アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸

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第三章 激闘の中へ

第二十話 欧州に響く海鷲の凱歌

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緊急発進スクランブル緊急発進スクランブル!偵察隊および直掩戦闘機隊は直ちに発艦せよ!》
 鳴り響く艦内放送。わたし―空母「信濃」戦闘機隊長の夕雲天はフッと短く息を吐き出すと、スロットルと操縦桿に手を置いた。
「近くに敵空母がいる可能性もある!攻撃機隊は対艦兵装を装備して待機!」
「彩雲隊は二機が不明機への触接!他の五機が敵空母の捜索に当たれ!方角はラ・スペツィア軍港から南!」
 整備兵や発艦指揮官たちが大声で叫ぶ。

 ヴァラララララ・・・・・・・・!

 甲板上に並べられた七機の彩雲、十機の烈風のエンジンがうなりを上げた。

 ゴシャァッ!

 カタパルトの音が響き、偵察隊が次々に発艦していく。

 ピッ!

《直掩戦闘機隊、一番機よりカタパルト発艦地点へ移動せよ》
 無線機が鳴り、飛行帽の耳当てから発艦指揮官の声が聞こえた。
「よしっ!」

 バタタタタタタタ・・・・・・・・・

 ゴロゴロゴロ・・・・・・・・

 整備兵たちがわたしの烈風を発艦地点まで押していく。
「ブライドル装着!」
「ホールドバック完了!」
 発艦の準備が着々と整っていった。
「整備はバッチリ!どんだけぶん回しても大丈夫だ!主翼には三式一番二八号爆弾一型を取り付けてあるから重爆相手でも安心しろ!」
 主翼に乗った機付長が大声で言う。
「ありがとう!じゃあ、行ってくるね!」
「おう!死ぬなよ!」
 機付長が機体から降りる。
「ホールドバック解除!車輪止めチョーク外せ!」
 わたしが両手を広げる動作をすると、整備兵たちが車輪止めを外す。
「発艦します!」
 スロットルを開くと、額に当てた手を素早く前に振った。

 ゴシャァッ!

 凄まじい衝撃とともに、機体が艦を離れる。
「ぐッ!」
 わたしは歯を食いしばると、操縦桿を思いっきり引き付けた。同時にフットバーを蹴って左に旋回。

 ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・

 烈風がどんどん高度を上げていく。

 ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・

 ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・

 僚機たちも飛び立ち、わたしと四機編隊を組んだ。
(敵機は・・・・・どこだ・・・?)
 宵闇に目を凝らす。

 ガーーーーー・・・・・

 無線機から雑音が聞こえてきた。
《こちら偵察隊一番機。国籍不明機の編隊確認。下方に十一機の四発機がコンバットボックスを組んでいるのが見える。その上空百メートルほどに単発の護衛戦闘機隊が五十機ほど・・・・・・》
 触接を続けている偵察隊からの報告だ。
《機体の国籍マークは切り裂かれた日の丸・・・・・・敵機だ!大アッシリア機だ!》
「了解!」
 わたしはそう返答すると、さらに上昇した。
《四発機は英国製アブロ・ランカスター。護衛戦闘機はP51ムスタングのD型だ》
 触接を続ける彩雲からは次々に敵の情報が入ってくる。

 ピッ!

「烈風隊各機、ランカスターを狙え!反跳爆撃されると厄介だ!」
 無線機のスイッチを「送」に入れると叫んだ。

 ヴァァァァァン!

 エンジンのうなりを響かせながら、烈風に似てるような似てないような機体がわたしたちの横につく。青白赤の三重丸のラウンデル・・・・・・イギリスのホーカー・シーフューリーだ。

 ピッ!

 シーフューリーから無線が入る。
《どうも、日本の航空隊の皆さん。こちら空母「ヴィクトリアス」戦闘機隊および第二航空任務部隊戦闘機隊長ジュリア・インビシブル大佐。敵の直掩戦闘機は我々に任せろ。お前らは思いっきりランカスターを撃墜れ!》
「協力に感謝する。インビシブル大佐」
 わたしはそう言うと、列機を率いてさらに上昇した。
「あっ!」
 遠くにいくつかの火の玉が見える。敵機の排気管から吐き出される炎だ。
「んんん」
 さらに目を凝らすと、つやありのブラックに塗装された多発機の姿が浮かび上がる。

 ギラッ

 無塗装磨きだしのマスタングの機体が、月明かりに煌めいた。

 くいっ、くいっ

 小刻みに翼を振って僚機とシーフューリーに合図をすると、スロットルを開く。
「敵機発見!インビシブル大佐、護衛戦闘機は頼んだ!」
《うちらに任せな!》

 ヴァァァァァン!

