アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸

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第三章 激闘の中へ

第二十五話 Old Ironsides

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 アメリカ合衆国ボストン港。一隻の帆船がその艦体を休めていた。
 その艦の名は「コンスティチューション」。米海軍最古参にして、最古の現役帆走フリゲートであった。
 そのマスト、中ほどに設けられた見張り台に、一人の少女がたたずんでいた。
 典型的なヨーロッパ系アメリカ人の顔と肩ほどで切りそろえられた金髪が美しい。ただ、その服装は今の世には合わず、むしろ米英戦争時の貴族か軍人のような服装であった。
「Aye tear her tattered ensign down(彼女のボロボロの軍艦旗を下ろせ)」
 少女の口から言葉が紡がれる。
「Long has it waved on high,And many an eye has danced to see(かつて高らかに靡き、多くの者が見つめたその旗を!)
That banner in the sky;Beneath it rung the battle shout, And burst the cannon's roar;— (空になびく旗の下、多くの兵士が雄たけびを上げ、砲声が轟いた)
The meteor of the ocean air Shall sweep the clouds no more.(空を流れる流星は、もう彼女に加護を与えない)」
 少女が吟じるのはオリバー・ウェンデルの誌「Old Ironsides」。この「コンスティチューション」が解体されそうになった際、それを惜しんで書いたもの。
 この少女こそが、この帆走フリゲート「コンスティチューション」の艦魂であった。
「Her deck, once red with heroes' blood,(かつて、英雄たちがその甲板を血で染めた)
Where knelt the vanquished foe,(打ち負かされた敵が跪いた)
When winds were hurrying o'er the flood,And waves were white below,No more shall feel the victor's tread, Or know the conquered knee;— (風が吹き寄せようと、波が打ち寄せ、砕け散ろうと、そこにはもう、勝利の知らせも、勇壮な軍靴の音もない)
The harpies of the shore shall pluck The eagle of the sea!(渚にいる貪欲な怪物が、歴戦の海鷲を攫ってしまうから)」
 この艦の解体を暗喩する節、少しだけコンスティチューションの顔が曇る。
「Oh, better that her shattered hulk Should sink beneath the wave;
Her thunders shook the mighty deep, (嗚呼、解体するくらいなら、彼女を沈めてやってくれ。彼女の叫びが深き水底を揺り動かすであろう)
And there should be her grave;(水底にこそ、彼女の墓はあるべきなのだ)
Nail to the mast her holy flag,(その軍艦旗が二度と下ろせぬよう、マストに打ち付けてしまえ)
Set every threadbare sail,(そして、すり切れた帆をマストに張ろう)
And give her to the god of storms,The lightning and the gale!(そして彼女を捧げよう。嵐の、雷の、強風の神に!)」
 最後まで吟じ終わったのを見計らったかのように、下から声がかけられた。
「今日もお元気そうですね。コンスティチューション閣下」
 第二次世界大戦時の米海軍水兵服に身を包んだ少女がマストの根元に立っている。
 普通の人間にはこんな距離で会話することはできない。それをなせる彼女も、艦魂であった。
「カッシン!その呼び方はやめてって言ってるでしょ?」
「しかし、ナショナルシップを呼び捨てと言うのも気が引けます・・・・・・・」
 カッシンと呼ばれた艦魂は困ったように眉をひそめる。
 アメリカ海軍フレッチャー級駆逐艦百六十四番艦。艦番号「DD-793」、艦名「カッシン・ヤング」。コンスティチューションの「守り役」として保存されている艦であった。
「気軽に『コンス』って呼んでくれていいのに・・・・・・・」
 コンスティチューションはほほ笑みながらカッシンに言う。
「・・・・・カッシンはお堅すぎるよ」
「わたしの名の由来になった軍人のように、立派に戦ったことが自分の誇りです」
 カッシンが答えた。
「それと、朝食の用意が整いました」
 それを聞いたコンスの目が、一段と輝きを増す。
「今すぐ行くよ!」
 コンスは転移の光を出すと、カッシンのもとへ降りた。







