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第三章 激闘の中へ
第二十四話 攻撃隊出動
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《ギリシャ海軍より「敵艦隊見ユ」との報告あり。至急航空機発艦用意!》
空母「信濃」艦長である浜川澪の声が艦内放送で鳴り響く。
「搭乗員整列!搭乗員整列ー!」
艦内を伝令兵が駆けまわり、搭乗員たちに飛行甲板への整列を告げた。
俺―平沼敦は、飛行甲板中ほど、艦橋近くに整列した搭乗員たちの前に立つ。
「今回、敵艦隊発見の報がギリシャ海軍より入った。我々は、緊急で攻撃隊を出し、敵艦隊を撃滅することとした」
搭乗員たちがうなずく。
「敵艦隊の陣容は少なくとも戦艦五隻以上。空母の姿は認められないとのことだが、注意しておくように」
俺はそう言うと、搭乗員たちを見回した。
「目標は空母か戦艦のみとする!第一遊撃艦隊を手助けするんだ!」
『オォォォォォォォォ!』
搭乗員たちが気勢を上げる。
おれは、再び口を開いた。
「一つ言っておく。全員生きて帰れ!再び、ここで会おう!全員搭乗!」
そう言うと同時に、搭乗員たちがそれぞれの愛機に向かって駆けだす。
「回せーーーーーッ!」
「コンターック!」
甲板上には直掩戦闘機隊の烈風と対艦兵装を装備した攻撃隊の流星が並べられ、いつでも敵艦隊に向けて発艦できるようになっていた。
俺は攻撃隊の一番機、機体番号「F2-261」のコックピットに入る。
「準備はいいだろうな?」
「もちろんよ!」
後席に航法手のトンブリが座っていることを確認。
風防から身を乗り出すと、自分の後ろに続く攻撃隊。前には先導を務める偵察隊の彩雲と制空、直掩の烈風が見えた。
攻撃隊の半数の機体には、ギラリと光る航空魚雷が懸吊されている。
「車輪止め外せ――――――ッ!」
発艦指揮官が両手で交差させるように掲げた手旗をサッと下ろした。
整備兵がチョークをもって下がる。
「発艦始め!」
発艦指揮官の合図が下った。
ヴァァァァァン!
先頭の彩雲二機、烈風隊がカタパルトなしで発艦していく。
ピッ!
インカムが鳴った。
《攻撃隊、一番機よりカタパルト発艦地点へ移動せよ》
「了解」
バタタタタタタタ・・・・・・・・・
発艦地点まで移動し、ブライドルを装着。
「発艦します!」
スロットルを全開、プロペラピッチは最深にし、右手を素早く前に振る。
ガシュッ!
カタパルトで機体が撃ち出される。
「ぐっ・・・・・・」
俺は歯を食いしばると、体にかかるGに耐えた。
カチッ!カチッ!
手元のスイッチで主脚を収納。
「二番機、ちゃんとついてきている」
トンブリが後方を確認し、僚機がついてきていることを知らせた。
「よし、後方確認は任せたぞ・・・・・・」
「OK」
トンブリが後部機銃の試射をしながら言う。
ドドッ!
俺も前方機銃の試射をすると、編隊の中に入った。
「こちらサクラ1.これより発艦に入る」
「翔鶴発艦指揮官よりサクラ1.了解、発艦を許可する」
空母「翔鶴」飛行甲板の先頭に上げられた零式艦上戦闘機三二型のコックピット内。
俺―空母「翔鶴」戦闘機隊長の神崎保信がそう言うと、インカムから発艦指揮官の声が聞こえた。
「では、サクラ隊、発艦します」
「了解。ご安全に」
発艦指揮官が言う。
「みやび!」
風防から身を乗り出して言うと、主翼の下にしゃがんでいた赤髪の女子が顔を上げる。
「車輪止め外せ!」
「はい!保信さん、ご武運を!」
俺が言うと、みやびは車輪止めを抱えて甲板横のポケットまで下がった。
「でっかい戦果を持ってくるから、期待して待ってろ!」
そう言うや否や、スロットルを押し込んで滑走を開始する。
ヴァァァァァン!
栄エンジンが唸りを上げた。
ぐうっ
操縦桿を押して尾部を持ち上げ、その次の瞬間・・・・・・
ぐいっ!
思いっきり操縦桿を引いて上げ舵。
ふわっ
主脚からの振動が消えた。
ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・
二番機以降も続々と滑走を開始する。
ピッ!
無線機が鳴った。
《こちらハル。飛行に特に問題はなし。オーバーホール後の初飛行が空戦になるとは思わなかったよ》
二番機を務める僕の婚約者、山ノ井春音の声が聞こえる。
カチッ!
無線機のスイッチを切り替えると、咽頭マイクに声を発した。
「それならよかった。徹夜で整備してくれたみやびたちにもお礼を言わないとね」
《そうだね~》
俺はさらに無線機を操作し、「翔鶴」戦闘機隊全機に聞こえるように切り替える。
「全機よく聞け!敵は戦艦少なくとも五隻。空母は見当たらないが、敵に不足はない!艦攻、艦爆隊を撃墜させるな!」
全機が翼を振って答えた。
「さて、そろそろ見えてくるころかな・・・・・・・・・?」
艦上攻撃機「流星」のコックピット内。
俺―平沼敦はつぶやくと、前方を見る。
(敵艦に魚雷をぶちかます・・・・・・・)
頭の中で雷撃の手順を反芻。前方の照準器のスイッチを入れた。
「後方見張り、大丈夫か?」
《大丈夫大丈夫。空母はいないんでしょ?》
トンブリが笑いながら言う。
「いや、敵基地航空隊のムスタングは航続距離が長い。海上を長距離飛行してくることもあり得る」
《その時は、わたしが全部撃ち落としちゃうよ!》
トンブリが後席で言った。
「俺をナメるな。これでも艦攻で戦闘機を墜とした男だぞ」
《そうなの?》
「あぁ、マニューバキルだったけどな」
確かあの時は、九七艦攻だったっけか・・・・・・
「この流星の二十ミリ機銃さえあれば、敵戦闘機だって墜として見せる」
「艦長」
戦艦『金剛』艦橋、副長の三隈梨華がわたしに言う。
「味方機です」
わたし―日向琴音が空を見上げると、翼に日の丸を描いた日本機、紺色の丸に白星のアメリカ機、赤青白のイギリス機が上空を航過していた。
身軽で俊敏な動きを見せつける戦闘機、黒光りする爆弾を抱えた爆撃機、太い魚雷を抱えた攻撃機・・・・・何百機もの航空機が編隊を組み、敵地へと向かう。
「我々も、すぐに向かうよ・・・・・・」
わたしはそう言うと、敵地へ向かう空の勇士たちに帽子を振った。
見えないことは分かってる。でも、彼らの安全を願わずにはいられなかった。
チカッ!チカッ!
同行するイタリア海軍の軽巡洋艦「ルイージ・ディ・サヴォイア・デューカ・デッリ・アブルッツィ」―長いからアブルッツィでいいや―が発光信号を送ってくる。
《上空および海面に不審な機影、および潜望鏡らしきものはなし。潜水艦潜伏の可能性は限りなくゼロに近いものである》
「返答しなさい。《ご報告に感謝す。》」
「了解」
ガシャガシャッ!
通信員が信号探照灯を操作した。
ピッ!
