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第四章 黒狼 波間に立つ
第二十八話 眼下の敵
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十二月も終わりに近づいたころ、大西洋の荒波は容赦なく我が「陽炎」を揺さぶり、弄んでいた。
「取り舵に当て!」
「取ーり舵に当てー!」
わたし―初霜実は、細かく当て舵を行って艦の進路を一定に保とうとする。だけど、頭の中では、ボストンでコンスティチューションに言われたことがぐるぐると回っていた。
(「潜水艦がいる」ね・・・)
調べたところ、確かにこの海域で船舶の行方不明が相次いでいる。そして、それが潜水艦の仕業だとしたら、すべてに納得がいく。
すぅっ・・・・・
わたしは大きく息を吸い込むと、我々の護衛対象であるA51船団を見た。
「対潜警戒『厳』となせ!」
「対潜警戒『厳』!」
永信が復唱し、各科長に伝達する。
「艦長!」
見張り台に立って前方警戒をしていた愛蘭が叫んだ。
「前方右舷!一時の方向に浮遊物!オレンジ色の救命浮き輪です!」
「拾える?」
「何とかする!」
永信が甲板員に連絡し、甲板員がカギ縄を用意する。
「両舷微速!」
わたしは速度を落とし、彼らが浮き輪を拾いやすいようにした。
ヒュッ!
カギ縄が浮き輪のほうに投げられ、手繰り寄せられる。
「あったぞ!」
甲板員が叫び、オレンジ色の浮き輪を高く掲げた。
やがて、それは艦橋に運ばれ、わたしたちの目の前に姿を現す。
「!!」
永信が息をのんだ。明らかに動揺している。
オレンジ色をした浮き輪の表面には、漢字で「第六天来丸」と書かれていた。
「『第六天来丸』って、たしか・・・・」
わたしが言うと、永信が絞り出すように声を発した。
「ジブラルタルを発ったのち、行方不明となった貨物船だよ・・・・」
航海長の山城春奈が、浮き輪の表面を見て言う。
「まだ文字が消えていない。『第六天来丸』が沈んでから、まだそれほど日はたっていないはずよ」
「つまり・・・・」
一同の胸の中に、嫌な予感がよぎる。
「潜水艦は、この近くにいる」
春奈が断言した。
「総員配置!対潜戦用意!」
わたしは艦内放送のスイッチを入れると、マイクに向かって叫んだ。
「総員配置!総員配置!」
永信が叫び、ベルのスイッチを押す。
ジャァァァァァァァァァァァン!
けたたましいベルの音が乗員たちをたたき起こした。
「艦長より航海長!主舵の調子はどう?」
《バッチリよ!どんな魚雷だろうがかわしてみせる!》
航海長の山城春奈が言う。
「機関長!」
「はい!」
後ろでエンジンテレグラフを握る夏芽が返事をした。
「ボイラーは最大圧力を維持!安全弁が吹いてもかまうな!」
「了解!わたしとしても新刊が沈まれちゃ困るからね!」
そこまで一気に指示を出すと、わたしは通信科にインカムをつないだ。
「通信科。こちら艦長!聴音結果を知らせ!」
《こちら通信科漆原。不審なスクリュー音が水中に聞こえます。ほかの艦も同じだと・・・・・。距離およそ千五百。不明瞭》
「探信儀は?」
《十一時の方向に敵潜一隻。距離千五百。味方ではないことは確か。こちらに向かっている》
「了解」
わたしはそう言うと、指示を出す。
「爆雷投射用意!」
「爆雷投射用意」
爆雷投射機に投射箭がセットされ、爆雷が据えられる。
「面舵!両舷第二戦速!」
「おもかーじ」
「両舷第二戦速!」
チン!
春奈が舵輪を回し、エンジンテレグラフが高らかに鳴った。
《敵潜、本艦進路上八百メートル。魚雷の発射音らしきものは確認できず》
漆原の聴音と探針が、わが艦の持つ潜水艦に対する唯一の「目」だ。
《七百、六百・・・・どんどん近づいてくる》
「前方!潜望鏡らしきもの確認!」
見張り台の愛蘭が叫ぶ。
「主砲、撃ち方始め!」
「撃―っ!」
とりあえず、潜望鏡のあったあたりに主砲を撃ち込む。
バシャァン!
