アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸

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第三章 激闘の中へ

第二十七話 ベイルート沖海戦

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 令和十六年十二月六日九時十五分。地中海を進む戦艦「比叡」艦橋・・・・・・
「両舷第三戦速!」
 わたしー最上雪菜は、旗艦「金剛」のマストに揚がった信号旗を見て、指示を出した。
「両舷第三戦速―!」
 副長の祐樹が伝声管に叫ぶ。

 ぐぅっ・・・・・

 しばらくのタイムラグののち、「比叡」は速度を増し始めた。

 グォォォォォォ・・・・・・・!

 空冷エンジンの轟音を響かせ、緑色に塗られた二式飛行艇がわが艦を追い越していく。
 上空では、後方に控える空母機動部隊からの直掩戦闘機が周囲に目を光らせていた。
「第三戦隊旗艦、『ジュゼッペ・ガリバルディ』より発光信号!『左舷前方、十一時の方向にマストを視認。推定距離二万』!」
 信号兵が叫んだ。
「どれどれ・・・・・」
 わたしは双眼鏡を目に当て、報告のあった方を見る。
「おーおー、いらっしゃるいらっしゃる。随分と大盤振る舞いしたものね」
 双眼鏡の視界を埋め尽くすおびただしい敵艦の群れ。
「見張り員数人と信号兵一人はわたしについてきなさい!」
 わたしはそう叫ぶと、防空指揮所につながるラッタルを駆け上った。

 ゴォォォォォォォォ!

 耳元で風がうなる。下を見ると、甲板がはるか下に見えた。
「『金剛』より信号!『隊列を崩すな。我に続け。神のご加護は我らにあり』!」
 信号兵が叫ぶと同時に、「金剛」のマストに信号旗が揚がった。「各艦、敵艦隊が射程に入り次第攻撃を開始せよ」を表すものだ。
「左舷砲戦用意!推定距離二万!反航戦!」
 伝声管に向かって叫ぶ。
「取り舵二十度!」
「とーりかーじ二十度!」
 先頭を進む「金剛」の後を進むように、「比叡」,「榛名」、「霧島」、「シャルンホルスト」、「グゼイナウ」、「ヴィットリオ・ヴェネト」、「ローマ」、「ヴァンガード」、「アラバマ」、「ウィスコンシン」、「ニュージャージー」が単縦陣で進む。、その左右を重巡や水雷戦隊が並行し、護衛していた。

 グォォォォォォ・・・・・・・

 わたしたちの頭上、艦橋最上部に取り付けられた測距儀が回転し、左舷前方の敵艦隊のほうに向く。

 ゴォォォォォォォォ

 重々しい音とともに、四基八門の36㎝砲が動き出した。

 グォォォォォォ・・・・・・・

 砲塔は、本当にゆっくりとした速度で回っていく。アニメとかで、すぐに目標のほうに主砲が向くシーンがあるけど、あんなのできるのは海自の速射砲くらいだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・

 旋回が終わると同時に、射撃方位盤からのデータをもとに、砲身に仰角がつけられる。

 ピッ!

 耳につけたインカムが鳴った。
《砲術長より艦長へ!主砲発射準備完了!》
「了解!主砲、撃ち方始め!」
 わたしはインカムのスイッチを入れると、砲術長に返答する。
《撃ちー方ー始めー!》
 砲術長の復唱の声が響く。

 ドガァァァン! ドガァァァン!

 砲声が轟き、前方の第一、第二砲塔が次々に火を噴いた。

 ドガァァァン!

 先頭を進む「金剛」も主砲を発射する。
 遠くの敵艦隊周辺に、色付きの水柱が立ち上るのが見えた。
「目標挟叉!」
 見張り員が双眼鏡を除いて叫ぶ。
―――ッ》

 ドガァァァン!ドガァァァン!

 後部の第三、第四砲塔も次々と徹甲弾を発射する。今度は水柱のみならず、敵艦隊から煙が上がるのが見えた。
「当たった当たった!」
 双眼鏡を覗くと敵艦隊の二番目を進む艦、大きさからみて戦艦だろう。その艦橋の根元から、炎と煙が立ち上っているのが見えた。
「次弾装填急いで!反撃来るわよ!」
 そうインカムに叫んだ瞬間・・・・・・
「敵一番艦発砲―――!」
 見張り員が叫ぶ、

 ヒュォォォォォ!