インカムが鳴る。
《砲術長より艦長。主砲弾、対地用三式から対艦用九一式徹甲弾に変更完了しました》
砲術長からの報告。
「艦長了解。来るべき砲撃戦に備えて十分な休養を取って」
《ありがとう。休息はとるよ》
返事と同時にインカムが切られる。
「艦長、第一変針地点、シンリー島沖です」
副長の梨華が言った。
「艦隊、第一変針。陣形を崩さずに取り舵二十五度」
「とーりかーじ、二十五度!」
わたしが言うと、航海長が伝声管に向かって復唱する。
カラカラカラ・・・・・・・・・
ぐうっ・・・・・・
滑車の音とともにメインマストに信号旗が揚がり、我が「金剛」は左に向かって舵を切った。
「・・・・・・」
懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認。後ろに居並ぶ幹部たちのほうを見る。
「戦闘中、慢心は敗北の要因となる。それはかつてのミッドウェー作戦を見ても明らかだ。しかし・・・・・・」
わたしは時計を指さした。
「出港から、かなりの時間がたっており、みんなの疲労もかなりの物であろう。疲労は頭脳を狂わせ、正しい判断などができなくなる、非常に厄介な敵だ。わたしと当直士官を除く全員は自室に戻り、睡眠をとるように」
「しかし、艦長は休まなくてもいいので・・・・・・・」
「大丈夫、次の交代で休むよ」
梨華が不安そうに言うのを遮って言う。
「は、はい・・・・・・」
当直の乗員を除いたみんなが艦橋から出ていく。
「ふぅ」
わたしはその背中を見送ると、艦橋内に持ち込んだキャンピングチェアに腰かけた。
(前に雪菜がやってたのを真似してみたけど、結構快適・・・・・・)
今のところ、海上に不審なものはないし、艦の調子も上々。かなりうまく進んでいる。
「♪花橘の香も高く流れも清き菊水の
大楠公にゆかりある金剛の名のうるはしさ・・・・・・・」
ずっと歌ってきた我が艦の艦歌を口ずさむ。
一番まで歌い終わった時・・・・・・
『♪日出る国の護りなる戦艦の光はます鏡 朝な夕なに励みつつただ君のため国のため・・・』
艦橋に詰めていた当直員たちが一斉に歌い出す。
『♪朝日に匂ふ桜花 大和ごころに奮ひたち 事しもあらばもろともに 我らがつとめ尽くさなん』
最後まで歌い終わったとき、艦橋内に伝令が駆け込んできた。
「偵察隊より入電!」
「何と?」
「『敵艦隊の陣容、戦艦およそ五隻。軽巡十隻、駆逐艦三十、重巡五。そして・・・・・』」
伝令兵はそこで言葉を詰まらせる。
「そして・・・・?」
わたしが促すと、再び話し始めた。
「『そして・・・・一等空母三』!」
『!!!』
艦橋内の面々に衝撃が走る。
「偵察結果と違うじゃない・・・・・・」
「おそらく、ギリシャ海軍による偵察の後、艦隊に合流したものかと思われます」
副長が言った。
「正規空母三隻で艦載機は何機くらいになると思う?」
「おそらく艦戦五十機は超えるでしょう」
「こちらの空母艦隊から出せる上空直掩は?」
「第二護衛空母隊はすべて艦上戦闘機を搭載しておりますので・・・・・零式艦上戦闘機三十ほどは可能であるかと思われます」
「そう。なら、第二変針地点から上空直掩を要請しなさい」
わたしはそう指示すると、ため息を一つついた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
すぐ前方から聞こえてくるエンジン音。
「フッ・・・・・・・・」
わたし―空母「信濃」戦闘機隊長の夕雲天は、短く息を吐き出して操縦桿を握りなおした。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
すぐ横を飛んでいる二番機の西澤と目が合う。
「~!」
「~!」
こちらが手を振ると、西澤も手を振り返して風防を閉めた。
眼下を見ると、攻撃隊の流星が飛んでいるのが見える。
「攻撃隊は一機たりとも墜とさせない・・・・・・たとえ自分の命と代えようとも」
コックピットの隅に掛けてあった酸素マスクを装着、少しだけ舌を出す。
ひんやりとした酸素の味がした。
(酸素供給に問題はなし・・・・・・・)
舌をしまうと、酸素供給量を調整。今後の空戦に備える。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
四機のFw190が近くに降りてきた。
ぱっ!
先頭の一機、機首下面を黄色に塗った隊長機。そのコックピットでガーランド大尉が手を振る。
「あの人、本当に葉巻が好きね」
ガーランド大尉の機体には葉巻を咥えたオスの浦安ネズミのマーク。コックピットの本人も葉巻を咥えていた。
「酸素マスクが必要な高度じゃどうするんだろう・・・・・・?」
「そろそろ酸素マスクが必要な高度になったな・・・・・・」
空母「グラーフ・ツェッペリン」所属のFw190-T1のコックピット内。
俺―ヨハン・ガーランドは口にくわえていた葉巻を取ると、コックピットの片隅に設けられた灰皿に押し付けて火を消した。
「これを・・・・・」
さっきの灰皿とともに自分の機体のみの装備である専用金具。それに葉巻をひっかけて固定。
カチャッ、カチャッ
酸素マスクを装着した。
「すぅっ・・・・・・・」
目を閉じて深呼吸し、再び目を開いて前方を見つめる。
ガーーーーーー・・・・・・
無線機から雑音が聞こえた。
《『信濃』偵察隊一番機より機動部隊』へ。敵艦隊に一等空母三隻が加わったことを確認》
「なんだと・・・・・!?」
空母が入っているのであれば迎撃は一層激しくなるし、こちらの艦隊に敵の手が及ぶこともあり得る。
「こちらに敵が来た時のことも考えねば・・・・・・」
俺たちの乗機であるFw190は、航続距離の関係で今回の緊急攻撃隊への参加は許されなかった。
「夕雲大佐・・・・・・・」
後方を飛ぶ日本の「烈風」を見る。
「我々のエスコートはここまでだ。ご武運を祈る」
《ご協力に感謝します》
俺が無線を入れると、夕雲隊は翼を振って飛び去った。
「ご協力に感謝します」
わたし―夕雲天はガーランド機に敬礼すると、烈風隊を率いて上昇した。
(Fw190の航続距離は最高でも1400㎞・・・・・・今回の緊急攻撃は航続距離の長い日本機と米軍機以外には不可能・・・・・・)
英国機とドイツ機も航続距離圏内に入り次第に発艦を始めるそうだけど、待っていられる暇はない。
手元のランプと機械式インジケーターで機体に異常がないかを確認。
カタッ
コック操作で燃料供給先を胴体内燃料槽から増槽に切り替える。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
上空を見ると、銀色に塗装された四発機が見えた。
「超空の要塞・・・・・・・・」
電探欺瞞紙散布の任を帯びた戦略爆撃機、B-29だ。
キラッ!
B-29を護衛するのはノースアメリカンP-51「マスタング」とリパブリックP-47「サンダーボルト」。
ヴァァァァァン!
