アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸

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第三章 激闘の中へ

第十九話 出撃

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 駆逐艦「陽炎」元下士官、兵用食堂にて・・・・・・・
「艦長~!」
 航海科の女子連と一緒に騒いでた愛蘭が叫ぶ。
「なに?」
 わたしがその方向を見た瞬間・・・・・・・

 ガシッ!

 腕をつかまれて輪の中に引きずり込まれた。
「胴上げェ!」
 愛蘭が叫ぶと同時にわたしの体が宙に浮く。
「ちょっ!いきなり何を!」
『初霜艦長バンザーイ!』
 わたしが制止するのも構わず、再び体が宙に浮く。
「永信ぅ!お前も来い!」
 永信も男子連中に胴上げされていた。
「ちょっと!スカートの中見えるじゃん!」
「どうせスパッツはいてるんだからいいでしょ!」
 わたしが抗議しても、みんなは構わず胴上げを続ける。

 バーン!

「みんな!唐揚げ三皿到着だよ!」
 ドアが開き、風華たち主計兵が大皿を抱えて入ってきた。
『ヒヤッハー!』
 わたしと永信を胴上げしていた全員が唐揚げに向かって突撃する。
「はいっ!好きなだけ食べな!」
 風華がテーブルに置いた唐揚げをむさぼる乗員たち。わたしと永信は二人取り残されるような形となった。
「みんな元気だね・・・・・・・・」
 永信がしみじみと言う。
「出撃前だからね、気合が入るのも当然よ」
 わたしはそう返答すると、手に持ったサイダーの瓶を開けた。

 プシュッ!

 炭酸が抜ける音。
「あんたも飲む?」
 永信の方に瓶を差し出す。
「いただこうかな」
 永信が空のグラスを差し出した。
「はいはい」
 とくとくとグラスにサイダーを注ぎ、自分のグラスにも注ぎ込む。
「じゃあ、今回の任務の成功を願って」
 永信が言ってグラスを差し出した。
『乾杯』

 チン!

 二人同時に言って杯を合わせ、サイダーを口に含んだ。

 ゴクッ

 シュワシュワとした炭酸の味と甘い砂糖の味をのどに流し込む。
「ふぅ・・・・」
 一息つくと、もたれていた壁から背中を離した。
「少し暑いわね・・・・・・」
 出撃前夜のどんちゃん騒ぎ。その会場である食堂には熱気が立ち込め、気温がどんどん高まっている。
「永信、ここは任せたわよ」
 そう言ってグラスを机に置き、食堂を出た。

