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第三章 激闘の中へ
第二十一話 生ける伝説
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海上自衛隊横須賀基地のすぐ近く、一隻の戦艦が陸上に固定保存されている。
その艦の名は「三笠」。かつての連合艦隊旗艦であり、現存する唯一の前弩級戦艦であった。
その「三笠」の甲板上・・・・・・・・
「♪敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂う山桜かな」
わたしはそう呟くと、遠くを見つめる。
「おっと、いけないいけない・・・・・・」
まずは挨拶しないとね。日本では挨拶ナシはスゴイ=シツレイに当たるらしいし。
「みんな!こんにちは!大日本帝国海軍のアイドル。三笠で・・・・・ごふっ!」
最後まで言い切らないうちに後頭部に痛みが走る。
「あ、朝日姉!」
後ろを振り返ると、腕組みをした金髪の女が立っていた。
「誰に向かって言ってるんだ?」
朝日姉が言う。
「まあまあ、いいからいいから」
わたしが言うと、朝日姉は大きくため息をついた。
「お前は本当に不思議な奴だ。今や海戦の主役は空母と駆逐艦。それに今は大日本帝国海軍ではなく日本国自衛隊だろう?」
「わたしの中ではまだ大艦巨砲なの~」
「ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
朝日姉は一段と大きなため息をつく。
「大艦巨砲主義など、真珠湾以降廃れたではないか。今は空母の時代だ」
む~っ・・・・・・
「・・・・・朝日姉って、ホント現実的だよね。お堅いって言うかさ」
「工作艦になったときから、現実を見るようにした。我々は人の扱う兵器。人間の意思でどうにでもなるものだ。常に現実を受け入れるしかないんだよ」
朝日姉はフッと笑った。
「でもさ、朝日姉だって受け入れられないことの一つや二つはあるでしょ?」
わたしは朝日姉に言う。
「広瀬中s・・・・・・・」
「そいつの名前を口に出すな!」
朝日姉が声を荒げた。
「あいつはもう死んだんだ。思い出しても戻ってはこない!」
「はぁい」
わたしが言うと、朝日姉は光を放って消えていく。
「じゃあ、わたしはこれで失礼する。くれぐれも危ないことはするなよ?」
「はーい」
わたしが言うと、朝日姉はフっと笑った。
ボーーーーーー!
沖合から汽笛が聞こえる。
「お、陽炎じゃん!」
わたしは転移の光を出すと、その真ん中に飛び込んだ。
「入港用意!」
「入港用意~!」
わたし―初霜実が言うと、永信が伝声管に復唱する。
「使用岸壁は逸見岸壁!」
「逸見岸壁に向け~!」
艦首を逸見岸壁の方に向けた。
バタタタタタ・・・・・・・・
エンジン音が聞こえ、海自所属のタグボートが駆けてくる。
ピッ!
《こちら海上自衛隊横須賀地方隊所属の曳船YT-95およびYT-79.ただいまより貴艦の接岸支援を行います》
無線機のレシーバーから男の人の声が聞こえてくる。
ガチャッ
「こちら呉開陽高校生徒艦隊DD-KG1『陽炎』。感謝します。接岸支援をよろしくお願いいたします」
わたしも無線機の送話機を手に取って言った。
《YT-95、了解。接岸支援を開始します》
グォォォォォォォォォォ
曳船二隻のうち、YT-95が艦首を曳き、YT-79が艦尾を押す。
「面舵十度」
「おもかーじ十度!」
こちら側でも細かく転舵し、逸見岸壁に近づけた。
「防舷材下ろせ!」
「防舷材下ろし方よろし!」
岸壁に着けられる左舷側の舷側に円筒形の防舷材が下ろされる。
「両舷停止!係船索用意!」
「両舷停止~」
チン!
主機が完全に停止し、岸壁に向かって係船索が投げられた。
「錨鎖下ろせ!」
ガラララララララ・・・・・・・・
前後の錨が海中に入る。
ピッ!
「DD-KG1『陽炎』よりYT-79およびYT-95へ。接岸支援に感謝します、ありがとうございました」
わたしは送話機に向かって言った。
《YT-95より『陽炎』へ。これで接岸支援を終了いたします。引き続き僚艦の皆様方に対する接岸支援に入ります》
「こちらDD-KG1『陽炎』。ありがとうございました」
十二月一日十三時五十五分、駆逐艦「陽炎」は海上自衛隊横須賀基地逸見岸壁に着岸した。
「ふふふ・・・・・」
わたし―三笠は逸見岸壁に着岸した駆逐艦「陽炎」の艦内を歩いていた。
「陽炎は驚くだろうな・・・・・・・・」
ウキウキしながら艦内を歩くわたし。
「ミス・ミカサ。今日はいつになく上機嫌ですね」
後ろを歩くレーガン―米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン」の艦魂が言った。
「あの子に会うのはひさしぶりだからね」
「なるほど。それでこんなに上機嫌だと」
レーガンがそう言ってこちらを見る。
「そうそう。陽炎は元気かな~」
「入港の様子を見る限りは何ともなさそうですね」
レーガンが静かに言う。
「それにしても・・・・・・」
「ん?どうした?」
「ミス・ミカサはいつまでも若々しくおられますね。ミス・カゲロウもそうですが・・・・。大先輩であるはずなのに、年下と話しているような気分になります」
レーガンが不思議そうな顔で言った。
「ふふふ。若さの秘訣はウナギだよ~」
「ほほう・・・・・・」
熱心にメモを取るレーガン。
「さてさて・・・・・・・」
わたしは艦橋のラッタルを上ると、ドアに手をかけた。
バーン!