一機のマスタングが、わたしたち「信濃」隊の横に降りてくる。その機首には、駆逐艦を擬人化した萌えキャラと「Pretty sam」と言う機体名が書かれていた。
さっ、さっ・・・・
相手が手信号で周波数を問い、自分も手信号で自機の無線周波数を伝える。
ガガガッ・・・・・・・
少しの雑音の後・・・・・・
《ふう、味方か。アッシリアの野郎かと思ったよ》
無線機から若い女の声が聞こえてくる。
「安心しなさい。日の丸よ」
わたしが言うと、無線機から相手が息をつく音が聞こえた。
「自己紹介がまだだったわね。わたしは空母『信濃』戦闘機隊長の夕雲天。階級はないけど、大佐相当官として扱われているわ」
そう言うと、相手も自己紹介を始める。
《俺はアメリカ空軍第二十八戦闘爆撃航空団第一戦闘飛行隊長のマリア・カーペンター。階級は少佐》
「マリア少佐ね。これからよろしく」
わたしが翼を振ると、マリア機も翼を振った。
《夕雲大佐。まずは我々が突入してレーダーを撹乱する。その隙を狙って突っ込め》
「了解」
マリア大佐からいわれたことを無線で平沼飛行長にも伝達。
無線機のつまみを調整し、「信濃」隊の無線周波数に合わせる。
「全機よく聞け!米空軍のB29が最初に突入し、電探欺瞞紙で相手の伝単を撹乱し、我々はその隙に乗じて突っ込む!流星隊を撃墜させるな!」
全機が翼を振って答えた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
マリア機がエンジンをうならせて上昇し、B-29の先頭機の横につく。その機体には、戦艦「日向」の擬人化萌えキャラのノーズアートが描かれていた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
俺―マリア・カーペンターの愛機、「Pretty Sam」は高度を上げると、ホームズ隊長機の横についた。
「隊長、敵機は我々が全力で食い止めます。爆撃隊は電探欺瞞紙散布に全力を注いでください」
《ありがとう。全機に告ぐ!高度を下げろ!》
俺が言うと、無線機からホームズ隊長の声が聞こえる。
「了解!」
俺はそう言うと、操縦桿を軽く押し、B-29の上になるように降下した。
「艦長、第二変針地点です」
戦艦『金剛』艦橋。副長の梨華が言う。
「艦隊変針。陣形を崩さずに取り舵十度」
「とりかーじ十度」
わたし―日向琴音が指示を出すと、伝声管から航海長の復唱の声が聞こえた。
「第二護衛空母隊に上空直掩の戦闘機を要請しなさい」
「了解」
わたしはさらに指示を出すと、艦橋の上にある防空指揮所に上る。
グォォォォォォォォォ・・・・・・・
激しい機関音を響かせ、後方に自らの率いる大艦隊がついてくる。
先頭から戦艦「金剛」、「比叡」、「榛名」、「霧島」。イタリア海軍戦艦「ヴィットリオ・ヴェネト」、「ローマ」、アメリカ海軍戦艦「ウィスコシン」、「ニュージャージー」、「アラバマ」。イギリス海軍戦艦「ヴァンガード」、ドイツ戦艦「シャルンホルスト」、「グゼイナウ」。が複縦陣を組んで航行していた。
その周りを取り囲むように日本の重巡洋艦「高雄」、「愛宕」、「摩耶」、「妙高」、「那智」、「足柄」、「羽黒」。英国重巡洋艦「ロンドン」、「デヴォンジャー」。アメリカの大型巡洋艦「アラスカ」、「グアム」。そして日本とイタリアの水雷戦隊が航行している。
カン、カン・・・・・・・・
ラッタルを降りて艦橋内に入ると、口を開く。
「Z旗を掲げよ!」
「ハッ!」
梨華がそう言うと、通信課員に連絡を始めた。
戦艦「比叡」艦橋・・・・・・・
「艦長!」
副長の祐樹がわたし―最上雪菜に言う。
「『金剛』がZ旗を掲げました!」
「そう・・・・・・・」
アルファベットの最後に当たるZ旗。『皇国の興廃此の一戦にあり。各員一層奮励努力せよ』を表す信号旗だ。(我が艦は曳船を求む。の意味もあるけど)
すぅっ・・・・・・・
わたしは大きく息を吸い込むと、一気に命令を発する、
「総員配置!砲撃戦用意!」
「総員配置~!」
祐樹がマイクに向かって叫ぶ。
ジャァァァァァァァン!
鳴り響くベルが乗員たちを叩き起こした。
「総員配置!総員配置!これは訓練では無い!」
祐樹はなおもマイクに向かって叫ぶ。
他の艦でも総員配置がかかったのか、「金剛」や「ヴィットリオ・ヴェネト」でもざわめきがおき始めた。
「・・・・」
わたしは口を一文字に引き結ぶと、戦闘帽の顎ひもをかける。
「対空、対潜、水上見張りを厳となせ。特に潜水艦と航空機の気配があったら直ちに報告せよ」
「はい!」
見張り員たちが双眼鏡を覗いて言った。
「艦載機発艦用意。前途の対潜哨戒にあたらせよ」
わたしはさらに指示を出す。
「了解」
伝令が艦橋から出ていった。
「航海長」
「はい!」
「ベイルートまであとどれくらい?」
「はい!およそ千百三十キロメートルです」
「そう・・・・・・・」
わたしは顎に手を当て、ここからの距離と敵艦の推定速度、自艦の航行速度を計算した。
(敵さんの戦艦は、日本の加賀型やドイツのマッケンゼン級、アメリカのレキシントン級に酷似しているとZ機関の密偵から情報が入っている。だとすると最悪二十六ノットは出せるわけね・・・・・・・)
現在、敵には二つの選択肢がある。
壱、そのままベイルート周辺にとどまり、わたしたちを迎え撃つこと。
弐、進撃し、離れた位置で戦闘を行うこと。
この二つだ。
「偵察機からの情報はある?」
わたしが問うと、梨華が首を横に振る。
「情報機関『世阿弥』のスパイからは?」
「それもありません」
「そう。ならば、遭遇戦の用意をしておいて」
「了解」
祐樹がうなずいた時・・・・・・・
「艦長!」
防空指揮所とつながった伝声管から叫び声が聞こえる。
「戦艦が一隻、左舷後ろから近づいてきます!」
「なんですって!?」
わたしは左舷側の窓に駆け寄ると、窓の外を見た。
「左舷砲撃戦用意!主砲の照準を行え!」
祐樹がインカムに叫ぶ。
「待ちなさい!」
わたしは相手艦を見ると、その命令を取り消した。
「軍艦旗と国連軍旗を掲げているじゃないの!」
相手のマストに「我交戦の意思なし」の信号旗が掲げられる。
「相手に謝りなさい」
わたしはそう指示して、無線機を取った。
「こちら日本海軍戦艦『比叡』。先ほど貴艦に主砲を向けたことについて、謝罪いたします」
《こちらトルコ亡命政府軍戦艦『ヤウズ・スルタン・セリム』。こちらは特に気にしていない。大丈夫だ》
(そうか、トルコの・・・・・・・)
現在、トルコは国土の多くをアッシリアに占拠されている。
政府要人と海軍艦艇の一部は大アッシリアの占領下から決死の逃避行を行い、ドイツに亡命政府を設立した。
海軍艦艇はギリシャに身を寄せているはず。
「何の用ですか?」
わたしはさらに続ける。
戦艦「ヤウズ」は我々と同じ方向に艦首を向け、航行していた。
《アッシリアの艦隊が出たという情報を得たので、攻撃を加えようと向かっていたところである。今こそ雪辱を晴らす時であると確信している》
「そちらの手勢は何隻か?」
《我が艦と駆逐艦四隻である》
(は・・・・・・!?)
そんな編成で戦艦五隻と空母二隻に殴り込みをかけようと言うの!?
「それはあまりにも無謀な作戦である。我々の艦隊と合流されてはいかがであろうか?」
わたしは「ヤウズ」艦隊に提案した。
《そうさせていただきたいのであるが、そちらの迷惑にならないだろうか?》
「それは、旗艦である『金剛』に問い合わせてみなければわからない。しばし待たれたし」
わたしはそう言うと、通信科に問い合わせを指示する。
「艦長」
通信兵が声をかけた。
「『金剛』より電報。トルコ海軍戦艦『ヤウズ』との交信は旗艦である『金剛』が引き継ぐ。『ヤウズ』艦隊が第一遊撃艦隊に入ることを認める」
通信兵が手元の文章を読み上げる。
「了解。その旨『ヤウズ』で打電せよ」
「承知」
わたしが指示を出すと、通信兵は紙をもって通信室に走っていった。
ザァァァァァァァ!