 カン、カン・・・・・・・

 舷梯を上り、最上甲板に向かう。

 カチャッ ギィィィィィ

 最上甲板につながるハッチを跳ね上げ、リノリウム張りの甲板を踏みしめる。
「こっちは少し肌寒いわね」
 出撃を前にした夜空は冷たく、澄んでいた。
『♪我は海の子白波の・・・・・』
 ハッチの中から聞こえてくるみんなの声。
「みんな元気だな・・・・・・・・」
 この後の命の保証はないって言うのに・・・・・・・
「いや、そうだからかもしれないよ」
 後ろから聞こえた声。
「永信・・・・・・あっちは?」
「愛蘭に任せてきた」
 永信はそう言って笑うと、さらに言葉を継ぐ。
「この先の命の保証がないからこそ、今を楽しむんじゃないかな・・・・・」
 永信が夜空を見上げる。
「今を一生懸命生きて、死ぬときに後悔しなければそれでいいと思うよ。僕は」
「そう・・・・・・・」
 わたしはそう言うと、顔を伏せる。
「みんないつかは死んでしまう。僕だって死ぬし実だって死ぬ。陽炎だって本体が沈んだり解体されれば死ぬ」
 永信はそう言うと、隣に停泊する「天津風」を見た。
「光葉のご両親も、すでにこの世にはいないそうだ。人は皆いつか死ぬ」
 ニヤリと笑う。
「でも、それは今じゃない」
「そうね」
 わたしがそう言って笑った瞬間・・・・・・
「艦長!副長!大変です!」
 愛蘭が駆けあがってきた。
「どうしたの!?」
「たった今、海賊組織の長と名乗る男が国家の樹立を宣言したようです」
「は!?」
 確かに、中東地域で跋扈している海賊たちは明らかに普通の海賊じゃない。普通ならあってしかるべきの金品の要求がなく、一瞬で沈められていた。
 何かが背後から操っているように・・・・・・・・
(艦だって戦艦やら空母まで持っちゃってるし・・・・・・・・)
「わかった、すぐ行く」
 わたしと永信はラッタルをかけ降りると、食堂内に足を踏み入れた。
「実!永信君!」
 春奈がこっちにスマホの画面を向ける。どうやらテレビに繋いでるらしい。
「これは?」
 永信が訊いた。
「その海賊の長と名乗る男のニュース」
 画面にはひげをたくわえ、スーツを着た男が映っている。
「少し見せて」
 わたしはスマホを借りると、画面に注目した。画面には、「国家元首を名乗る男からのメッセージ」と言うテロップとともに、動画が大写しにされている。
《この男は国家の樹立を宣言し、中東地域ほぼすべてを支配下に入れたと発言しました。この動画の中で男は『ヒトラーの啓示を受けた者』と名乗り、世界全体を支配下に置く帝国を作ると宣言・・・・・・・》
 ニュースキャスターさんが速報の文を読み上げた。
「ったく、何考えてんだ・・・・・?」
「言ってることが分からないな・・・・・」
 乗員たちが口々につぶやく。
 さらにニュースは続いた。
《この動画の発表を受け、アメリカとロシアがいち早く反応。声明を発表しました》
(・・・・・さすが、対応が早い)
《アメリカ合衆国は「これはテロ行為である。我々はテロリストの国を絶対に容認しない」との大統領声明を発表。ロシアは大統領の談話として「この男が指揮する国家が我が国の船舶を撃沈したことはゆるぎのない事実。テロリストはたとえ便所に隠れていようが息の根を止めてやる」と発表しました。そのほかの国も否定的な意見を発表しています》
「ありがと」
 わたしはスマホを切ると、春奈に返した。
「こいつらが我々の敵か・・・・・・・・」
 永信が額に手を当てて言う。
「そうね」
 わたしも言うと、天井を見上げた。
「・・・・・・・」
 みんなの間にも重い空気が漂う。その瞬間・・・・・・
「何みんな黙り込んでるんだい!せっかく作った料理が冷めちゃうじゃないか」
 風華が再び皿を持って入ってくる。
「おぉ!」
 みんながそっちに群がった。
「とりあえず、士気の低下はなさそうで一安心ね」
 わたしはそう言うと、ほほ笑む、
「とりあえず、明日の準備は整えておこうね」
 永信が言った。
「当然よ」
 わたしはそう言うと、壁から背を離した。

















 艦内でのどんちゃん騒ぎの翌日・・・・・・・・
「それでは、行ってまいります!」
 護衛艦「くらま」の艦長室。わたし―初霜実は東郷校長に敬礼する。
「最後の命令です。必ず全員、生きて帰って来なさい!」
 東郷校長はそう言うと、わたしに答礼した、
「承知いたしました」
 わたしは回れ右をすると、艦長室を出る。
 カン、カン・・・・・・・
 舷梯を降り、岸壁に降り立った。
 岸壁を歩き、我が「陽炎」に向かう。
「トランペットは準備できた!?チューバはOKだね!」
 自艦の横では「 Kaiyou Military band」の名札を付けた音楽科のみんなが演奏の準備をしている。
「あ、実じゃん!」
 音楽科のみんなに指示をしていた女子が振り向く。
「舞・・・・・・」
 わたしの幼馴染、小山舞だ。
「これから出撃でしょ?」
「うん」
 わたしがそう言うと、舞は海の方を見る。
「昔はよく一緒にこの海で泳いだよね」
「うん」
「帰ってきたら、また一緒に遊ぼうね」
 舞が笑う。わたしは口を開いた。
「ごめん。帰ってくるときは白木の箱に入ってくると思う」
「え・・・・・?」
「わたし、生きて帰ってくるつもりはないから」
「・・・・・・・」
 舞は黙ると、自分の腰に手を伸ばした。