「陽炎~!遊びに来たよ~!」
勢いよく開くドアと元気な声。
「!?」
わたし―初霜実はその方向を振り向いた。
「なんだ?」
永信もその方向を向くけど、夏芽や尋は気づいてないみたい。
(と、言うことは・・・・艦魂だね)
でも、横須賀に帝国海軍の大礼服着てる艦魂っているのかな・・・?
「あ!」
わたしの隣に立っていた陽炎が駆けだした。
「三笠閣下~!」
そのままその艦魂の胸に飛び込む。
「三笠。と、言うことは・・・・・・」
永信がつぶやく。
「左様。わたしが三笠。敷島型四番艦、戦艦三笠だよ」
艦魂―三笠が言った。
「ミス・カゲロウ。お久しぶりです」
もう一人の艦魂が物陰から現れる。こちらは金髪碧眼で、典型的な欧米人の顔をしていた。
「レーガンさん!お久しぶりです~」
陽炎が今度はレーガンの胸に顔をうずめる。
「ミス・カゲロウ。お変わりなさそうでよかったです」
レーガンが陽炎を抱きしめた。
三笠がこっちを見た。
「君たちは艦魂が見えるんだね。見たところ、そこの二つ結びの彼女と灰色目の僕が見える人なのかな?」
「そう。わたしは駆逐艦「陽炎」艦長の初霜実」
わたしは敬礼して言う。
「僕は副長の神崎永信です。それと、この艦には陽炎の恋人の前島博特務中尉もいます。幽霊ですが」
永信も敬礼して言った。
「えっ!?」
三笠の陽炎の肩をつかむ。
「陽炎!それは本当!?」
「は、はい・・・・・・・・」
陽炎がガクガクとうなずいた。
「よし。神崎君・・・・だよね?」
三笠が永信を見る。
「は、はい・・・・・何でしょうか?」
「その前島とやらに伝えてほしいんだ」
「何と?」
「今すぐに、『三笠』に来い。とね」
三笠が真剣な目つきで言う。
「アッハイ・・・・・・・」
永信がガクガクとうなずいた。
「ここが『三笠』か・・・・・・・」
俺―前島博は自分のいる甲板上を見回す。
「大丈夫ですか?」
上官の神崎中佐が言った。
「だから僕は軍人でもあなたの上官でもありませんって」
神崎中佐が苦笑して言う。
「それで、いったい私に何をさせようというおつもりで?」
そう訊くと、神崎中佐が頭の後ろを掻いた。
「いやー、自分でもわからないんですよ」
「そうですか・・・・・・一応軍刀は持ってきましたが・・・・・」
左手に持った軍刀をチラリと見る。俺の軍刀は鞘に革を貼った野戦仕様の軍刀拵だ。
「来たね・・・・・・・」
戦艦「三笠」の後部主砲の前。壁にもたれていた一人の女がこちらを見る。
「お初にお目にかかる。駆逐艦『陽炎』一番砲塔射手、前島博。階級は特務中尉」
俺が会釈すると、女もこちらに頭を下げた。
「戦艦『三笠』艦魂の三笠。階級はないけど皆からは『軍神』と呼ばれている」
(そうか・・・・・・・)
この方が陽炎からよく聞いていた「軍神三笠」か。
「前島特務中尉・・・・・・」
三笠が空中に手をかざすと、眩い光とともにその手に軍刀が現れた。
「・・・・・・わたしと勝負しなさい」
「三笠・・・・・・・?」
わたし―初霜実は腰に軍刀を下げた三笠を見る。
「は?」
前島さんが「訳が分からない」とでも言いたげな顔をした。
「君が陽炎の恋人なんでしょ?」
三笠が軍刀の柄に右手を置く。
「あ、あぁ・・・・・・・」
前島さんも、戸惑いながら腰の軍刀に手をかけた。
「君が陽炎と添い遂げるに相応しい男かどうか、わたしが見てあげるよ」
シャリン・・・・・・・
三笠がゆっくりと抜刀する。
「さあ、来なさい。遠慮する必要はないよ」
前島さんに切っ先を向けた。
「・・・・・・・」
前島さんは黙って柄と鞘に手を置く。
チャキッ・・・・・・・・
鯉口を切る音が聞こえた。
「ん?怖気づいたの?」
三笠が言った瞬間・・・・・・・・
斬!
凄まじい速さで何かがわたしの目の前を通り抜けた。
「!!」
三笠が横に跳んで白刃をかわす。
「居合・・・・!?」
「ああ」
目に冷たい光をたたえた前島さんが言った。
(あっ、この目はガチだ。ガチで殺りに来てる・・・・!)
しかも、戸山流・・・・・
戸山流居合術。軍刀操法の一つであり、大正から昭和初期にかけて始まったと言われている。
当時白兵戦の研究を行っていた陸軍戸山学校で形式が整えられ、試し斬りを重視することも特徴の一つだ。
突撃に対応するため、走りながらの技もある。これと片手・両手軍刀術を組み合わせればかなりの攻撃や防御に対応できるだろう。
「なぜ君が。海軍軍人が戸山流を習得しているの!?」
三笠が前島さんに斬りかかりながら言う。
キン!
「戸山の陸軍学校に友人がいてね」
前島さんが軍刀の峰で刀を跳ね返しながら言った。
ヒュン!
跳ね返したその動作で三笠に斬りかかる。
「はぁッ!」
三笠が体を低くしてよけ、前島さんの腹に白刃を突き立てようとした。
タンッ!
前島さんが甲板を蹴って白刃をよけ、前方に宙返りする。
「俺はそう簡単には死なん」
そのまま三笠の背後に着地。
(前島さんが「俺」なんて言うとこ、初めて見たわね・・・・・)
ダッ!