 シーフューリーがスロットル全開でマスタングに挑みかかった。
「わたしたちはランカスターを墜とすよ!」
 各機がバンクを振って答える。

 ヴァラララララ・・・・・・・・!

《おいおい、日英同盟同士だけで仲良くやるな!》
 そう言うと同時に、日本の五式戦に似た機首の戦闘機がわたしたちの隣に並んだ。
《こちらドイツ空母『グラーフ・ツェッペリン』戦闘機隊ヨハン・ガーラント大尉。俺たちもランカスター迎撃に混ぜてもらうぜ!》
「それはそれは心強い。手勢は何機?」
《Fw190-T三十機。どいつもルフトバッフェのエースに劣らない腕前だ》
 ほほう・・・・・・
「ダンケ」
 わたしはそう言うと、さらに機を上昇させる。

 スッ・・・・・・・・

 暗視装置組み込みの特製航空眼鏡を着用した。
「さあ・・・・・・・・」
 暗視装置に映し出された敵機を見る。
「・・・・・狩りの始まりだ」











「奴さんら、今日はずいぶんと大判振る舞いじゃねえか。いつもはモスキート数機なのによ」
 俺―ヨハン・ガーラントはこちらに向けて進んでくる敵機を見ながらつぶやいた。
「全員酸素マスクをつけろ!ランカスターより高い位置に取れ!」
jaヤー!》
 各機が俺に追従する。
 グラーフ・ツェッペリン戦闘隊では各人の愛機にパーソナルマークが描かれている。後方を振り向くと、我が国の戦闘機にしては視界が良い風防から後ろを飛ぶ列機が見える。
(あのマークは、ハンスだな)
 パーソナルマークを確認。ランカスターの前方上に陣取る。

 ヴァラララララ・・・・・・・・!

 日本の航空機たちも俺たちに先行するようにランカスターに近づいていった。
日本人ヤパニッシュに続いて攻撃に入るぞ!敵機は一機たりとも基地へ返すな!」
 俺はそう言うと、攻撃にかかった。








「こちら夕雲一番!敵機上方に到達!各機我に続け!」
 わたし―夕雲天は下方に見える敵機編隊を見ながら叫んだ。

 ヴァァァァァン! ドドドドドッ!

 ランカスターのさらに下では、シーフューリーとマスタングが激しい空戦を繰り広げている。
「我々はランカスターを殺る!三式一番発射用意!」
 各機がおおきく翼を振る。
「一番機より順番に発射する!いいな?」
《了解です!》
 各機が無線で答えた。
 わたしはスロットルに取り付けられた発射ボタンに指を置く。
「夕雲一番!発射!」
 発射と同時にエルロンを使って離脱。僚機に道を開ける。

 シュルルルルルルル・・・・・・・パン!パン!

 飛んでいった三式一番がランカスター隊の真上で炸裂した。

 カン!カン! ボッ!

 ランカスターの一番機のエンジンから炎が噴き出る。
《夕雲二番!発射!》
《夕雲三番!発射!》
 列機も次々に三式一番を発射し、暁の空に閃光が煌めいた。
「ランカスター二機撃墜確実!行くよ!」
 操縦桿を押し込むと、一気に降下に入る。

 ヴァラララララ・・・・・・・・!

 ハー43エンジンが唸りを上げた。
「二機一組で当たれ!ランカスターは防御火力は比較的薄い方だが、ぬかるんじゃないよ!」
 わたしは降下から機体を引き起こしながら、ランカスターのエンジンに狙いを定める。
「よし!」
 照準器の輪の中にランカスターのエンジンを収めた。
「喰らえ!」

 ドドドドドッ!

 四丁の二十ミリ機関銃が火を噴いた。

 ドドドッ!

 二番機の西澤ももう一基のエンジンに二十ミリを叩き込む。

 ボッ!

 わたしたちが通過すると同時にランカスターのエンジンが火を噴いて停止した。
「よし!左翼のみエンジン停止・・・・」
 これじゃあ通常航行すらままならないだろう。
「反復攻撃だ!西澤!」
《はい!》
 操縦桿を引き、スロットルを押し込む。

 グァァァァァァァァ!

