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第一章 怪しい噂
第二話 小湊鐡道里見駅
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翌日・・・・
プシュァー、キィィィィィ・・・・
空気が抜ける音と制輪子が車輪に押し付けられる音を残し、わたしたちが乗る内房線列車は、五井駅に到着した。
「五井~五井~。小湊鉄道線乗換五井~」
車掌さんの放送が終わると同時に、発車ベルが鳴る。
フォォォォォォォォ!
先頭の機関車が汽笛を鳴らし、さっきまでわたしたちの乗っていた列車は五井駅を後にした。
タタン、タタン・・・・・・
軽快な車輪の音を響かせ、内房線列車が過ぎ去ると、その向こうに隠れていた小湊鐡道のホームが見える。
「次はあれに乗るんですね?」
わたしは小湊鐡道線ホームを指さし、兄に話しかけた。
「そうだな」
兄さんはそう返し、後ろで手帳に何かを書いている信綱さんを見た。
「信綱。盗難事件の現場は、この鉄道の沿線なんだろう?」
「あぁ、小湊鐡道里見駅周辺だ。俺が取材したから間違いない」
信綱さんが一瞬だけ顔を上げて言う。
「お前が調べたから心配なんだけどな・・・・」
兄さんがボソリと言うのが聞こえた。
「行きましょう!早くしないと、列車が出ちゃいますよ!」
わたしはそう言うと、二人を置いて跨線橋に上る。
連絡改札で省線の切符を渡し、小湊鐡道線の切符を買い、跨線橋を降りてホームに降り立った。
「わぁ・・・・・」
ホームにはちょうど列車が到着し、機関車が蒸気を噴き出して入れ替え作業をしている。
「随分と古風な機関車ですね」
先ほどまで乗っていた省線の機関車を見慣れた目には、小湊鐡道の機関車はかなり古めかしく、小さく見えた。
いたるところにリベットが打たれ、正面には「2」と書かれた円形のプレートが取り付けられている。機関車の後に続く客車と貨車も、木造の古めかしいものだった。
「そりゃぁ、開業当時から使ってるらしいからな」
遅れてやってきた兄さんが言う。
「さ、早く乗りましょう。列車が出ちゃいますよ」
客車のデッキに足をかけ、信綱さんが言った。
「はい!」
わたしは客車のデッキに足をかけ、ホームから足を離す。
「よいしょっと・・・・」
兄さんも客車に乗り込み、デッキから客室へのドアを開けた。
「ここ、空いてますよ!」
ボックスシートの一つに腰かけ、網棚に荷物を入れる。わたしたちが乗った車両は一番機関車に近く、吐き出す蒸気の音や乗務員の声まで聞こえてきた。
「間もなく、上総中野行き普通列車が発車します!お乗り遅れの無いようご注意ください!」
駅長さんがそういって、右手を挙げる。
「発車!」
「はい発車ぁ!」
ピョォォォォォ!
省線とは違う甲高い汽笛が響き、列車は五井駅を発車した。
「変わった汽笛ですね」
「お前たちが『汽笛』と聞いて思い浮かべる野太い音は、昭和三年に製造が始まったC53形から採用されたものだ。それより前の機関車は、全部こんな音だったんだよ」
わたしがつぶやき、、兄さんが答える。
「へぇ~。それにしても・・・・・・」
窓の外には、どこまでも田園風景が広がっていた。
「のどかですねぇ・・・・・」
こんなところで兵隊さんの演習なんてするんだろうか・・・。
「のどかだからだよ」
信綱さんが言う。
「列車の本数が少ないから、全線を貸し切っての演習ができるんだ」
「へぇ~」
車両が盗まれたということもあってか、沿線のところどころにカーキ色の服を着た兵隊さんが歩哨に立ち,警戒していた。
「いっぱいいますね・・・・」
よく見ると、沿線の農機具小屋から森に至るまで、車両を隠せそうなところには兵隊さんが入り、捜索を行っていた。
一部には、白地に赤で「憲兵」と書かれた腕章をつけた人もいる。
「軍の武器は戦艦から銃弾一発に至るまで、陛下から預かっている存在だからな。それに、武器を作るのには俺たちから取られた税金も使われている。なくなったからと言って『はいそうですか』と言えるものでもないだろう」
兄さんがパイプに刻み煙草を詰めながら言った。
「それに、今回は夜中に歩哨を立てていたにもかかわらず盗まれた。しかも、タイヤ痕も途中で見失い、犯人をみすみす取り逃がしている」
マッチを擦って煙草に火をつける。
「・・・・陸軍のメンツ丸つぶれだろうな」
マッチを車内の灰皿に捨て、煙を大きく吸い込んだ。
そうこう言っているうちにも列車は走り続け、一時間ほどで現場の里見駅に到着した。
「ご乗車、ありがとうございました~」
