
(でも、あの羊羹は・・・・・・・・)
 じゅるり・・・・・・・
 今でもあの料理たちを思い出すとよだれが出てしまう。
「『間宮』・・・・・」
 あの羊羹、また食べたいな・・・・・・・・





















「え!?間宮!」
 わたし―初霜実は永信に言った。
「うん、さっき入港してきた」
 永信が言う。
「この後は横須賀に行くみたいだよ」
 夏芽がヘッドホンを装着しながら言った。
 今回はいつもの作業服じゃなくてわたしたちと同じ制服姿だ。
「そこでわたしたちと合流ってわけね」
 わたしがそう言ったとき・・・・
「あれ?光葉じゃん!」
 夏芽が外を見て叫ぶ。一隻の内火艇が隣に停泊している「天津風」から発進し、『間宮』の方へ向かっていた。
 わたしは携帯を手に取ると、LINE電話を開いた。
「光葉?間宮に用事でもあるの?」
《うん、ちょっとね・・・・・実も来る?》
 光葉が言う。
「どうしようかな・・・・・」
 わたしは永信を見た。
「いいよ。留守の間、この艦は僕が預かるから行ってきな」
 永信がうなずいて言う。
「ありがとう。光葉、わたしも行かせてもらう」
 わたしはそう言うと、電話を切る。
「ごめん、春奈、内火艇を出してもらえるかな?」
「OK」
 わたしはそう言うと、艦橋を出た。



















 タンタンタンタンタンタン・・・・

 わたし―永井光葉が乗った内火艇は小刻みなエンジン音を立てて「間宮」に向かう。
「ふう・・・・・・」
 わたしは息をつくと、内火艇の室内から体を出した。

 タンタンタン・・・・・トトトトトト・・・・・・・・

 舷梯に近づいた内火艇が減速する。
「よいしょっと・・・・・・・・」
 後方に立ってる艇長がカギ付きの棒を舷梯に引っ掛けて寄せた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 わたしは艇長にお礼を言うと、舷梯に降り立つ。
「お疲れ、光葉」
 舷梯にはすでに、肩に届くほどの長さの髪をツインテールにまとめた女子が待っていた。
「実ちゃん。そちらこそ『陽炎』艦長と第五駆逐隊司令の兼務お疲れさま」
 わたしはその子―初霜実に手を振る。
「で、どうしてこの艦に?」
「まあまあ、ついてきてよ」
 実ちゃんが言うのに答え、わたしは舷梯を上った。
「こんにちは。見学に参りました呉開陽高等学校一年生。駆逐艦『天津風』艦長の永井光葉です」
 上り切ったところで立っている舷門当直の隊員さんに声をかける。
「はっ!艦長からあらかじめ伺っております。どうぞお通りください」
「こちらの子は連れです。一緒に入ってもいいですか?」
「はい。どうぞ」
 隊員さんがわたしたちを艦内に通す。
「行くよ。実ちゃん」
 わたしはそう言うと、給糧艦「間宮」に足を踏み入れた。




