 フリゲート「コンスティチューション」の目と鼻の先に係留されている駆逐艦「カッシン・ヤング」艦内食堂・・・・・・・・
「今日の朝食は変わってるね・・・・・・・」
 テーブル上の皿を見たコンスが言う。
 その皿の上には、アメリカ人の目には奇異に映る茶色の球体が並べられていた。
「かかっているのはオイスターソースにマヨネーズ。このヒラヒラしたものと緑色の粉は何だろう・・・・・・?」
「カツオブシ・・・・鰹を燻製して乾燥させたものを薄く削ったものです。緑色のものはアオノリ・・・海藻の一種だとのこと。どちらも日本でよく食べられるらしい・・・・・です」
 カッシンが説明する。
「今回は、日本の商船から教わった『Takoyaki』なるものを作ってみました。蛸を小麦粉の生地で包み、丸く焼いたものです」
「ほほう・・・・」
 目を細めるコンス。
「閣下。日本の食器『チョップスティック』はお使いになったことはありますか?」
 カッシンが問い、コンスが首を横に振る、
「では、いつも通りフォークとナイフ、スプーンをご用意いたしま・・・・」
「待って」
 コンスが引き止めた。
「わたしはコンスティチューション。これくらい造作もないこと。箸を使うよ」
 そう言うと同時に箸を振り上げ・・・・・・

 ブスリ!

 たこ焼きに突き刺す!
「Nooooooooooooo!」
 カッシンが悲鳴を上げた。
「なに?どうかしたの?」
 首をかしげるコンス。
「それは突き刺して使うのではなくて、二本の棒で食べ物をつまんで食べるのです」
「そうなんだ・・・・・・・」
 コンスが不思議な顔をして箸をのばす。
「難しいね。日本人は毎食ごとにこんなのをやってるの?」
 苦戦しながらも、たこ焼きを口に運ぶコンス。
「ええ、日本人は箸の他に洋食器も扱うことができるとか・・・・・・」
「それはすごい。だったら前に見せてもらえばよかった」
 コンスがたこ焼きを口に入れながら言った。
「いや、この後見せてもらうとしようか」
「?」
 首をかしげるカッシン。
「あぁ、まだ行ってなかったけど、今日の正午に日本艦隊が入港するんだ」
「なにが来るんです?」
「確か、駆逐艦が六隻と油槽船が二隻、そのほかに、強襲揚陸艦二隻と給油艦一隻だね」
 コンスがここまで言い、カッシンのほうを見る。
「君は、日本は苦手かな?」
「いいえ。しかし、クレイジーな国だとは思っています。爆装した飛行機で体当たりなど、正気の沙汰ではありません」
 昭和二十年四月六日及び七月二十九日。駆逐艦「カッシン・ヤング」は日本機の特攻を受けた。
「日本人は、全員馬鹿です・・・・・」
「カッシン!」
 声を荒げるコンス。
「そんなことを言ってはいけないと何回も言ってるはずだよ!」
「しかし・・・・・・」
 特攻と言うアメリカ人が考えようともしない攻撃。その矢面に立った恐怖はカッシンの記憶に深く刻み込まれていた。
「君のような考え方は多民族国家である我がアメリカにはふさわしくない。後は、わかるよね?」
 コンスがほほ笑むが、その目は笑っていなかった。
「は、はい・・・・・・」
 カッシンがガクガクうなずく。
「次は無いと思ってね」
 コンスはそう言うと、一瞬でいつもの笑顔に戻った。
「はい」
 カッシンはそう言うと、ズボンのポケットから懐中時計を取り出した。
「それで、何時ごろ日本艦隊は到着するのですか?」
「確かね~、あと一時間くらいだったと思う」
 コンスがたこ焼きを頬張りながら言う。
「そうですか。誰が来るのか、楽しみですね」