 カチャリ・・・・・・

 拳銃嚢から南部式拳銃を取り出し、両手に捧げ持つ。そして、わたしに差し出した。
「実にこれを貸すよ。帰ってきたら返して」
「いいの?校則で佩用が定められてるのに?」
「大丈夫。もう一つ予備品があるから」
 舞はそう言ってわたしの手に拳銃を押し付けた。
「わかった。必ず返すよ。たとえこの身が滅びても・・・・・・」
 そう言ったわたしの唇を舞が人差し指で押さえる。
「そんなこと言っちゃダメ。実の手から直接返してもらいたいの」
 舞がそう言って、拳銃から手を放す。
「・・・・・・・」
 そのままわたしに背を向けると、音楽科の方に向かった。
(困ったなぁ・・・・・)
 わたしはそう心の中でつぶやくと、頭の後ろを掻いた。
(これじゃあ生きて帰るしかなくなるじゃん・・・・・・・・)
 わたしは受け取った南部式拳銃をポケットに入れると、その場を離れた。

 カン、カン・・・・・・・

 舷梯を上り、最上甲板前方に向かう。

 ザッ!

 最上甲板に整列した乗員たちが敬礼する。
「うむ」
 わたしはそれに答礼すると、艦首に立っている永信の横に立った。
「それでは、艦長より訓示をいただきます」
 永信がそう言って、わたしを見る。
 わたしはコクリとうなずくと、乗員たちの前に立った。

 ザッ!

 みんなが敬礼する。わたしも敬礼を返すと、口を開いた。
「この艦は、今、戦う艦になろうとしている。十二・七センチの主砲、六十一センチの魚雷を装備し、敵を撃滅する駆逐艦デストロイヤーに」
 わたしはみんなを見た。
「この艦が活躍できるか、何もできずに沈むかは皆さんの活躍にかかっています。これまで内地で切磋琢磨した成果を存分に発揮していただきたい」
 乗員たちがうなずく。
「ただし、これだけは肝に銘じていただきたい。我々は正義の軍などではない。『自分たちが正義だ』などとは絶対に思うな。人間は、正義という錦の御旗があれば、どこまでも残酷になれる生き物だ」
 乗員たちを見回した。
「もう一度言います。自分たちを正義の軍だと思うな。これは命令です」
 乗員たちがこちらを見る。
「これで、訓示は終わりです。乗員各位、自らの責務を果たしてください」
 そう言って敬礼。

 ザッ!

 みんなが答礼した。
 わたしは永信の横に向かうと、目で合図する。
「総員、別れ!」
 永信の命令とともに、乗員たちが分かれてそれぞれの持ち場に向かった。

 ゴォォォォォォォ・・・・・

 出港に備えてボイラーの音が大きくなり、煙突から立ち上る煙も太くなる。
「夏芽!しっかりやるんだぞ!」
「乙羽~!元気で帰ってくるんだよ~」
 岸壁に立つみんなのご両親がそれぞれの艦に向かって手を振る。
「妹たちをよろしくね!」
「大丈夫大丈夫!わたしの愛銃の管理を頼んだよ!」
 乗員たちも手を振り返し、艦内に入っていく。
「・・・・・・・」
 わたしはお姉ちゃんが岸壁にいないのを確かめると、艦橋に向かった。
「よしっ!」
 制帽を深く被りなおし、顎ひもをかける。
「総員艦内状況を知らせ!」
 インカムに向かって言った。
《機関準備完了!いつでも出港できるよ!》
《航海科、総員配置完了。出港準備よし!》
《砲術科・・・・・・・》
 全員からの報告が返ってくるのを確認し、わたしは口を開く。
「出港用意~!」
「出港用意~!」
 後ろに立つ永信が伝声管に復唱した。
 艦橋の後ろに立っているメインマストに「出港用意」の信号旗が揚がる。

 グァァァァァァァァ・・・・・

 ゴォォォォォォォ・・・・・・

 各艦の煙突から太い煙が立ち上り始めた。

 スルスルスル・・・・・・

 港内の施設、自衛隊基地に停泊中の自衛艦たち、さらには呉港に在泊中の艦船のメインマストに「UW」の信号旗が掲げられる。
「返答しなさい」
 こちら側も「UW1」の信号旗でそれに答えた。
「錨鎖詰め方」
「錨鎖詰め方~」