トルコ艦隊がそれぞれ指示された位置につく。
「艦長!航空支援来ます!」
上空に、空母「隼鷹」、「飛鷹」から十三機の零戦五二型が飛来。上空直掩の任についた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
前方から聞こえる空冷星型エンジンの音。
「フッ」
俺―平沼敦は愛機である流星艦攻の操縦桿を握って息をついた。
すっ・・・・
航空眼鏡を装着。
「準備はいいだろうな?」
後席に座るトンブリに声をかける。
「バッチリよ!」
後ろから元気な声がかかってきた。
カチッ!
無線機を編隊全機に伝わるように変換。
「全機に告ぐ!まもなく目標に到着する」
俺はさらに息を吸い込む。
前方に敵艦隊が見えた。その上に、二、三機艦戦が舞っている。
「目標は敵空母!!全機突撃!」
ヴァァァァァン・・・・・・・・・!
偵察の彩雲隊が上昇。上空から見張りを始める。
ヴァァァァァン!
烈風隊がエンジンをうならせ、敵機に挑みかかった。
「行くぞ!」
俺は高度三メートルまで機体を降下させると、スロットルを開いた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・!
雷撃隊の流星も俺たちに続くように降下する。
ヴァァァァァン!
米空軍のB29が高空から電探欺瞞紙をバラまき、敵のレーダーを撹乱する。
ヒュォォォォォォォォォォ!
風切音を響かせて、急降下爆撃隊が敵空母に爆撃を始めた。
ドガァン!ドガァン!
敵空母の飛行甲板に爆弾が直撃する。
「吶喊!」
俺は無線機に叫ぶと、一気にフルスロットルに入れて高度一メートルまで降下した。
ザァァァァァァァァァァ!
風圧で海水が巻き上げられ、機体に降りかかる。
「敦!後ろから敵機!」
トンブリが叫ぶと、後部機銃の引き金を引いた。
ダダダダ!
機銃が火を噴く。
「敵機の機種は何だ?」
後方を振り向くと、空冷星型エンジンを搭載したスマートな機体が見えた。
「グラマンF8F・・・・・・・」
米海軍最強にして、烈風、シーフューリーと同世代の機体。厄介すぎる相手である。
(最悪だ・・・・・・!)
ぐいっ!
俺は悪態をつきながら操縦桿を右に倒す。
ガン!
左のフットバーを思いっきり蹴っ飛ばして機体を横滑りさせた、
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
トンブリが叫びながら機銃を乱射する。
「あと少し!あと少しだけ持ってくれたら、魚雷の射程に入る!それまで撃ちまくれ!」
俺は後ろを見ずに叫ぶと、スロットルに左手、操縦桿に右手を置いてまっすぐ前を見た。
「追いつかれた!撃たれる!」
トンブリが叫んだその瞬間・・・・・・・
ぎゅん!
前方から四機の烈風が飛んできて、俺たちと凄まじい速度ですれ違う。
「夕雲!」
コックピットの中で、夕雲がほほ笑んでいるのが見えたような気がした。
ドドドドッ!
夕雲機は機銃を撃ちながら敵機に突っ込む。
ガン!バキッ!
敵機の主翼が吹っび、錐揉み状に海面に激突した。
「敵艦まであと二千五百メートル!」
俺は叫ぶと、トンブリに魚雷投下の用意を指示する。
「距離が千五百を切ったら投下しろ」
「了解」
トンブリがうなずいた。
ババババババババババババ!
ドン!ドン!
敵艦からの熾烈な対空砲火。
「ぐ・・・・・・っ!」
機体の横滑りで避ける。
ババババッ!
攻撃隊に襲い掛かる敵機を片っ端から撃墜していく戦闘機隊。
「魚雷投下進路宜候!」
敵の懐に入り込むと同時に俺はトンブリに叫ぶ。
「ヨーソロー!・・・・・・・・撃ッ!」
ガコン!
トンブリが復唱しながらレバーを操作すると、金具の外れる音とともに魚雷が切り離されて水に入った。
「ぐぅっ・・・・・・・・・!」
重荷を切り離した機体が急上昇しようとするのを押さえつけ、敵艦の最上甲板近くまで上昇する。
敵艦の対空機銃が動いた。
ガキッ!
スロットルレバーに着けられた機銃発射把柄を握る。
ドドドドドドドドドド!
機銃掃射に驚いたのか、敵兵の手が一瞬止まる。
ギュン!
その上を飛びぬけ、急降下爆撃で上がった炎の間を飛びぬけた。
「当たったか・・・・・・?」
後方を見ると、編隊の各機も雷撃を終えて追随してきていた。
カチッ
無線機のスイッチを「送」に切り替え、声を発する。
「全機、雷撃を終えたならば直ちに母艦へ帰投せよ。危険な戦闘空域に長居する必要はない。俺は攻撃隊全機の帰還を見届けてから帰投する」
全機が翼を振って答えた。
「それでは、全機帰投!」
各機が翼を翻して帰路につく様子を見ると、俺はさらに高度を上げる。
「攻撃隊一番機より機動部隊へ。敵空母二隻炎上大破。航空機の発艦は困難であると認む。地上施設の攻撃はできず、第二次攻撃の要あり」
母艦へ連絡を入れ、攻撃隊と偵察隊に帰投命令を出した。
ブゥゥゥゥゥ・・・・・・・
エンジン音を響かせ、各機が戦場を離脱していく。
カチッ!
無線機のダイヤルとスイッチを調節し、周波数を戦闘機隊の物に合わせた。
「戦闘終わり。攻撃隊全機、母艦へ帰投せよ!」
あらかたの敵機を墜とした戦闘機隊が翼を翻し、俺の後ろに続く。
先頭につくのは尾翼を深紅に塗った夕雲機。さらに後ろから本隊とはぐれた日本機とアメリカ機が続いた。
国連軍機の攻撃で炎上するアッシリアの空母艦橋にて・・・・・・・・・
「クソ野郎が・・・・・・・・」
一人の男が羅針盤につかまり、身を起こす。
艦隊司令はすでにこの艦を見放すことを決め、乗組員たちが避難を開始していた。
「あの野郎ども、狙ったように飛行甲板と舵をやりやがった」
そう男が言うと同時に、飛行甲板の火がさらに大きく燃え上がった。
「あの野郎ども、今頃は祝杯を挙げていることだろう・・・・・」
彼は羅針盤をしっかりとつかむと、燃え上がる飛行甲板を見る。
「・・・だが、ここで『プホイニクス』が沈んでも、他の空母はまだ沈んでいない」
艦内の至る所から爆発音が聞こえた。
「覚えてろよ、復讐してやる!沈めてやる!」
男は呪詛の言葉を吐き続ける。
「絶対に沈めてやる!一隻残らずだ!」
「艦長!」
二人の水兵が艦橋内に駆け込んで来た。
「早く退避してください!」
彼の腕をつかむ。
「俺は艦と運命を共にする。お前たちは脱出しろ」
彼はそう言うと、水兵の手を振り払う。
「そんなわけにはまいりません。艦長はこれからの海軍に必要な方です!ここで死んではいけない!」
もう一人の水兵がそう言うと、彼を羽交い絞めにして引きずり始めた。
「やめてくれ!ここで死なせてくれ!」
男は叫びながら艦橋を出ると、横付けされた駆逐艦に移乗させられる。
ゴォォォォォ!