再び甲板を蹴って三笠の方に向かった。
「陽炎のことがかかっているならなおさらだ!」
斬!
「フッ!」
三笠も甲板を蹴って走り出す。
キン! バチッ!
二つの刃がぶつかり、火花が散った。
ギィィィィィ・・・・・・・
お互いに一歩も引かぬまま押し合う。
シュッ!
二人がほぼ同時に飛びのいた。
「はぁッ!」
「・・・・・・・!」
再び互いに向けて走り出す。
くるっ
刀を手の中で回し、刃の向きを変えた。
「ハッ!」
「!!」
互いに刀を大きく手前に引きつけ、相手に向かって刺突を繰り出す。
ピタッ!
三笠の刀が前島さんの、前島さんの刀が三笠の喉を貫く直前で刀が止められた。
『俺(わたし)の負けだ(ね)』
二人でほぼ同時に言う。
「いや、俺の負けだ。俺の軍刀が三笠を貫くより前に、三笠の軍刀が俺を貫いてただろう」
前島さんが刀を収めた。
「違うよ。わたしの負け。気を抜いてたら最初の一撃で切り捨てられてた」
三笠が笑って刀を下ろす。
チン!
軍刀を鞘に納めた。
「まったく、無茶をするものですね。ミス・ミカサ」
レーガンがあきれたように言う。
「もうすでに百歳越えのご老た・・・・・・・」
「おっと、それは言わない約束だよ」
三笠が拳銃を抜いてレーガンに突きつける。ブラックな笑みだ。
「アッハイ。わかりました」
レーガンが引きつった笑顔で言う。
「ねえ、永信・・・・・・・」
こっそり永信にささやく。
「三笠って、何歳なの・・・・?」
「えーっと・・・・・・。明治三十三年進水で、今が令和十六年だから・・・・・百三十五歳」
永信が数えた。
「げっ・・・・・・もうすっかりおばあちゃんじゃないの」
「うん。三笠より長生きな艦は世界中を探しても数えるくらいしかいないんじゃないかな?」
「まさに『生ける伝説』なわけね・・・・・」
わたしがそう言った時・・・・・・・・・
「どうも、そのミカサよりも長生きな艦です!」
ぽわんとした光が現れ、その中から一人の艦魂が出てくる。金髪碧眼でロシア海軍の軍装を着用していた。
「あ、お久しぶりじゃん!」
三笠がその艦魂に向かって手を振る。
「ひ、東側の艦・・・・・・」
レーガンが顔をしかめた。
「まあまあレーガンさん、そんなに顔をしかめないの。可愛いのが台無しでしょ?」
ロシア(?)の艦魂がレーガンのほっぺをプニプニする。
「で、あんた誰よ」
わたしが言うと、艦魂が沖合を指さす。
「わたしの本体は・・・・・あれ!」
指さす先を見ると、古めかしい艦体に三本煙突と単装砲の船が入港するところだった。
「あれは・・・・・・・」
永信がその艦を見てつぶやく。
「そっちの君は気づいてるようだね」
その艦魂は永信を見ると、わたしに向かい敬礼した。
「Приятно познакомиться!ロシア連邦海軍所属。ヂアーナ級防護巡洋艦、アヴローラです」
アヴローラね・・・・・三笠より年上と言うと、かなりのご高齢のはず。
「アヴローラって、あのバルチック艦隊のかな?」
「うん!」
永信の質問にアヴローラがうなずく。
「あの時は中立国へ逃がしてしまったのが心残りだったね~」
三笠が笑いながら言う。
「そっちこそさ、上海の補給設備と艀を全部借りるのはずるいよ~」
アヴローラが三笠の肩を叩きながら言った。
「あれは三井が勝手にやったことだよ~」
三笠もアヴローラの肩に手を置く。
「そう~?ところでさ・・・・・」
アヴローラが紙袋を取り出した。
「・・・ピロシキ食べる?」
(何が起こっているんだ・・・・・?)
俺―前島博は目の前にいる陽炎とその仲間たちを見ていた。
「アヴローラさん。初めまして、呉開陽高校生徒艦隊所属の駆逐艦『陽炎』です」
陽炎がアヴローラに挨拶する。
「前島さん!こっちに来てください!」
「あ、あぁ・・・・・・」
陽炎が俺を呼んだ。
「アヴローラさん!この人がわたしの婚約者、前島博中尉です!」
「初めまして。駆逐艦『陽炎』一番砲塔射手。前島博。階級は特務中尉」
俺はそう言うとアヴローラに頭を下げる。
「この人は幽霊なんです・・・・・」
「幽霊でもいいじゃん。そもそも艦魂は普通の人間には見えないものだし」
陽炎の言葉を遮るようにアヴローラが言った。
「ありがとうございます!」
陽炎が目を輝かせて言う。
「前島中尉」
アヴローラがこっちを見た。
「君はいい彼女を持てて幸せだね」
「三笠!」
すぐ近くでわたしを呼ぶ声。
「なに~?」
わたしがその方向にかけていくと、声の主にギュッと抱きしめられた。
わしゃわしゃ
頭をなでられる。
「三笠はほんと可愛いね~。なんでこんなに妹は可愛いんだろうか」
「初瀬姉、苦しいよ~」
わたしが初瀬姉の胸から顔を挙げて言うと、初瀬姉は腕を緩めた。
「ごめんごめん。三笠が可愛すぎるからつい・・・ね?」
そう言った瞬間・・・・・・・
「それは姉や先輩は可愛くないと言うことか?」
初瀬姉の後ろから聞こえた声。
「八島さん!もちろん!先輩方もかわいいですよ!」
初瀬姉の視線の先には、わたしたちと同じ帝国海軍の軍装を身にまとった艦魂がいた。
「八島さん!おはようございます!」
「よしよし。三笠はどっかの誰かさんと違っていい子だな」
わたしが頭を下げると、八島さんはわたしの頭をポンポンとなでる。
旅順艦隊を警戒する合間に訪れる束の間の平穏。だけど、その平穏は次の日に破られることになる・・・・・・・・
「長官!緊急電です!」
三笠の長官公室に駆け込んでくる水兵。
「一体何だ?」
連合艦隊司令長官、東郷平八郎大将が問うた。
「戦艦『初瀬』、『八島』が旅順沖にて触雷!沈没しました」
(え・・・・・・・・)
胸が痛い。心臓を掴まれて引っ張られてるみたいだ。
首が思いっきり絞められたように息ができない。
(なんで!?なんで!?)