 ガラガラガラ・・・・・・・・

 わたしの指示があり、艦首の錨が引き上げられる。
「見張り員、港内の様子は!?」
「港内の艦船は全て停泊中。ただいま自衛艦一隻が入港する模様です」
「了解」
 窓際の専用ラックにかけられたタブレット端末を見ると、「JMSDF MAYA」と書かれたフリップがこちら側に移動しているのが見えた。
「これは・・・・・護衛艦『まや』。艦番号DDG―179か。艦長は初霜日向一等海佐。実のお父さんだね」
 永信がぼそぼそとつぶやく。
「え!?実ってお父さんも艦乗りだったの・・・・?」
 夏芽がエンジンテレグラフから手を放してわたしに訊く。
「うん、あまり顔を合わせることはないし、仲もよくないけど・・・・・」
「そうなんですか。理由が気になりますねぇ」
「ちょっとイロイロ・・・・・ね」
 訳は「察しろ」。と心でつぶやいた時だった。
「実のお父さんは実が艦乗りになることに反対だったんだよ」
 この永信~!!それは言うなって言ってるのに!
「ほう。これはこれは・・・・・・」
 夏芽がニヤリと笑う。
 わたしはその夏芽をスルーし、「まや」を見る。
(横須賀からここまで何しに来たんだろう?練習航海?)
 そんなことを考えてる間・・・・・

 チカッ!チカッ!

 護衛艦「まや」の艦橋から発光信号が放たれる。
「『貴隊の作戦成功と貴艦のご安航を祈る』ね・・・・・」
 そしてさらに「まや」から発光信号が放たれた。
 ・-・・ ・・ ・-・-・ -・・・ ・・ ーーーがんばれ
「!!」
 わたしは「まや」が一番よく見える方に移動すると、窓を開けた。

 ボーーーーーー!

 護衛艦「まや」の汽笛が鳴る。
「お父さん!」
 艦橋のガラス窓越しに、こちらに敬礼するお父さんが見えた。
「・・・・・・・」
 わたしも敬礼を返す。

 ゴォォォォォォォ・・・・

 お父さんの乗る「まや」は回頭し、自衛隊基地の方に向かった。
「それでは、艦隊の出港です」
 岸壁から声が聞こえる。音楽科が演奏を始めた。
「この曲は・・・・・・・」
 戦艦「大和」をモチーフにしたアニメの主題歌・・・・
「『必ずここへ帰ってくる』か・・・・・・」
 永信が歌詞の一節をつぶやく。
 岸壁のほうを見ると、舞がこっちを向いた。
「舞・・・・・・」
 舞がうなずく。
「必ず、帰ってきなよ」
 そんな思いが、舞の視線に込められてるような気がした。
(ありがとう・・・・・)
 わたしは制帽を深く被ると、右手を前に振り下ろす。
「出港!」
「出港~!」

 パパパパー パパパパー パパパパーパパッパパー!

 永信の復唱の声と出港のラッパが響いた。
「両舷前進微速」
「両舷前進微速~!」

 チン!

 エンジンテレグラフが甲高い音を立てる。

 グォォォォォォォォォォ・・・・・・

 主機がうなりを上げた。
「取り舵二十度!」
「とりかーじ二十度!」
 わたしが伝声管に叫ぶと、一階下の操舵室の春奈が復唱しつつ舵輪を回す。

 グォォォォォォォォォォ・・・・・

 グァァァァァァァァ・・・・・・

 駆逐艦たちの蒸気タービンの音。

 ドドドドドドドドドド・・・・・・・・

 潜水艦たちの排気管からディーゼルエンジンの黒煙が吐き出された。
「帽振れ~!」
 甲板に立った乗員たちが陸に向かって帽子を振る。
「頑張れ~!」
「生きて帰れよ~!」
 岸壁でも軍艦旗や国旗の手旗を振って我々を見送った。
「待っててね~!必ず帰るから!」
「留守の間は頼んだよ!」
 乗員たちも帽振れでそれに答える。

 ボーーーーーー!

 乗員千五百七十七人の命を乗せ、呉開陽高校第五駆逐隊および第二潜水隊は呉港を勇躍出港した。

 グォォォォン グォォォン

 主砲と魚雷発射管の試験を行い、異常がないことを確認。
「信号旗下ろせ」
 マストに掲げていた「UW」の信号旗も下ろす。
「両舷第一戦速」
「両舷第一戦速!」

 チンチンチンチンチン!

 エンジンテレグラフが鳴った。

 チカッ!チカッ!