 一方そのころ、駆逐艦「陽炎」率いる第五駆逐隊およびA51船団はパナマ運河を通過し、大西洋を北上。
 十二月十日、ボストン港に入港の予定であった。
 その第五駆逐隊旗艦「陽炎」の艦橋にて・・・・・
「両舷微速、取り舵三十度!」
「両舷前進びそーく」
「とーりかーじ、三十度」
 わたし―初霜実が言うと、いつものように伝声管から復唱の声が返ってくる。

 ぐうっ・・・・・

 駆逐艦「陽炎」は、その艦首を左に向け、ボストン港に向かう進路をとった。

 カラカラカラ・・・・・・・・・

 マストに取り付けられた速力標が上下し、僚艦に速力を落とすことを伝える。
「陣形を単縦陣となせ」
「陣形、単縦―!」
 永信が復唱し、信号旗がマストに翻った。








「陣形変更、前から駆逐隊、油槽船団、潜水隊の順で単縦・・・ね」
 潜水艦「伊―58」の艦橋上、わたし―喜多川由良はそう言うと、伝声管に口を近づけた。
「両舷びそーく、とーりかーじ三十度」
 艦橋の一階下の司令塔に指示を出す。

 ドドドッ・・・・・

 ディーゼルエンジンの排気管から黒煙が吐き出された。
「ふぅ・・・・・・」
 わたしは一つ息をつくと、前方に見えるボストン港を見つめる。
 ぐうっ
 艦首がボストン港の方を向き、後ろに続く二潜隊各艦も続く。
「艦長より水雷科及び砲術科。兵装の装填状況知らせ」
《こちら水雷科。魚雷発射管はすべて『空』》
《こちら砲術科。主砲、対空機銃はすべて脱包済みです》
 水雷長の初雪郁、砲術長の松雪詩音から報告が返ってくる。
「こちら艦長、了解」
 わたしは返答すると、前方の監視を続けた。
「『陽炎』からの信号旗、運動一旈。『旗艦の航跡を進め』ね」
 旗艦「陽炎」の航跡をなぞるように「天津風」、「島風」、「白露」、「時雨」、「夕立」も転舵。護衛対象であるA-51船団も続く。
「面舵十度」
《おもかーじ十度》
 伝声管とインカムで連絡を取りながら、ボストン港の桟橋に横付けするルートをとった。

 サァァァァァァァァァァ・・・・・

 艦首が波を裂き、艦はボストン港に近づいていく。
「繋止位置は・・・・・・」
 副長にインカムで問い合わせている間に、A-51船団はさらに転舵して民間船舶用の桟橋に横付け作業を始めた。
「面舵」
《おもかーじ》
 駆逐艦たちが着岸するのを見計らい、指定された位置に向かう。
「戻せ―!」
《戻しまーす》
 指定された位置は駆逐艦「白露」の隣。その「白露」に接舷するように艦を寄せた。

 ヒュッ!

 お互いに艦首と艦尾の係船索を投げわたし、甲板上のボラードに結ぶ。
「錨鎖下ろせ!」

 ガラララララララララララララ!

 前後の錨が海中へと滑り込み、錆が粉となって宙を舞った。












「艦隊内全艦、接岸、接舷完了!」
 凛久が肉眼で港内を確認して言う。
「了解」
 わたし―初霜実は、書類挟みに挟んだ紙を永信に渡した。
「これ、烹炊所入り口の黒板に書いてきてもらえる?」
「わかった」
 永信がそう言って、艦橋を出ていく。