わたしたちが下りると、列車は再び汽笛を響かせて走り去っていった。
「乗車券、こちらで回収いたします」
そういう駅員さんに乗車券を渡し、改札を出る。
「ところで駅員さん」
兄さんが煙草をふかしながら駅員さんに声をかける。
「どうされましたか?」
「この鉄道は、陸軍の鉄道連隊に演習場所を提供しているって聞きましたけど、結構仲がいいんですか?」
駅員さんが話し始めた。
「そりゃぁもう、うちは建設作業も軍人さんにやってもらったくらい、陸軍とは縁が深いですよ!その縁もあって、全線貸し切りの演習にも協力してるんです!」
「なるほどな・・・鉄道連隊に敷設してもらった鉄道は多いのですか?」
兄さんがさらに問うた。
「この辺の鉄道は、そのクチが多いですよ!何しろ兵隊さんは、資材さえこっちで用意すれば『演習』扱いで安く敷設してくれるんです。重宝してますよ!」
「ありがとうございます。いいお話が聞けました」
兄さんが帽子を取って一礼する。そして、わたしたちに外に出るという合図をした。
「それにしても、千葉には鉄道連隊で敷設してもらった鉄道が多いんですね」
「鉄道連隊は、千葉に鉄道第一連隊、津田沼に鉄道第二連隊が駐屯しているからね。千葉県だと近いし、自分たちで敷設するよりも安いんだろうね」
信綱さんがそう言って、鞄から煙管を取り出した。
「ほんと、男の人って煙草吸いますよね・・・・」
「まあ、うまいからね」
信綱さんは火皿に刻み煙草を詰め込むと、鞄の中をごそごそと探り始めた。そして、兄さんに向かって手を出す。
「悪い、マッチを忘れたから使わせてくれ」
「次は忘れるなよ」
兄さんが鞄からマッチ箱を取り出し、信綱さんに渡した。
「悪いなぁ」
信綱さんがマッチを擦ろうとした瞬間・・・・・
「・・・!」
兄さんが何かに気づいたのか、全身に緊張を張り巡らせて信綱さんの手を抑えた。
カチャリ
背広の内ポケットに手を入れる。
(もしかして、今日は拳銃持ってきている・・・?)
兄さんは一年ほど前に満州に行ったことがあり、その時に「護身用」として拳銃を買っているの。もちろん、国の許可を得て。
「・・・・・・・」
全員が押し黙ったまま、何も言葉を発しない時間が数分続いた。
「ふぅ・・・・・」
兄さんが緊張を解き、懐から手を抜き出した。
「どうしましたか?」
「殺気を感じた」
わたしが訊くと、兄さんが冷や汗をかきながら答える。
「尾行されてとでもいうのか?」
信綱さんが兄さんの方を見た。
「ああ。下っ手くそだったけどな」
兄さんが言う。
「下手くそ?わたしには分かりませんでしたよ」
「空気の匂いを嗅いでみろ」
質問したわたしに、兄さんが言う。
空気の匂いを嗅ぐと、草いきれの間に、ほんのりと花火の後のようなにおいを感じた。
「なんか、花火大会直後みたいな匂いですね」
「弾薬の匂いだ。相手も拳銃を持っているみたいだな」
兄さんが言うと、再び歩き出す。
「大丈夫なんですか?」
わたしは心配になった。
「なに、こっちも拳銃は一丁持っている」
兄さんは何も心配してないといった風にしている。
「そういえば・・・・・」
今までただただ線路沿いの道を歩いてきたけど、特に手掛かりのありそうな場所もないし、そんな当てもなかったんだった。
「そんなことはない。足元を見てみろ」
兄さんは下を指さす。そこには、何かが走ったと思しきタイヤ痕があった。
「これは・・・・・!?」
「おそらく、その九七式鉄道牽引車とやらが走った痕だろうな」
兄さんがニヤリと笑い、タイヤ痕の先を指さす。
「え・・・?盗まれたのは、『鉄道』牽引車ですよ」
「信綱も言っていただろう?『陸軍兵がタイヤ痕を追ったが、途中で見失った』と」
あ・・・・・。
「確かに、そういっていましたね・・・・・」
わたしの言葉に、兄さんはうなずきながら言う。
「例えば、道路と線路、その両方を走れる車があったら、便利だと思わないかい?」
「確かに、便利そうですね」
「それを実現したのが、鉄道連隊の配備している『鉄道牽引車』と呼ばれる一連の車両だ」
兄さんはそう言うと、さらに進み、踏切を渡る。そして、数十メートル進んだあたりで立ち止まった。
「ここだな。兵隊がタイヤ痕を見失ったところは」
ここまで続いていたタイヤ痕はそこでプッツリ途切れ、その先には何も続いていなかった。
「これなら、追跡術に長けた兵士とて、後を追うのは無理だろうな」
信綱さんがそういうと、鞄からライカ製のカメラを取り出す。
「お前、そんなもの持ってたのか。会社のか?」
「いや、給料を数か月分前借して買った。俺のカメラだ」
信綱さんはファインダーを覗くと、レンズを回してピントを合わせた。
カシャッ!