 通信科員が発光信号で僚艦に「第一戦速に増速」と伝える。
「ふぅ・・・・」
 ほっと一息をつくと、前方を見た。艦首の日章旗は航行中は下ろされ、旗竿だけが立っていた。
(今日は天気もいいし、絶好の航海日和ね)
 そんなことを思っていると・・・・
「実さん!」
 陽炎がわたしの横に現れる。
「どうしたの?」
「今日中には横須賀に着けるんですよね?」
「予定だとそうなるわね」
「横須賀に着いたら、一緒に会って欲しい人がいるんですけど、いいですか?」
「いいけど、誰?」
 わたしが訊くと、陽炎はニコッと笑った。
「三笠閣下です」
「え?いいの?」
「もちろんです!永信さんにも一緒に来てもらいますよ」
 陽炎がくるくる回りながら言う。
「永信も?」
「はい。わたしの尊敬する人はみんな三笠閣下に紹介することにしてるんです」
 陽炎が笑って言う。
「それに・・・・・」
「なに?」
「・・・実さんと永信さんは、常に二人で一つじゃないですか。仲間外れにしたら可哀そうかな・・・・・って」
 わたしは心の中で苦笑する。
「そんなに気にしなくていいよ。アイツとは腐れ縁だし」
「ちょっと、実!」
 永信が何か言おうとするけどスルー。
「そうなんですか・・・・・・・」
 陽炎がうつむいた。
「あれ、陽炎さん?」
 わたしが目の前で手を振っても反応なし。

 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・

 陽炎の背後から真っ黒なオーラが立ち上る。
「なっ、何だ・・・・・!?」
 永信が腰の拳銃に手をかけた。
「結局、お二人はわたしのことは嫌いなんですね。こうなったらお二人も道連れに爆沈・・・・・・」
 ブツブツとつぶやく。
「ちょっと陽炎!誰も陽炎が嫌いだなんて言ってないでしょ!お願いだから爆沈はやめて!」
 わたしは陽炎の手を取る。
「わたしも永信も陽炎のことは大好きだから!ねっ?」
 永信を見た。
「あ、ああ・・・・・・・」
 永信がガクガクとうなずく。
 陽炎の放っていたオーラが消える。
「じゃあ、この後業務が終わったら一緒に三笠閣下に会いに行こうね」
 永信が陽炎に語り掛けた。
「はい!」
 陽炎が満面の笑みを浮かべる。
「右舷前方に漁船!」
 レーダー画面を見つめていた琴吹尋ことぶき ひろが叫んだ。
「こちらでも視認!本艦に向かい航行中」
 愛蘭も双眼鏡を覗いて叫ぶ。
「取り舵三十度」
「とりかーじ三十度!」
 わたしが言うと、永信が伝声管に向かって復唱した。
 ぐうっ
 我が艦の艦首が左を向く。
 ザァァァァァ!
 波を蹴立てて漁船とすれ違った。
 小豆島と四国の間を抜け、播磨灘に入る。
「チッ!」
 尋が舌打ちした。
「漁船が多すぎる・・・・・・」
「播磨灘だから、仕方ないわよ」
 わたしはそう言うと、前方を走り回る漁船を見る。
「ここはタイの好漁場だし」
 漁船は船上から釣り糸を垂らし、タイを釣っているみたいだった。
「面舵十度!」
「おもかーじ十度~!」
 縦横無尽に駆け回る漁船をよけるように舵を切り、明石海峡の方へと向かう。
「取り舵四十度!」
「とりかーじ四十度!」

 ボーーーーーー!

 汽笛で注意喚起も行いつつ、進路を頻繁に変更して漁船をよける。
 漁船の方でも大型艦の接近に進路を変更し、道を譲った。


















 ヴァラララララ・・・・・・・・!

 前方でうなる空冷星型エンジンの音。

 ゴォォォォォォォ!