先ほどまで潜望鏡があった位置に水柱が立ち上った。
「艦長!潜望鏡のあったあたりに衣服類が浮いています!」
「敵潜のものかな?」
永信が双眼鏡を覗いて言う。
「だとしたら、撃破したということか?」
永信が言った瞬間・・・・
《待て!》
漆原がストップをかけた。
《エンジン音が消えてない》
「!!」
艦橋内の面々に再び緊張が走る。
《さっき、魚雷発射と同じ音がした。魚雷発射管からいらないものを射出して撃沈したかのように見せるのは潜水艦の常套手段。気を抜くな》
「了解・・・・・」
わたしはそう言うと、敵の潜む水面を見つめた。
一方そのころ、A51船団の一隻、陸軍揚陸艦「あきつ丸」格納庫にて・・・
「おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
陸軍式の飛行装束に身を包んだ男が胃の中身を近くのドラム缶にぶちまける。
「やけに頻繁に舵切るじゃねぇか・・・・・」
恨めし気に上方をにらんだ。
「潜水艦に狙われてるんだ。我慢しろ」
もう一人の空中勤務者が言う。彼もまた、ひどい船酔いのせいでやつれ、顔面を蒼白にしていた。
「空で死ぬならまだしも、飛びもしねぇうちに死ぬのは嫌だぜ」
彼はそう言って、格納庫に繋止された一式戦闘機「隼」三型改を見る。
「いっそのこと、出撃させてもらえるよう艦長に直談判するか・・・?」
「対潜爆弾あったっけ・・・・?」
そう言った瞬間・・・・
「うちには何でもあるぜ!」
格納庫のドアを開けて、一人の整備兵が入ってくる。
「これには俺だって悔しかったところだ!艦長に直談判してやろうじゃないか!」
『おう!』
空中勤務者たちが一斉に叫ぶと立ち上がった。
ガン!ガン!
タラップを駆け上がり、艦橋の扉をたたく。
「入れ!」
中から返答が帰ってくると同時に扉を開け、中に駆け込んだ。
「艦長!発艦許可を下さい!」
先ほどまで嘔吐物を吐いていたのを忘れたかのように、一人の空中勤務者が叫ぶ。
「我々には、飛行機と対潜爆弾がございます!発艦さえさせていただければ、必ずや敵潜を撃沈して見せましょう!」
「・・・・」
艦長はゆっくりと振り向くと、彼らに言った。
「私としても、貴様らを発艦させてやりたいのはやまやまである。これより、護衛艦隊の隊司令に連絡を取る。その結果により次第、発艦を許可するかどうか決める」
駆逐艦「陽炎」艦橋・・・・・・
「艦長!A51船団旗船、『あきつ丸』より無線です」
一人の通信員が無線機を持って駆け込んでくる。
「わかった、応答する」
わたし―初霜実はその無線機の受話器を取ると、声を発した。
「はい、こちら第五駆逐隊司令、初霜実です。あきつ丸艦長さんどうぞ」
《はい、あきつ丸艦長伊福部です。こちらも艦載機を発艦させ、それによる対潜哨戒を行いたいと思っております。ご許可願えますでしょうか?》
「それは・・・・・」
わたしは判断に困り、言葉を濁す。その時・・・・
《隊司令!!》
受話器の向こうから怒鳴り声が聞こえた。伊福部艦長とは明らかに違う声だ。
《俺たちは空中勤務者です。華々しく戦うことだけを胸に、これまで血がにじむような訓練を積み重ねてきました!発艦さえさせてくだされば、いかなる敵であろうと屠って見せましょう・・・・・!》
声の主はさらに続ける。
《・・・・どうか、発艦の許可を!》
「ですが、わたしたちの任務は皆さんを傷一つつけずに欧州に送り届けることです。どうか、ここはこらえて・・・・・」
わたしが言うと同時に、相手の叫びが聞こえた。
《そんなに期待できませんか!?》
「え!?」
《我々に、そんなに期待ができませんか!?我々では力不足だとおっしゃりたいのですか!?》
涙ながらに訴える搭乗員たち。
「わかりました・・・・・」
わたしは覚悟を決めると、口を開いた。
「陸軍空母『あきつ丸』に命ずる!航空部隊を発艦させ、敵潜水艦を撃沈せしめよ!」
陸軍空母「あきつ丸」飛行甲板にて・・・・
「発艦準備急げ!」
「兵装は対潜爆弾!機関砲にはマ弾を装填しろ!」
発艦指揮官と整備兵たちの怒号が響く。
ガチャン! ゴトッ
翼下の爆弾懸架装置に対潜爆弾が取り付けられ、12.7ミリ機関砲の弾倉が機内に入れられた。
それが終わると、空中勤務者がおのおのの機体に乗り込み、整備兵に声をかける。
「始動用意!」
「始動用意!」
整備兵は復唱し、機体前方の主脚格納庫にエナーシャハンドルを差し込んだ。
ギュゥゥゥン ギュゥゥゥン・・・・
ハンドルを回すと、エナーシャの回る音が響く。
「コンタクト!」
それが最大限にい大きくなったのを見計らい、空中勤務者は叫びながら右手を回した。
ガコン!