 無気味な風切り音を響かせ、敵の主砲弾がこちらに飛んでくる。
「面舵!回避!」
「おもかーじ!」
 少しタイムラグがあった後、「比叡」の艦首が右を向く。

 バシャァァァン!

 すさまじい音を立てて、先ほどまでわが艦の艦首があった位置に砲弾が弾着した。
「なかなかやるわね。侮れない敵だわ」
 そういった瞬間、「金剛」のマストに信号旗が翻った。
「《取り舵いっぱい。敵艦隊正面を抑えるように航行せよ》ね・・・」
 わたしはつぶやくと、伝声管に口を近づける。
「取り舵いっぱい!『金剛』に続け!」
「取り舵いっぱぁい!」
 我らが「比叡」に続くように、後続の戦艦たちも転舵。敵に対して丁字有利を取ろうとする。
「おっ!」
 双眼鏡の先で、敵が自分たちと反対方向に転舵するのが見えた。
「そう長くは撃たせないつもりだな」
 同航戦では敵と並んで撃ち合うため、こちらも大量に撃てるが、敵にとっても大量に撃てることになる。
(数で劣る大アッシリア。自らが多く撃てるメリットよりも、敵から多く撃たれるリスクを重要視したか・・・・・)
 わたしは少し考え、即座に指示を出す、
「右舷反航戦!砲撃戦用意!」
「右舷反航戦!砲撃戦用意!」
 先ほどまで左舷を指向していた主砲が回転し、右舷に向けられる。敵艦隊との距離はさらに縮まり、一万メートルを切っていた。

《撃―――ッ!》

 ドガァァァン!ドガァァァン!

 再び主砲が火を噴く。その時・・・・・
《艦長!》
 インカムから、祐樹の声が聞こえた。
「どうしたの?」
《第二機動艦隊旗艦『大鳳』より連絡です!『我これより航空攻撃を実施す』!》
「了解!」
 わたしはそういって、インカムを切った。









 第二機動艦隊所属の米海軍空母「イントレピッド」飛行甲板にて・・・・
「いいですか?」
 艦長のアマンダ・サトウ大佐が俺―「イントレピッド」飛行隊長、ウォーレン・クロムに言う。
「絶対に無茶な飛行はしないでくださいね?これまでに五十機以上のSB2Cヘルダイバーを壊してるんですから」
「わかってますって。俺だって壊したくはないんです。機体が勝手に壊れるんです」
 俺はそう言って、自分の機体に向かおうとした。

 ぐいっ

 飛行服の腰のあたりに力を感じて立ち止まる。
 振り向くと、アマンダ大佐が俺のベルトをつかんでいた。
「本当に、無茶な飛行をしないでくださいね。わたしは、あなたに死んでほしくはないんです」
「・・・・・」
 俺は少し考えると、艦長の頭に手を置く。
「わかりました。必ず生きて帰ると約束します」
「本当ですね?」
 アマンダ大佐が言う。
「本当です。もしも俺が戦死したら、飛行停止処分にしてくれてもかまいません」
「馬鹿ですね・・・・」
 大佐が笑いながら言った。
「・・・死んだら、二度と飛行機に乗れないじゃないですか」
「そうですね。では・・・・」
 俺は笑うと、アマンダ大佐の頭から右手を放し、敬礼した。
「・・・航空母艦『イントレピッド』飛行隊長、ウォーレン・クロム大尉、これより敵艦隊攻撃任務に出撃いたします!」
「はい、戦果を期待しています」
 艦長がそういって敬礼する。その目には、少しの涙が光っていた。
「わかりました。じゃ、これ以上待ってちゃ日本の艦に戦果を取られちゃうんで」
 俺はそう言うと同時に、爆撃隊の先頭に置かれた愛機に乗り込む。
「調子はどうだ?相棒」
「バッチリですよ!」
 そういう俺の後席、アダム・ミンストレルの声を聞きながらシートベルトを着用。飛行帽のイヤホンジャックを無線機に差し込む。
「発艦指揮官へ。こちら飛行隊長のウォーレン・クロム大尉。発艦できるか?」
《しばらく待て。戦闘機隊が発艦準備中だ》
「了解」
 俺はそう言うと、フットバーと操縦桿を動かし、三舵の動きに異常がないことを確認した。

 ピッ!