真っ赤な炎が木製の飛行甲板を舐める。
漂流を始めた空母を救う手立ては、もう無かった。
空母「信濃」艦長である浜川澪の声が艦内放送で鳴り響く。
「搭乗員整列!搭乗員整列ー!」
艦内を伝令兵が駆けまわり、搭乗員たちに飛行甲板への整列を告げた。
俺―平沼敦は、飛行甲板中ほど、艦橋近くに整列した搭乗員たちの前に立つ。
「今回、敵艦隊発見の報がギリシャ海軍より入った。我々は、緊急で攻撃隊を出し、敵艦隊を撃滅することとした」
搭乗員たちがうなずく。
「敵艦隊の陣容は少なくとも戦艦五隻以上。空母の姿は認められないとのことだが、注意しておくように」
俺はそう言うと、搭乗員たちを見回した。
「目標は空母か戦艦のみとする!第一遊撃艦隊を手助けするんだ!」
『オォォォォォォォォ!』
搭乗員たちが気勢を上げる。
おれは、再び口を開いた。
「一つ言っておく。全員生きて帰れ!再び、ここで会おう!全員搭乗!」
そう言うと同時に、搭乗員たちがそれぞれの愛機に向かって駆けだす。
「回せーーーーーッ!」
「コンターック!」
甲板上には直掩戦闘機隊の烈風と対艦兵装を装備した攻撃隊の流星が並べられ、いつでも敵艦隊に向けて発艦できるようになっていた。
俺は攻撃隊の一番機、機体番号「F2-261」のコックピットに入る。
「準備はいいだろうな?」
「もちろんよ!」
後席に航法手のトンブリが座っていることを確認。
風防から身を乗り出すと、自分の後ろに続く攻撃隊。前には先導を務める偵察隊の彩雲と制空、直掩の烈風が見えた。
攻撃隊の半数の機体には、ギラリと光る航空魚雷が懸吊されている。
「車輪止め外せ――――――ッ!」
発艦指揮官が両手で交差させるように掲げた手旗をサッと下ろした。
整備兵がチョークをもって下がる。
「発艦始め!」
発艦指揮官の合図が下った。
ヴァァァァァン!
先頭の彩雲二機、烈風隊がカタパルトなしで発艦していく。
ピッ!
インカムが鳴った。
《攻撃隊、一番機よりカタパルト発艦地点へ移動せよ》
「了解」
バタタタタタタタ・・・・・・・・・
発艦地点まで移動し、ブライドルを装着。
「発艦します!」
スロットルを全開、プロペラピッチは最深にし、右手を素早く前に振る。
ガシュッ!
カタパルトで機体が撃ち出される。
「ぐっ・・・・・・」
俺は歯を食いしばると、体にかかるGに耐えた。
カチッ!カチッ!
手元のスイッチで主脚を収納。
「二番機、ちゃんとついてきている」
トンブリが後方を確認し、僚機がついてきていることを知らせた。
「よし、後方確認は任せたぞ・・・・・・」
「OK」
トンブリが後部機銃の試射をしながら言う。
ドドッ!
俺も前方機銃の試射をすると、編隊の中に入った。
「こちらサクラ1.これより発艦に入る」
「翔鶴発艦指揮官よりサクラ1.了解、発艦を許可する」
空母「翔鶴」飛行甲板の先頭に上げられた零式艦上戦闘機三二型のコックピット内。
俺―空母「翔鶴」戦闘機隊長の神崎保信がそう言うと、インカムから発艦指揮官の声が聞こえた。
「では、サクラ隊、発艦します」
「了解。ご安全に」
発艦指揮官が言う。
「みやび!」
風防から身を乗り出して言うと、主翼の下にしゃがんでいた赤髪の女子が顔を上げる。
「車輪止め外せ!」
「はい!保信さん、ご武運を!」
俺が言うと、みやびは車輪止めを抱えて甲板横のポケットまで下がった。
「でっかい戦果を持ってくるから、期待して待ってろ!」
そう言うや否や、スロットルを押し込んで滑走を開始する。
ヴァァァァァン!
栄エンジンが唸りを上げた。
ぐうっ
操縦桿を押して尾部を持ち上げ、その次の瞬間・・・・・・
ぐいっ!
思いっきり操縦桿を引いて上げ舵。
ふわっ
主脚からの振動が消えた。
ヴァラララララララ・・・・・・・・・・・
二番機以降も続々と滑走を開始する。
ピッ!
無線機が鳴った。
《こちらハル。飛行に特に問題はなし。オーバーホール後の初飛行が空戦になるとは思わなかったよ》
二番機を務める僕の婚約者、山ノ井春音の声が聞こえる。
カチッ!
無線機のスイッチを切り替えると、咽頭マイクに声を発した。
「それならよかった。徹夜で整備してくれたみやびたちにもお礼を言わないとね」
《そうだね~》
俺はさらに無線機を操作し、「翔鶴」戦闘機隊全機に聞こえるように切り替える。
「全機よく聞け!敵は戦艦少なくとも五隻。空母は見当たらないが、敵に不足はない!艦攻、艦爆隊を撃墜させるな!」
全機が翼を振って答えた。
「さて、そろそろ見えてくるころかな・・・・・・・・・?」
艦上攻撃機「流星」のコックピット内。
俺―平沼敦はつぶやくと、前方を見る。
(敵艦に魚雷をぶちかます・・・・・・・)
頭の中で雷撃の手順を反芻。前方の照準器のスイッチを入れた。
「後方見張り、大丈夫か?」
《大丈夫大丈夫。空母はいないんでしょ?》
トンブリが笑いながら言う。
「いや、敵基地航空隊のムスタングは航続距離が長い。海上を長距離飛行してくることもあり得る」
《その時は、わたしが全部撃ち落としちゃうよ!》
トンブリが後席で言った。
「俺をナメるな。これでも艦攻で戦闘機を墜とした男だぞ」
《そうなの?》
「あぁ、マニューバキルだったけどな」
確かあの時は、九七艦攻だったっけか・・・・・・
「この流星の二十ミリ機銃さえあれば、敵戦闘機だって墜として見せる」
「艦長」
戦艦『金剛』艦橋、副長の三隈梨華がわたしに言う。
「味方機です」
わたし―日向琴音が空を見上げると、翼に日の丸を描いた日本機、紺色の丸に白星のアメリカ機、赤青白のイギリス機が上空を航過していた。
身軽で俊敏な動きを見せつける戦闘機、黒光りする爆弾を抱えた爆撃機、太い魚雷を抱えた攻撃機・・・・・何百機もの航空機が編隊を組み、敵地へと向かう。
「我々も、すぐに向かうよ・・・・・・」
わたしはそう言うと、敵地へ向かう空の勇士たちに帽子を振った。
見えないことは分かってる。でも、彼らの安全を願わずにはいられなかった。
チカッ!チカッ!
同行するイタリア海軍の軽巡洋艦「ルイージ・ディ・サヴォイア・デューカ・デッリ・アブルッツィ」―長いからアブルッツィでいいや―が発光信号を送ってくる。
《上空および海面に不審な機影、および潜望鏡らしきものはなし。潜水艦潜伏の可能性は限りなくゼロに近いものである》
「返答しなさい。《ご報告に感謝す。》」
「了解」
ガシャガシャッ!
通信員が信号探照灯を操作した。
ピッ!