いつも通る航路。昨日までは機雷なんてなかったはず。
「そうか」
東郷長官はそう言うと、水兵に退室するよう指示した。
「初瀬姉!八島さん!」
わたしは床に頽れる。
(この国を守る八百万の神様・・・教えてください・・・・・・・!)
なんで!なんで二人が機雷の餌食になんてならなきゃいけなかったの!?
(二人とも・・・・・・・・・)
二人とも竣工したばかりで、これからが活躍時なのに・・・・。
「あぁ・・・・・・・・・・」
これが戦争なのか・・・・・・・・・・
「・・・・・・閣下!三笠閣下!」
すぐ近くで聞こえる声。
「ハッ!・・・・・一体何を・・・・・」
眼を開けると、陽炎が心配そうにこっちを見ていた。
「大丈夫ですか?長いこと放心状態で反応しませんでしたけど・・・・・・」
「うん、ちょっと昔の夢を見てた・・・・・・・」
わたしはそう言うと、壁から背を離す。
「だったらよかったです。何かあったんじゃないかって心配しましたよ」
陽炎はそう言うと、わたしの手を引いた。
ヒュルルルルルル・・・・・・・
不気味な音を立てて飛んでくる砲弾。
ズガァァァン!
着弾した榴弾が炸裂する音。
「がぁっ!」
先頭を行く戦艦「クニャージ・スワロフ」。その艦上にいる艦魂が身をのけぞらせる。
「スワロフさん!」
わたし―アヴローラはその方向に手を伸ばした。
「くっ!手が・・・・・・・」
わたしの手はただ虚空を掴むだけ。
「第二太平洋艦隊旗艦の名の下に命ずる!」
スワロフさんが叫ぶ。
「艦隊の全艦は、我にかまわず前進し、ウラジオストクへ向かえ!」
単縦陣で進む我々をふさぐように舷側をこちらに向けた日本艦隊から砲弾が雨あられのごとく降り注ぐ。
ヒュゥゥゥゥゥゥ・・・・・・・ドガァァン!
スワロフさんに代わって先頭になった「インペラートル・アレクサンドル三世」に今度は被弾が集中し、アレクサンドルさんも艦隊から落伍。
「陣形が・・・・・!」
直前に艦隊前方を横切った日本駆逐艦。この駆逐艦が敷設した機雷を回避しようとし、単縦を維持するのがやっとだった艦隊はすでに陣形を回復不能なまでに乱れさせていた。
「第一主砲、全副砲。敵艦隊を向け・・・・・・・」
ガァァァァ・・・・・
単装砲が前方を向き、仰角がつく。
「撃て!」
ズガァァァン!
主砲が吼えるも日本艦隊に命中を与えることはできず、逆に日本軍の正確な射撃がこちらに撃ち込まれてくる。
「もうダメだ・・・・・・・」
副長さんがつぶやく。
艦長はすでに戦死し、艦の指揮は副長さんが行っていた。
「進路を反転。来た航路を戻る」
副長さんが航海長に言う。
「そんな!ウラジオストクに向かうのではないのですか!?」
航海長が言うも、彼は首を横に振った。
「日本艦隊を見ろ。アイツらを突っ切ってウラジオストクに向かうのは無理だ・・・・・・」
「そんな・・・・・・・・」
航海長が言う。
「・・・・我々は進路を反転。中立国に逃げ込む」
「なにを言っているんですか!?中立国に入れば戦争が終わるまで抑留されるんですよ!」
「だが、戦争が終われば全員そろって祖国に帰れる。ここで進めば全員が海の底だ」
航海長が食って掛かるも、副長さんは冷静に言った。
「私は、未来ある若者をこれ以上死なせたくない。残りは必ず生きてロシアに帰す」
その時・・・・・・・
「副長!」
見張り員が叫ぶ。
「防護巡洋艦『オレ―ク』が変針。逆方向に向かいます」
「そうか・・・・・・」
窓の外を見ると、何隻かの艦たちが変針して元来た航路を逆にたどっているのが見えた。
「やっぱり・・・・・・ね」
わたしはつぶやくと、オレ―クの方に視線を向ける。
「『オレ―ク』に続いて反転しろ。取り舵一杯!目的地は米領マニラとする」
副長さんが命令を下した。
「はい。残念ですが・・・・・・」
航海長が操舵艦橋に取り舵一杯を伝達する。
ぐうっ・・・・・・
わたしは百八十度回頭すると、マニラに向けて航行を始めた。
「うぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・」
「アヴローラさん!どうしたんですか!?」
わたし―陽炎は放心状態でうめくアヴローラさんに駆け寄ると、声をかけた。
「少し、昔の夢を見たんだ・・・・・・。二度と見たくない悪夢を・・・・・・」
少しだけ苦悶の表情を浮かべたアヴローラさんが言う。
「陽炎ちゃん・・・・・・」
「なんですか?」
「・・・・・これから先、気を付けていきなよ」
アヴローラさんがわたしの手を握った。
「はい」
わたしはその手を握り返すと、三笠閣下の方に向かった。
その艦の名は「三笠」。かつての連合艦隊旗艦であり、現存する唯一の前弩級戦艦であった。
その「三笠」の甲板上・・・・・・・・
「♪敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂う山桜かな」