 無線機が鳴る。
《カタパルトの用意が整ったので発艦地点まで移動せよ》
「了解」
 俺はそう言うと、艦首までタキシングを開始した。
 艦首のカタパルト地点で停止し、地上作業員による発艦準備を待つ。
《クロム大尉へ。発艦準備よろしい。後はそちらのタイミングで発艦せよ》
「了解」
 素早く手元のレバーやハンドルを操作し、プロペラピッチ「最深」。スロットルをフルに、操縦桿を引いて上げ舵にする。

 ガラッ!

 発艦失敗の時に備え、操縦席天蓋を開けた。
「準備はいいだろうな?」
「OK!」
 後席のアダムの声を聞くと同時に、俺は敬礼するようにした右手を素早く前に振った。

 ガシュッ!

 カタパルトの音が響き、俺の機体は艦から打ち出される。
「はぁっ!」
 俺が操縦桿を最大まで引くと、ヘルダイバーは軽やかに舞い上がった。

 グォォォォォォ・・・・・・・

 前方から聞こえるエンジン音は快調。いつも通りだ。
「ふぅ・・・・・」
 後ろを振り返ると、爆撃隊のSB2Cヘルダイバーと攻撃隊のTBF/TBMアヴェンジャーがついてきているのが見えた。
 上を見ると、戦闘機隊のF6FヘルキャットF4Uコルセアが、俺たちに覆いかぶさるように編隊を組んでいる。その先頭を行くのは、機首に何とも言えぬ謎の生物を描き、尾翼を水色に塗ったヘルキャットだ。

 グォォォォォォ・・・・・・・

 少し下を見ると、空母「ミッドウェイ」のF8FとF4U、SB2Cが飛んでいる。
「いいなぁ・・・・・」
 思わず漏れる言葉。
「おやおや、戦闘機隊に嫉妬ですか?」
 アダムがからかうように言った。
「俺はもともと、戦闘機乗り志望だったからな・・・・」
「へぇ~、で、F8Fに乗りたいと・・・・・」
「まぁな・・・・」
 俺の脳裏に浮かぶ顔。
「・・・・アマンダが戦闘機乗りだっていうのもある」
「マジっすか!?うちの艦長、戦闘機に乗れたんですね」
 アダムの驚いた声が聞こえた。
「あぁ。うちの海軍では、パイロット経験者しか空母の艦長にはなれないんだぞ」
「それもそうでしたね」
 俺はあのド派手な機体を思い浮かべる。
「いつも格納庫の隅で惰眠をむさぼってるF6F。あの日本の萌え絵が主翼に描いてあるやつ」
「あぁ、ありましたね」
「あれ、アマンダ艦長の専用機だ」
「えっ!?」
 アダムが素っ頓狂な声を上げる。
「あの艦長、空戦がめちゃくちゃうまいぞ。それこそ、米海軍でも並ぶヤツはいない」
「マジっすか・・・・・」
 アダムが信じられないといった風に言う。
「まぁ、そのアマンダ大佐に撃墜判定を取ったヤツもいるんだけどな・・・・」









「ぶへっくしょい!」
 俺―空母「信濃」飛行隊長の平沼敦は、大きくくしゃみをすると、操縦桿を握りなおした。
「大丈夫?風邪?」
 後席のトンブリが心配そうに言う。
「いや、そんな訳ないはずなんだがな・・・・艦医の診断でも至って健康体だったし」
「じゃぁ、誰かが噂してるのかもね」
「そうかもな」
 俺はそう言うと、上空で目を光らせる戦闘機隊の烈風と、周りを飛ぶ攻撃隊と爆撃隊の流星を見た。
「そういえばさ・・・・」
 トンブリが言う。
「敦って、九七艦攻で撃墜判定とったことあるって言ったじゃん、その時はどんな飛び方したの?」
 そんな急に言われても思い出せない。
「確かなぁ、相手は変な奴だったな。戦闘機相手だったんだけど、普通なら艦攻相手には後ろから一斉射浴びせて終わりだ。でも、アイツはわざわざ格闘戦を挑んできたんだ。九七艦攻には後部の旋回機銃一つしかないっていうのに」
「確かに変だね」
 うなずくトンブリ。
「そういえば、機体も変だったな。主翼に大きくアニメキャラのイラストを描いていて、まるで痛車みたいだった」
 そのうち、その相手の名前も思い出してきた。
「そうそう、相手の名前はアマンダ・サトウ。アメリカの綺麗な人だったな・・・・」
 そういった瞬間・・・・