インカムが鳴る。
《砲術長より艦長。主砲弾、対地用三式から対艦用九一式徹甲弾に変更完了しました》
砲術長からの報告。
「艦長了解。来るべき砲撃戦に備えて十分な休養を取って」
《ありがとう。休息はとるよ》
返事と同時にインカムが切られる。
「艦長、第一変針地点、シンリー島沖です」
副長の梨華が言った。
「艦隊、第一変針。陣形を崩さずに取り舵二十五度」
「とーりかーじ、二十五度!」
わたしが言うと、航海長が伝声管に向かって復唱する。
カラカラカラ・・・・・・・・・
ぐうっ・・・・・・
滑車の音とともにメインマストに信号旗が揚がり、我が「金剛」は左に向かって舵を切った。
「・・・・・・」
懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認。後ろに居並ぶ幹部たちのほうを見る。
「戦闘中、慢心は敗北の要因となる。それはかつてのミッドウェー作戦を見ても明らかだ。しかし・・・・・・」
わたしは時計を指さした。
「出港から、かなりの時間がたっており、みんなの疲労もかなりの物であろう。疲労は頭脳を狂わせ、正しい判断などができなくなる、非常に厄介な敵だ。わたしと当直士官を除く全員は自室に戻り、睡眠をとるように」
「しかし、艦長は休まなくてもいいので・・・・・・・」
「大丈夫、次の交代で休むよ」
梨華が不安そうに言うのを遮って言う。
「は、はい・・・・・・」
当直の乗員を除いたみんなが艦橋から出ていく。
「ふぅ」
わたしはその背中を見送ると、艦橋内に持ち込んだキャンピングチェアに腰かけた。
(前に雪菜がやってたのを真似してみたけど、結構快適・・・・・・)
今のところ、海上に不審なものはないし、艦の調子も上々。かなりうまく進んでいる。
「♪花橘の香も高く流れも清き菊水の
大楠公にゆかりある金剛の名のうるはしさ・・・・・・・」
ずっと歌ってきた我が艦の艦歌を口ずさむ。
一番まで歌い終わった時・・・・・・
『♪日出る国の護りなる戦艦の光はます鏡 朝な夕なに励みつつただ君のため国のため・・・』
艦橋に詰めていた当直員たちが一斉に歌い出す。
『♪朝日に匂ふ桜花 大和ごころに奮ひたち 事しもあらばもろともに 我らがつとめ尽くさなん』
最後まで歌い終わったとき、艦橋内に伝令が駆け込んできた。
「偵察隊より入電!」
「何と?」
「『敵艦隊の陣容、戦艦およそ五隻。軽巡十隻、駆逐艦三十、重巡五。そして・・・・・』」
伝令兵はそこで言葉を詰まらせる。
「そして・・・・?」
わたしが促すと、再び話し始めた。
「『そして・・・・一等空母三』!」
『!!!』
艦橋内の面々に衝撃が走る。
「偵察結果と違うじゃない・・・・・・」
「おそらく、ギリシャ海軍による偵察の後、艦隊に合流したものかと思われます」
副長が言った。
「正規空母三隻で艦載機は何機くらいになると思う?」
「おそらく艦戦五十機は超えるでしょう」
「こちらの空母艦隊から出せる上空直掩は?」
「第二護衛空母隊はすべて艦上戦闘機を搭載しておりますので・・・・・零式艦上戦闘機三十ほどは可能であるかと思われます」
「そう。なら、第二変針地点から上空直掩を要請しなさい」
わたしはそう指示すると、ため息を一つついた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
すぐ前方から聞こえてくるエンジン音。
「フッ・・・・・・・・」
わたし―空母「信濃」戦闘機隊長の夕雲天は、短く息を吐き出して操縦桿を握りなおした。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
すぐ横を飛んでいる二番機の西澤と目が合う。
「~!」
「~!」
こちらが手を振ると、西澤も手を振り返して風防を閉めた。
眼下を見ると、攻撃隊の流星が飛んでいるのが見える。
「攻撃隊は一機たりとも墜とさせない・・・・・・たとえ自分の命と代えようとも」
コックピットの隅に掛けてあった酸素マスクを装着、少しだけ舌を出す。
ひんやりとした酸素の味がした。
(酸素供給に問題はなし・・・・・・・)
舌をしまうと、酸素供給量を調整。今後の空戦に備える。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
四機のFw190が近くに降りてきた。
ぱっ!
先頭の一機、機首下面を黄色に塗った隊長機。そのコックピットでガーランド大尉が手を振る。
「あの人、本当に葉巻が好きね」
ガーランド大尉の機体には葉巻を咥えたオスの浦安ネズミのマーク。コックピットの本人も葉巻を咥えていた。
「酸素マスクが必要な高度じゃどうするんだろう・・・・・・?」
「そろそろ酸素マスクが必要な高度になったな・・・・・・」
空母「グラーフ・ツェッペリン」所属のFw190-T1のコックピット内。
俺―ヨハン・ガーランドは口にくわえていた葉巻を取ると、コックピットの片隅に設けられた灰皿に押し付けて火を消した。
「これを・・・・・」
さっきの灰皿とともに自分の機体のみの装備である専用金具。それに葉巻をひっかけて固定。
カチャッ、カチャッ
酸素マスクを装着した。
「すぅっ・・・・・・・」
目を閉じて深呼吸し、再び目を開いて前方を見つめる。
ガーーーーーー・・・・・・
無線機から雑音が聞こえた。
《『信濃』偵察隊一番機より機動部隊』へ。敵艦隊に一等空母三隻が加わったことを確認》
「なんだと・・・・・!?」
空母が入っているのであれば迎撃は一層激しくなるし、こちらの艦隊に敵の手が及ぶこともあり得る。
「こちらに敵が来た時のことも考えねば・・・・・・」
俺たちの乗機であるFw190は、航続距離の関係で今回の緊急攻撃隊への参加は許されなかった。
「夕雲大佐・・・・・・・」
後方を飛ぶ日本の「烈風」を見る。
「我々のエスコートはここまでだ。ご武運を祈る」
《ご協力に感謝します》
俺が無線を入れると、夕雲隊は翼を振って飛び去った。
「ご協力に感謝します」
わたし―夕雲天はガーランド機に敬礼すると、烈風隊を率いて上昇した。
(Fw190の航続距離は最高でも1400㎞・・・・・・今回の緊急攻撃は航続距離の長い日本機と米軍機以外には不可能・・・・・・)
英国機とドイツ機も航続距離圏内に入り次第に発艦を始めるそうだけど、待っていられる暇はない。
手元のランプと機械式インジケーターで機体に異常がないかを確認。
カタッ
コック操作で燃料供給先を胴体内燃料槽から増槽に切り替える。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
上空を見ると、銀色に塗装された四発機が見えた。
「超空の要塞・・・・・・・・」
電探欺瞞紙散布の任を帯びた戦略爆撃機、B-29だ。
キラッ!
B-29を護衛するのはノースアメリカンP-51「マスタング」とリパブリックP-47「サンダーボルト」。
ヴァァァァァン!