スターターレバーを引き、エナーシャとエンジンを繋げる。
ガコン!バタバタバタバタ・・・・・!
排気管から白煙が噴出し、エンジンが始動した。
バタバタバタ・・・・!
後方に控える九九式襲撃機もエンジンを始動し、対潜爆弾を懸吊する。
「車輪止め外せ!」
主脚を押えていた車輪止めが取り払われると同時に、隼のコックピットに座った空中勤務者はスロットルを開き、滑走を開始した。
グイッ
操縦桿を操作して尾部を持ち上げ、続いて手前に引いて離陸を促す。
グォォォォォ!
エンジンの唸りも高らかに、海色の荒鷲は空へと舞い上がった。
駆逐艦「陽炎」艦橋・・・・・
「『あきつ丸』から航空機が発艦したみたいだ」
副長の永信がわたし―初霜実に言う。
「隼に襲撃機まで、ずいぶんと大盤振る舞いしているわね」
わたしはそう言うと、対潜戦の指揮に戻った。
「爆雷投射用意!」
指示が出ると同時に投射箭がセットされ、爆雷が据えられる。
ガチャッ
無線機を手に取ると、その周波数を陸軍飛行隊のものに合わせた。
「陸軍飛行隊へ!敵潜を発見したら直ちに報告してください!我々が仕留めに行きます!」
そういうとほぼ同時に、耳のインカムから声が聞こえる。
《左舷より雷跡一本、こちらに向かってます!》
「取り舵三十度!」
「とーりかーじ三十度!」
伝声管から春奈の復唱する声が聞こえ、「陽炎」は左ぬむかって舵を切る。
「魚雷!左舷を平行に通過しました!」
見張り員の声。
「ふぅ」
息をつく間もなく・・・
ピッ!
無線機が鳴る。
《こちら『あきつ丸』戦闘機隊一番機、敵潜発見。これより攻撃を行う。位置座標・・・・》
「了解!」
わたしはそう言うと、敵潜のいるであろう方角に向けて舵を切った。
「いたぞ!」
機内の無線機に叫び、その空中勤務者は操縦桿を押し倒す。
ガキッ! ダダダダダダダダッ!
敵潜水艦の潜望鏡を照準器の輪に収めると、スロットルについている引き金を引いた。
機首の十二.七ミリ機関砲からマ弾が発射される。
ガン!
潜水艦の潜望鏡が水面下に消えた。
「逃がすかよ!」
潜望鏡のあった位置に向けて両翼下の対潜爆弾を投下する。
しばらくして・・・
ズゥゥゥゥゥン!