 ガン!

 後ろから機体をたたく音が聞こえた。
「敦って女好きなのね」
「変なこと言うのはやめてくれ」
「じゃあ、さっさと先のことを話してよ」
 トンブリが不貞腐れたように言う。
「わかったわかった。確か、急旋回したり、急上昇や急降下を繰り返してたんだ。そしたら、いつの間にか敵が見えなくなってたんだよ」
「そうなのね」
「で、基地に帰ったら判定官から『マニューバキルだ』って。相手が言うには、『失速しすぎて墜落しそうになったからギブアップした』らしいけど、俺にはどうも嘘に聞こえた」
「どういうこと?」
 トンブリが問うた。
「相手の機体はF6Fだったんだが、俺が飛んでた速度で、ヘルキャットが失速して落ちるはずがないんだ。それに、当時の俺はまだまだ未熟。マニューバキルなんてできる技量はない」
「じゃあ、どういうこと?」
 首をかしげるトンブリ。
「そのアマンダさんが、俺に勝利を譲ってくれたんじゃないか。ってことだ」
「そんなことしてなんになるの?」
 トンブリは、「訳が分からない」とでも言いたげな声で言う。
「俺もそこが気にかかっていた。当時は下っ端艦攻乗りだった俺に勝利を譲ったからと言って何かに影響があるわけでもないし、むしろあっちは空母の艦長だから、下手したら『メンツをつぶされた』ことにもなりかねない。メリットなんかないんだよ」
 俺は息を吸い込むと、口を開いた。
「だから・・・・」
 脳裏に浮かぶあの笑顔。
「二十ミリ機銃を積んだこの流星艦攻で、今度は真っ向から勝負して撃墜判定を取る!そして、あの時のことを直接訊くんだ」
「その時はもちろん、わたしが後部機銃手でしょ?」
 後席からトンブリが問う。
「もちろんよ!」
 俺はそう言うと、前方を見つめた。






敵艦発見タリー・ホー!」
 俺―ウォーレン・クロムはそう叫び、水平線上に見えたマストを指さした。

 グイッ グイッ

 大きく二回翼を振り、照準器のスイッチをオンにする。
「第一、第二小隊は俺に続け!第三、第四小隊は別の目標を攻撃せよ!」
《了解!》
 耳当てから仲間たちの声が聞こえた。
「じゃあ行くぜ!叩き潰せ!」
 俺はそう言うと同時に、スロットルを最奥の位置に叩き込んだ。

 グォン

 ほかの機体も俺に続いて進路を変える。
「お?」
 敵艦隊の二番目の艦から煙が立ち上っているのが見えた。
「アイツを殺るぞ!」
 俺は追従する第一、第二小隊に無線で連絡すると、爆撃の準備を始めた。

 ガコン!

 床下の取っ手を操作し、安全装置を解除。
「ダイブブレーキ展開!」
 手元のレバーを操作すると、フラップも兼ねるダイブブレーキが大きく開いた。
「行くぞ!ぶち殺せ!」
 そういうや否や、操縦桿を思いっきり押し込む。

 ヒョォォォォォォォ・・・・!

 ダイブブレーキが不気味な音を立てた。
「せいやっ!」
 操縦桿を操り、敵艦の煙の出ている部分に照準を合わせた。

 グォォォォォォ・・・・・・・!

 エンジンのうなりと風の音が混ざり合い、戦場の残酷な葬送曲レクイエムを奏でる。
 敵艦の甲板が目の前いっぱいに広がった。
「はぁっ!」

 ガコン!