一機のマスタングが、わたしたち「信濃」隊の横に降りてくる。その機首には、駆逐艦を擬人化した萌えキャラと「Pretty sam」と言う機体名が書かれていた。
さっ、さっ・・・・
相手が手信号で周波数を問い、自分も手信号で自機の無線周波数を伝える。
ガガガッ・・・・・・・
少しの雑音の後・・・・・・
《ふう、味方か。アッシリアの野郎かと思ったよ》
無線機から若い女の声が聞こえてくる。
「安心しなさい。日の丸よ」
わたしが言うと、無線機から相手が息をつく音が聞こえた。
「自己紹介がまだだったわね。わたしは空母『信濃』戦闘機隊長の夕雲天。階級はないけど、大佐相当官として扱われているわ」
そう言うと、相手も自己紹介を始める。
《俺はアメリカ空軍第二十八戦闘爆撃航空団第一戦闘飛行隊長のマリア・カーペンター。階級は少佐》
「マリア少佐ね。これからよろしく」
わたしが翼を振ると、マリア機も翼を振った。
《夕雲大佐。まずは我々が突入してレーダーを撹乱する。その隙を狙って突っ込め》
「了解」
マリア大佐からいわれたことを無線で平沼飛行長にも伝達。
無線機のつまみを調整し、「信濃」隊の無線周波数に合わせる。
「全機よく聞け!米空軍のB29が最初に突入し、電探欺瞞紙で相手の伝単を撹乱し、我々はその隙に乗じて突っ込む!流星隊を撃墜させるな!」
全機が翼を振って答えた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
マリア機がエンジンをうならせて上昇し、B-29の先頭機の横につく。その機体には、戦艦「日向」の擬人化萌えキャラのノーズアートが描かれていた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
俺―マリア・カーペンターの愛機、「Pretty Sam」は高度を上げると、ホームズ隊長機の横についた。
「隊長、敵機は我々が全力で食い止めます。爆撃隊は電探欺瞞紙散布に全力を注いでください」
《ありがとう。全機に告ぐ!高度を下げろ!》
俺が言うと、無線機からホームズ隊長の声が聞こえる。
「了解!」
俺はそう言うと、操縦桿を軽く押し、B-29の上になるように降下した。
「艦長、第二変針地点です」
戦艦『金剛』艦橋。副長の梨華が言う。
「艦隊変針。陣形を崩さずに取り舵十度」
「とりかーじ十度」
わたし―日向琴音が指示を出すと、伝声管から航海長の復唱の声が聞こえた。
「第二護衛空母隊に上空直掩の戦闘機を要請しなさい」
「了解」
わたしはさらに指示を出すと、艦橋の上にある防空指揮所に上る。
グォォォォォォォォォ・・・・・・・
激しい機関音を響かせ、後方に自らの率いる大艦隊がついてくる。
先頭から戦艦「金剛」、「比叡」、「榛名」、「霧島」。イタリア海軍戦艦「ヴィットリオ・ヴェネト」、「ローマ」、アメリカ海軍戦艦「ウィスコシン」、「ニュージャージー」、「アラバマ」。イギリス海軍戦艦「ヴァンガード」、ドイツ戦艦「シャルンホルスト」、「グゼイナウ」。が複縦陣を組んで航行していた。
その周りを取り囲むように日本の重巡洋艦「高雄」、「愛宕」、「摩耶」、「妙高」、「那智」、「足柄」、「羽黒」。英国重巡洋艦「ロンドン」、「デヴォンジャー」。アメリカの大型巡洋艦「アラスカ」、「グアム」。そして日本とイタリアの水雷戦隊が航行している。
カン、カン・・・・・・・・
ラッタルを降りて艦橋内に入ると、口を開く。
「Z旗を掲げよ!」
「ハッ!」
梨華がそう言うと、通信課員に連絡を始めた。
戦艦「比叡」艦橋・・・・・・・
「艦長!」
副長の祐樹がわたし―最上雪菜に言う。
「『金剛』がZ旗を掲げました!」
「そう・・・・・・・」
アルファベットの最後に当たるZ旗。『皇国の興廃此の一戦にあり。各員一層奮励努力せよ』を表す信号旗だ。(我が艦は曳船を求む。の意味もあるけど)
すぅっ・・・・・・・
わたしは大きく息を吸い込むと、一気に命令を発する、
「総員配置!砲撃戦用意!」
「総員配置~!」
祐樹がマイクに向かって叫ぶ。
ジャァァァァァァァン!
鳴り響くベルが乗員たちを叩き起こした。
「総員配置!総員配置!これは訓練では無い!」
祐樹はなおもマイクに向かって叫ぶ。
他の艦でも総員配置がかかったのか、「金剛」や「ヴィットリオ・ヴェネト」でもざわめきがおき始めた。
「・・・・」
わたしは口を一文字に引き結ぶと、戦闘帽の顎ひもをかける。
「対空、対潜、水上見張りを厳となせ。特に潜水艦と航空機の気配があったら直ちに報告せよ」
「はい!」
見張り員たちが双眼鏡を覗いて言った。
「艦載機発艦用意。前途の対潜哨戒にあたらせよ」
わたしはさらに指示を出す。
「了解」
伝令が艦橋から出ていった。
「航海長」
「はい!」
「ベイルートまであとどれくらい?」
「はい!およそ千百三十キロメートルです」
「そう・・・・・・・」
わたしは顎に手を当て、ここからの距離と敵艦の推定速度、自艦の航行速度を計算した。
(敵さんの戦艦は、日本の加賀型やドイツのマッケンゼン級、アメリカのレキシントン級に酷似しているとZ機関の密偵から情報が入っている。だとすると最悪二十六ノットは出せるわけね・・・・・・・)
現在、敵には二つの選択肢がある。
壱、そのままベイルート周辺にとどまり、わたしたちを迎え撃つこと。
弐、進撃し、離れた位置で戦闘を行うこと。
この二つだ。
「偵察機からの情報はある?」
わたしが問うと、梨華が首を横に振る。
「情報機関『世阿弥』のスパイからは?」
「それもありません」
「そう。ならば、遭遇戦の用意をしておいて」
「了解」
祐樹がうなずいた時・・・・・・・
「艦長!」
防空指揮所とつながった伝声管から叫び声が聞こえる。
「戦艦が一隻、左舷後ろから近づいてきます!」
「なんですって!?」
わたしは左舷側の窓に駆け寄ると、窓の外を見た。
「左舷砲撃戦用意!主砲の照準を行え!」
祐樹がインカムに叫ぶ。
「待ちなさい!」
わたしは相手艦を見ると、その命令を取り消した。
「軍艦旗と国連軍旗を掲げているじゃないの!」
相手のマストに「我交戦の意思なし」の信号旗が掲げられる。
「相手に謝りなさい」
わたしはそう指示して、無線機を取った。
「こちら日本海軍戦艦『比叡』。先ほど貴艦に主砲を向けたことについて、謝罪いたします」
《こちらトルコ亡命政府軍戦艦『ヤウズ・スルタン・セリム』。こちらは特に気にしていない。大丈夫だ》
(そうか、トルコの・・・・・・・)
現在、トルコは国土の多くをアッシリアに占拠されている。
政府要人と海軍艦艇の一部は大アッシリアの占領下から決死の逃避行を行い、ドイツに亡命政府を設立した。
海軍艦艇はギリシャに身を寄せているはず。
「何の用ですか?」
わたしはさらに続ける。
戦艦「ヤウズ」は我々と同じ方向に艦首を向け、航行していた。
《アッシリアの艦隊が出たという情報を得たので、攻撃を加えようと向かっていたところである。今こそ雪辱を晴らす時であると確信している》
「そちらの手勢は何隻か?」
《我が艦と駆逐艦四隻である》
(は・・・・・・!?)
そんな編成で戦艦五隻と空母二隻に殴り込みをかけようと言うの!?
「それはあまりにも無謀な作戦である。我々の艦隊と合流されてはいかがであろうか?」
わたしは「ヤウズ」艦隊に提案した。
《そうさせていただきたいのであるが、そちらの迷惑にならないだろうか?》
「それは、旗艦である『金剛』に問い合わせてみなければわからない。しばし待たれたし」
わたしはそう言うと、通信科に問い合わせを指示する。
「艦長」
通信兵が声をかけた。
「『金剛』より電報。トルコ海軍戦艦『ヤウズ』との交信は旗艦である『金剛』が引き継ぐ。『ヤウズ』艦隊が第一遊撃艦隊に入ることを認める」
通信兵が手元の文章を読み上げる。
「了解。その旨『ヤウズ』で打電せよ」
「承知」
わたしが指示を出すと、通信兵は紙をもって通信室に走っていった。
ザァァァァァァァ!