海中で起こった爆発により、海水がドーム状に持ち上がる。
さらに駆逐艦たちが群がり、爆雷を放り込む。
立て続けに水中爆発が起こり、敵潜水艦を確実に追い詰めていった。
「敵潜の気配が消えた・・・・・」
俺―漆原巧はヘッドホンから聞こえる海中の音を聞き、つぶやく。
先ほどまでけたたましく鳴り響いていたエンジン音は消え、不気味な静寂のみが海に満ちていた。
「逃げられたか・・・・・」
無線機のスイッチを入れる。
「艦長へ。こちら漆原。敵潜の気配が消失した。指令求む」
「了解・・・」
わたし―初霜実は漆原からの報告を聞き、命令を発した。
「戦闘やめ!引き続き警戒『厳』となしてイギリスへ向かう!」
「取り舵に当て!」
「取ーり舵に当てー!」
わたし―初霜実は、細かく当て舵を行って艦の進路を一定に保とうとする。だけど、頭の中では、ボストンでコンスティチューションに言われたことがぐるぐると回っていた。
(「潜水艦がいる」ね・・・)
調べたところ、確かにこの海域で船舶の行方不明が相次いでいる。そして、それが潜水艦の仕業だとしたら、すべてに納得がいく。
すぅっ・・・・・
わたしは大きく息を吸い込むと、我々の護衛対象であるA51船団を見た。
「対潜警戒『厳』となせ!」
「対潜警戒『厳』!」
永信が復唱し、各科長に伝達する。
「艦長!」
見張り台に立って前方警戒をしていた愛蘭が叫んだ。
「前方右舷!一時の方向に浮遊物!オレンジ色の救命浮き輪です!」
「拾える?」
「何とかする!」
永信が甲板員に連絡し、甲板員がカギ縄を用意する。
「両舷微速!」
わたしは速度を落とし、彼らが浮き輪を拾いやすいようにした。
ヒュッ!
カギ縄が浮き輪のほうに投げられ、手繰り寄せられる。
「あったぞ!」
甲板員が叫び、オレンジ色の浮き輪を高く掲げた。
やがて、それは艦橋に運ばれ、わたしたちの目の前に姿を現す。
「!!」
永信が息をのんだ。明らかに動揺している。
オレンジ色をした浮き輪の表面には、漢字で「第六天来丸」と書かれていた。
「『第六天来丸』って、たしか・・・・」
わたしが言うと、永信が絞り出すように声を発した。
「ジブラルタルを発ったのち、行方不明となった貨物船だよ・・・・」
航海長の山城春奈が、浮き輪の表面を見て言う。
「まだ文字が消えていない。『第六天来丸』が沈んでから、まだそれほど日はたっていないはずよ」
「つまり・・・・」
一同の胸の中に、嫌な予感がよぎる。
「潜水艦は、この近くにいる」
春奈が断言した。
「総員配置!対潜戦用意!」
わたしは艦内放送のスイッチを入れると、マイクに向かって叫んだ。
「総員配置!総員配置!」
永信が叫び、ベルのスイッチを押す。
ジャァァァァァァァァァァァン!
けたたましいベルの音が乗員たちをたたき起こした。
「艦長より航海長!主舵の調子はどう?」
《バッチリよ!どんな魚雷だろうがかわしてみせる!》
航海長の山城春奈が言う。
「機関長!」
「はい!」
後ろでエンジンテレグラフを握る夏芽が返事をした。
「ボイラーは最大圧力を維持!安全弁が吹いてもかまうな!」
「了解!わたしとしても新刊が沈まれちゃ困るからね!」
そこまで一気に指示を出すと、わたしは通信科にインカムをつないだ。
「通信科。こちら艦長!聴音結果を知らせ!」
《こちら通信科漆原。不審なスクリュー音が水中に聞こえます。ほかの艦も同じだと・・・・・。距離およそ千五百。不明瞭》
「探信儀は?」
《十一時の方向に敵潜一隻。距離千五百。味方ではないことは確か。こちらに向かっている》
「了解」
わたしはそう言うと、指示を出す。
「爆雷投射用意!」
「爆雷投射用意」
爆雷投射機に投射箭がセットされ、爆雷が据えられる。
「面舵!両舷第二戦速!」
「おもかーじ」
「両舷第二戦速!」
チン!
春奈が舵輪を回し、エンジンテレグラフが高らかに鳴った。
《敵潜、本艦進路上八百メートル。魚雷の発射音らしきものは確認できず》
漆原の聴音と探針が、わが艦の持つ潜水艦に対する唯一の「目」だ。
《七百、六百・・・・どんどん近づいてくる》
「前方!潜望鏡らしきもの確認!」
見張り台の愛蘭が叫ぶ。
「主砲、撃ち方始め!」
「撃―っ!」
とりあえず、潜望鏡のあったあたりに主砲を撃ち込む。
バシャァン!