 手元の投下レバーを引くと、機体から負荷が消え、動きが軽やかになった。
「おりゃぁぁぁ!」
 操縦桿を目いっぱいに引き付け、上昇。
「当たったか!?」
 後席に座るアダムに問う。
「煙がひどくてわかりません!」
 アダムの困惑した声が聞こえた。
「そうか」
 俺はそう言うと、爆弾槽の蓋を閉じ、上空へと昇る。ここから先は、敵戦闘機とのチキンレースの始まりだ。
「全力で逃げるぞ!」
 俺は編隊の全機に無線で言うと、「イントレピッド」のほうへと機首を向けた。










「ほほう。なかなかやるものね」
 わたしー最上雪菜は、双眼鏡を目に当てて、白星を描いた爆撃機たちを見た。
 現在、わが艦は自衛以外の戦闘行動を禁じられている。何回か前の作戦で、味方機を誤射して撃墜した艦がいたからだ。
「それにしても、うまいこと甲板の破孔を狙ってるわね」
 たぶん、航空機からは煙で見えていないと思うけど、かなりの正確性で爆弾が破孔に吸い込まれていく。
「あのあたりって、何があったっけ?」
 見張り員の一人に問うた。
「かなり砲塔に近いので、おそらく弾薬庫かと・・・・」
「と、いうことは・・・・・」
 そういって敵艦隊のほうを見た瞬間・・・・・

 ドガァァァン!

 敵二番艦の第一砲塔付近で大爆発が起こる。

 ズガァァァァン!

 さらに小さな爆発が起こり、敵艦の艦体が第一砲塔付近から真っ二つに折れた。
「あーあ、・・・・」
 見張り員の一人がため息をつく。
「・・・・航空隊に戦果を取られちゃった」
 爆沈した敵戦艦の姿はもはや残っておらず、艦だったモノの破片が漂っているだけだった。
 わたしは艦内放送のマイクを手に取る。
「劣勢でありながら勇敢に戦った敵艦に対し、総員敬礼!」
 そう言うと同時に、右手を額に当て、敬礼した。

 ドォォォン!

 今度は、敵艦隊の三番目を進む空母に爆弾が命中する。
「あーあー、飛行甲板やられてるわね・・・」
 空母というものは、飛行甲板をやられたら沈んだも同然の艦だ。艦載機の離発着ができないことは、即ち機能の喪失を表す。
「敵三番艦、離脱します!」
 見張り員が叫ぶ。
「まあ、飛行甲板をやられた空母なんて、ただのお荷物でしょうしね」
 わたしはそう言うと、残った敵戦艦の様子を見た。
「どうします?追撃しますか?」
 伝声管から、祐樹の声が聞こえる。
「それは『金剛』の琴音が判断することよ。それに・・・」
 敵空母の行く先には、ベイルートの港。
「あの空母のひきこもる場所は、いずれ我々が占領する。その時に鹵獲して、ゆっくりと分析してあげようじゃない」
 そういったと同時に、「金剛」から発光信号が送られる。『攻撃を再開せよ』との意味だ。
「右舷砲戦用意!攻撃始め!」
《右舷砲戦用意!》
 インカムに叫ぶ。

 ゴォォォォォォォォ!

 砲塔が旋回を始めた。
「撃ち方用意!」
《撃ち方用完了!》
 砲術長からの返事。
「撃ち方始め!」
《撃ちー方―始めー!》
 発砲を指示すると、砲術長が復唱し、引き金を引いた。

 ドガァァァン!

 第一、第二砲塔が火を噴く。
「弾―ッ着ッ!敵四番艦に命中!」
  見張り員が叫ぶ。
(そういえば・・・・)
 わたしは心の中で考えた。
(ベイルートに、陸上砲台はあるのかしら・・・・?)