 機首が上を向いた。
「これでとどめだ!」

 ドドドッ!

 主翼の付け根に二十ミリ!

 ボッ!

 噴き出した燃料に焼夷弾が当たって燃え上がる。

 ガクッ

 ランカスターは機首を落とすと、最後のダイブに入った。














「行くぞ!日本に遅れを取るな!」
 俺―ヨハン・ガーラントはそう叫ぶと、愛機の操縦桿を押し倒した。
「Terroristen, die die Weltordnung stören(世界の秩序を乱すテロリストどもよ)・・・・・・・」
 照準環の中にランカスターの風防を捉える。
Du bist tot死ね!」
 操縦桿に設けられた引き金を引いた。

 ドドドドドッ!

 二十ミリ機関砲弾が敵機の風防に吸い込まれていく。
 風防ガラスを血で染めたランカスターの機首がガクンと下がった。そのまま墜落していく。
「一機確実撃墜!」
 無電を入れると、ハンスを伴って次の目標に移った。
「次はあいつを殺るぞ!」
 コンバットボックスの最後尾を飛んでいる一機に目をつける。

 ヴァァァァァン!

 エンジン音を響かせて敵機に向かい、正面から向かい合う。

 ババババババッ!

 敵の前部機銃が火を噴いた。
「そんなのが当たるかぁ!」
 機体を横転させて機銃弾をかわし、エンジンに狙いを定める。
「Fire!!」

 ドドドドドッ!

 機関砲弾を思いっきり叩き込んで上に離脱。

 ドドドッ!

 他の機も次々にランカスターを血祭りにあげた。
《隊長!後ろにムスタングです!》
 ハンスからの無電。
「こなくそ!」
 操縦桿を左に倒して横転。一気に宙返りに入る。
「よしっ!」
 照準環にマスタングを収めた。
「喰らえ!」

 ドドドッ!

 曳光弾が光の尾を引いてマスタングの丸い風防に吸い込まれる。

 ドドドッ!

 ハンスも、また別のムスタングを血祭りにあげた。
「爆撃を許すな!」
 俺はそう叫ぶと、さらに別のランカスターめがけてダイブに入った。



















《主砲発射用意!弾種三式》
 インカムから聞こえてくる砲術長の声。
「主砲発射用意、弾種三式」
 俺―戦艦「長門」砲術士の蘂取凛はそう復唱すると目の前のファインダーを覗き込んだ。
「・・・・」
 全ての感覚をファインダーを覗く目とハンドルを握る指先に集中させる。
(アイツか・・・・・・・・・)
 ファインダーの奥に見える四発機を見た。

 クルクルクル・・・・・・・・

 手元のハンドルを回して照準環を敵機編隊に合わせる。このデータはここ、方位盤射撃室からさらに別のところへ伝達され、処理が行われいてるはずだ。

 グォォォォォォォォォォ

 俺たちの照準に合わせて水圧式動力が作動し、主砲が敵機編隊を指向する。
《主砲、撃ち方用意!》
「撃ち方用意!」

 ブーーーーーー!

 砲術長が甲板上の乗員への退避合図のブザーを鳴らした。
《撃ち方始め!》
 よし来た!
「撃ち―方―始め―!」
 俺はそう復唱すると、引き金に指をかける。
――――ッ!」

 ドガァァン!

 一番砲塔の二門の四十センチ砲が火を噴いた。

 ドガァァン! ドガァァン!

 二番、三番、四番砲塔も次々に主砲を発射する。

 ヒュルルルルルル・・・・・・・パン!パン!

 三式弾が空中で炸裂し、焼夷弾子をばらまく。
「よし・・・・・ドンピシャ!」
 敵機のうちの何機かが火を噴いて墜ちていった。















「次弾用意急げ!」
「銃身に水をぶっかけろ!このままじゃ焼けるぞ!」

 ザバァッ! ジュゥゥゥゥゥ・・・・・・・

 戦艦「長門」最上甲板。二十五ミリ三連装機銃に水がかけられる。
「右だ!」
 わたし―戦艦「長門」機銃手の三原由紀は相棒の雪風春に言うと、手元のハンドルを回した。

 ギィィィィィ・・・・・・

 わたしたちが座る銃座ごと機銃が右に動き、春のハンドル操作によって銃身が敵機を指向する。

 ヴァラララララ・・・・・・・・!