「これが、給糧艦『間宮』・・・・・・」
 わたし―初霜実は周りを見回して言う。
 給糧艦「間宮」。帝国海軍では珍しく、人名が由来の艦名を持つ艦・・・・・正確には人名由来の海峡名が由来だけど。
 見たところはいたって普通の戦前製造の貨物船・・・・・・艦の前後にある十四センチ単装砲と艦体が軍艦色に塗られてることを除いて。
「こっち」
 光葉はそのまま艦内に入ると思いきや、右折して艦尾の方へ向かう。
「こっちって・・・・・後部砲の方向じゃない」
「最初からそっちが目的なの」
 光葉はわたしに言うと、どんどん後部主砲に向かって進んでいく。
「ちょっと、置いて行かないでよ!」
 どんどん先を行く光葉を小走りに追いかけ、後部主砲に向かった。
「ここ」
 光葉が主砲の前で足を止める。
「ここがわたしの目的地。わたしのご先祖様の配属場所」
 光葉が首にいつもかけている鎖を手繰り寄せた。その鎖の先には、金メッキが施された・・・・
(十字架・・・・・?)
 光葉がこっちを向く。
「ごめん、ちょっと変かな?」
「ううん」
 わたしは首を横に振る。
「うちは昔からキリシタンなんだ。たぶん、明治の初め頃かな?宗派はカトリック」
 光葉がそう言って笑う。手に持っているカバンから一枚の額に入った写真を取り出した。
「この人。わたしのひいおじいちゃんに当たるのかな?永井宜民ながいのぶたみ中尉」
 光葉はそう言うと、砲周りを清掃し始めた。
「でも、清掃する必要ないほどきれいに保たれてる・・・・さすが日本国自衛隊」
 光葉が雑巾を持って主砲から降りてくる。そして、軍手を外した。
「さて・・・・と」
 手に抱えていた白百合と菊の花を主砲の前に手向けた。
 お祈りするときのように指を組み、首を垂れる。
 しばらくして眼を開けると、立ち上がった。
「菊の花はひいおじいちゃんが好きだった花なの。『いつか菊花紋をつけた艦に乗ってやる』って生前はよく言ってたらしいね」
 わたしは、さっきから気になってたことを口に出す。
「あのさ、光葉・・・・・・」
「なに?」
 光葉が首をかしげる。
「さっきから、その光葉のひいおじいちゃん?そっくりな方がわたしたちの後ろにいるんだけど・・・・・・」
 光葉がわたしの後ろを見て言った。
「ああ、それ幽霊。ひいおじいちゃんのね」
「ふ~ん」
 わたしたちは花を回収し、舷梯に向かおうとする。
「待て待て待てーい!」
 幽霊が叫んだ。
 わたしと光葉は幽霊のほうを見る。
「なんですか?今忙しいんですけど」
「『何ですか』やないやろ!幽霊やで。もっと驚かんのかい!?」
 幽霊は関西弁で一気にまくしたてる。帝国海軍の第二種軍装を身に着けているものの、まるでお笑い芸人の様な話し方だ。
「いえ、別に」
 わたしが答える。
(って言うか・・・・・)
 艦魂や幽霊の類は見慣れてるから大して反応する必要もないって言いますか・・・・・・・・
「ちょとちょっと、『幽霊の類が当たり前の生活』ってなんやねん!?」
 さすが関西人(なのかな?)。ツッコミが早い。
「うちの家計は代々大阪だから、関西人だよ」
 光葉がすかさず教えてくれる。そして、幽霊のほうを見た。
「この人がわたしのひいおじいちゃん、永井宜民中尉。確か『間宮』の沈没時に艦と運命を共にしたはず」
 へぇ~
「で、なんでこk・・・・」
「知らんわ!」
 わたしが言い終わるより早く宜民中尉がツッコミを入れる。
「俺だってなんでここにいるのか知りたいわぁ。死んだら靖国に行く予定だったのに、目覚めたら桜咲く九段じゃなくてなぜか『間宮』におったんやもん」
 宜民中尉が大きくため息をついた。
「はあ、しかも今が戦争から九十年後で元号は昭和じゃないらしいし・・・・・・ほんま何が何だかわからんわぁ」
 宜民中尉が頭を抱える。
「まあ・・・・・・・」
 光葉が口を開いた。
「今のひいじいちゃんが幸せなら、OKです」
 右手の親指を立てる。
「それ、皇族の方の結婚の時のアレじゃん」
「でも、幸せならOKです」
 光葉はもう一度サムズアップ。
「もう・・・・・・」
 光葉は普段から無口なだけに、何考えてるかわからないとこがある。そして・・・・・
(突飛な行動や言動をするんだよね・・・・・・・・)
 わたしは心の中でため息をつく。その瞬間・・・・・・・
「はぁぁぁっ!」

 ザン!

 甲高い女性の声とともに、白刃がわたしたちと宜民中尉の間を通り過ぎる。
『!!』

 ジャギッ!

 わたしと光葉は腰に下げていた軍刀を鞘ごと前に出すと、柄を右手で掴んでいつでも抜刀できる態勢に入った。
「宜民中尉!」
 わたしの目の前には、軍刀を抜刀し、第一種軍装を身にまとった艦魂が立っていた。その手に握られた軍刀の切っ先は宜民中尉に向けられている。
「なんでわたし以外の女性と話してるんですかぁ?」
「ま、間宮・・・・・・これはちゃう。ちゃうんや・・・・・・」
 宜民中尉の言葉からすると、この子が給糧艦「間宮」の艦魂みたいだ。
「では、この女どもは何なんですか?」
 間宮が軍刀でこっちを指す。
「その子らは、俺のひ孫とその友達や。そういう関係じゃないから安心しぃ。まずはその物騒なもんをしまわんかい」
 宜民中尉が軍刀の横腹を指で押す。
「本当に何でもないんですね?」
 間宮が念押しする。
「せや」
「本当に、この女どもとキャッキャウフフしたりしてないんですね?」
「するわけないやろ。俺が好きなのは間宮だけや」
 宜民中尉が首をプルプルと横に振る。
「それなら許します」

 チン!

 間宮が軍刀を鞘に納めた。
「ありがとう!間宮!」
 宜民中尉が間宮を拝む。
「今回だけですからね・・・・・・」
 間宮はそう言うと、ズボンのポケットから何かを取り出した。

 ガチャリ・・・・・・

 間宮が宜民中尉の腕につけたのは・・・・・・手錠。
「ちょっ!何すんねん!」
「これでずっと一緒ですね」
 宜民中尉が声を上げるけど、間宮は知らん顔で手錠の反対側を自分の手首にかける。
「ちょっ!光葉!助けてくれ~」
 叫び声もむなしく・・・・・・
「わたし、知~らないっと」
 光葉はくるっと反対側を向く。
「・・・・・・・」
「実~」
 宜民中尉がライオンに捕まったトムソンガゼルのような目でわたしを見る。
「お幸せに」
 わたしは宜民中尉を生温かい目で見ると、くるりと背を向けた。
「宜民中尉」
 間宮が口を開く。
「ちょっと調教が必要みたいですね」
「え?」
 宜民中尉の声。
「さあ、行きましょう」
「ちょっと待て!何する気や・・・・・・・」
「宜民中尉の部屋はどこでしたっけかね・・・・・・」
 間宮が宜民中尉を引きずっていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!助けてくれぇぇぇぇぇ!」
 宜民中尉の悲鳴を聞きながら、わたしと光葉は舷梯を降りた。
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