 カチャリ・・・・・

 わたしは艦内放送のマイクを手に取ると、横のボタンを押した。
「艦長より全乗員へ。ただいま、ボストンに入港したわ」
 わたしは息を吸い込むと、発声する。
「所定に入港作業が終わり次第、半舷上陸!上陸できる者は烹炊所入り口の黒板に名前を書き出してあるから後で確認すること。以上!」
 そこまで言うと、マイクを置いた。
 半舷上陸とは、乗員の半数が上陸を許されること。期間はだいたい一日が多いけど、呉開陽高校では二日くらいになることもある。
 今回は真珠湾、サンディエゴに続いて三回目の半舷上陸。緊急時のことも考慮して、艦から離れられる範囲は限られるけど、乗員たちにはいい息抜きになるはずだ。
「戻ったよ~」
 永信が艦橋に入ってくる。
「お疲れさま」
 わたしは永信をねぎらうと、書類挟みを受け取った。
「永信はどうするの?」
 今回の半舷上陸はわたしが艦の最高責任者として残り、永信が上陸できるはず。
「どうしようかな。フリゲート『コンスティチューション』と駆逐艦『カッシン・ヤング』を見れたらそれで満足だし・・・・・」
「この辺には航空博物館とか無いの?」
 わたしが訊くと、永信は首を横に振る。
「航空博物館があるかと自分の見たいのがいるかは別問題」
「そう・・・・・・」
 わたしはそう言うと、永信を見た。
「でも、日本へのお土産は買いに行っておくよ」
「無駄遣いしすぎるんじゃないわよ」
「はいはい」
 手を振りながら艦橋を降りる永信。窓の外を見ると、半舷上陸の乗員たちが舷梯を降りていくのが見えた。

 カン、カン・・・・・・・・

 わたしの背後から足音がする。

 ポン!

「お疲れさま!初霜司令」
 肩を叩かれて振り向くと、そこには二年の喜多川由良先輩がいた。
「喜多川先輩!お疲れ様です!」
 わたしは慌てて敬礼する。
「まあまあ。そんな畏まらないの」
 喜多川先輩が答礼して言った。
「わたしは第二潜水隊司令、実ちゃんは第五駆逐隊司令でしょ?立場上は対等だよ」
「そうなんですかね・・・・・・」
 わたしが言うと、先輩は大きくうなずいた。
「うん!対等だと思うよ。立場も、負っている責任も」
 先輩がこっちにラムネの瓶を突き出してくる。
「飲みなよ。喉からっからでしょ?」
「いいんですか?」
「うん!これはわたしの奢り」
 先輩がほほ笑みながら言った。
「ありがとうございます」
「いいのいいの」
 わたしがお礼を言うと、先輩は左手をひらひらと振って言う。
「ところでさ・・・・・」
 先輩の顔から笑顔が消えた。
「実ちゃんはさ、戦場に行くことに躊躇いとか無いの?」
「え・・・・・?」
 わたしは少し考えると、口を開く。
「はっきり言いますけど、」わたしも戦場に行くのは不安です。死ぬかもしれないし、殺めるかもしれない。でも、戦場では殺らなきゃ殺られるんです・・・・・」
 わたしはそう言うと、先輩を真っすぐ見た。
「責任はわたし一人で取ります。もはや、躊躇いはありません」
 地獄に堕ちるのは、わたし一人で十分だ。
「そう。覚悟はできているんだね・・・・」
 先輩が言った。
「はい!」
 わたしはそう言うと、ほほ笑んだ。
「そうなんだね。同じ水雷屋として、応援するよ」
 先輩がラムネの瓶を開け、口をつける。
「ぷはっ!」
 一気に飲み干すと、笑顔を見せた。
「変なこと訊いちゃってごめんね。毎年さ、戦場に行くのが怖い子が多いの」
「そうなんですか」
「うん、それはごく普通なこと。失ってはいけないものだよ。でも、それでキール軍港の水兵の反乱みたいになられても困るからさ・・・・・」
 先輩はそう言って笑う。
「ずいぶんと面倒見がいいんですね」
 わたしはそう言うと、ラムネを口に含んだ。
「一応、遥先輩から言われてるの。『うちの可愛い実ちゃんをよろしくね』って」
(あの先輩、また・・・・・・・・・)
 いっつもちょっかいかけてくる遥先輩。乗艦の「伊―400」と一緒に戦地に行ったと思ってたけど、後輩にまで頼んでいるとはね・・・・・・
「そうですか。感謝します」
 わたしはそう言うと、先輩に微笑んだ。
(痔にでもなっちまえ)
 少しばかり遥先輩に対して怨念を送る。
「実ちゃん、『痔になっちまえ』はシャレになんないと思うよ」
 えっ!?なんで分かるの?
「喜多川先輩、超能力者か何かですか?」
「それはどうだろうね~」
 喜多川先輩はそう言うと、自分の「伊―58」に帰っていった。