先ほどまで潜望鏡があった位置に水柱が立ち上った。
「艦長!潜望鏡のあったあたりに衣服類が浮いています!」
「敵潜のものかな?」
永信が双眼鏡を覗いて言う。
「だとしたら、撃破したということか?」
永信が言った瞬間・・・・
《待て!》
漆原がストップをかけた。
《エンジン音が消えてない》
「!!」
艦橋内の面々に再び緊張が走る。
《さっき、魚雷発射と同じ音がした。魚雷発射管からいらないものを射出して撃沈したかのように見せるのは潜水艦の常套手段。気を抜くな》
「了解・・・・・」
わたしはそう言うと、敵の潜む水面を見つめた。
一方そのころ、A51船団の一隻、陸軍揚陸艦「あきつ丸」格納庫にて・・・
「おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
陸軍式の飛行装束に身を包んだ男が胃の中身を近くのドラム缶にぶちまける。
「やけに頻繁に舵切るじゃねぇか・・・・・」
恨めし気に上方をにらんだ。
「潜水艦に狙われてるんだ。我慢しろ」
もう一人の空中勤務者が言う。彼もまた、ひどい船酔いのせいでやつれ、顔面を蒼白にしていた。
「空で死ぬならまだしも、飛びもしねぇうちに死ぬのは嫌だぜ」
彼はそう言って、格納庫に繋止された一式戦闘機「隼」三型改を見る。
「いっそのこと、出撃させてもらえるよう艦長に直談判するか・・・?」
「対潜爆弾あったっけ・・・・?」
そう言った瞬間・・・・
「うちには何でもあるぜ!」
格納庫のドアを開けて、一人の整備兵が入ってくる。
「これには俺だって悔しかったところだ!艦長に直談判してやろうじゃないか!」
『おう!』
空中勤務者たちが一斉に叫ぶと立ち上がった。
ガン!ガン!
タラップを駆け上がり、艦橋の扉をたたく。
「入れ!」
中から返答が帰ってくると同時に扉を開け、中に駆け込んだ。
「艦長!発艦許可を下さい!」
先ほどまで嘔吐物を吐いていたのを忘れたかのように、一人の空中勤務者が叫ぶ。
「我々には、飛行機と対潜爆弾がございます!発艦さえさせていただければ、必ずや敵潜を撃沈して見せましょう!」
「・・・・」
艦長はゆっくりと振り向くと、彼らに言った。
「私としても、貴様らを発艦させてやりたいのはやまやまである。これより、護衛艦隊の隊司令に連絡を取る。その結果により次第、発艦を許可するかどうか決める」
駆逐艦「陽炎」艦橋・・・・・・
「艦長!A51船団旗船、『あきつ丸』より無線です」
一人の通信員が無線機を持って駆け込んでくる。
「わかった、応答する」
わたし―初霜実はその無線機の受話器を取ると、声を発した。
「はい、こちら第五駆逐隊司令、初霜実です。あきつ丸艦長さんどうぞ」
《はい、あきつ丸艦長伊福部です。こちらも艦載機を発艦させ、それによる対潜哨戒を行いたいと思っております。ご許可願えますでしょうか?》
「それは・・・・・」
わたしは判断に困り、言葉を濁す。その時・・・・
《隊司令!!》
受話器の向こうから怒鳴り声が聞こえた。伊福部艦長とは明らかに違う声だ。
《俺たちは空中勤務者です。華々しく戦うことだけを胸に、これまで血がにじむような訓練を積み重ねてきました!発艦さえさせてくだされば、いかなる敵であろうと屠って見せましょう・・・・・!》
声の主はさらに続ける。
《・・・・どうか、発艦の許可を!》
「ですが、わたしたちの任務は皆さんを傷一つつけずに欧州に送り届けることです。どうか、ここはこらえて・・・・・」
わたしが言うと同時に、相手の叫びが聞こえた。
《そんなに期待できませんか!?》
「え!?」
《我々に、そんなに期待ができませんか!?我々では力不足だとおっしゃりたいのですか!?》
涙ながらに訴える搭乗員たち。
「わかりました・・・・・」
わたしは覚悟を決めると、口を開いた。
「陸軍空母『あきつ丸』に命ずる!航空部隊を発艦させ、敵潜水艦を撃沈せしめよ!」
陸軍空母「あきつ丸」飛行甲板にて・・・・
「発艦準備急げ!」
「兵装は対潜爆弾!機関砲にはマ弾を装填しろ!」
発艦指揮官と整備兵たちの怒号が響く。
ガチャン! ゴトッ
翼下の爆弾懸架装置に対潜爆弾が取り付けられ、12.7ミリ機関砲の弾倉が機内に入れられた。
それが終わると、空中勤務者がおのおのの機体に乗り込み、整備兵に声をかける。
「始動用意!」
「始動用意!」
整備兵は復唱し、機体前方の主脚格納庫にエナーシャハンドルを差し込んだ。
ギュゥゥゥン ギュゥゥゥン・・・・
ハンドルを回すと、エナーシャの回る音が響く。
「コンタクト!」
それが最大限にい大きくなったのを見計らい、空中勤務者は叫びながら右手を回した。
ガコン!