 戦艦「金剛」率いる第一遊撃艦隊に所属する戦艦「ニュージャージー」艦橋にて・・・
「おかしいな・・・・・」
 この艦の艦長であるボブ・ハンコックがつぶやく。
「どうしましたか?」
 副長がボブに尋ねた。
「いや、何でもない」
 そういいつつも、ボブの顔は曇ったままである。
(ベイルートは、大量の陸上砲台で要塞化されていると聞いた。しかし・・・・)
 窓の外を見る。
(一発も撃ってこないのはおかしい)
 ボブは訝しんだ。
「今、艦隊はどの方向に向かっている?」
 副長に問う。
「はっ、現在敵艦隊の背後に回り込むべく、ベイルート市街地に向けて航行中です」
 次の瞬間、脳裏に嫌な予想が浮かんだ。
「いかん!奴ら、要塞砲の射程内に我々を誘い込もうとしているぞ!」
 その瞬間、見張り員が叫ぶ。
「敵要塞発砲!」
「取り舵二十度!回避」
 ボブが指示を出すも、その回避指示は間に合わなかった。

 ゴォォォン!

 砲弾が後部の飛行甲板にあたり、音を立てる。
「後部甲板に十四㎝砲と思われる敵弾が着弾!被害は軽微です!」
 伝令兵が艦橋内に駆け込み、叫んだ。
「ふん!戦艦が簡単に沈むか」
 ボブはそう言うと、要塞を見る。
「たたきつぶしてやれ。撃ち方始め!目標、敵沿岸要塞!」
「撃ちー方ー始めー!」
 三基九門の16インチ砲が敵要塞を指向する。
「Fire!」

 ドガァァァン!

 砲術長が命令を出すと同時に、16インチ徹甲弾が発射された。

 ゴォォォン!ズガァァァァン!

 徹甲弾が要塞の分厚いコンクリートを切り裂く。

 ドガァァァン!

 要塞砲が暴発し、尾栓が吹き飛んだ。
「もっとだ!ありったけの弾を撃ち込んでやれ!」
 ボブが叫ぶ。
 先ほどまで威容を放っていた要塞砲は、今やただの鉄屑と化し、その周りに人間だったモノが散らばっていた。
「艦長!駆逐艦『ハッチンス』より電文です」
「なんだ?」
「ニュージャージーへ。『落ち着け』とのことです」
 伝令兵が読み上げる。
「ハハッ!さすがにやりすぎたか」
 ボブが沿岸要塞だったモノを見る。もはや、それは屑鉄の塊と化していた。









「うわー、滅茶苦茶ね・・・」
 わたしー最上雪菜は、戦艦「ニュージャージー」の砲撃で壊滅した敵沿岸砲台を見る。
「もうほとんど更地じゃない・・・・」
 戦艦の主砲弾はすさまじい力で大地を引き裂き、人間をただの肉塊に変えた。
 わたしは唇をなめると、体の内から湧き上がる力を感じる。
「さて、こっちは敵艦隊を殲滅しようじゃない」
 視界下方の砲塔が敵艦隊を指向する。
「撃ち方始め!」
 敵艦隊に向かって、徹甲弾が発射された。

 ドガァァァン! ドガァァァン!

 我らが砲弾は、鋭い刃となり、固き拳となって敵艦隊に降り注ぐ。
「敵一番艦発砲!」
「面舵回避!反撃を開始せよ!」
 敵の反撃を即座にかわし、その倍近い数の砲弾を叩き込む。
「そうよ。わたしたちはもっと強くあるべきなの」
 わたしは唇を一舐めすると、敵艦隊を一瞥した。
「艦長!」
 信号兵が叫ぶ。
「『金剛』が、水雷突撃の信号を発しました!」









 国連軍第一遊撃艦隊第三戦隊旗艦、軽巡洋艦「ジュゼッペ・ガリバルディ」艦橋にて・・・・
「艦長!」
 信号兵が俺―アダーモ・ベンティスカに言う。
「旗艦より信号、『第三戦隊は水雷突撃を敢行せよ』とのことです!」
「そうか」
 俺はそう言うと、即座に指示を出した。
「各艦に伝達。『我に続け!砲撃戦、雷撃戦用意』!」
「各艦に伝達!『我に続け。砲雷撃戦用意』!」
 副長が伝令兵に言う。
「面舵三十度!」
「面―かーじ三十度!」
 わが艦の艦首が右に向いた。後方に続く日本の軽巡洋艦「球磨」と駆逐艦たちもわが艦の航跡をたどるように進む。
「戻せ!左舷同航戦!主砲、撃ち方用意!」
「撃ち方用意!」
 副長が復唱し、砲塔と魚雷発射管が旋回を始めた。
「左舷同航戦、敵艦航行速度およそ二十五ノット!」
 砲術長が敵艦の艦首波などからおおよその航行速度を計算し、俺に報告する。
「両舷最大戦速!敵艦が射程に入り次第、砲撃を開始せよ!」
「了解!」

 グォォォォォォ・・・・・・・!