 敵機がエンジン音をうならせて低空飛行してくる。
「反跳爆撃するつもりか・・・・!」
「絶対に排除するよ」
 春が照準器に敵機を収める。
っ!」

 ガキッ! ズダダダダダダ!

 発射ペダルを踏むと同時にすさまじい音が鳴り響き、機銃弾が発射された。
「交換急げ!」
 ガチャッ、ガチャッ
 銃身の弾倉が次々に取り換えられていく。

――――!」

 シューーーー!

 空母「信濃」の対空噴進砲も上空の敵機に牙を剥いた。

 ドン!ドン!

 高角砲も次々に火を噴く。

 ババババババッ!

 近くに停泊している米戦艦「ミズーリ」のCIWSが火を噴いた。

 ボッ!

 ランカスターが一機、火を噴いて墜ちる。
「よし!一機確実共同撃墜!」
「次!左だ!」
 はしゃぐ春に短く言うと、ハンドルを回した。

 ドドドドドッ!

 反跳爆撃をかけようとしたランカスターが戦闘機の攻撃を受けて海面に突っ込む。
「いいぞ!もっとやれ!」
 甲板上の乗員たちが歓声を上げた。
「わたしたちも負けないよ!」

 ガキッ! ズダダダダダダ!

 再び響く銃声。

 ガチャッ!ガチャッ!

 次々に取り換えられる弾倉。

 バシャァ!ジュゥゥゥゥゥ・・・・・・・

 焼けつきそうな銃身に水をぶっかけて強制冷却!
「頑張れ、頑張れ・・・・・・・・」
 機銃を励ましながら射撃を続ける。
「撃て!とにかく撃つんだ!」

 ズダダダダダダ!

 ドン!ドン!

 高角砲と対空機銃が次々に火を噴く。

 ブーーーーーー!

 ブザーが鳴った。
「退避―――――――!」
 一斉に艦内に駆け込む。

 ドガァァン!

 主砲が三式弾を発射した。










「敵機一機撃墜!」
「よくやった!」
 双眼鏡を覗いて叫ぶ見張り員。
 わたし―戦艦「長門」艦長兼生徒艦隊司令長官の三国はつみはそう返答すると、更なる指示に移った。
「撃――――!」

 ドガァァン!

 主砲が火を噴く。その瞬間・・・・・・
「長官!反対側からもう一機の火を噴いたランカスターが!」
 見張り員が叫ぶ。
「なんだと!」
 次の瞬間・・・・・・

 ガキッ!

 ランカスターの爆弾槽から爆弾が投下される。

 ドン!

 爆弾を投下した瞬間、ランカスターは高角砲で撃墜された。

 ヒュルルルルルル・・・・・・・

 風を切って落下する爆弾。
「避けられません!命中します!」
 見張り員が叫ぶ。
「くっ!総員衝撃に備え!」
 そう叫んだ瞬間、爆弾が第一砲塔に着弾した。

 ズガァァァン!

 凄まじい爆発音が響く。
「第一砲塔に注水!誘爆を防げ!」
「第一砲塔に注水~!」
 ポンプが作動し、第一砲塔内部に海水が注入される。
 十二月一日午前三時三十分、戦艦「長門」は砲戦能力を喪失した。
















「ああ・・・・・・・・・」
 わたし―夕雲天は第一主砲に大穴が開いた戦艦を見下ろしていった。
「『長門』・・・・・・・・」
 我が生徒艦隊旗艦でありかつては「日本の誇り」とも謳われた戦艦「長門」は無残にも敵機の爆弾により第一砲塔が破壊され、砲戦能力を喪失していた。
「・・・・・・・」
 先ほど高角砲で撃墜されたのが最後のランカスターだったようで、今この上空を飛んでいるのは数機のマスタングだけだ。
「奴らを生きて返すな!『長門』の弔い合戦よ!」
 わたしはそう叫ぶと、列機たちを伴ってマスタングにダイブする。

 グァァァァァァァァ!

 僚機たちもわたしに続いた。
「このクソどもめ!」

 ドドドドドッ!

 マスタングの主翼に二十ミリを叩き込んで離脱。

 グァァァァァァァァ!

 一機のマスタングに後ろにつかれた!
「厳島!行くよ!」
 ロッテを組む厳島に無線で言うと、操縦桿を倒して敵機の射線から逃れる。

 ドドドドドッ!

 わたしが機体を傾けると同時に、厳島が機銃を発射した。

 カン!バキッ!