シャッターを切る音が響く。
「さ、帰ろうか・・・・・」
兄さんが言った。
「え?まだ何の手掛かりも得られてないですよ?」
わたしが言うと、兄さんはフンと鼻を鳴らして、口を開く。
「お前はまだまだ気づいていないようだな。簡単な子供だましだ・・・・・」
「どういうこと?」
わたしが言うと、兄さんはさらに言葉をつづけた。
「この消えたタイヤ痕の謎は、すでに解けている」
次の瞬間、わたしは驚きのあまり叫んでいた。
「兄さん!解けたならなぜ言わないんですか!?」
わたしが食って掛かるのを左手で静止し、兄さんは信綱さんに言う。
「信綱。お前からの依頼は二つ。『九七式鉄道牽引車が消えたトリックを暴くこと』と『その牽引車の居場所を突き止める』ことだったな?」
「ああ、そうだ」
信綱さんが言う。
「これで一つ目の依頼、『消えたトリックを暴く』はできた。しかし、『居場所を突き止める』ことはまだできていない」
兄さんはそう言うと、懐からパイプを取り出して咥えた。
「だから、これ以上は何も話さないよ」
プシュァー、キィィィィィ・・・・
空気が抜ける音と制輪子が車輪に押し付けられる音を残し、わたしたちが乗る内房線列車は、五井駅に到着した。
「五井~五井~。小湊鉄道線乗換五井~」
車掌さんの放送が終わると同時に、発車ベルが鳴る。
フォォォォォォォォ!
先頭の機関車が汽笛を鳴らし、さっきまでわたしたちの乗っていた列車は五井駅を後にした。
タタン、タタン・・・・・・
軽快な車輪の音を響かせ、内房線列車が過ぎ去ると、その向こうに隠れていた小湊鐡道のホームが見える。
「次はあれに乗るんですね?」
わたしは小湊鐡道線ホームを指さし、兄に話しかけた。
「そうだな」
兄さんはそう返し、後ろで手帳に何かを書いている信綱さんを見た。
「信綱。盗難事件の現場は、この鉄道の沿線なんだろう?」
「あぁ、小湊鐡道里見駅周辺だ。俺が取材したから間違いない」
信綱さんが一瞬だけ顔を上げて言う。
「お前が調べたから心配なんだけどな・・・・」
兄さんがボソリと言うのが聞こえた。
「行きましょう!早くしないと、列車が出ちゃいますよ!」
わたしはそう言うと、二人を置いて跨線橋に上る。
連絡改札で省線の切符を渡し、小湊鐡道線の切符を買い、跨線橋を降りてホームに降り立った。
「わぁ・・・・・」
ホームにはちょうど列車が到着し、機関車が蒸気を噴き出して入れ替え作業をしている。
「随分と古風な機関車ですね」
先ほどまで乗っていた省線の機関車を見慣れた目には、小湊鐡道の機関車はかなり古めかしく、小さく見えた。
いたるところにリベットが打たれ、正面には「2」と書かれた円形のプレートが取り付けられている。機関車の後に続く客車と貨車も、木造の古めかしいものだった。
「そりゃぁ、開業当時から使ってるらしいからな」
遅れてやってきた兄さんが言う。
「さ、早く乗りましょう。列車が出ちゃいますよ」
客車のデッキに足をかけ、信綱さんが言った。
「はい!」
わたしは客車のデッキに足をかけ、ホームから足を離す。
「よいしょっと・・・・」
兄さんも客車に乗り込み、デッキから客室へのドアを開けた。
「ここ、空いてますよ!」
ボックスシートの一つに腰かけ、網棚に荷物を入れる。わたしたちが乗った車両は一番機関車に近く、吐き出す蒸気の音や乗務員の声まで聞こえてきた。
「間もなく、上総中野行き普通列車が発車します!お乗り遅れの無いようご注意ください!」
駅長さんがそういって、右手を挙げる。
「発車!」
「はい発車ぁ!」
ピョォォォォォ!