「敵機来襲!ジャップのカミカゼだ!」
 レーダーを覗いていた水兵が叫ぶ!
「対空戦闘用意!」
 乗員たちが艦内を駆け巡った。
「敵機は・・・・・・どこなの・・・・・・!?」
 わたし―駆逐艦「カッシン・ヤング」の艦魂、カッシン・ヤングは艦橋の屋根に立ち、宵闇に目を凝らした。
「距離五十三マイル!近いぞ!」
「なんでだ!戦闘機でも55マイル前から捕捉するのに!?」
「知るか!!」
 艦内に怒号が飛び交う。
「敵機が見えた!複葉機だ!」
 見張り員が叫んだ。
(複葉機!?)
 わたしは戸惑いが抑えられない。今時、旧式の複葉機を実践投入する馬鹿がいるとは思わなかった。
「撃て!撃て!」

 ドドドドドドドドドド!

 二十ミリ機関砲エリコンが射撃を始める。
「ダメだ!墜ちねぇ!」
「信管が作動せずに貫通しちまうんだ!四十ミリ機関砲を使え!」

 ドドドドドドドドドド!

 今度はボフォースも加わって射撃を始める。

 ヴァァァァァン!

 エンジンが轟く。

 ドガァン!

「キャァーッ!」
 僚艦である「キャラハン」に敵機が激突した。
「キャラハン!」
 わたしはその艦上にいる仲間に向かって手を伸ばす。
「カッシン!」
 キャラハンもその手をこちらに伸ばした。その瞬間・・・・・・
「敵機が突っ込んでくるぞ!つかまれ!」
 わたしとキャラハンを引き裂くかのように水兵が叫ぶ。
「えっ!?」
 右舷を見ると、一機の複葉機が突入してくるのが見えた。
「うわっ!」
 複葉機の搭乗員と目が合った刹那、彼が日本語で叫ぶ。
「オカアサーン!」
 その瞬間、右舷の火器管制室に機体が激突した。
「うぅ・・・・・・・」
 艦魂と艦とは強くリンクされたものだ。当然、わたしの体もいたるところの服が破け、肌が裂け、血がにじむ。
「被害は・・・・・・・」
 体に走る痛みをこらえて上体を起こすと、燃え上がる炎が目に入った。
「熱っつ!」
 わたしの体にも火傷しそうな熱さを感じる。
「早く火を消せ!」
「水だ!水!」
 艦上では、生き残った乗員たちが消火作業を始めている。
(わたしは沈まない・・・・・・・)
 両手をつくと、言うことを聞かない体を無理やり立ち上がらせた。
「こんなところで、くたばってたまるか・・・・・!」
 消火作業のおかげか、わたしの体の熱さも治まってきた。
 そう言えば・・・・・・
「彼は・・・・・・」
 カミカゼを操っていたパイロット。ジャップを悼む気持ちはないが、彼が最後に叫んだ言葉が気になっていた。
 甲板上を見ると、彼は乗機もろとも爆発したらしく、飛行機だったものが散乱しているだけだった。
「鋼管フレーム羽布張り、一部には木材も使用か・・・・・」
 エリコン二十ミリの信管を作動させるには、羽布は柔らかすぎたようだ。
(それにしても・・・・・・)
 彼は最期、何と言っていたのだろうか・・・・・・。
「・・・・・・・」
 わたしは目を閉じると、首を横に振った。日本語はわからないし、教えてくれる人もいなかったから。
「先輩方から、『重巡のアストリアなら日本に行ったことがある』って聞いたけど・・・・・」
 彼女は、わたしが生まれる前に戦没している。
「無理か・・・・・」
 わたしは首を振ると、壁に体を持たせかけた。
 その後、わたしは大破した状態で慶良間諸島まで脱出。次の年に修理のため沖縄を離れるまで、そこで過ごした。