 耳元でうなる風。
「ハァ、ハァ・・・・・・・」
 愛機WACOの機上、わたし―初霜和子は乱れた呼吸を落ち着けるために一度深呼吸した。
「間に合ったかな?」
 眼下に広がる海を見る。
 少し遠くに見える煙に機体を寄せた。
「あ・・・・・!」
 眼下に、何隻かの駆逐艦が見えた。

 ゴゥンゴゥン・・・・・

 主機の音も高らかに、初霜艦隊が播磨灘を征く。
「がんばれ」
 わたしはそう呟くと。操縦桿に手をかけた。

 くいっ、くいっ

 翼を二回振ってあいさつ。航空時計を見る。
「あっ!そろそろ帰らないと、館長に怒られる!」
  わたしはフットバーを踏み込んで機体の向きを変えると、スロットルを開いた。













「お姉ちゃん・・・・・・ありがとう」
 わたし―初霜実は上空から飛び去るWACOに敬礼すると、前方の海を見つめた。
「まったく、漁船が多いわね・・・・・・」
 海面には多くの漁船が航行し、なかにはZ旗を上げて網漁をしてる船もいた。
「この辺はまだマシだよ。みんなよけてくれるし」
 尋が言う。
「質が悪いのはボートやヨット、カヌーに乗ってやってくる自称平和団体。でもこいつらは現れる日がだいたい予測できるから何とかなる」
 毒を吐きまくった。
「一番厄介なのは港内を海水浴場の一部みたいに考えてるパリピども。水上バイクは船に比べてチョコマカ動くからレーダーでも追うのは大変だし、正直言ってあの大きさはレーダーでも捉えられるか怪しいとこだ」
 尋はそう言うと、レーダー画面を見つめる。
「右舷前方に漁船一!」
「面舵三十度!」
 愛蘭が叫び、わたしが指示を出した。
「おもかーじ三十度!」
 春奈が舵輪を回す。最初のころは羅針盤を見ながらの転舵だったけど、今では体が覚えてる感覚で正確に転舵できる。

 ぐぅっ

 右に回頭した「陽炎」に続き、「島風」、「天津風」、「白露」、「時雨」、「夕立」も回頭。潜水艦「伊―58」、「伊―168」、「伊―26」、「伊―8」も続いた。
「両舷第三戦速!」
「両舷第三戦速~!」

 チンチンチン!

 エンジンテレグラフが鳴り響き、二十四ノットに増速した艦隊は明石海峡を抜けて播磨灘を出る。

 グォォォォォォォォォォ・・・・・

 各艦の主機が鳴り響いた。



















「両舷第三戦速」
《両舷第三戦速!》
 わたし―喜多川由良はインカムに向かって言うと、ほっと一息ついた。
「暑い・・・・・・・」
 ここは「伊号第58潜水艦」艦橋の下にある司令塔。艦内全体に熱気が立ち込めている。
 エンジンの熱、乗員たちの体温、ポンプの熱とその他諸々が密閉空間である艦内に満ち、艦内温度は艦外温度の何倍にもなっていた。
「暑~」
 全員がつなぎの上半身を脱ぎ、上半身は半そでTシャツだけになって作業に当たっている。
「今は浮上航行中で換気ができるからいいものの・・・・・・」
 潜航中は本当に熱の逃げ場がないから暑いのなんの・・・・・・これマジの話。
「暑い!」
 司令室に詰めていた航海長の姶良百合が叫ぶ。
「全裸タイム!」
「こら!脱ぐな!」
 Tシャツとつなぎも脱ぎ捨てようとするのを他の乗員たちが抑えた。
「だって暑いじゃないですか~!潜水艦は乗員全員同じ性別で統一されてるんですし~!」
 そう言いつつ脱ごうとする百合の頭をパシッとはたく。
「こら!全裸で作業なんてイロイロ危険すぎるでしょ?他の艦から男の人が顔出す機会もあるんだし」
「は~い」
 百合が渋々Tシャツを着た。
「あんたは本当にすぐ脱ぎたがるんだから・・・・・・」
 わたしは大きくため息をつく。その時、わたしの肩をたたく者がいた。
「ん?」
 後ろを振り向くと、副長の比嘉美幸の顔が見える。
「艦長、交代」
 美幸が上を指さした。
「OK」
 わたしはうなずくと、立ち上がった。

 カン、カン・・・・・・・

 梯子を上って艦橋に出る。
「お疲れさま」
「お疲れさん~」
 わたしが軽く手を挙げると、先に艦橋に出ていた二人が双眼鏡を覗いて言った。
「・・・・・・・」
 後方を見て僚艦たちがついてきてるのを確認。
「・・・・」
 前方を見ると、今回麾下に入る駆逐艦隊が見えた。