 マスタングがエンジンから黒煙を噴き出して墜ちていく。
「ん?」
 残りのマスタングたちが機首を翻していくのが見えた。
「燃料切れね・・・・・・・・一気に片付けるよ!」
 思いっきりスロットルを開く。

 ヴァァァァァン!

 ハー43エンジンが唸りを上げた。

 ヴァラララララ・・・・・・・・!

 すぐ近くまで来ていたガーラント隊のBMW801エンジンも唸る。
 敵機の群れが見えた。
(距離一千、八百、七百・・・・・・・)
 目測で敵機との距離を測ってどんどん近づく。それにしても、戦場で後方確認を怠るとはマヌケな敵ね。
(五百、四百、三百、二百・・・・・今だ!)
「撃て!」

 ドドドドドッ!

 わたしの指示で各機が射撃を開始する。

 バキッ!

 マスタングの主翼が吹き飛んだ。
《こっちだって負けてられないな》
 無線が入る。横を見ると、横っ腹に某夢の国のネズミを描いたFw190が飛行していた。
「ガーラント大尉。ご協力に感謝する」
《待って待って。わたしたちも混ぜてよね》
 インビシブル大佐が率いるシーフューリーも我々に続いた。
 こちら側は烈風、Fw190、シーフューリー合わせて五十九機。対する敵はマスタングが三十機。

 ダダダダダダダ!

 ヴァァァァァン!!ドドドドドッ!

 袋叩き状態にされたマスタングが一機、また一機と落ちていく。相手には悪いが、これが戦争だ。
「・・・・・ん?」
 マスタングの最後の一機が主脚を下ろすのが見えた。

 くいっくいっ

 翼を大きく振る。
「攻撃やめ!」
 わたしはそう言うと、そのマスタングに機体を寄せた。
 さらさらと足に装着した記録版に文字を書き、風防を開けて相手に見せる。相手もまた風防を開け、こちら側に向かって白いハンカチを振っていた。
“Dispose of your weapons and drop tanks.(携行している武器と増槽を投棄せよ)”
 相手がうなずき、コックピットから拳銃とナイフを放り出すのが見えた。

 ガコン!

 両翼に吊り下げていた増槽も切り離され、ガソリンの白い尾を引いて落ちていく。
“Follow me and fly. Shoot down any suspicious movement.(我に続いて飛行せよ。少しでも不審な動きがあれば撃墜する。)”
 それを見せると同時に、烈風隊が上、シーフューリーが周り、Fw190が下をがっちりと固め、敵機が逃げられないようにした。
「うん・・・・・・・」
 わたしはマスタングを近隣のイタリア空軍ピサ航空基地に導く。
 再び記録盤に文字を書いて相手に見せた。
“Follow on your own and land.(我の後に続き着陸せよ)”
 すでに鹵獲のことは伝えておいたから、隣接するピサ空港からは完全に民間人が排除され、滑走路脇には武装した兵士と何基もの高角砲と対空機銃が用意されていた。

 カチッ、カチッ

 手元の油圧スイッチを操作して主脚を出す。

 ヴァラララララ・・・・・・・・カシャッ

 スロットルを絞ると同時に操縦桿を引き、海軍式三点着陸を決めた。

 バタタタタタ・・・・・・・・

 マスタングもわたしに続いて着陸した。
 着陸して駐機場まで機体を転がしてエンジンを切ると、わたしは烈風から一気に飛び降りた。

 ガチャッ!

 腰のベルトに挟んでいた南部式拳銃を取り出し、滑走路上に停止したマスタングに向ける。
「Get off the aircraft without having a weapon!(武器を持たずに機体から降りろ!)」
 そう叫ぶと、ゆらりと操縦席から立ち上がる人影。
「Raise both hands straight up!(両手をまっすぐ上にあげろ!)」
 そう言うと、搭乗員は両手を上げて武器を持っていないことを示した。

 タン!

 地上に降り立った搭乗員。

 ジャギッ!

 すぐさま機関銃を構えた空軍兵に取り囲まれた。
「Remove the flying cap and goggles.(飛行帽と航空眼鏡を外せ)」
 わたしはさらに指示を出す。

 バサッ!