トルコ艦隊がそれぞれ指示された位置につく。
「艦長!航空支援来ます!」
上空に、空母「隼鷹」、「飛鷹」から十三機の零戦五二型が飛来。上空直掩の任についた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・
前方から聞こえる空冷星型エンジンの音。
「フッ」
俺―平沼敦は愛機である流星艦攻の操縦桿を握って息をついた。
すっ・・・・
航空眼鏡を装着。
「準備はいいだろうな?」
後席に座るトンブリに声をかける。
「バッチリよ!」
後ろから元気な声がかかってきた。
カチッ!
無線機を編隊全機に伝わるように変換。
「全機に告ぐ!まもなく目標に到着する」
俺はさらに息を吸い込む。
前方に敵艦隊が見えた。その上に、二、三機艦戦が舞っている。
「目標は敵空母!!全機突撃!」
ヴァァァァァン・・・・・・・・・!
偵察の彩雲隊が上昇。上空から見張りを始める。
ヴァァァァァン!
烈風隊がエンジンをうならせ、敵機に挑みかかった。
「行くぞ!」
俺は高度三メートルまで機体を降下させると、スロットルを開いた。
ヴァララララララララ・・・・・・・・・!
雷撃隊の流星も俺たちに続くように降下する。
ヴァァァァァン!
米空軍のB29が高空から電探欺瞞紙をバラまき、敵のレーダーを撹乱する。
ヒュォォォォォォォォォォ!
風切音を響かせて、急降下爆撃隊が敵空母に爆撃を始めた。
ドガァン!ドガァン!
敵空母の飛行甲板に爆弾が直撃する。
「吶喊!」
俺は無線機に叫ぶと、一気にフルスロットルに入れて高度一メートルまで降下した。
ザァァァァァァァァァァ!
風圧で海水が巻き上げられ、機体に降りかかる。
「敦!後ろから敵機!」
トンブリが叫ぶと、後部機銃の引き金を引いた。
ダダダダ!
機銃が火を噴く。
「敵機の機種は何だ?」
後方を振り向くと、空冷星型エンジンを搭載したスマートな機体が見えた。
「グラマンF8F・・・・・・・」
米海軍最強にして、烈風、シーフューリーと同世代の機体。厄介すぎる相手である。
(最悪だ・・・・・・!)
ぐいっ!
俺は悪態をつきながら操縦桿を右に倒す。
ガン!
左のフットバーを思いっきり蹴っ飛ばして機体を横滑りさせた、
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
トンブリが叫びながら機銃を乱射する。
「あと少し!あと少しだけ持ってくれたら、魚雷の射程に入る!それまで撃ちまくれ!」
俺は後ろを見ずに叫ぶと、スロットルに左手、操縦桿に右手を置いてまっすぐ前を見た。
「追いつかれた!撃たれる!」
トンブリが叫んだその瞬間・・・・・・・
ぎゅん!
前方から四機の烈風が飛んできて、俺たちと凄まじい速度ですれ違う。
「夕雲!」
コックピットの中で、夕雲がほほ笑んでいるのが見えたような気がした。
ドドドドッ!
夕雲機は機銃を撃ちながら敵機に突っ込む。
ガン!バキッ!
敵機の主翼が吹っび、錐揉み状に海面に激突した。
「敵艦まであと二千五百メートル!」
俺は叫ぶと、トンブリに魚雷投下の用意を指示する。
「距離が千五百を切ったら投下しろ」
「了解」
トンブリがうなずいた。
ババババババババババババ!
ドン!ドン!
敵艦からの熾烈な対空砲火。
「ぐ・・・・・・っ!」
機体の横滑りで避ける。
ババババッ!
攻撃隊に襲い掛かる敵機を片っ端から撃墜していく戦闘機隊。
「魚雷投下進路宜候!」
敵の懐に入り込むと同時に俺はトンブリに叫ぶ。
「ヨーソロー!・・・・・・・・撃ッ!」
ガコン!
トンブリが復唱しながらレバーを操作すると、金具の外れる音とともに魚雷が切り離されて水に入った。
「ぐぅっ・・・・・・・・・!」
重荷を切り離した機体が急上昇しようとするのを押さえつけ、敵艦の最上甲板近くまで上昇する。
敵艦の対空機銃が動いた。
ガキッ!
スロットルレバーに着けられた機銃発射把柄を握る。
ドドドドドドドドドド!
機銃掃射に驚いたのか、敵兵の手が一瞬止まる。
ギュン!
その上を飛びぬけ、急降下爆撃で上がった炎の間を飛びぬけた。
「当たったか・・・・・・?」
後方を見ると、編隊の各機も雷撃を終えて追随してきていた。
カチッ
無線機のスイッチを「送」に切り替え、声を発する。
「全機、雷撃を終えたならば直ちに母艦へ帰投せよ。危険な戦闘空域に長居する必要はない。俺は攻撃隊全機の帰還を見届けてから帰投する」
全機が翼を振って答えた。
「それでは、全機帰投!」
各機が翼を翻して帰路につく様子を見ると、俺はさらに高度を上げる。
「攻撃隊一番機より機動部隊へ。敵空母二隻炎上大破。航空機の発艦は困難であると認む。地上施設の攻撃はできず、第二次攻撃の要あり」
母艦へ連絡を入れ、攻撃隊と偵察隊に帰投命令を出した。
ブゥゥゥゥゥ・・・・・・・
エンジン音を響かせ、各機が戦場を離脱していく。
カチッ!
無線機のダイヤルとスイッチを調節し、周波数を戦闘機隊の物に合わせた。
「戦闘終わり。攻撃隊全機、母艦へ帰投せよ!」
あらかたの敵機を墜とした戦闘機隊が翼を翻し、俺の後ろに続く。
先頭につくのは尾翼を深紅に塗った夕雲機。さらに後ろから本隊とはぐれた日本機とアメリカ機が続いた。
国連軍機の攻撃で炎上するアッシリアの空母艦橋にて・・・・・・・・・
「クソ野郎が・・・・・・・・」
一人の男が羅針盤につかまり、身を起こす。
艦隊司令はすでにこの艦を見放すことを決め、乗組員たちが避難を開始していた。
「あの野郎ども、狙ったように飛行甲板と舵をやりやがった」
そう男が言うと同時に、飛行甲板の火がさらに大きく燃え上がった。
「あの野郎ども、今頃は祝杯を挙げていることだろう・・・・・」
彼は羅針盤をしっかりとつかむと、燃え上がる飛行甲板を見る。
「・・・だが、ここで『プホイニクス』が沈んでも、他の空母はまだ沈んでいない」
艦内の至る所から爆発音が聞こえた。
「覚えてろよ、復讐してやる!沈めてやる!」
男は呪詛の言葉を吐き続ける。
「絶対に沈めてやる!一隻残らずだ!」
「艦長!」
二人の水兵が艦橋内に駆け込んで来た。
「早く退避してください!」
彼の腕をつかむ。
「俺は艦と運命を共にする。お前たちは脱出しろ」
彼はそう言うと、水兵の手を振り払う。
「そんなわけにはまいりません。艦長はこれからの海軍に必要な方です!ここで死んではいけない!」
もう一人の水兵がそう言うと、彼を羽交い絞めにして引きずり始めた。
「やめてくれ!ここで死なせてくれ!」
男は叫びながら艦橋を出ると、横付けされた駆逐艦に移乗させられる。
ゴォォォォォ!
真っ赤な炎が木製の飛行甲板を舐める。
漂流を始めた空母を救う手立ては、もう無かった。
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