わたしはそう呟くと、遠くを見つめる。
「おっと、いけないいけない・・・・・・」
まずは挨拶しないとね。日本では挨拶ナシはスゴイ=シツレイに当たるらしいし。
「みんな!こんにちは!大日本帝国海軍のアイドル。三笠で・・・・・ごふっ!」
最後まで言い切らないうちに後頭部に痛みが走る。
「あ、朝日姉!」
後ろを振り返ると、腕組みをした金髪の女が立っていた。
「誰に向かって言ってるんだ?」
朝日姉が言う。
「まあまあ、いいからいいから」
わたしが言うと、朝日姉は大きくため息をついた。
「お前は本当に不思議な奴だ。今や海戦の主役は空母と駆逐艦。それに今は大日本帝国海軍ではなく日本国自衛隊だろう?」
「わたしの中ではまだ大艦巨砲なの~」
「ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
朝日姉は一段と大きなため息をつく。
「大艦巨砲主義など、真珠湾以降廃れたではないか。今は空母の時代だ」
む~っ・・・・・・
「・・・・・朝日姉って、ホント現実的だよね。お堅いって言うかさ」
「工作艦になったときから、現実を見るようにした。我々は人の扱う兵器。人間の意思でどうにでもなるものだ。常に現実を受け入れるしかないんだよ」
朝日姉はフッと笑った。
「でもさ、朝日姉だって受け入れられないことの一つや二つはあるでしょ?」
わたしは朝日姉に言う。
「広瀬中s・・・・・・・」
「そいつの名前を口に出すな!」
朝日姉が声を荒げた。
「あいつはもう死んだんだ。思い出しても戻ってはこない!」
「はぁい」
わたしが言うと、朝日姉は光を放って消えていく。
「じゃあ、わたしはこれで失礼する。くれぐれも危ないことはするなよ?」
「はーい」
わたしが言うと、朝日姉はフっと笑った。
ボーーーーーー!
沖合から汽笛が聞こえる。
「お、陽炎じゃん!」
わたしは転移の光を出すと、その真ん中に飛び込んだ。
「入港用意!」
「入港用意~!」
わたし―初霜実が言うと、永信が伝声管に復唱する。
「使用岸壁は逸見岸壁!」
「逸見岸壁に向け~!」
艦首を逸見岸壁の方に向けた。
バタタタタタ・・・・・・・・
エンジン音が聞こえ、海自所属のタグボートが駆けてくる。
ピッ!
《こちら海上自衛隊横須賀地方隊所属の曳船YT-95およびYT-79.ただいまより貴艦の接岸支援を行います》
無線機のレシーバーから男の人の声が聞こえてくる。
ガチャッ
「こちら呉開陽高校生徒艦隊DD-KG1『陽炎』。感謝します。接岸支援をよろしくお願いいたします」
わたしも無線機の送話機を手に取って言った。
《YT-95、了解。接岸支援を開始します》
グォォォォォォォォォォ
曳船二隻のうち、YT-95が艦首を曳き、YT-79が艦尾を押す。
「面舵十度」
「おもかーじ十度!」
こちら側でも細かく転舵し、逸見岸壁に近づけた。
「防舷材下ろせ!」
「防舷材下ろし方よろし!」
岸壁に着けられる左舷側の舷側に円筒形の防舷材が下ろされる。
「両舷停止!係船索用意!」
「両舷停止~」
チン!
主機が完全に停止し、岸壁に向かって係船索が投げられた。
「錨鎖下ろせ!」
ガラララララララ・・・・・・・・
前後の錨が海中に入る。
ピッ!
「DD-KG1『陽炎』よりYT-79およびYT-95へ。接岸支援に感謝します、ありがとうございました」
わたしは送話機に向かって言った。
《YT-95より『陽炎』へ。これで接岸支援を終了いたします。引き続き僚艦の皆様方に対する接岸支援に入ります》
「こちらDD-KG1『陽炎』。ありがとうございました」
十二月一日十三時五十五分、駆逐艦「陽炎」は海上自衛隊横須賀基地逸見岸壁に着岸した。
「ふふふ・・・・・」
わたし―三笠は逸見岸壁に着岸した駆逐艦「陽炎」の艦内を歩いていた。
「陽炎は驚くだろうな・・・・・・・・」
ウキウキしながら艦内を歩くわたし。
「ミス・ミカサ。今日はいつになく上機嫌ですね」
後ろを歩くレーガン―米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン」の艦魂が言った。
「あの子に会うのはひさしぶりだからね」
「なるほど。それでこんなに上機嫌だと」
レーガンがそう言ってこちらを見る。
「そうそう。陽炎は元気かな~」
「入港の様子を見る限りは何ともなさそうですね」
レーガンが静かに言う。
「それにしても・・・・・・」
「ん?どうした?」
「ミス・ミカサはいつまでも若々しくおられますね。ミス・カゲロウもそうですが・・・・。大先輩であるはずなのに、年下と話しているような気分になります」
レーガンが不思議そうな顔で言った。
「ふふふ。若さの秘訣はウナギだよ~」
「ほほう・・・・・・」
熱心にメモを取るレーガン。
「さてさて・・・・・・・」
わたしは艦橋のラッタルを上ると、ドアに手をかけた。
バーン!