 相手が飛行帽とゴーグルを外すと、その下から長めの髪があふれた。
「女・・・・・?」
「まったく、手荒いお出迎えね」
 両手を上げたままその女が言う。妖艶な声だ。
「そちらから攻撃を仕掛けてきて何を言う!」
 わたしが言うと、女は「なにを言ってるんだか」とでも言いたげな表情をした。
「我々の領海を犯したのはそっちよ。インド洋のヨーロッパ側入り口からスエズ運河と喜望峰まではすでに我々、大アッシリアの領域よ」
「それはアンタらの言い分でしょ!?国際社会はお前たちを絶対に容認しない」
 わたしは拳銃の安全装置に指をかける。
「あらあら、いいの?すごい情報を持っているのに」
「なんですって・・・・?」
 わたしは南部式拳銃を構えた右手を下におろす。
「夕雲大佐・・・・・・」
 一人のイタリア兵がわたしの肩を叩く。
「あとはこちらにお任せください」
 イタリア兵が女の腕に手錠をかけて連れていく。
「わかりました。後は任せます」
 わたしはそう言うと、女を引き渡して駐機場に向かった。
「燃料が少なかったので補給しておきました」
 整備兵がわたしの機体を磨きながら言う。
「ありがとう。エナーシャ回せ!」
 
 キュンキュンキュンキュン・・・・・・・・・・・

 わたしが言うと、整備兵がエナーシャを回した。
「コンターック!」

 ガコン!シュポポポポポ・・・・・・・・バタタタタタタタ!

 白煙を噴き出しながらエンジンが始動する。
「離陸します!」
 コックピットから身を乗り出して言うと、整備兵が車輪止めを外した。

 カタッ・・・・・・・

 操縦席を一番上まで上げると、スロットルを少しづつ開いてタキシングを開始する。

 バタタタタタタタ・・・・・・・・・

 ハー43エンジンも快調。マスタングがどけられた滑走路にスタンバイする。
《Ranwey is clear(滑走路支障なし)》
 管制塔からの指示。
「フッ・・・・・・」
 短く息を吐き、スロットルを押し込む。

 ヴァラララララ・・・・・・・・!

 エンジンの音が大きくなり、烈風が地上滑走を開始した。

 ぐっ・・・・・・

 操縦桿を押し込んで尾部を持ち上げる。
 速度計をチラッと見た。
「よし・・・・・・」

 ぐいっ

 操縦桿を引き付け、スロットルをさらに開く。

 ヴァァァァァン!

 ハー43エンジンが力強い鼓動を響かせ、烈風はピサ空軍基地を離陸した。















「最後の一機が帰ってきました」
 見張り員が叫ぶ。
「誰だ?」
 わたし―空母「信濃」艦長の浜川澪は問い返した。
「尾翼番号『F2-101』、尾翼を深紅に塗っています。戦闘機隊長、夕雲機です!」
「そうか。夕雲も、空戦から敵機の拿捕までよくやったな・・・・・・・」







 ヴァラララララ・・・・・・・・

 雄々しいエンジン音を響かせながら、垂直尾翼を深紅に塗った烈風が着艦進路に入る。
《光学式発着艦指示装置確認。着艦します》
 無線機のレシーバーから夕雲の声が聞こえた。

 ガキッ!

 飛行甲板の着艦ワイヤーに着艦フックをひっかけて無事着艦。

 バタタタタタ・・・・・・・・コトン

 プロペラとエンジンが止まり、コックピットから疲労困憊の表情をした夕雲が降りてくる。

 カッ、カッ・・・・・・・・・

「空母『信濃』戦闘機隊長夕雲天。ただいま帰投致しました」
 こちらに歩いてくると、敬礼して言った。
「お疲れ様。今日は搭乗割から外したから、ゆっくり休むといい」
 わたしが言うと、夕雲はゆっくりうなずく。
「ありがとう。そうさせてもらうよ。でも、今週はこの周辺の哨戒を強化した方がいいと思う」
「何故?」
 わたしが問うと、夕雲は首を横に振った。
「わからない。でも・・・・・・・・」
 いったん口を閉じる。
「・・・・・なんか、嫌な予感がするんだ」
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月下花音
キャラ文芸
「ねえ、男子ってさ――実は全部"動物"なんだよ?」 私、桜井こころが密かに作っていた『男子取扱説明書(動物分類版)』。 犬系・猫系・ヤンデレ蛇系・ハムスター系…… 12タイプの男子を完全分析したこのノートが、学校中にバレた!! 「これ、お前が書いたの?」 「俺のこと、そんなに見てくれてたんだ」 「……今から実践してくれる?」 説明書通りに行動したら、本当に落とせるのか? いや待って、なんで全員から告白されてるの!? これは研究です!恋愛感情はありません!(大嘘)

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