 数年後、世界一周航海を行った際、横須賀に立ち寄る機会があった。
 その時、日本には「自衛隊」と言う名で海軍が再建され、アメリカや日本の流れを汲んだ艦たちがいた。
「あら・・・・・・」
 わたしはそのうちの一隻、フリゲートに目を付ける。
「エヴァンズビルじゃないの・・・・・」
 タコマ級フリゲートの一隻「エヴァンズビル」。第二次大戦中はソ連に貸与されてたから知らなかったけど、その後は日本に行った艦として仲間内で噂になっていた。
「えーっと・・・・・・。どちら様ですか?」
 どうやら、エヴァンズビルはわたしのことを知らなかったらしい。
 彼女は、その艦体にふさわしい小柄な子だった。
「初めまして、わたしはアメリカ海軍駆逐艦『カッシン・ヤング』。ちょっと聞きたいことがあるの」
 わたしはそう言うと、長年の疑問を尋ねる。
「わたしはさ、カミカゼを受けたことがあるんだ」
 エヴァンズビルは何も言わない。アメリカ、ソ連、日本と渡り歩いた彼女にも、何か思うところはあるのだろう。
「その時さ、カミカゼのパイロットがこう言ってたんだよ。『オカアサン』ってね」
 わたしはエヴァンズビルを見る。
「日本に来たあなたならわかるでしょ?この言葉がどんな意味か、わたしに教えてほしいの」
 彼女はわたしの目を真っすぐ見て言った。
「それは、日本語で母親を意味する言葉です」
「そうなの?わたしはてっきり天皇陛下万歳とでも言っているのかと思ってた」
 わたしが言うと、彼女はさらに言葉を継いだ。
「きっとそのパイロットは、死の間際に母親のことを思い出したのでしょう」
 わたしは目を閉じて、あのパイロットの気持ちを汲み取ろうとする。
 迫る敵艦、自分はその敵艦に体当たりして命を終えるのだ。
(恐怖でしかないね・・・・・・)
 わたしはそう感じる。
(なんでそんなことまでするのか分からない。理解不能だ)
 理解はできなかったけど、少しだけ日本人を知れたような気がする。
「教えてくれてありがとう。エヴァンズビル」
 わたしはそう言うと、自らの本体に戻る準備を始めた。
「一つだけ、行っておきたいことがあります」
 エヴァンズビルがそう言って、こっちのほうを見る。
「カミカゼで僚艦を失った気持ち。それは痛いほどわかります。しかし、日本にもいい方は多くいらっしゃいます。そのことを、お忘れなきように」
 そこまで言うと、エヴァンズビルは何かを思い出したように首をかしげた。
「あぁ!」
 思い出したみたい。
「わたしは日本に来て新しく、『けやき』と言う名をいただきました。今後は、そう呼んで下さると嬉しいです」
「そうなんだ。じゃあ、またね。けやき」
 わたしがそう言うと、エヴァンズビル・・・いや、けやきの顔が輝いたような気がした。






「カッシン!カッシン!」
 はっ!ここはいったい・・・・・・・?
 顔を上げると、コンスティチューション閣下が心配そうにこちらを見ている。
「どうしたんだい?ずっと放心状態だったけど」
 閣下は間食のポテトチップスを食べ終え、手元のナプキンで口を拭っていた。
「少し、昔のことを思い出していました」
 わたしが言うと、閣下はいつものように微笑む。
「そう・・・・。わたしも時々思い出すよ。ゲリエールとの死闘をね」
「そうなんですね。ゲリエールはどんな艦だったんですか?」
「いい艦だったよ。できることなら平和な世で会いたかった・・・」
 わたしが訊くと、閣下は寂しそうな目で虚空を見つめた。
「平和な世に。ですか・・・・・・」
「そう。カッシンもさ、そんな相手っていない?」
 閣下がこっちを見て言う。
「わたしは生まれてこの方、空母機動部隊の護衛についておりましたので、敵艦と相まみえたことはありません。しかし・・・・」
 わたしはさらに続けた。
「日本の『ヤマト』なる戦艦は、見てみたかったです」
「大和型か・・・・。世界最大の戦艦だってね」
 閣下も、この戦艦の名は知っていたようだ。
「えぇ。昔、エンタープライズさんに、彼女の艦載機が撮影したヤマトの写真を見せてもらったことがあります」
 わたしはそう言うと、あの堂々たる戦艦の姿を思い浮かべる。
「とても大きく、美しい艦でした」
 仮に、ヤマトが空母艦載機の空襲を潜り抜けた場合、わたしとも戦闘を行う可能性はあった。
(でも、わたしはこの艦を沈めることはできない・・・・・)
 こんな美しい艦を沈めることなど、とてもわたしにはできやしない。
「カッシンが美しいというのであれば、それはそれはきれいな艦だったんだろうね・・・・」
 閣下がそう言った瞬間・・・・・・