「陽炎~!遊びに来たよ~!」
勢いよく開くドアと元気な声。
「!?」
わたし―初霜実はその方向を振り向いた。
「なんだ?」
永信もその方向を向くけど、夏芽や尋は気づいてないみたい。
(と、言うことは・・・・艦魂だね)
でも、横須賀に帝国海軍の大礼服着てる艦魂っているのかな・・・?
「あ!」
わたしの隣に立っていた陽炎が駆けだした。
「三笠閣下~!」
そのままその艦魂の胸に飛び込む。
「三笠。と、言うことは・・・・・・」
永信がつぶやく。
「左様。わたしが三笠。敷島型四番艦、戦艦三笠だよ」
艦魂―三笠が言った。
「ミス・カゲロウ。お久しぶりです」
もう一人の艦魂が物陰から現れる。こちらは金髪碧眼で、典型的な欧米人の顔をしていた。
「レーガンさん!お久しぶりです~」
陽炎が今度はレーガンの胸に顔をうずめる。
「ミス・カゲロウ。お変わりなさそうでよかったです」
レーガンが陽炎を抱きしめた。
三笠がこっちを見た。
「君たちは艦魂が見えるんだね。見たところ、そこの二つ結びの彼女と灰色目の僕が見える人なのかな?」
「そう。わたしは駆逐艦「陽炎」艦長の初霜実」
わたしは敬礼して言う。
「僕は副長の神崎永信です。それと、この艦には陽炎の恋人の前島博特務中尉もいます。幽霊ですが」
永信も敬礼して言った。
「えっ!?」
三笠の陽炎の肩をつかむ。
「陽炎!それは本当!?」
「は、はい・・・・・・・・」
陽炎がガクガクとうなずいた。
「よし。神崎君・・・・だよね?」
三笠が永信を見る。
「は、はい・・・・・何でしょうか?」
「その前島とやらに伝えてほしいんだ」
「何と?」
「今すぐに、『三笠』に来い。とね」
三笠が真剣な目つきで言う。
「アッハイ・・・・・・・」
永信がガクガクとうなずいた。
「ここが『三笠』か・・・・・・・」
俺―前島博は自分のいる甲板上を見回す。
「大丈夫ですか?」
上官の神崎中佐が言った。
「だから僕は軍人でもあなたの上官でもありませんって」
神崎中佐が苦笑して言う。
「それで、いったい私に何をさせようというおつもりで?」
そう訊くと、神崎中佐が頭の後ろを掻いた。
「いやー、自分でもわからないんですよ」
「そうですか・・・・・・一応軍刀は持ってきましたが・・・・・」
左手に持った軍刀をチラリと見る。俺の軍刀は鞘に革を貼った野戦仕様の軍刀拵だ。
「来たね・・・・・・・」
戦艦「三笠」の後部主砲の前。壁にもたれていた一人の女がこちらを見る。
「お初にお目にかかる。駆逐艦『陽炎』一番砲塔射手、前島博。階級は特務中尉」
俺が会釈すると、女もこちらに頭を下げた。
「戦艦『三笠』艦魂の三笠。階級はないけど皆からは『軍神』と呼ばれている」
(そうか・・・・・・・)
この方が陽炎からよく聞いていた「軍神三笠」か。
「前島特務中尉・・・・・・」
三笠が空中に手をかざすと、眩い光とともにその手に軍刀が現れた。
「・・・・・・わたしと勝負しなさい」
「三笠・・・・・・・?」
わたし―初霜実は腰に軍刀を下げた三笠を見る。
「は?」
前島さんが「訳が分からない」とでも言いたげな顔をした。
「君が陽炎の恋人なんでしょ?」
三笠が軍刀の柄に右手を置く。
「あ、あぁ・・・・・・・」
前島さんも、戸惑いながら腰の軍刀に手をかけた。
「君が陽炎と添い遂げるに相応しい男かどうか、わたしが見てあげるよ」
シャリン・・・・・・・
三笠がゆっくりと抜刀する。
「さあ、来なさい。遠慮する必要はないよ」
前島さんに切っ先を向けた。
「・・・・・・・」
前島さんは黙って柄と鞘に手を置く。
チャキッ・・・・・・・・
鯉口を切る音が聞こえた。
「ん?怖気づいたの?」
三笠が言った瞬間・・・・・・・・
斬!
凄まじい速さで何かがわたしの目の前を通り抜けた。
「!!」
三笠が横に跳んで白刃をかわす。
「居合・・・・!?」
「ああ」
目に冷たい光をたたえた前島さんが言った。
(あっ、この目はガチだ。ガチで殺りに来てる・・・・!)
しかも、戸山流・・・・・
戸山流居合術。軍刀操法の一つであり、大正から昭和初期にかけて始まったと言われている。
当時白兵戦の研究を行っていた陸軍戸山学校で形式が整えられ、試し斬りを重視することも特徴の一つだ。
突撃に対応するため、走りながらの技もある。これと片手・両手軍刀術を組み合わせればかなりの攻撃や防御に対応できるだろう。
「なぜ君が。海軍軍人が戸山流を習得しているの!?」
三笠が前島さんに斬りかかりながら言う。
キン!
「戸山の陸軍学校に友人がいてね」
前島さんが軍刀の峰で刀を跳ね返しながら言った。
ヒュン!
跳ね返したその動作で三笠に斬りかかる。
「はぁッ!」
三笠が体を低くしてよけ、前島さんの腹に白刃を突き立てようとした。
タンッ!
前島さんが甲板を蹴って白刃をよけ、前方に宙返りする。
「俺はそう簡単には死なん」
そのまま三笠の背後に着地。
(前島さんが「俺」なんて言うとこ、初めて見たわね・・・・・)
ダッ!
再び甲板を蹴って三笠の方に向かった。
「陽炎のことがかかっているならなおさらだ!」
斬!