スターターレバーを引き、エナーシャとエンジンを繋げる。
ガコン!バタバタバタバタ・・・・・!
排気管から白煙が噴出し、エンジンが始動した。
バタバタバタ・・・・!
後方に控える九九式襲撃機もエンジンを始動し、対潜爆弾を懸吊する。
「車輪止め外せ!」
主脚を押えていた車輪止めが取り払われると同時に、隼のコックピットに座った空中勤務者はスロットルを開き、滑走を開始した。
グイッ
操縦桿を操作して尾部を持ち上げ、続いて手前に引いて離陸を促す。
グォォォォォ!
エンジンの唸りも高らかに、海色の荒鷲は空へと舞い上がった。
駆逐艦「陽炎」艦橋・・・・・
「『あきつ丸』から航空機が発艦したみたいだ」
副長の永信がわたし―初霜実に言う。
「隼に襲撃機まで、ずいぶんと大盤振る舞いしているわね」
わたしはそう言うと、対潜戦の指揮に戻った。
「爆雷投射用意!」
指示が出ると同時に投射箭がセットされ、爆雷が据えられる。
ガチャッ
無線機を手に取ると、その周波数を陸軍飛行隊のものに合わせた。
「陸軍飛行隊へ!敵潜を発見したら直ちに報告してください!我々が仕留めに行きます!」
そういうとほぼ同時に、耳のインカムから声が聞こえる。
《左舷より雷跡一本、こちらに向かってます!》
「取り舵三十度!」
「とーりかーじ三十度!」
伝声管から春奈の復唱する声が聞こえ、「陽炎」は左ぬむかって舵を切る。
「魚雷!左舷を平行に通過しました!」
見張り員の声。
「ふぅ」
息をつく間もなく・・・
ピッ!
無線機が鳴る。
《こちら『あきつ丸』戦闘機隊一番機、敵潜発見。これより攻撃を行う。位置座標・・・・》
「了解!」
わたしはそう言うと、敵潜のいるであろう方角に向けて舵を切った。
「いたぞ!」
機内の無線機に叫び、その空中勤務者は操縦桿を押し倒す。
ガキッ! ダダダダダダダダッ!
敵潜水艦の潜望鏡を照準器の輪に収めると、スロットルについている引き金を引いた。
機首の十二.七ミリ機関砲からマ弾が発射される。
ガン!
潜水艦の潜望鏡が水面下に消えた。
「逃がすかよ!」
潜望鏡のあった位置に向けて両翼下の対潜爆弾を投下する。
しばらくして・・・
ズゥゥゥゥゥン!
海中で起こった爆発により、海水がドーム状に持ち上がる。
さらに駆逐艦たちが群がり、爆雷を放り込む。
立て続けに水中爆発が起こり、敵潜水艦を確実に追い詰めていった。
「敵潜の気配が消えた・・・・・」
俺―漆原巧はヘッドホンから聞こえる海中の音を聞き、つぶやく。
先ほどまでけたたましく鳴り響いていたエンジン音は消え、不気味な静寂のみが海に満ちていた。
「逃げられたか・・・・・」
無線機のスイッチを入れる。
「艦長へ。こちら漆原。敵潜の気配が消失した。指令求む」
「了解・・・」
わたし―初霜実は漆原からの報告を聞き、命令を発した。
「戦闘やめ!引き続き警戒『厳』となしてイギリスへ向かう!」
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