省線とは違う甲高い汽笛が響き、列車は五井駅を発車した。
「変わった汽笛ですね」
「お前たちが『汽笛』と聞いて思い浮かべる野太い音は、昭和三年に製造が始まったC53形から採用されたものだ。それより前の機関車は、全部こんな音だったんだよ」
わたしがつぶやき、、兄さんが答える。
「へぇ~。それにしても・・・・・・」
窓の外には、どこまでも田園風景が広がっていた。
「のどかですねぇ・・・・・」
こんなところで兵隊さんの演習なんてするんだろうか・・・。
「のどかだからだよ」
信綱さんが言う。
「列車の本数が少ないから、全線を貸し切っての演習ができるんだ」
「へぇ~」
車両が盗まれたということもあってか、沿線のところどころにカーキ色の服を着た兵隊さんが歩哨に立ち,警戒していた。
「いっぱいいますね・・・・」
よく見ると、沿線の農機具小屋から森に至るまで、車両を隠せそうなところには兵隊さんが入り、捜索を行っていた。
一部には、白地に赤で「憲兵」と書かれた腕章をつけた人もいる。
「軍の武器は戦艦から銃弾一発に至るまで、陛下から預かっている存在だからな。それに、武器を作るのには俺たちから取られた税金も使われている。なくなったからと言って『はいそうですか』と言えるものでもないだろう」
兄さんがパイプに刻み煙草を詰めながら言った。
「それに、今回は夜中に歩哨を立てていたにもかかわらず盗まれた。しかも、タイヤ痕も途中で見失い、犯人をみすみす取り逃がしている」
マッチを擦って煙草に火をつける。
「・・・・陸軍のメンツ丸つぶれだろうな」
マッチを車内の灰皿に捨て、煙を大きく吸い込んだ。
そうこう言っているうちにも列車は走り続け、一時間ほどで現場の里見駅に到着した。
「ご乗車、ありがとうございました~」
わたしたちが下りると、列車は再び汽笛を響かせて走り去っていった。
「乗車券、こちらで回収いたします」
そういう駅員さんに乗車券を渡し、改札を出る。
「ところで駅員さん」
兄さんが煙草をふかしながら駅員さんに声をかける。
「どうされましたか?」
「この鉄道は、陸軍の鉄道連隊に演習場所を提供しているって聞きましたけど、結構仲がいいんですか?」
駅員さんが話し始めた。
「そりゃぁもう、うちは建設作業も軍人さんにやってもらったくらい、陸軍とは縁が深いですよ!その縁もあって、全線貸し切りの演習にも協力してるんです!」
「なるほどな・・・鉄道連隊に敷設してもらった鉄道は多いのですか?」
兄さんがさらに問うた。
「この辺の鉄道は、そのクチが多いですよ!何しろ兵隊さんは、資材さえこっちで用意すれば『演習』扱いで安く敷設してくれるんです。重宝してますよ!」
「ありがとうございます。いいお話が聞けました」
兄さんが帽子を取って一礼する。そして、わたしたちに外に出るという合図をした。
「それにしても、千葉には鉄道連隊で敷設してもらった鉄道が多いんですね」
「鉄道連隊は、千葉に鉄道第一連隊、津田沼に鉄道第二連隊が駐屯しているからね。千葉県だと近いし、自分たちで敷設するよりも安いんだろうね」
信綱さんがそう言って、鞄から煙管を取り出した。
「ほんと、男の人って煙草吸いますよね・・・・」
「まあ、うまいからね」
信綱さんは火皿に刻み煙草を詰め込むと、鞄の中をごそごそと探り始めた。そして、兄さんに向かって手を出す。
「悪い、マッチを忘れたから使わせてくれ」
「次は忘れるなよ」
兄さんが鞄からマッチ箱を取り出し、信綱さんに渡した。
「悪いなぁ」
信綱さんがマッチを擦ろうとした瞬間・・・・・
「・・・!」
兄さんが何かに気づいたのか、全身に緊張を張り巡らせて信綱さんの手を抑えた。
カチャリ
背広の内ポケットに手を入れる。
(もしかして、今日は拳銃持ってきている・・・?)