 ガチャッ!

 わたしたちがいる駆逐艦「カッシン・ヤング」の食堂。そのドアが開く。
「こちらが食堂です」
 うちのスタッフに案内され、一人の東洋人が入ってきた。紺色の詰襟の軍装を身にまとい、同じ色の軍帽をかぶっている。
「ありがとうございます」
 彼は流ちょうな英語でそう言うと、室内を見回した。
(まあ、艦魂は普通の人には見えないから大丈夫でしょ)
 わたしは頭の中でそう言うと。閣下の残したポテトチップスをつまむ。
「閣下はもうお食べにならないのですか?」
「うん。最近は揚げ物を食べると胃もたれがひどくてね・・・・」
 そう閣下が言った時・・・・・
「それは大変ですね」
 わたしの後ろから声がした。
「!?」
 振り向くと、あの東洋人が立っている。
「あんた、もしかして・・・・」
「はい。私は艦魂を見ることができます」
 彼がわたしの質問に答えた。そして、閣下を見る。
「あなたがフリゲート『コンスティチューション』の艦魂であるとお見受けしました。初めまして、私は神崎永信。呉開陽高等学校所属、駆逐艦『陽炎』の副長を務めております」
「さよう。わたしがコンスティチューション。初めまして」
 敬礼した彼に閣下が右手を差し出した。
「ええ。よろしくお願いいたします」
 彼はその手を握る。
「その名前からすると、君は日本人かな?」
 閣下が永信に問うた。
「はい。日本人です」
「それならちょうどいい」
 閣下がニヤリとほほ笑む。
(あっ・・・・・)
 これは、何かめんどくさいことを企んでるときの目だ。
「そこにいる艦魂は見えるかい?」
 わたしを手で指す閣下。
「はい・・・・見えますが・・・・?」
 彼が閣下の指す方向・・・すなわちわたしを見た。
「彼女を、君の艦に招待してはくれまいか?」
「なっ!?」
 わたしは閣下の耳元まで素早く移動する。
「閣下!いったい何をおっしゃっているのです・・・!?」
「何をって、言葉通りの意味だよ」
 しれっと答える閣下。
「と言うか、なぜわたしが日本の艦に行かなければならないのですか?閣下自ら赴かれたらよいではないですか」
「カッシンが行くことに意味があるの」
 閣下が言う。
「と、言うわけでMr神崎、この子をよろしくね」
「は!命に代えてもお守りいたします」
 神崎が閣下に敬礼した。
「でも・・・・!」
 わたしが閣下に抗議しようとすると・・・
「じゃあ、こうしよう」
 閣下が人差し指を立てて言う。
「アメリカ海軍ナショナルシップ、USSコンスティチューションの名をもって命ずる!駆逐艦カッシン・ヤングは本日一日、日本国海軍駆逐艦『陽炎』に出向せよ!」
「はっ!謹んでお受けいたします!」
 いつもの癖で敬礼して答える自分。
「じゃあ、それで決まりね」
 閣下が言う。
(しまったぁぁぁぁぁぁ!)
 わたしは、 いつもの癖で引き受けてしまった自分を恨んだ。
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