「フッ!」
三笠も甲板を蹴って走り出す。
キン! バチッ!
二つの刃がぶつかり、火花が散った。
ギィィィィィ・・・・・・・
お互いに一歩も引かぬまま押し合う。
シュッ!
二人がほぼ同時に飛びのいた。
「はぁッ!」
「・・・・・・・!」
再び互いに向けて走り出す。
くるっ
刀を手の中で回し、刃の向きを変えた。
「ハッ!」
「!!」
互いに刀を大きく手前に引きつけ、相手に向かって刺突を繰り出す。
ピタッ!
三笠の刀が前島さんの、前島さんの刀が三笠の喉を貫く直前で刀が止められた。
『俺(わたし)の負けだ(ね)』
二人でほぼ同時に言う。
「いや、俺の負けだ。俺の軍刀が三笠を貫くより前に、三笠の軍刀が俺を貫いてただろう」
前島さんが刀を収めた。
「違うよ。わたしの負け。気を抜いてたら最初の一撃で切り捨てられてた」
三笠が笑って刀を下ろす。
チン!
軍刀を鞘に納めた。
「まったく、無茶をするものですね。ミス・ミカサ」
レーガンがあきれたように言う。
「もうすでに百歳越えのご老た・・・・・・・」
「おっと、それは言わない約束だよ」
三笠が拳銃を抜いてレーガンに突きつける。ブラックな笑みだ。
「アッハイ。わかりました」
レーガンが引きつった笑顔で言う。
「ねえ、永信・・・・・・・」
こっそり永信にささやく。
「三笠って、何歳なの・・・・?」
「えーっと・・・・・・。明治三十三年進水で、今が令和十六年だから・・・・・百三十五歳」
永信が数えた。
「げっ・・・・・・もうすっかりおばあちゃんじゃないの」
「うん。三笠より長生きな艦は世界中を探しても数えるくらいしかいないんじゃないかな?」
「まさに『生ける伝説』なわけね・・・・・」
わたしがそう言った時・・・・・・・・・
「どうも、そのミカサよりも長生きな艦です!」
ぽわんとした光が現れ、その中から一人の艦魂が出てくる。金髪碧眼でロシア海軍の軍装を着用していた。
「あ、お久しぶりじゃん!」
三笠がその艦魂に向かって手を振る。
「ひ、東側の艦・・・・・・」
レーガンが顔をしかめた。
「まあまあレーガンさん、そんなに顔をしかめないの。可愛いのが台無しでしょ?」
ロシア(?)の艦魂がレーガンのほっぺをプニプニする。
「で、あんた誰よ」
わたしが言うと、艦魂が沖合を指さす。
「わたしの本体は・・・・・あれ!」
指さす先を見ると、古めかしい艦体に三本煙突と単装砲の船が入港するところだった。
「あれは・・・・・・・」
永信がその艦を見てつぶやく。
「そっちの君は気づいてるようだね」
その艦魂は永信を見ると、わたしに向かい敬礼した。
「Приятно познакомиться!ロシア連邦海軍所属。ヂアーナ級防護巡洋艦、アヴローラです」
アヴローラね・・・・・三笠より年上と言うと、かなりのご高齢のはず。
「アヴローラって、あのバルチック艦隊のかな?」
「うん!」
永信の質問にアヴローラがうなずく。
「あの時は中立国へ逃がしてしまったのが心残りだったね~」
三笠が笑いながら言う。
「そっちこそさ、上海の補給設備と艀を全部借りるのはずるいよ~」
アヴローラが三笠の肩を叩きながら言った。
「あれは三井が勝手にやったことだよ~」
三笠もアヴローラの肩に手を置く。
「そう~?ところでさ・・・・・」
アヴローラが紙袋を取り出した。
「・・・ピロシキ食べる?」
(何が起こっているんだ・・・・・?)
俺―前島博は目の前にいる陽炎とその仲間たちを見ていた。
「アヴローラさん。初めまして、呉開陽高校生徒艦隊所属の駆逐艦『陽炎』です」
陽炎がアヴローラに挨拶する。
「前島さん!こっちに来てください!」
「あ、あぁ・・・・・・」
陽炎が俺を呼んだ。
「アヴローラさん!この人がわたしの婚約者、前島博中尉です!」
「初めまして。駆逐艦『陽炎』一番砲塔射手。前島博。階級は特務中尉」
俺はそう言うとアヴローラに頭を下げる。
「この人は幽霊なんです・・・・・」
「幽霊でもいいじゃん。そもそも艦魂は普通の人間には見えないものだし」
陽炎の言葉を遮るようにアヴローラが言った。
「ありがとうございます!」
陽炎が目を輝かせて言う。
「前島中尉」
アヴローラがこっちを見た。
「君はいい彼女を持てて幸せだね」
「三笠!」
すぐ近くでわたしを呼ぶ声。
「なに~?」
わたしがその方向にかけていくと、声の主にギュッと抱きしめられた。
わしゃわしゃ
頭をなでられる。
「三笠はほんと可愛いね~。なんでこんなに妹は可愛いんだろうか」
「初瀬姉、苦しいよ~」
わたしが初瀬姉の胸から顔を挙げて言うと、初瀬姉は腕を緩めた。
「ごめんごめん。三笠が可愛すぎるからつい・・・ね?」
そう言った瞬間・・・・・・・
「それは姉や先輩は可愛くないと言うことか?」
初瀬姉の後ろから聞こえた声。
「八島さん!もちろん!先輩方もかわいいですよ!」
初瀬姉の視線の先には、わたしたちと同じ帝国海軍の軍装を身にまとった艦魂がいた。
「八島さん!おはようございます!」
「よしよし。三笠はどっかの誰かさんと違っていい子だな」
わたしが頭を下げると、八島さんはわたしの頭をポンポンとなでる。
旅順艦隊を警戒する合間に訪れる束の間の平穏。だけど、その平穏は次の日に破られることになる・・・・・・・・
「長官!緊急電です!」
三笠の長官公室に駆け込んでくる水兵。
「一体何だ?」
連合艦隊司令長官、東郷平八郎大将が問うた。
「戦艦『初瀬』、『八島』が旅順沖にて触雷!沈没しました」
(え・・・・・・・・)
胸が痛い。心臓を掴まれて引っ張られてるみたいだ。
首が思いっきり絞められたように息ができない。
(なんで!?なんで!?)