 ザァァァァァ・・・・・・・・・

 ドルルルルルルルル・・・・・・・・・

 潮騒の音と機関のエンジン音が耳に心地いい。
「とりあえず、無事にラ・スペツィアにつくことが最大目標だね~」
 わたしはひとり呟くと、遠くに見える水平線を眺めた。















 ガチャッ、キィィィィ

 わたし―初霜実は永信と操艦を交代すると、艦長室に入る。
「あ、実さん~」
 床に寝そべってマンガを読んでる陽炎が顔を上げた。
「陽炎。ここはアンタの私室じゃないよ」
「だってここ快適なんですもん」
 わたしが言うと、陽炎は山積みにされたマンガを手に取りながら言う。
「それに、わたしにはベッドはないですし」
 陽炎の下には煎餅布団がきっちりとしかれていた。
「はいはい。これからスカイプ使うから静かにしてね」
「はいはーい」
 陽炎がマンガから顔を上げずに言う。
「よいしょっと」
 わたしは机の前に腰かけると、パソコンを起動した。

 カチカチッ

 スカイプを起動し、連絡先一覧の中から通話相手を選ぶ。
 しばらくして・・・・
 画面に別の部屋とそこに座る少女が映し出された。
《Guten Morgen minori.》
 少女―戦艦「ティルピッツ」艦長のクラウディア・リュッチェンスが軽く手を挙げて言う。
「Guten morgen Lütjens.」
 わたしもそう言うと、軽く微笑んだ。
《わざわざわたしと話すためだけにドイツ語覚えてくれてるなんて、ありがとね》
 リュッチェンスが流ちょうな日本語で言う。
《で、今回は何の用?》
「実はね。リュッチェンスに折り入って頼みがあるんだ」
《なに?》
 わたしは一枚の写真を取り出した。
「この人について調べてほしいの」
 その写真には、わたしと瓜二つな少女の姿。
《これは?》
 リュッチェンスが首をかしげる。
「リュッチェンス、あのテロ組織の長の動画は見た?」
《見たよ。確か『大アッシリア帝国』だっけ?》
「そう。わたしたちもいろいろその大アッシリア帝国について調べてみたのよ。アイツら自分の力を誇示したいのか積極的に動画をYouTubeにあげてるし」
《ほうほう・・・・・・・》
「この女はおそらくテロ組織の構成員。艦艇の出ている動画にいたから海上部隊の可能性が高いわ。それで・・・・・・」
 わたしは一旦言葉を区切る。
「リュッチェンスはよくマフィアを捕まえて警察に突き出してるでしょ?」
《うん》
 リュッチェンスがうなずいた。
「だから、その筋で調べてほしいの。こういうテロリストどもの資金はヤクザやマフィアから出てることも多いし」
 リュッチェンスが少し考えて言う。
《OK.少し心当たりがあるから、そこを当たってみる》
「ありがとう。こっちでも調べてみるよ」
 わたしはそう言うと、スカイプを終了させた。

















 実とリュッチェンスが会話していたそのころ、イタリア南部ラ・スペツィア軍港にて・・・・・・・・


「艦長!」
 通信士が血相を変えて艦橋に駆け込んでくる。
「どうした!?」
 わたし―空母「信濃」艦長の浜川澪は即座にそちらを向いた。
「軍港本部より連絡です!国籍不明機の大編隊がこちらに向かっています!」
「なんだと・・・・!?」
 わたしは即座に艦内の警報ボタンを押した。














 ジャァァァァァァァァン!ジャァァァァァァァァン!

 艦内に警報のベルの音が鳴り響く。
「何事だ!?」
 俺―平沼敦はベッドから跳ね起きると、衣服を手早く身に着けた。
《総員配置!総員配置!》
 艦内各所のスピーカーから澪の声が聞こえてくる。
《国籍不明機の大編隊がこちらに向けて接近しつつあり!直掩戦闘機隊および偵察隊は直ちに発艦用意!》

 ジャァァァァァァァァン!ジャァァァァァァァァン!

 またも鳴り響く警報。
《航空機搭乗員は直ちに搭乗員詰め所に集合せよ!》
「行くぞ!」
 俺は同室の搭乗員たちとたたき起こすと、搭乗員詰め所に向かった。
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