 主機がうなりを上げ、「ジュゼッペ・ガリバルディ」はその速度を増し始めた。
「敵艦隊、主砲射程圏内に入りました!」
 副長が叫ぶ。
「撃ち方始め!」
「撃ちー方―始めー!」

 ズガァァァァン!

 復唱する声が響くと同時に、十門の十五.二センチ砲が射撃を始めた。

 ドォォォン!ドォォォン!

 後方に続く軽巡「球磨」、「多摩」もその十四センチ砲を発射する。
「魚雷の射程圏内まで潜り込め!」
 魚雷というものは、図体の小さな軽巡や駆逐艦がより優位な相手を沈めえる兵装だ。
 魚雷が当たった場合、相手は横っ腹に大穴が開くため、そこから大量の海水が艦内に流れ込む。大きくても十五センチほどの主砲しか積めない軽巡にとって、一番の打撃力を誇る兵装なのだ。
 敵艦隊がどんどん近づいてくる。
「魚雷射程圏内に入りました!」
 副長が叫んだ。
「左舷雷撃戦用意!撃ち方用意!」
「左舷雷撃戦!魚雷発射用意―!」
 乗員たちが復唱する声が響く。

 グォォォォォォ・・・・・・・!

 搭載されている魚雷発射管が敵艦隊を指向する。
「最低でも主砲は封じろ!雷撃始め!」
「撃ッ!」

 プシュッ!プシュッ!

 圧搾空気の音と同時に、魚雷が放たれた。
 魚雷は白い航跡を引き、敵艦隊に一直線に向かう。
「当たれ!」
 俺が叫んだその時、敵艦の横っ腹に白い水柱が立ち上った。
「敵一番艦に命中!」
 見張り員が叫ぶ。
「よっしゃ!」
 敵一番艦のマストに信号旗が揚がり、敵艦隊がベイルートに向けて逃走を始めた。
「追撃しますか?」
 副長が問う。
「追撃だ!もっと被害を与えてやれ!」
 俺がそう指示を出した時・・・
「艦長!」
 信号兵が言う。
「『金剛』より信号!『追撃の要を認めず。直ちに海上封鎖を開始する』とのことです」
「ぐぬっ・・・・」
 総司令官の命令とあらば仕方がない。
「追撃やめ!本隊に合流せよ!」
 俺はそう指示を出すと、艦長席に腰かけた。










 一方そのころ、中東のどこか。大アッシリアの首謀者たちが「首都」と呼ぶ所。その中でもひときわ目立つ建物があった。
 その建物の大広間。一段高くなった玉座に座る初老の男。国連軍側から「大アッシリア皇帝」と呼ばれる、この組織の指導者だ。
 彼は、ゆっくりと口を開く。
「ベイルート守備艦隊が敗北したそうだ。敵の上陸も目前だろう」
「左様でございますか」
 彼の前にひざまずいた少女が言う。彼女は黒い軍服をまとい、紺色の髪をツインテールに結っている。失明しているのだろうか?刀傷のついた左目を、黒い眼帯で隠していた。
「それで、私に何かご命令が?」
 彼女は皇帝に問う。
「良い知らせだ。心して聞くがよい」
「ハッ!」
 少女が首を垂れる。
「クラーウィス・プロエリウム。貴官を、新編する第三通商破壊艦隊の司令に任命する。明日にでも着任し、その指揮を執るがよい」
「ありがたき幸せにございます」
 少女―クラーウィスが言うのを、皇帝は満足げに聞いていた。
「貴官は数少ない余の忠臣である。その活躍、期待しておるぞ」
「必ずしも、敵を屠って見せましょう」
「もうよい、下がれ」
 皇帝が言う。
「ハッ!失礼いたします」
 クラーウィスはそう言うと立ち上がり、出口に向かって歩き出した。
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