兄さんは一年ほど前に満州に行ったことがあり、その時に「護身用」として拳銃を買っているの。もちろん、国の許可を得て。
「・・・・・・・」
全員が押し黙ったまま、何も言葉を発しない時間が数分続いた。
「ふぅ・・・・・」
兄さんが緊張を解き、懐から手を抜き出した。
「どうしましたか?」
「殺気を感じた」
わたしが訊くと、兄さんが冷や汗をかきながら答える。
「尾行されてとでもいうのか?」
信綱さんが兄さんの方を見た。
「ああ。下っ手くそだったけどな」
兄さんが言う。
「下手くそ?わたしには分かりませんでしたよ」
「空気の匂いを嗅いでみろ」
質問したわたしに、兄さんが言う。
空気の匂いを嗅ぐと、草いきれの間に、ほんのりと花火の後のようなにおいを感じた。
「なんか、花火大会直後みたいな匂いですね」
「弾薬の匂いだ。相手も拳銃を持っているみたいだな」
兄さんが言うと、再び歩き出す。
「大丈夫なんですか?」
わたしは心配になった。
「なに、こっちも拳銃は一丁持っている」
兄さんは何も心配してないといった風にしている。
「そういえば・・・・・」
今までただただ線路沿いの道を歩いてきたけど、特に手掛かりのありそうな場所もないし、そんな当てもなかったんだった。
「そんなことはない。足元を見てみろ」
兄さんは下を指さす。そこには、何かが走ったと思しきタイヤ痕があった。
「これは・・・・・!?」
「おそらく、その九七式鉄道牽引車とやらが走った痕だろうな」
兄さんがニヤリと笑い、タイヤ痕の先を指さす。
「え・・・?盗まれたのは、『鉄道』牽引車ですよ」
「信綱も言っていただろう?『陸軍兵がタイヤ痕を追ったが、途中で見失った』と」
あ・・・・・。
「確かに、そういっていましたね・・・・・」
わたしの言葉に、兄さんはうなずきながら言う。
「例えば、道路と線路、その両方を走れる車があったら、便利だと思わないかい?」
「確かに、便利そうですね」
「それを実現したのが、鉄道連隊の配備している『鉄道牽引車』と呼ばれる一連の車両だ」
兄さんはそう言うと、さらに進み、踏切を渡る。そして、数十メートル進んだあたりで立ち止まった。
「ここだな。兵隊がタイヤ痕を見失ったところは」
ここまで続いていたタイヤ痕はそこでプッツリ途切れ、その先には何も続いていなかった。
「これなら、追跡術に長けた兵士とて、後を追うのは無理だろうな」
信綱さんがそういうと、鞄からライカ製のカメラを取り出す。
「お前、そんなもの持ってたのか。会社のか?」
「いや、給料を数か月分前借して買った。俺のカメラだ」
信綱さんはファインダーを覗くと、レンズを回してピントを合わせた。
カシャッ!
シャッターを切る音が響く。
「さ、帰ろうか・・・・・」
兄さんが言った。
「え?まだ何の手掛かりも得られてないですよ?」
わたしが言うと、兄さんはフンと鼻を鳴らして、口を開く。
「お前はまだまだ気づいていないようだな。簡単な子供だましだ・・・・・」
「どういうこと?」
わたしが言うと、兄さんはさらに言葉をつづけた。
「この消えたタイヤ痕の謎は、すでに解けている」
次の瞬間、わたしは驚きのあまり叫んでいた。
「兄さん!解けたならなぜ言わないんですか!?」
わたしが食って掛かるのを左手で静止し、兄さんは信綱さんに言う。
「信綱。お前からの依頼は二つ。『九七式鉄道牽引車が消えたトリックを暴くこと』と『その牽引車の居場所を突き止める』ことだったな?」
「ああ、そうだ」
信綱さんが言う。
「これで一つ目の依頼、『消えたトリックを暴く』はできた。しかし、『居場所を突き止める』ことはまだできていない」
兄さんはそう言うと、懐からパイプを取り出して咥えた。
「だから、これ以上は何も話さないよ」
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