いつも通る航路。昨日までは機雷なんてなかったはず。
「そうか」
東郷長官はそう言うと、水兵に退室するよう指示した。
「初瀬姉!八島さん!」
わたしは床に頽れる。
(この国を守る八百万の神様・・・教えてください・・・・・・・!)
なんで!なんで二人が機雷の餌食になんてならなきゃいけなかったの!?
(二人とも・・・・・・・・・)
二人とも竣工したばかりで、これからが活躍時なのに・・・・。
「あぁ・・・・・・・・・・」
これが戦争なのか・・・・・・・・・・
「・・・・・・閣下!三笠閣下!」
すぐ近くで聞こえる声。
「ハッ!・・・・・一体何を・・・・・」
眼を開けると、陽炎が心配そうにこっちを見ていた。
「大丈夫ですか?長いこと放心状態で反応しませんでしたけど・・・・・・」
「うん、ちょっと昔の夢を見てた・・・・・・・」
わたしはそう言うと、壁から背を離す。
「だったらよかったです。何かあったんじゃないかって心配しましたよ」
陽炎はそう言うと、わたしの手を引いた。
ヒュルルルルルル・・・・・・・
不気味な音を立てて飛んでくる砲弾。
ズガァァァン!
着弾した榴弾が炸裂する音。
「がぁっ!」
先頭を行く戦艦「クニャージ・スワロフ」。その艦上にいる艦魂が身をのけぞらせる。
「スワロフさん!」
わたし―アヴローラはその方向に手を伸ばした。
「くっ!手が・・・・・・・」
わたしの手はただ虚空を掴むだけ。
「第二太平洋艦隊旗艦の名の下に命ずる!」
スワロフさんが叫ぶ。
「艦隊の全艦は、我にかまわず前進し、ウラジオストクへ向かえ!」
単縦陣で進む我々をふさぐように舷側をこちらに向けた日本艦隊から砲弾が雨あられのごとく降り注ぐ。
ヒュゥゥゥゥゥゥ・・・・・・・ドガァァン!
スワロフさんに代わって先頭になった「インペラートル・アレクサンドル三世」に今度は被弾が集中し、アレクサンドルさんも艦隊から落伍。
「陣形が・・・・・!」
直前に艦隊前方を横切った日本駆逐艦。この駆逐艦が敷設した機雷を回避しようとし、単縦を維持するのがやっとだった艦隊はすでに陣形を回復不能なまでに乱れさせていた。
「第一主砲、全副砲。敵艦隊を向け・・・・・・・」
ガァァァァ・・・・・
単装砲が前方を向き、仰角がつく。
「撃て!」
ズガァァァン!
主砲が吼えるも日本艦隊に命中を与えることはできず、逆に日本軍の正確な射撃がこちらに撃ち込まれてくる。
「もうダメだ・・・・・・・」
副長さんがつぶやく。
艦長はすでに戦死し、艦の指揮は副長さんが行っていた。
「進路を反転。来た航路を戻る」
副長さんが航海長に言う。
「そんな!ウラジオストクに向かうのではないのですか!?」
航海長が言うも、彼は首を横に振った。
「日本艦隊を見ろ。アイツらを突っ切ってウラジオストクに向かうのは無理だ・・・・・・」
「そんな・・・・・・・・」
航海長が言う。
「・・・・我々は進路を反転。中立国に逃げ込む」
「なにを言っているんですか!?中立国に入れば戦争が終わるまで抑留されるんですよ!」
「だが、戦争が終われば全員そろって祖国に帰れる。ここで進めば全員が海の底だ」
航海長が食って掛かるも、副長さんは冷静に言った。
「私は、未来ある若者をこれ以上死なせたくない。残りは必ず生きてロシアに帰す」
その時・・・・・・・
「副長!」
見張り員が叫ぶ。
「防護巡洋艦『オレ―ク』が変針。逆方向に向かいます」
「そうか・・・・・・」
窓の外を見ると、何隻かの艦たちが変針して元来た航路を逆にたどっているのが見えた。
「やっぱり・・・・・・ね」
わたしはつぶやくと、オレ―クの方に視線を向ける。
「『オレ―ク』に続いて反転しろ。取り舵一杯!目的地は米領マニラとする」
副長さんが命令を下した。
「はい。残念ですが・・・・・・」
航海長が操舵艦橋に取り舵一杯を伝達する。
ぐうっ・・・・・・
わたしは百八十度回頭すると、マニラに向けて航行を始めた。
「うぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・」
「アヴローラさん!どうしたんですか!?」
わたし―陽炎は放心状態でうめくアヴローラさんに駆け寄ると、声をかけた。
「少し、昔の夢を見たんだ・・・・・・。二度と見たくない悪夢を・・・・・・」
少しだけ苦悶の表情を浮かべたアヴローラさんが言う。
「陽炎ちゃん・・・・・・」
「なんですか?」
「・・・・・これから先、気を付けていきなよ」
アヴローラさんがわたしの手を握った。
「はい」
わたしはその手を握り返すと、三笠閣下の方に向かった。
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